誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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4. 庭園にいた理由

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(……今、なんて?)

 もしかして私がさっき踏みつけたのって、この人の頭だったんじゃ…… 
 それでおかしな発言を───……

「ガーネット。とりあえず移動するぞ」
「え?」
「一応、彼も起きたことだし、一旦移動した方がいい」
「あ……」

 お父様にそう言われて、それもそうねと思った。
 この暗がりでは、この男がどこの誰なのかも分からないまま。

(それに……私がこの男のどこを踏みつけたのかもよく分かってないし……)

 痛かった気がする発言のせいで有耶無耶になったまま。
 頭ではないことを願って私たちは庭から移動することにした。



 王宮内に戻るなりお父様が言った。

「ガーネット、ドレスが汚れているぞ」
「え?  あ、ああ……そうね」

 お父様の指摘を受けてドレスの裾を確認する。
 座り込んでいたせいか土で汚れていた。

「───いいのよ、帰ったらどうせ捨てるから」
「ガーネット……」
「それとも、ラモーナ……イザード侯爵家に送りましょうか?  “お返し”したネックレスとイヤリングとセットになってとてもよく映えるんじゃないかしら?」

 にっこり笑顔でわざとそう口にしたらお父様は深いため息を吐いていた。

(ごめんなさいね、お父様……)

 そして、私が踏みつけた謎の男はそんな私たちの会話に口を挟むことはなく、ただ静かに黙って隣を歩いていた。


────


 王宮内の部屋を一室借りて入室し、それそれ椅子に腰かける。
 私は椅子に座ったあと足を組んでふんぞり返りながら男に訊ねた。

「───それでは改めて。ようやく顔が見れたわね。で?  そこのあなた、お名前は?」
「お、おい……ガーネット。なんでお前は態度も口調もそんなに偉そうなんだ……」

 お父様がじとっとした目で私を見てくる。
 ───どうやら、分かっていないようね、お父様。
 ここで私がヘコヘコ下手に出て、この男に舐められでもしたらどうするのかしら?
 だってこの男……

(突然、平気で人の肩で眠り倒すような男なのよ!?)

 あと、あの意味不明な発言といい絶対に只者じゃないのよ!


「俺はジョルジュ……ギルモア」
「え?  ギルモア?」

 目の前の男が名乗った名前に私は眉をひそめる。

「君はギルモア侯爵家の令息だったのか……」

 お父様も目を丸くする。
 きっと今、私たち親子の気持ちは一つよ!

 ────この覇気のなさそうな、どこでも寝るが侯爵家の令息ですって!?

(でも、土で汚れているけれど、よくよく見れば身なりはしっかりしてるじゃない!) 

 ちなみに服の汚れ方からおそらく私はこのジョルジュ・ギルモアの背中を踏んだと思われた。

(頭じゃなかったわ……)

 私はじっとジョルジュ・ギルモアの顔を見つめる。

「……」

(ちょっと前髪が長めなのは気になる所だけど、顔は整っているわね……)

 そこでふと思い出した。
 私の記憶に間違いなければ、ジョルジュ・ギルモアはギルモア侯爵家の嫡男だったはず。
 だけど───

「確か、ギルモア侯爵家のジョルジュ様って留学中と聞いていたけれど?  あなた本物?」
「……昨日、帰って来たばかりだ」
「昨日帰国?  ホッヤホヤじゃない。それなのに、あなたはいきなり今日のパーティーに押し込まれたの?」
「……」

 コクリと頷くジョルジュ・ギルモア。
 でも、これで彼が妙に寝ぼけている様子の理由が分かった。

「なるほどね。つまり……あなた時差ボケしていたのね?」
「時差……ボケ」

 ジョルジュ・ギルモアが目を丸くして私を見た。

「おい、ガーネット……!」

 窘めようとしてくるお父様の手を振り払って私は話を続ける。

「で?  そうまでして今夜のパーティーに参加するなんて。何か外せない理由でもあったのかしら?」
「…………友人」
「友人?  ああ、せっかく帰国したんだから、すぐに会いたい人がいたということね?」

 私がその返答に納得してウンウンと頷いていたら彼は首を横に振った。

「違う」
「え?  違うの?」
「友人は…………いない」
「へぇー、友人いないのね。それはそれは…………え?」

(い  な  い  ?)

 ん?  と思って顔を上げる。

「えっと?  どういう意味かしら?」
「だから……友人はいない。大きなパーティーに参加して友人を作ってこい!  ……母親からそう命を受けた」
「……そ、そう、だったの……ね」

 なんという荒療治。
 きっと母親なりにこの息子の人生を心配してのことなのでしょうね。
 まあ、いいわ。
 そんなことより、私が知りたいのは……

「なら、友人を作ろうと参加したはずのパーティーなのに、庭で寝転がっていたのは何故?」

 おかげで踏みつけちゃったじゃない!
 だから、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。

「…………」

 ジョルジュ・ギルモアは気まずそうにそろっと私から目を逸らす。
  
「!」

 私はムッとして彼の顔に向かって手を伸ばした。
 そして強引に顔を私の方に向かせる。
 ジョルジュ・ギルモアはギョッとして、目を大きく見開いた。

「え……?」
「いいこと?  こういう時に目は逸らさない!  そういう態度は相手に失礼なのよ?  話す時はちゃんと私の目を見て話しなさい!」
「…………は、い」

 ジョルジュ・ギルモアは驚いたのか目をパチパチさせながらも小さく頷いた。
 その姿を見て私はふふっと笑みを浮かべる。

「あなた───とっても素直なのね?」
「……ガーネット。分かってるか?  ジョルジュ殿はお前より年上なんだぞ?」
「そうだったわね。お父様、それがどうかして?」 

 私はお父様の言葉を軽く流してから、ジョルジュ・ギルモアに詰め寄る。

「で、もう一度聞くわ。あなたは何故、庭に転がって私に踏みつけられることになったのかしら?」
「……」

 彼はあまり言いたくなさそうだった。
 けれど、しばらくして観念したように口を開いた。

「ま、迷子だ……」
「迷子?」

 私は眉をしかめる。
 確かに王宮は広い。
 広いけれど───……

 ジョルジュ・ギルモアは語る。

「会場に着いたもののすることがなく、とにかく片っ端から料理をつまんでいたら……食べ過ぎた」
「……食べ過ぎ、ね」

 私は復唱する。

「その後、手を洗いに行こうと会場を出た……が、方向が分からなくなり…………戻れなくなった」
「……方向音痴なのね」
「フラフラしているうちに気付くと外に出てしまっていた……」
「……どうしてそうなったのよ」

 ジョルジュ・ギルモアは分からない……と首を横に振る。

「とりあえず、歩いていたら……今度は眠気が……」 
「!」

 私は、ふっと笑った。

「ホホホホ!  つまり、あなたは時差ボケと満腹のせいで、フラフラさ迷っている最中に眠気に襲われてしまった、と?  ふっ────あなたね?  いったい何歳のどこの子どもよ!!」
「───二十二歳……ギルモア家だが?」
「そう───迷子の二十二歳児ってことね…………って、そういうことじゃないわよ!?」

 ガタンッと私は椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。
 ジョルジュ・ギルモアはそんな勢い余った私をきょとんとした顔で見ていた。

「ガーネット、お、落ち着け……!」
「え?  私はとっても落ち着いているわよ、お父様!  まあ?  ちょっと血圧と体温が上昇したけれどね!」
「───全然、落ち着いとらんわ!!   いいから座れ!!」 
「……」

 私はふぅ、と軽く息を吐いてから椅子を直してもう一度座る。

「えっと……ところであなたは結局、パーティーで友人は出来たの?」
「いや……パーティーでは食べて寝て、そして───踏まれて今を迎えている」
「……っ!  そ……そう、ね」

(踏みつけた話をされると少しばかり胸が痛いわね……)

「コホンッ……つまり、友人はいないまま……ということね?」
「そうだ」
「……」

 私はジョルジュ・ギルモアに向かって手を差し出した。
 その手を見た彼は不思議そうに首を傾げた。

「……私ね、さっき友人だと思っていた子に裏切られて“友人”を一人失くしたばかりなの」
「?」

 ジョルジュ・ギルモアが静かに顔を上げる。
 私たちの目がバチッと合ったので、私は彼に向かってふふっと微笑んだ。

「……だから、ね。あなた……私の新しい友人になってくれないかしら?」
「!」
「どう?」

 ジョルジュ・ギルモアの目が今までで一番大きく見開いた。





 ─────私が、そんな新たな友情を結ぼうとしていたその頃。
 パーティー会場では……


(あら?  ガーネットの姿が……)

「……エルヴィス様、ガーネットの姿が会場に見当たりませんわ?」
「ああ。ガーネットならさっき、外に出て行ったのを見たけど?」
「え!」

(ふ~ん……外かぁ)

 私、ラモーナは思わず緩みそうになった口元を慌てて押さえる。
 そして悲しげに目を伏せた。

「ガーネット……もしかして会場にいるのが辛くて……?」
「……そんな顔をするなラモーナ。それにしてもいつもどんな時もすました顔ばかりだったガーネットのあのポカン顔はなかなか滑稽だったな」

 エルヴィス様が婚約破棄を言い渡された時のガーネットの顔を思い出して笑う。

「さすがのガーネットも今頃、一人で外でこっそり泣いているんじゃないか?」
「そ、そんなガーネットが!?  うぅ…………や、やっぱり私、のせい……ですよ、ね?」

 私は目にうるっと涙を浮かべてエルヴィス様を見上げる。

(ん~……どうせなら、皆の前で惨めに泣いて欲しかったわぁ……残念)

 エルヴィス様が優しく慰めるように私の頭をそっと撫でる。

「…………ラモーナ。仕方がなかったんだよ。僕たちが結ばれるためには……こうするしか、ね」
「え、ええ───もちろん!  分かっていますわ、エルヴィス様───……」

(ふふふ、悪く思わないでね?  ガーネット……)

 私は涙を拭ってそっとエルヴィス様に抱きついた。

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