3 / 119
2. 誕生日───当日 ①
しおりを挟む十八歳を迎えた誕生日当日は、とってもいい天気だった。
「──十八歳、おめでとう。ガーネット」
「ありがとう、お父様」
「我がウェルズリー侯爵家の娘として、そして未来の王子妃として恥じない娘となりなさい」
「ええ、お母様」
朝食を取りながら親子でそんな会話をしていると、食べ終わった頃を見計らって執事がやって来た。
「ガーネットお嬢様、コーラル様からお荷物が届いております」
「あら、お兄様から?」
「はい。必ず本日、お嬢様にお渡しするように……と」
「まあ……!」
ウェルズリー侯爵家の嫡男であるコーラルお兄様は現在、他国に留学中。
留学先でも私の誕生日のことは忘れていなかったらしい。
「コーラル、ちゃんとガーネットの誕生日を覚えていたのか」
「あの子……ちょっと、うっかりしている所があったから心配だったわ」
お父様とお母様も満足そうに微笑んでいる。
(……何をくれたのかしら?)
どうせなら、留学先の国でしか手に入らないような名産品とかなら嬉しいのだけど。
はしゃぎ回りたい気持ちをどうにか押さえて、私はいそいそと贈られたプレゼントの包みを開封した。
「!」
────ガーネット、十八歳の誕生日おめでとう!
そんなメッセージカードと共に入っていたお兄様からのプレゼントは……
「……」
「……」
「……」
「……」
食堂が一気にしーんと静まり返る。
お父様もお母様も、そしてプレゼントを運んで来てくれた執事も。
誰も口を開かなかった。
いや、開けなかった。
(お、お兄様……これは、どういうつもり!?)
いそいそ開けた包みから飛び出したのは、
それはそれはとても可愛いらしくて愛くるしい────
────ぬいぐるみ!!
「……っ!?」
ど う い う こ と !?
私は目を疑った。
そして、何度も何度も擦ってみたけれど、お兄様から届いた可愛いプレゼントの姿は変わらない。
「お父様、お母様……」
「!」
「っ!」
愛くるしいぬいぐるみを持ち上げながら声をかけると、二人がビクッと肩を揺らす。
「私は今日、何歳になったのかしら?」
「……!」
「……っ!」
スッと気まずそうに目を逸らす二人。
仕方が無いので、私は執事に訊ねる。
「セバス。答えて」
「…………っっ! じゅ、十八歳になられたかと……」
「そう、よね?」
十八歳。
それも成人、大人よ?
お酒だって飲めちゃうのよ?
「コーラルお兄様の中での私はいったい何歳なの……?」
五百歩ほど譲って、子どもの頃の私がぬいぐるみを集めるのが好きだった───
なら、まだ話は分かる!
しかし、残念ながらそんな記憶は一ミリもない!
「……」
「……」
「…………とにかく、お兄様にはお礼の手紙を書かなくてはね」
何か言いたそうな顔をしている両親の前で私は気丈に振舞った。
「お、に、い、さ、ま……! とっても素敵なプレゼントをありがとうございます…………って待って?」
部屋で返事を書きながらふと思った。
「ぬいぐるみ……王宮に持ち込んでもいいものなのかしら……?」
気高き令嬢、ガーネット・ウェルズリー……
私のイメージおかしくならない?
あと、エルヴィス殿下がこれを見たらどんな反応するかしら……?
「……ま、いっか。なるようにしかならないものね」
この可愛いぬいぐるみに罪はない。
そして、どんな想いが込められているにせよ、私のことを想って選んでくれたプレゼントは嬉しいことに変わりはない。
私はチラリと昨日、ラモーナに貰ったネックレスとイヤリングに目を向ける。
「……ラモーナもお兄様も…………ありがとう」
ふふっと私は微笑んだ。
────こうして、私の十八歳の誕生日は、そんな幸せな気持ちで始まった。
───────
グビッ
(なんで? なんで、こんなことになったの!)
グビッ!
(今日は……今日は私の誕生日なのよ? ついでに最高の一日になるはずだったのに!)
グビグビッ
(やってられるかーーーー!)
「───ガーネット! 飲みすぎだ、やめなさい」
「!」
イライラが止まらずグビグビとお酒を浴びるほど飲んでいると背後から、お父様がグラスを取り上げようとしてきた。
ムッとした私は思いっきり抵抗する。
「飲みすぎですって? どこが? こんなのまだまだですわよ、お父様!」
「まだまだ!? それが今日、成人を迎えて始めて酒を飲んだ人間の言うセリフか!」
「うっ……」
正論だった。
でも、ごめんなさいね、お父様!
…………今の私は素直にハイ、ソウデスネ! とは頷けないわ!
「とにかく今はパーッと飲みたい気分なの! だから、私の邪魔をしないでちょうだいお父様!」
「……ガーネット!!」
グビーーッ
私はお父様の手からグラスを奪い返すのに無事に成功すると、そのまま中身を一気に飲み干した。
「おい!」
「いいでしょ、お父様。今日は記念すべきめでたい私の十八歳の誕生日────だったんだから」
「……ガーネット」
私のその言葉にお父様はグッと黙り込んだ。
そして辛そうに目を伏せる。
「すまない……まさか、イザード侯爵令嬢が……あんな……」
「ふんっ────あの可愛らしい笑顔に騙されていたのは私も同じよ、お父様」
(大切な友人……親友だと思っていたのに)
───いつかガーネットが王妃になったら私は侍女として仕えるのも楽しそうよね!
殿下との婚約が決まった時に言っていたあの言葉。
(どの面下げて言ってたんだか……!)
思い出すだけでどんどん怒りが込み上げてくる。
「……っっ!」
「ガーネット……」
私は、ガッとグラスを掴み、勢いよくもう一杯グビッとお酒を飲み干してからお父様に言った。
「───ホーホッホッホッ! 残念ながらもう私は王子妃──未来の王妃にもなれないわ。ごめんなさいね、お父様!」
「ガーネット……」
「ついでに今日から私、ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢は社交界の笑いものねっ!」
ホホホ、既にさっきから周りの私への冷たい視線が痛くってよ!
グビッ
私はもはや、何杯目になるかも分からないお酒を手に取ると再び勢いよく飲み干す。
「……」
「おい、ガーネット。もう本当に……」
私のことを心配するお父様の後ろから聞こえてくるのは私のことを嘲笑う周囲の声。
クスクス、ヒソヒソ……
私はそんな好奇の視線を受けながら小さな声で呟く。
「ホホホホ…………今のうちに好きなだけ笑っておくといいわ。あなたたちのその顔、しかとこの目に焼き付けておくから」
「おい、ガーネット……目が据わってるぞ?」
「……」
私が今もチラチラ冷たい視線と嘲笑を浴びながらも帰らずにこの場に留まっているのは、単に周りに罪を認めて逃げた情けない女だと思われたくないだけ。
「だってお父様───私は“冤罪”なのよ?」
「……」
「私は───していない!」
ぐっと悔しそうに押し黙るお父様。
そんなお父様を横目に私はチラリと壇上で幸せそうに微笑み合う男女のことをじっと見つめた。
この国の第一王子、エルヴィス・モーフェット殿下と、彼の婚約者から降ろされた私の代わりとしてたった今、新たに彼の婚約者に選ばれたラモーナ・イザード侯爵令嬢。
私は、とても幸せそうに笑っている二人のことを睨みつける。
(ねぇ? これ最初からの計画だったのよね……?)
この私を嵌めるなんて……いい度胸しているわ。
「────よくも、やってくれたわね?」
1,135
お気に入りに追加
3,001
あなたにおすすめの小説
そういうとこだぞ
あとさん♪
恋愛
「そういえば、なぜオフィーリアが出迎えない? オフィーリアはどうした?」
ウィリアムが宮廷で宰相たちと激論を交わし、心身ともに疲れ果ててシャーウッド公爵家に帰ったとき。
いつもなら出迎えるはずの妻がいない。
「公爵閣下。奥さまはご不在です。ここ一週間ほど」
「――は?」
ウィリアムは元老院議員だ。彼が王宮で忙しく働いている間、公爵家を守るのは公爵夫人たるオフィーリアの役目である。主人のウィリアムに断りもなく出かけるとはいかがなものか。それも、息子を連れてなど……。
これは、どこにでもいる普通の貴族夫婦のお話。
彼らの選んだ未来。
※設定はゆるんゆるん。
※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください。
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
最後に、お願いがあります
狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。
彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
身勝手だったのは、誰なのでしょうか。
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢になるはずの子が、潔く(?)身を引いたらこうなりました。なんで?
聖女様が現れた。聖女の力は確かにあるのになかなか開花せず封じられたままだけど、予言を的中させみんなの心を掴んだ。ルーチェは、そんな聖女様に心惹かれる婚約者を繋ぎ止める気は起きなかった。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる