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2. 誕生日───当日 ①
しおりを挟む十八歳を迎えた誕生日当日は、とってもいい天気だった。
「──十八歳、おめでとう。ガーネット」
「ありがとう、お父様」
「我がウェルズリー侯爵家の娘として、そして未来の王子妃として恥じない娘となりなさい」
「ええ、お母様」
朝食を取りながら親子でそんな会話をしていると、食べ終わった頃を見計らって執事がやって来た。
「ガーネットお嬢様、コーラル様からお荷物が届いております」
「あら、お兄様から?」
「はい。必ず本日、お嬢様にお渡しするように……と」
「まあ……!」
ウェルズリー侯爵家の嫡男であるコーラルお兄様は現在、他国に留学中。
留学先でも私の誕生日のことは忘れていなかったらしい。
「コーラル、ちゃんとガーネットの誕生日を覚えていたのか」
「あの子……ちょっと、うっかりしている所があったから心配だったわ」
お父様とお母様も満足そうに微笑んでいる。
(……何をくれたのかしら?)
どうせなら、留学先の国でしか手に入らないような名産品とかなら嬉しいのだけど。
はしゃぎ回りたい気持ちをどうにか押さえて、私はいそいそと贈られたプレゼントの包みを開封した。
「!」
────ガーネット、十八歳の誕生日おめでとう!
そんなメッセージカードと共に入っていたお兄様からのプレゼントは……
「……」
「……」
「……」
「……」
食堂が一気にしーんと静まり返る。
お父様もお母様も、そしてプレゼントを運んで来てくれた執事も。
誰も口を開かなかった。
いや、開けなかった。
(お、お兄様……これは、どういうつもり!?)
いそいそ開けた包みから飛び出したのは、
それはそれはとても可愛いらしくて愛くるしい────
────ぬいぐるみ!!
「……っ!?」
ど う い う こ と !?
私は目を疑った。
そして、何度も何度も擦ってみたけれど、お兄様から届いた可愛いプレゼントの姿は変わらない。
「お父様、お母様……」
「!」
「っ!」
愛くるしいぬいぐるみを持ち上げながら声をかけると、二人がビクッと肩を揺らす。
「私は今日、何歳になったのかしら?」
「……!」
「……っ!」
スッと気まずそうに目を逸らす二人。
仕方が無いので、私は執事に訊ねる。
「セバス。答えて」
「…………っっ! じゅ、十八歳になられたかと……」
「そう、よね?」
十八歳。
それも成人、大人よ?
お酒だって飲めちゃうのよ?
「コーラルお兄様の中での私はいったい何歳なの……?」
五百歩ほど譲って、子どもの頃の私がぬいぐるみを集めるのが好きだった───
なら、まだ話は分かる!
しかし、残念ながらそんな記憶は一ミリもない!
「……」
「……」
「…………とにかく、お兄様にはお礼の手紙を書かなくてはね」
何か言いたそうな顔をしている両親の前で私は気丈に振舞った。
「お、に、い、さ、ま……! とっても素敵なプレゼントをありがとうございます…………って待って?」
部屋で返事を書きながらふと思った。
「ぬいぐるみ……王宮に持ち込んでもいいものなのかしら……?」
気高き令嬢、ガーネット・ウェルズリー……
私のイメージおかしくならない?
あと、エルヴィス殿下がこれを見たらどんな反応するかしら……?
「……ま、いっか。なるようにしかならないものね」
この可愛いぬいぐるみに罪はない。
そして、どんな想いが込められているにせよ、私のことを想って選んでくれたプレゼントは嬉しいことに変わりはない。
私はチラリと昨日、ラモーナに貰ったネックレスとイヤリングに目を向ける。
「……ラモーナもお兄様も…………ありがとう」
ふふっと私は微笑んだ。
────こうして、私の十八歳の誕生日は、そんな幸せな気持ちで始まった。
───────
グビッ
(なんで? なんで、こんなことになったの!)
グビッ!
(今日は……今日は私の誕生日なのよ? ついでに最高の一日になるはずだったのに!)
グビグビッ
(やってられるかーーーー!)
「───ガーネット! 飲みすぎだ、やめなさい」
「!」
イライラが止まらずグビグビとお酒を浴びるほど飲んでいると背後から、お父様がグラスを取り上げようとしてきた。
ムッとした私は思いっきり抵抗する。
「飲みすぎですって? どこが? こんなのまだまだですわよ、お父様!」
「まだまだ!? それが今日、成人を迎えて始めて酒を飲んだ人間の言うセリフか!」
「うっ……」
正論だった。
でも、ごめんなさいね、お父様!
…………今の私は素直にハイ、ソウデスネ! とは頷けないわ!
「とにかく今はパーッと飲みたい気分なの! だから、私の邪魔をしないでちょうだいお父様!」
「……ガーネット!!」
グビーーッ
私はお父様の手からグラスを奪い返すのに無事に成功すると、そのまま中身を一気に飲み干した。
「おい!」
「いいでしょ、お父様。今日は記念すべきめでたい私の十八歳の誕生日────だったんだから」
「……ガーネット」
私のその言葉にお父様はグッと黙り込んだ。
そして辛そうに目を伏せる。
「すまない……まさか、イザード侯爵令嬢が……あんな……」
「ふんっ────あの可愛らしい笑顔に騙されていたのは私も同じよ、お父様」
(大切な友人……親友だと思っていたのに)
───いつかガーネットが王妃になったら私は侍女として仕えるのも楽しそうよね!
殿下との婚約が決まった時に言っていたあの言葉。
(どの面下げて言ってたんだか……!)
思い出すだけでどんどん怒りが込み上げてくる。
「……っっ!」
「ガーネット……」
私は、ガッとグラスを掴み、勢いよくもう一杯グビッとお酒を飲み干してからお父様に言った。
「───ホーホッホッホッ! 残念ながらもう私は王子妃──未来の王妃にもなれないわ。ごめんなさいね、お父様!」
「ガーネット……」
「ついでに今日から私、ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢は社交界の笑いものねっ!」
ホホホ、既にさっきから周りの私への冷たい視線が痛くってよ!
グビッ
私はもはや、何杯目になるかも分からないお酒を手に取ると再び勢いよく飲み干す。
「……」
「おい、ガーネット。もう本当に……」
私のことを心配するお父様の後ろから聞こえてくるのは私のことを嘲笑う周囲の声。
クスクス、ヒソヒソ……
私はそんな好奇の視線を受けながら小さな声で呟く。
「ホホホホ…………今のうちに好きなだけ笑っておくといいわ。あなたたちのその顔、しかとこの目に焼き付けておくから」
「おい、ガーネット……目が据わってるぞ?」
「……」
私が今もチラチラ冷たい視線と嘲笑を浴びながらも帰らずにこの場に留まっているのは、単に周りに罪を認めて逃げた情けない女だと思われたくないだけ。
「だってお父様───私は“冤罪”なのよ?」
「……」
「私は───していない!」
ぐっと悔しそうに押し黙るお父様。
そんなお父様を横目に私はチラリと壇上で幸せそうに微笑み合う男女のことをじっと見つめた。
この国の第一王子、エルヴィス・モーフェット殿下と、彼の婚約者から降ろされた私の代わりとしてたった今、新たに彼の婚約者に選ばれたラモーナ・イザード侯爵令嬢。
私は、とても幸せそうに笑っている二人のことを睨みつける。
(ねぇ? これ最初からの計画だったのよね……?)
この私を嵌めるなんて……いい度胸しているわ。
「────よくも、やってくれたわね?」
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