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350. 未来の悪女?

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「太らせば、は余計だっっ!」
「あら?」

 目の前のベルトラン様に似た面影を持つげっそり男は顔を真っ赤にして更に怒鳴った。

「し、しかも!  げっそりとはなんだ!」
「え?  あら?」

(やってしまいましたわ!)

 私は慌てて口を手で押さえる。
 げっそり……はさすがに失礼なので口にしないようにと気を付けていたはずなのに、驚いた拍子にうっかり口を滑らせてしまいましたわ。

「フルール……」

 何か言いたそうなリシャール様と目が合ったので、えへっと笑って誤魔化す。

「コホンッ……えっと、旦那様?  こちらの方は……まさかまさかの本当の本当に?」
「そうだよ。かつてフルールが婚約していて───色々あって最後は慰謝料……お金をがっぽりむしり取ったあの彼だよ」
「まあ!」

 改めて私は目の前のベルトラン様らしき人物の頭のてっぺんから爪先までをマジマジと見つめる。
 ベルトラン様のお顔を最後に見たのはかなり前。
 それ以外ではたま~に噂で話を聞く程度。
 最後に見かけた時もだいぶ痩せていたけれど───

(その時よりも更にげっそりしていますわ!?)

「旦那様……よく、この方がベルトラン様だと分かりましたわね?」
「うん?  まあ、だいぶ面変りしたとは思うけど所々に特徴とか面影は残っていたし、ね」

 さすがリシャール様ですわ!
 私とは目の付け所が違います。

「それにさ、今のフルールに向かってこんな失礼な口の利き方が出来る怖いもの知らずの人なんてかなり限られてると思うよ?」
「そうなんですの?」

 不思議に思って聞き返したらリシャール様は苦笑した。

(でも、確かにずっと偉そうでしたわ~)

 そう思った私はもう一度、ベルトラン様だというげっそり男の顔をじっと見つめる。  

「ベルトラン様……」

(…………老けましたわね)

 私はコシコシ目を擦る。
 おかしいです。
 お兄様やリシャール様よりも年上に見えますわ……

「───おい!  フルール!  その目!  なにか失礼なこと考えているだろう!」
「気のせいですわ?」
「いいや、嘘だ!  嘘をつくな!」
「気のせいですわ?」
「何を考えた!?」
「気のせいですわ?」

 ベルトラン様はとってもしつこかったので、ひたすらニコッと笑い続けて誤魔化した。



(あら?  誰かしら?)

 それから、十回目の“気のせいですわ”を口にした辺りで私はふとある視線に気付いた。

「フルール!  笑って誤魔化しても無駄だ!  言いたいことがあるなら───」
「ベルトラン様、そんなことより……」
「今度はなんだ!」
「…………うしろ、ですわ」
「は?」

 怪訝そうな顔をするベルトラン様。
 私は指でスッと後ろを指し示す。

「先程から後ろでベルトラン様のことを熱い眼差しで見つめているご令嬢がいらっしゃるのですが……お知り合いですの?」
「……へ?  あっ」

 慌ててベルトラン様が後ろを振り返る。
 そして慌てだした。

「───しまっ……わ…………忘れてた……」

 ベルトラン様がそう呟いた瞬間、その令嬢が歩き出してベルトラン様の前で止まる。
 そして無言のまま右手をスッと上げた。
 その上げられた手を見てベルトラン様が叫ぶ。

「ひぃっ!  ま、待ってくれ……僕の話を……聞い……こ、これには!  ふ、深い事情が」
「もう、知りません!」

 右手が勢いよく振り下ろされパシーンッと気持ちよく令嬢の平手打ちが決まった。



────



「と、いうわけでお父様とお母様の今日のデートは、ダメダメ男との再会になりましたわ~」
「だえだえー?」
「う?」

 ミレーヌとテオフィルがきょとんとした顔で首を傾げる。
 私は可愛い子どもたちに向かってにっこり笑って二人の頭を撫でた。

「軽々しく真実の愛とやらを口にしていた人は、やっぱり何年経ってもダメダメのままでしたわ、というお話ですわよ」
「しんじちゅ?」
「あう?」
「そうですわ。前にも言った“真実の愛”ですわよ。ミレーヌちゃん、テオくん」

 劇の上演開始前。
 謎の令嬢による平手打ちで華麗に吹き飛んだげっそり男こと、私の元婚約者のベルトラン様。

 なんと!

 ベルトラン様もデートで劇場にいたことがそこで判明!
 シャンボン伯爵家への膨大な慰謝料支払いによって瀕死となった伯爵家を再興すべく、手当たり次第に声をかけまくった結果、唯一、話が前向きに進んでいた縁談相手だったそう。

(しかし……)

「そのダメダメ男は、デートの相手のご令嬢とはぐれてしまっていたんですって」
「まーご?」
「あうあうあ!」

 ミレーヌとテオフィルがニパッと笑う。

「そう、迷子ですわ。それでその令嬢を探している最中にたまたまお母様とぶつかってしまって……そのままお話していたら、すっかりその人のこと忘れちゃったんですって」

 ───全部、フルールのせいだ! 
 と最後まで泣き喚いていましたがさっぱり意味が分かりませんわ。

「ぅあー……」

 テオフィルが呆れた声を出す。
 なんておバカさん……とその可愛い純粋な目が言っています。

「ええ。あまりにもおバカさん過ぎて呆れちゃいますわよね、テオくん」
「あう……」
「それで、すっかり存在を忘れられてしまったその令嬢はお怒りになって思いっ切り頬をパシーンですわ!」
「ぱしーん!」

 ミレーヌが目をキラキラさせて興奮する。

「当然、進んでいたという縁談のお話もその場で破談になっていましたわ」
「はだーん!」
「あうあぁぁ……」

 何故か嬉しそうなミレーヌとますます呆れた顔をするテオフィル。

「ミレーヌちゃん……そんなにダメダメ男がご令嬢に叩かれたことが嬉しいの?」
「あい!」

 笑顔でコクリと頷くミレーヌ。
 と、そこへリシャール様が部屋に入って来る。

「───フルール、ミレーヌ、テオフィル戻ったよ───って、ミレーヌは何をそんなにはしゃいでいるの?」

 リシャール様は私とのデートから戻った後、ミレーヌとテオフィルの相手をして屍化した使用人たちの回収作業を行っていた。
 予想していた通り、お留守番の二人は元気いっぱいに邸内を走り回って過ごし、追いかけた使用人たちは至る所に行き倒れていた。

「おとーたま!」

 ミレーヌは戻って来たリシャール様の姿を見てわーいと駆け寄る。
 リシャール様は駆け寄って来たミレーヌを抱き止めるとそのまま抱き上げた。

「ミレーヌ?  すごいご機嫌だね?  何か楽しいことでもあった?」
「あい!」
「ぅあぅあ!」
「……テオ?  逆に君は不機嫌?  どうしたの?」

 渋~いお顔で手足をパタパタさせているテオフィルを見て首を傾げるリシャール様。

「旦那様。テオくんは不機嫌と言うよりも呆れていますの」
「呆れてる?  何に?」
「あのね!  だえだえおっおがぱしーんで、はだーんなの!」
「……えっと?  だ、だえだえ?  ごめんミレーヌ、それは何の話……なのかな?」

 困惑するリシャール様に向かって私は説明する。

「旦那様。だえだえおっおは、ダメダメ男のことですわ」
「ダメダメ男!?  ますます何の話!?」
「おとーたま。だえだえはだえだえよ?」
「!」

 にこっと笑って説明するミレーヌ。
 そんなミレーヌの可愛さにリシャール様がうっと押し黙る。

「ふふふ、旦那様。ちょうど今、ベルトラン様との再会の顛末をミレーヌちゃんとテオくんにお話していたのですわ」
「え?  あー……ダメダメ男ってそういうことか。そして、パシーンはあれか」

 納得したリシャール様が平手打ちの真似をする。

「綺麗に決まっていたからなぁ……」
「はい。まるでお手本のようなとても素晴らしい平手打ちでしたわ」 
「───おかーたま!」

 その時の様子を思い出してうっとりしていたら、ミレーヌがニパッと私に笑いかけてくる。

「ミレーヌちゃん?  どうしたの?」
「ぱしーん、いたい?」
「そうですわね。かなり痛かったと思いますわよ?」

 私がそう答えたらミレーヌはふっふっふ……と怪しく笑いだした。

「ミレーヌちゃん?」

 そして、

「───ざまーみお、ね!」

 元気いっぱいにそう言い放ったミレーヌは、劇で観た悪女よりも悪女みたいな悪い顔をしていた。
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