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はじまり───踏みつけた
しおりを挟む「あぁ! もう!」
(むしゃくしゃする!)
この時、苛立ちから酒を浴びるように飲み続けて身体が熱くなっていた私は、少し酔いを覚まそうと庭に飛び出してズカズカと歩き続けていた。
「ん? ……何あれ?」
そこへ、自分の歩いている進行方向に黒い固まりがあるのが見えた。
「ん~……?」
目を凝らしてみるけれど、暗がりのせいで私にはその固まりが何なのかはよく分からなかった。
「……」
(───邪魔ね……)
この時、すでに何杯飲んだかも分からないお酒……しかも初めて飲んだせいで私は酔っていた。
また、ヤケ酒の原因────それまでに起きたことにもむしゃくしゃしていたこともあり、気にせずそのまま突き進むことにした。
(ここは道! 人の通り道に何かよく分からない物を置いておく方が悪いのよ!)
「邪魔よっ!」
そう結論づけた私は“ソレ”を思いっきり踏みつけながら通り過ぎた。
───ムニュッ
「ンガッッ……!」
(……ん?)
だけど、物だと思っていた“ソレ”は考えていたよりもかなり柔らかい感触がした。
更に……
ンガッ、と聞こえた気がする。
(は? ちょっ……え? 今のンガッ! て、人の声じゃなかった?)
さすがにそのまま立ち去る気にはなれず、気になって立ち止まって後ろを振り返る。
でもその固まりが動く気配は……ない。
(えーー……? どういうこと?)
仕方なく少し戻ってみて、そっとその黒い固まりを見下ろした。
「……」
…………ケホッ、ケホケホケホッ
やがて、私が踏みつけたソレは苦しそうにむせ始めた。
そう。
むせた……つまり、アレは生き物───……
「……!!」
(えええええ!?)
これ、えっらいことしでかしたかもーーーー!?
私は、目の前がクラッとした。
(やっぱり、もしかしなくても今、踏みつけたのって、ひ、人……だった!?)
え?
思いっきり踏んじゃったわよ?
なんなら、諸々の怒りも含めて結構力も込めたけど!?
え?
ちなみに私、どこを踏んだ? 顔? 身体? 腕? 足?
そして脳裏に浮かび上がるのは……
(こ…………これ、慰謝料案件?)
内心で色々なことをぐるぐる考えていたら遂にソレ……人間と思われる物体がピクリと動いた。
「!」
ソレはムクリと起き上がる。
(やっぱり生き物……それも人間ーーーー!)
男か女どちらかは、暗くてまだよく分からない。
でも、
(───とりあえず生きてるのよね? それは良かった!)
どうにか人殺しの罪は免れた。
今はそれだけが救い。
私のこれまで築き上げた評判はついさっき地に落ちたばかり。
社交界でこれ以上変な呼ばれ方するのだけは御免こうむる!
しかし、そうなると……
後は、この謎の人物(?)が私に踏みつけられたことをどう怒ってくるかどうか、だ。
そこに私の今後の運命はかかっている!
「…………う、ん……?」
「!」
ビクッ!
私は身構える。
───この声は男だ。
これは厄介。
下手をするとこの場で暴力に訴えてきて、怒鳴り散らしてくるかもしれない。
「……」
(ふんっ! ───でもね?)
理由なんて知らないけど、そんな所でゴロンッと転がっていたそっちにも非があるんだから!
何か言われても簡単には引き下がってやらないわよ?
私はすっかり内心で開き直る。
そんな中、男はかろうじて、聞き取れるくらいのボソボソとした声で続けた。
「…………踏まれた」
「!」
「…………気がする」
「───はぁ!?」
まさかの“踏まれた気がする”発言に思わず呆れた声が出てしまった。
(気がするですって? 何、アホなこと言っているの? 思いっきり私に踏まれたでしょ!?)
見てご覧なさいよ、このヒール。
かなりの凶器よ?
「…………痛い」
「!」
「…………気がする」
「───はあぁぁ!?」
続けて飛び出した“痛い気がする”発言。
私はさらに呆れた声を出す。
もう何なのこの人? ……という思いが私の中でむくむく強くなる。
そんな不気味な男の表情は暗くて見えないまま。
「…………ん? 誰だ?」
「!」
「そこに誰かいる……のか?」
どうやらこの男。
たった今、私の存在に気がついたらしい。
顔をキョロキョロさせている気配が伝わって来る。
(鈍い! 鈍すぎるわ!!)
この鈍臭男、もし戦場にでもいたら真っ先に殺られ……いや、自分が殺られたことにも気付かないでコロっと死んでそう!
「…………見えん」
「!」
「…………まあ、いいか」
「!?」
(いいのーー!?)
なんと、その男は即効で自分を踏んだ犯人探しを諦めた。
(くっ……何だか……調子が狂うわ!)
私はカッとなって開き直って叫んだ。
「まあ、いいかですって? 全然よくないでしょう! 私はここにいるわよ!」
「……!」
男がハッとした気配を見せる。
そして、また顔をキョロキョロさせている。
(だから、ここだってば!)
「…………誰だ?」
「……」
私はバサッと髪をかきあげると堂々と胸を張って声を張り上げた。
「私? 私は─────あなたを踏みつけた者よ!」
「踏みつけ……」
「そうよ! この足で思いっきり踏んだわ!」
見えてなさそうだけど、私は男の前に足を突き出す。
「……」
さあ、罵るならお好きにどうぞ?
もちろん、反論はさせていただきますけどね?
私はドキドキしながら相手の出方を待つ。
「……」
「……」
「…………やはり、そうだった、か」
「……!」
「……」
「……?」
しーん……
(……は? なんでそこで黙るの? めちゃくちゃ怖いんだけど!!)
何故かその男は、やはりそうだったか、とだけ呟くだけでそのまま黙り込んだ。
こっちは覚悟を決めていたのに怒るわけでも罵るわけでもなく……とにかく黙り込んだ。
「……っ!」
(どうしよう、ここから私の取るべき行動の正解が分からない!)
普通に考えて私のすべきことはまず謝罪……
後々、冷静になってからはそう思ったけれど、この男の予想外の反応にこの時の私の頭の中は完全に混乱していた。
だから───
「───ん? だが……」
「!」
ようやく男が喋ってくれた。
私は息を呑んで次の言葉を待った。
「なんで、俺は踏まれた……んだ?」
暗がりでも分かる。
男は今、不思議そうに首を傾げている!!
「……っ!」
そんなの……決まっているでしょう!?
「─────邪魔だったからよ!!」
不気味で謎の男に向かって思わず私は反射的にそう怒鳴っていた。
────とある出来事により、ヤケ酒中だったガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢、十八歳。
一方、眠気に負けて庭に出て行き倒れ、スヤスヤ寝ていたジョルジュ・ギルモア侯爵令息、二十二歳。
後の夫婦となる二人はこの日、多分運命……な出会いを果たした。
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