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351. 持つべきものは大親友
しおりを挟む「───と、言うわけでミレーヌちゃんが、あの崖の上で高笑っていた悪女みたいな顔をして、これまたあの崖の上の悪女みたいな発言をしていたのですわ」
「……」
「これまでミレーヌちゃんにベルトラン様の話をした覚えは無かったのですが、本能で悪い奴だと感じ取ったのかもしれません」
「……」
「ですが、いったいミレーヌちゃんは何処でそんな言葉を覚えたのかしらと、今も不思議で不思議で……」
「……」
「今ならまだミレーヌちゃんったら可愛いですわ~で済みますけど、もしこのまま成長して将来“悪女ミレーヌ”が誕生するかもしれないと思うと──」
「……」
「────アニエス様、起きてます?」
私は目の前のアニエス様ににこっと笑いかけた。
今、私は子供たちと一緒にパンスロン伯爵家───アニエス様の元を訪れている。
そして、先日のリシャール様との観劇デートでのベルトラン様との再会やその後のミレーヌの話をアニエス様に聞いてもらっていた。
しかし、私の話が進めば進むほど、なぜかどんどん顔を俯けてしまった大親友のアニエス様。
(もしかして、眠っているのでは……?)
私はそっとアニエス様の顔を覗き込もうとした。
するとアニエス様は、パッと顔を上げて頬をピクピクさせながら声を張り上げた。
「~~~っ、起きていたし、全部聞いていたわよっっ!!」
(起きてましたわ~)
アニエス様は今日も元気いっぱい!
頬もピクピクしていて何だかとても嬉しそうですわ。
「アニエス様!」
さすが、大親友のアニエス様。
ちゃんと話も聞いてくれていました!
「アニエス様ったらあまりにも静かでしたので、話の途中で眠ってしまったのかと思いましたわ」
「……フルール様を前にしてるのに、話の途中で寝るわけないでしょう!」
「!」
なんて嬉しい言葉なんですのーー!
私は感激した。
「アニエス様! 私、嬉しいですわ!」
「当然でしょう? ──────だって、フルール様の前で無防備に眠るなんて……寝た瞬間から何をされるか分かったもんじゃな…………」
「ヴッギャゥァァゥアァーーーー!!」
ペタペタペタペタ……
「あぅぁぅぁっあ~~?」
ペタペタペタペタ……
「ふたいとも、まってぇーーーー!」
パタパタパタパタ……
「……」
「……」
私たちは顔を見合わせる。
子供たちが廊下を楽しそうに駆け回る声がこちらまで大きく響いて、アニエス様の発言の最後の方は見事にかき消された。
「ふっふっふ! アニエス様。ミレーヌちゃんとテオくんとヴィクトルくんは今日も元気いっぱいですわね!」
「え? 今、ヴィクトル……泣き叫んでた……わよね……?」
アニエス様が呆然した顔で呟く。
「声と足音を聞く限り、ヴィクトルくんのハイハイの後をテオくんがハイハイ、そのまた後をミレーヌちゃんが走って追いかけていたようです」
「あの二人に……お、追いかけてられて、る……?」
アニエス様が子供たちだけで遊ばせているのが心配なのか急にソワソワし始めた。
安心してもらおうと思った私は満面の笑みを浮かべてドンッと胸を張った。
「アニエス様! そんな顔をしなくても大丈夫ですわ! ヴィクトルくんにはミレーヌちゃんがついています!」
「そ・れ・が! 一番心配なのよーーーー!」
「?」
アニエス様にガシッと肩を掴まれ前後にガクガクと強く揺さぶられた。
「フルール様! あなた、たった今! 憂い顔で娘が悪女になるかも……とかなんとか言ってたじゃないの! どこに安心出来る要素があるのよ!」
「ええ。ですが、まだ大丈夫ですわ! 多分……」
「た~ぶ~ん~!?」
アニエス様の目が吊り上がる。
(ふふふ、アニエス様は楽しそうで今日も元気いっぱいですわ!)
「フルール様の大丈夫という言葉ほど信用ならないものはないのよ! そもそも……」
「そもそも?」
ガックン、ガックン……
アニエス様の揺さぶりは全然止まる様子がない。
さすがの私もそろそろ目が回りそうです。
「当たり前のように連絡も無しに突撃して来て……開口一番に“アニエス様、大変ですわーー! 大事件……重大事件勃発ですわーー”って門前で騒いだのは誰!」
「私ですわ?」
私は、にこっとアニエス様に笑顔を向ける。
すると、ふふ、ふふふ……とアニエス様も笑い返してくれた。
「…………よっぽどの大事件なのかと思って真剣に話を聞いてみれば……」
「大事件ですわ? もしかしたら、ミレーヌちゃんが将来、悪女になるかもしれないんですもの」
「~~っ!」
「ミレーヌちゃんは、いったいどこで“ざまーみろ”なんて言葉を知ったのか…………これはもう重大事件なのです!」
「~~~~っ!」
真っ赤な顔をしたアニエス様がそのまま頭を抱えて黙り込む。
事の重大さが無事に伝わったようで良かった、と私は胸を撫で下ろした。
「ですから、アニエス様! ミレーヌちゃんがどこであの言葉を知ったのか私と一緒に考えてくださいませ!」
「そんなの! し……」
「し?」
「……し、」
なんと!
アニエス様には既に心当たりがあるようですわ!?
(さすが大親友アニエス様!)
やはり、持つべきものは大親友です!
私はニッコリ笑ってウンウンと頷いて続きを聞こうと耳を澄ました。
「う、うぎゃぁぁぁぁああああ~~!?」
「ぁぅぁぅあ~~?」
ペタペタペタペタ……
(あら? また仲良しこよしな子どもたちの声が聞こえますわ~)
ぜひ、テオくんとヴィクトルくんも私たちのような大親友になって欲しいところ……
なんて考えていたらアニエス様が続きを口にしようとしていた。
「し……」
「し!」
「知らないわよぉぉぉぉーーーー!」
(あらら?)
アニエス様は真っ赤な顔で力の限りそう叫んだ。
相変わらずの照れ屋さんです。
「ハァハァ……そんなこと、わたしが知るわけないでしょう!」
「アニエス様……」
どうやら心当たりはなかったらしくアニエス様にも分からない様子。
残念です。
「……どうせ、フルール様がフラフラフラフラしながら連れて行った先で、たまたま耳にしたのではなくて?」
「え?」
「フルール様のことだから、いつもあっちにフラフラこっちにフラフラしてるのでしょう!?」
(私がミレーヌちゃんを連れて行った先で……?)
ハッ!
───いましたわ!
ミレーヌちゃんの前で堂々と「ざまーみろ」と口にしそうな人が!
(謎は解けましたわ!)
「───アニエス様っっ!」
私はアニエス様の両手を取るとギュッと握りしめてグイッと近付く。
「ひっ!? フルール様! あなた、ち、近っ……近いからっっ!」
「ありがとうございました!」
私は更にグイグイ近付いて距離を縮める。
「ひっ!? 何がよ!?」
「アニエス様のおかげで、ミレーヌちゃんが誰の言葉を真似たのか分かりましたわ!」
「そ、そそそそう? それなら、もういいでしょう? 離れなさいよ!」
「ふっふっふ。やはり、アニエス様の所に来て正解でしたわ……!」
なかなか興奮が止まらずグイグイと更にアニエス様に近付く。
「正解とかどうでもいいから! はやく離れ……」
「アニエス様! アニエス様も困ったことがあったら何でも私に相談してくださいませ!」
「困っ……? それなら、い、いま……今ーー!」
「今?」
私はアニエス様に向かってニンマリ笑いながら胸を張る。
「ならば、ご安心くださいませ! 大親友のアニエス様の為にならば、この私が一肌も二肌も脱いでどんなことでも見事にスバっと解決してみせますわ!!」
「──!? フ、フルール様が離れてくれれば解決するの、だ、から……」
「アニエス様。ドーンと大舟に乗ったつもりでいてくださいませ!」
「わたしの話を聞きなさいよーーーー!」
「?」
アニエス様が真っ赤な顔で叫ぶ。
そんなに照れなくても……
「フルール様! よく分からないけど、もう話は解決したのよね!?」
「はい!」
私は満面の笑みで頷く。
「なら、もうわたしに用事は無いのでは!?」
「確かに……解決したのでそろそろ帰らないといけません……」
頷きながら私はアニエス様の手をそっと離す。
そして部屋の入口の扉に向かうと隙間から顔を出して廊下に声をかける。
「ミレーヌちゃん! テオくん! そろそろ帰りますわよ~~」
「───かえゆ?」
「う?」
「うぎゃぁあぁぁ~」
ミレーヌ、テオフィル、ヴィクトルくんの順番で返事があった。
ヴィクトルくんはまだまだ元気いっぱいの様子。
私は顔を部屋に戻してアニエス様に声をかける。
アニエス様のお顔はまだ真っ赤です。
「……アニエス様、ヴィクトルくんはまだ遊び足りないのかもしれません」
「!?」
「それならもう少し、ミレーヌちゃんとテオくんと遊んで……」
「い! いやいやいや! あれ……あれは、そう! 眠いの! ヴィクトルは眠くて泣いているの!」
「え? 眠……?」
「───ヴィクトル! そうよね!? あなた今、と~~っても眠いわよねぇぇ?」
「ぅぅぅ……」
アニエス様が慌ててヴィクトルくんの元に駆け寄って抱き寄せた。
ヴィクトルくんもアニエス様にしっかり抱きついた。
(なるほど……お眠でしたのね? お昼寝の邪魔はいけません)
「ミレーヌちゃん、テオくんもおいでですわ~」
「あい!」
「あう!」
二人とも私の元にパタパタペタペタと駆け寄って来る。
「お母様の用事も終わったので、ヴィクトルくんとのお遊びはまたにして今日は帰りますわ」
「あい!」
「あう!」
二人はニパッと可愛く笑って頷く。
「二人とも良い子ですわ! では、ヴィクトルくんにまたね~と手を振って帰りますわよ~」
「まあえ~」
「あうあ~」
二人は満面の笑みでヴィクトルくんに手をフリフリする。
「……ッ、あうぅぅ……」
「ヴィクトル……! しっかり!」
(まあ! 甘えん坊さんですわ!)
ヴィクトルくんはとっても眠いようでアニエス様にギュッとしがみついた。
「それでは、アニエス様! 突然お邪魔しましたわ~」
「おあーしたー」
「あうあうあー」
私たちはにっこり笑顔でアニエス様とヴィクトルくんに手を振って帰路についた。
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