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3. 自由な男
しおりを挟む─────……
「───そういうわけで、私は弁解の余地すらほとんど与えられず、あっという間に婚約破棄を言い渡された、というわけなのよ!」
「……そうか」
「信じられる? それでその場でちゃっかり次の婚約者には隣で侍らせていた彼女を……って指名したってわけ! 会場は大盛り上がりよ、大盛り上がり!」
「……そうか」
「私のことは、友人からアクセサリーを無理やり奪った傲慢な悪女呼ばわりよ? 婚約者だった私を一方的に悪女と決めつける……一国の王子としてこれはどうなのってあなたも思うでしょう?」
「……そうか」
「もう、これは最初から仕組ま─────ねぇ! ちょっと私の話、聞いてくれている!?」
私は、先ほど踏みつけたばかりの素性もよく知らない謎の男の肩を掴んで思いっきり前後に揺さぶった。
「…………き、聞いてはいる……」
「……」
暗いので男の顔はよく見えない。
けれど、男はぼんやりとした様子でそう言った。
「本当かしら? 返す言葉が“そうか”だけって……それならもっと他に取るべきリアクションがあるでしょう?」
「……」
「まあ? 確かに……突然、踏みつけておいて、こんなところで暇そうにしているなら私の話に付き合って頂戴! と無理やり話し始めたのは私だけれど!」
それで、ドレスが汚れるのも構わず、庭園に直に座り込んだ私が一方的に捲し立てるように喋っていた。
だから、強引なことをしている自覚はあるわ……
「……」
でも、それにしたって反応薄すぎないかしら?
王子の婚約者がおそらくだけど、はめられて婚約破棄まで言い渡されたあげく悪女認定までされたのよ?
これ結構、大事だと思うのよ……
(まさか……)
ここでハッと恐ろしいことに気付いてしまった私。
おそるおそる謎の男に訊ねてみる。
「ねえ? …………あなた、もしかして全っ然、ひとっかけらも私の話に興味が無いんじゃ……」
「…………い」
「え!」
な い !?
何それ……ちょっとショックなんですけど……
「───や、やっぱり! こ、これくらいのひとかけらも!?」
私は指で小さく丸を作る。
多分、見えていないだろうけどニュアンスは伝わるはず。
「…………い」
「!」
しかし、男は同じ言葉を繰り返すのみだった。
(な、い……興味……ゼロ……)
「……ふっ、ホホホホ! そうよね! 確かに突然踏みつけてくるような無礼な女の身の上話なんて……どうでも……いいわよ、ね…………ゥッ」
強気だった語尾が段々と弱くなっていく。
何だか急に悲しい気分になって来た。
あんなに熱かった身体も何だか急に冷えて来た気がする。
そうしたら、少し頭の中が冷静になった。
「……」
(そうよね……グダグダグダグダ……こんなの私らしくなかったわ)
だってまだ、私にはやるべきことがあるもの。
エルヴィス殿下の婚約者としての座?
ふっ…………そんなものは、もうどうでもいいわ。
要らない。
(でも……)
このまま、好き放題の言われっぱなしのやられっぱなしであの二人の思う通りにさせるのは……許せない。
(そして、このまま婚約破棄の慰謝料だけもぎ取られる? 冗談じゃない!)
───この場合、むしろ私が貰う側でしょう?
(絶対に請求してやる!)
私はグッと拳を強く握った。
「貧乏王家と侯爵家のくせに…………この私を裏切ってはめて敵に回したこと。一生かけて後悔させてやるわ……!」
私はふっと笑ってから顔を上げた。
そして、どこの誰かも分からない謎の男に向かって告げる。
「───いきなり踏みつけて悪かったわ。でもね? 通り道に堂々と寝転がっていたあなたもあなたなのよ!」
「……」
そう口にしながら、そういえば、そもそもこの男は何でこんな所に転がっていたの?
今更だけどそんな疑問がわいてくる。
「私みたいな酔っ払った結果の末路なのか、ただ転んだだけのお間抜けさんなのかは知らないけど、とにかく危ないわよ?」
「……」
「それから、興味の無い話にまで延々と付き合わせて悪かったわね。でも、思いっきり喋らせてくれたおかげで、すっかり酔いも覚めて冷静になれ……………ん?」
話している途中で急に私の肩がズシッと重くなった。
明らかに“何か”が肩に乗っている。
そう、何か……が。
「は? ……え? ちょっと? な、に?」
「……」
息遣いが妙に近くで聞こえる。
もしかして、いえ、もしかしなくても、この肩に乗っているのって、
────謎の男の頭じゃないかしら!?
「え、えぇえええーーーー!?」
「……」
「は? ちょっ…………ねえ、あなたいったい何しているの!?」
「…………い」
「?」
うまく聞き取れなかったけど、今、何か言った!
「……っ! 申し訳ないけれど、もう一回言ってくれるかしら?」
「…………ね」
「ね、」
私は男の言葉を一言一言ゆっくり復唱する。
聞き間違い防止のためにも復唱することは大事なのよ。
「む…………」
「む!」
(ん? 待って? ……ね、む?)
これ何だか雲行きが怪しい、気がする。
この言葉に続くのって一つだけじゃない?
「………………い」
「い!!」
(やっぱりーー!)
「ねむい? 眠いですって? あなた、こっちが真面目に話しているのにどういうつも───」
「……」
スゥ……
(寝息ーーーー!)
う、嘘でしょう!?
この男、私の肩に頭を乗せてスヤスヤ寝始めたんですけど!?
人生で初めての出来事に私は硬直する。
「え、えええ? ま、まさか……この人。ずっと私の話を聞きながら眠気と戦っていたんじゃ……」
いや、それよりも。
「……こんなところに転がっていたのも寝ていたから、とか……?」
スゥスゥ……
男はとっても穏やかな寝息を立てている。
(まさか、ねぇ)
「それより、私のこと怒りもしないで肩だけ借りて眠るってなんなのよ……」
マイペースにも程があるでしょう!
「あと、それとあなた……いったいどこの誰なのよーー…………」
「……」
嘆く私の肩の上で、謎の男はとても気持ちよさそうにスヤスヤ眠り続けた。
「……ット」
……ん? 私を呼ぶ声が聞こえる。
この声は──お父様?
「…………ネット!」
薄らと目を開ける。
もう朝?
あら? でも昨夜って私、いつ眠ったのかしら?
パーティーの途中から記憶が……
ラモーナに裏切られて婚約破棄されて、ヤケになってお酒をがぶ飲みして……ムニュ……
(そうだったわ……庭でムニュッと何かを踏んで……)
「………………ガーネット!!」
「!」
その声にパチッと目を覚まして顔を上げる。
目の前に薄ら見えるはお父様の顔。
「あら……? えっと、そのセンスの悪いチョビ髭の顔は私のお父様……よね?」
「…………この素晴らしい髭がセンス悪いだと……? ガーネット寝ぼけているな? それよりなかなか戻って来ないと思えば──こんなところで何をしている」
自慢の髭を貶されてムッとしたお父様が怒り口調で問い詰めてくる。
威厳を出したくて生やしているのにチョビしか生えないのがお父様の悩みどころ。
「チョビは頑張ってもチョビなのよ、お父様…………」
「うるさいぞ! そんなことよりガーネット! 隣! 隣の男は誰なんだ!?」
「となり……男……」
(そうだった……私、知らない男を踏みつけて……それで……)
どうやら、あのまま一緒にウトウト眠ってしまっていたみたい。
「えっと、知らないわ」
「は? 親密そうに寄り添って眠っていただろう!」
「そう言われても……知らないものは知らないのよ!」
「知らない男と一晩遊ぶつもりだったのか!?」
正確には、知らない……ではなく、分からない。が正しいのだけど私もまだ少し寝ぼけていた。
「ガーネット! いくら何でもヤケになり過ぎだぞ」
「お父様……」
お父様は私の肩で眠っている男の肩を掴むと揺さぶって声をかける。
「あー、君。すまないが、ちょっと起きて事情を説明してくれないか?」
「……」
「見た感じ若そうだが……君はいったいどこの令息かね?」
「……」
(若いんだ……)
言われてみれば声は若かった気がする。
「……君!」
「……」
「…………おーい!」
「……」
「起きろ、起きてくれ?」
「……」
お父様にかなり強くゆっさゆっさと揺さぶられてるのに男は微動だにしない。
耳元で叫ばれても全くの無反応。
先程の発言───“眠い”は嘘ではなかったらしい。
「~~っっ! ガーネット! 話はあとだ。とにかく、今はこの男を起こすのを全力で手伝え!」
「え? は、はい」
その後、めいっぱい肩を揺さぶり、耳元で起きて? と優しく声をかけ続けるも一向に目を覚ます様子がない男。
「~~~~っ!」
「ん? おい、ガーネット?」
「……」
私は大きく息を吸ってから彼の耳元で叫んだ。
「───起きてって言っているでしょう! いい加減、少しくらいその目を開けなさいっっ! また踏みつけるわよ!?」
「こ、こら、ガーネット!!」
「ふんっ! お父様。どうせ、ここまでしたってこの人は目を覚まさな……」
目を覚まさないわよ───そう言おうとしたけれど。
「…………んっ……?」
「!」
「い、ま…………天使、の声……が聞こえ……た?」
(───は!?)
謎の男が意味不明の言葉と共にようやく反応した。
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