誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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5. 運命、ということに

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✤✤✤✤✤


(あら、固まった!)

 ジョルジュ・ギルモアは目を大きく見開いたままその場に硬直した。

「友人?  お……おい、ガーネット。お前はいったい何を考え」  
「───お父様は黙っていて」
「……っ」

 私はなにか言いたそうなお父様に鋭い目を向けて黙らせてから、再びジョルジュ・ギルモアに顔を向けた。

「私ね、今は一人でもいいから味方が欲しいのよ」
「……?」

 硬直していたジョルジュ・ギルモアがピクッと反応した。
 表情そのものは大きく変わらない。
 けれど、その目が“どういう意味だ?”と問いかけてきている気がした。

(へぇ、意外と分かりやすい顔をするじゃない……)

 私はふふっと小さく笑う。

「このパーティーで私がどんな目に合ったかはさっき、あなたにグダグダ話したでしょう?  でもね?  残念ながら私はこのままやられっ放しなのは性にあわないの」
「……」
「けれど、私の評判は今、とっても最悪なのよ。私を裏切ってはめたラモーナあの子だけじゃなくてエルヴィス殿下から婚約破棄を言い渡された途端、知り合いはみーんな手のひらを返したから」
「!」

 言葉は発しなかったけれど、ジョルジュ・ギルモアの瞳が揺れた。

(どうやら素直なだけじゃなく、優しい心も持っていそうね……)

 やっぱり只者ではなさそうだけど!
 私はもう一度ふふっと笑う。

「大丈夫だから、そんな顔しないでちょうだい?」
「…………そんな、顔?」
「あら?  あなたのその顔、無意識だったの?」

 ジョルジュ・ギルモアがペタペタと自分の顔を触っている。
 自分が今どんな顔をしているのか分かっていないようだった。

「気にしないで。でも王子の婚約者って立場はやっぱり凄いのねぇ……おかげで彼らがこれまで私の上っ面しか見ていなかったことが判明したんですもの」
「……ガーネット」

 切なそうな声を出すお父様。
 その顔までもが何だか萎んで見える。
 自慢のチョビ髭もどこか元気なさそうね?

「ふふ、そういう意味では、あの二人にはその辺の砂粒程度には感謝しているけれど───まあ、それとこれとは別問題ね」
「す、砂粒程度……それは本当に感謝といえるのか……?」

 お父様が横で首を捻っているけれど無視して私は続ける。
 もう一度、ジョルジュ・ギルモアに向かって手をズイッと突き出した。

「───そんな二人にはやっぱり“お礼参り”が必要でしょう?」
「お、お礼……参り?」
「そう!  だから今はね、そんな私の力になってくれる“友人”が欲しいのよ」

 戸惑うジョルジュ・ギルモアに私はにっこり微笑む。

「友人を作る命を受けていたあなたと、今すぐ友人が欲しい私…………どうかしら?  こうして出会ったのも運命だと思わない?」
「運、命……」

 ジョルジュ・ギルモアの目がますます大きく揺れた。 
 これ、“運命”という言葉に心が揺らいでいるのでは?  そう感じた。
 実はなかなかのロマンチスト?

(───もう一押し!  いける!)

「そうよ!  あなたが庭園あそこで力尽きて行き倒れたのも、そこにたまたまヤケ酒し過ぎて酔っ払った私が通りかかって、あなたを踏みつけたのも全部───“運命”よ!」
「───あれもか!」

 クワッとジョルジュ・ギルモアの目が見開く。
 よっし!  喰いついたわ!!
 このまま、運命ってことにしちゃいましょう。

「ええ、だってあんななんてそうそうないでしょう?」
「……ああ。確かに……人生二十二年。人に踏まれたのは生まれて初めて……だ」
「でしょうね!  私も踏みつけたのは初めてよ!」

 私もふふん!  と、どさくさに紛れて開き直る。

「────ガーネット・ウェルズリー嬢!」
「!」

 ───ギュッ!
 ジョルジュ・ギルモアが私の手を両手で包み込む。

「ちょっ……なんで包み……私はこれ、握手のつもりで……」
「君みたいな人は初めてだ!」
「え……」
「───あの、後からジワジワくる癖になりそうな踏みつけ方といい……」

(ん?)

「そのよく通り何を言われてもハイと頷きたくなる……まるで天使のような美しい声といい……」

 ギュッ!!
 包み込まれていた手が強く握られた。

(んん?)

「そして、そんな美しい天使の声を持ちながらも魅せる……まるで悪魔のようにニタリとした綺麗な微笑み……」

(んんん?)

「───そんな君は俺の理想の塊、そのものだ!」
「りそっっ!?  どんな理想なのよーーーー!」
「え?」

 突然、熱弁を振るっていたジョルジュ・ギルモアがきょとんとした目で私を見る。

「おかしいでしょう?  天使と悪魔が混在しちゃっているわよ!?  しっちゃかめっちゃかーー!」
「いいや……そこがいい!」

 ギュッ!

「ひぇっ!?  意味が分からない!」
「───ありがとう。ガーネット・ウェルズリー嬢」
「……え、えっと?」

 ギュッ!!
 また更に強く力を込めて握り込まれた!

「帰ったら母には君と友人になった、と胸を張って伝えよう」
「そ、そう、それは光栄…………あ、でも今、私の評判は最悪だから、何か文句を言われた時は──」
「大丈夫だ」
「え?」

 ジョルジュ・ギルモアは真っ直ぐ私を見て言った。

「俺がこの目と刺激で、自ら選んだ友人に文句など言わせない」
「───!  そ、そう?  ありがとう…………し、刺激……ね」

 ……気のせいかしら?
 何だか変なところを見初められて選ばれた気がする。
 でも……

(───この目で……自ら選んだ友人……という言葉は嬉しかった、わ)

 そう思ったら自然と口元が緩んだ。
 私は口元を綻ばせながら顔を上げる。

「……分かったわ」
「?」
「それなら。どうぞ、これから末永くよろしくね?  ────ジョルジュ!」
「───っ」

 私は満面の笑みを浮かべて彼の名を口にする。
 すると、ジョルジュ・ギルモアはまた目を見開いたまま固まった。

(あら?  馴れ馴れしかった?  でも、そんなの今更よねぇ……)

 というわけでそのまま畳み掛ける。

「ジョルジュ!  私のこともガーネットと呼んでちょうだい?」
「……ガー……」

 ジョルジュ・ギルモアがおそるおそる口を開く。

「そうよ、ガー。次は?」
「……ネ……」
「ネ!」
「……ット……!」
「────よし、言えたわね!  OKよ!」
「……!」

 私は満足して微笑む。

「次からはもっとスムーズに言えるといいわね。いいこと?  友情の基本は名前を呼び合うことからなのよ!」
「名前……を呼び合う……」

 ジョルジュ・ギルモアの顔がパッと少し華やいだ。

(これ……もしかして嬉しいって表情かしら?)

 そのまま彼は何やらモゴモゴし始めた。
 何だかほんのり頬が赤くなったようにも見える。

「───ガ……ガーネット…………友人……」
「ええ、友人よ!」
「は、初めて……出来た……俺の……」
「───ジョルジュ!」

 私は何だか照れ照れしながらモジモジモゴモゴしている最中の彼を呼ぶ。

「ガー、ネット……?」
「あなたの記念すべき友人第一号が───この私、ガーネット・ウェルズリーだなんて最高でしょう?  絶対に後悔はさせないわ!  光栄に思いなさい!」
「……!」

 目を丸くしているジョルジュ・ギルモアに向かって、私はふふんっと自信満々にふんぞり返って笑った。



 こうして、私とジョルジュ・ギルモアの友情は無事に成立。
 私をはめてくれた二人へのお礼───主に慰謝料請求に関する諸々も考えていかなくては。

(やることたくさん───)

「なぁ、ガーネット」
「ん?  何かしら、お父様?」

 途中から静かになっていたお父様がチョビ髭を揺らしながら言った。

「実は、ずっと気になっていたんだが───」
「?」
「お前とジョルジュ殿との会話に時折出て来ていた“踏みつけた”だの“踏まれた”だのという話はなんなのだ?」
「……」

 ピシッと私は笑顔のまま固まる。

(───んあぁっ!  忘れてたーー!)

 すっかりお父様にも説明した気になっていた……
 私は腕を組んでうーんと考える。

(あの二人に慰謝料払うのは有り得ないけど、さすがに踏みつけこっちはね……)

 私が頭の中で慰謝料と治療費(友情価格)を計算していたらジョルジュが口を開いた。

「…………寝ていた俺はガーネットに背中を踏まれた……ようだ」
「なに!?  ガーネット!  お前は人様になんてことを!」
「……」

 お父様が“聞いてない!”という顔でジロッと私を睨む。
 だから、私も“言ってない!”という顔で睨み返した。

「えぇい、とりあえずガーネットへの説教は後だ!  ジョルジュ殿!  それで怪我は?  痛みは!?」
「……」

 お父様に訊ねられてジョルジュはしばらく沈黙してからポソッと言った。

「多分…………痛い?」
「!」

 私はハッと息を呑んだ。
 そのままジョルジュは顔をしかめる。

「そういえば背中…………ズキズキ……している気が、する」
「~~っ!  それなら早く言いなさいよーーーー!」
「忘れて、た……?」

 うーん……とジョルジュは首を捻る。

「いやいやいや!  なんで疑問形?  あと普通、忘れないわよーーーー!?」


 私の新しい友人は、やっぱりとんでもなく自由でマイペースな男だった。

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