王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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349. どちら様?

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(うーん?  この声にこの顔……)

「……」

 私はグググッと眉間に皺を寄せながら懸命に思い出そうと努力する。
 だけど、なかなか思い出せない。
 すると、ぶつかったげっそり男が更に私に向かって叫んだ。

「───その緊張感のないのほほんとした顔!  やはり、“あの”フルールだ!  間違いない!」
「……」

(のほほん……)

 昔からよく言われてきましたけど、また言われましたわ?
 本当に不思議です。

「……」
「おい!  聞いてるのか?  フルールなんだろう!  何故、さっきから黙っている?  何か言ったらどうなんだ!」
「……」

(何だか偉そうですわ~)

 それに、何か言え?
 そんなことを言われても困ります。

 なぜなら、こう見えても私は立派な二児の母親!
 愛する可愛い子供たち───ミレーヌとテオフィルに、
 “知らない人に話しかけられても気安くお返事をしてはダメよ!”
 と口を酸っぱくして言い聞かせているんですもの。
 母親である私がその決まりをおいそれと破るわけにはいきません!

 そう決めた私はキュッと固く口を閉じた。
 するとげっそり男はムッとしながら私に言う。

「…………まだ無言か。これはこれは数年の間に随分とお高くとまるようになったもんだな?  結婚して確か今は公爵夫人だったか?」
「……」
「そんなキラキラした格好で金持ちアピールまでしやがって!」

(おっしゃる通り、お金ならたんまりありますわよ~)

 ニコッ!
 褒められた気がしたので笑っておく。

「くっ!  その顔……!  そうやって一見、無害そうな顔をしながら僕を人生のどん底に突き落としたあの頃と全く何も変わっていないじゃないか!」
「……」

(……何の話かさっぱり見えませんわ~)

 えへっ!
 とりあえずもう一度笑っておく。
 すると、げっそり男はますますその顔を醜く歪ませた。

「ぐっ!!  出た……その笑い!  そうやってちょっと可愛い顔ですっとぼけたフリをしておきながら、実は裏で人が破滅するまでの算段を着々と整えていやがった……」

(うーん?  やっぱり何の話か分かりませんわね)

 このげっそり男はどこの誰なんですの?
 本当に私の知り合い……?  違う気がして来ましたわ……

「忘れもしないぞ───この悪女め!」
「……!」

(悪女!!)

 その言葉に反応した私はカッと目を見開く。

 私の野生の勘が言っています……
 こちらのげっそり男───

(かなりの悪女ファンですわーーーー!)

 間違いありませんわ。この劇場にいるのも何よりの証拠!
 同士を見つけた私はニンマリ笑う。

 するとげっそり男はまた叫んだ。

「~~っ!  そうやってまたヘラヘラした緊張感のない顔をしやがって!  ……昔も今もそうやって僕のことを嘲笑ってそんなに楽しいか!」
「……」

(楽しい?  もちろん劇は楽しみですわ~!)

 私はこれから上演される最高の舞台を想像して口元を緩める。

「そ、その笑顔だーーーー!  忘れもしない……フルールが何かを企んでいる時の顔だ……ぐうぅっ」
「?」

 何故かげっそり男が勝手に苦悩し始める。

(げっそりし過ぎているからなのか、情緒不安定ですわねぇ……)

 なんてことをぼんやり考えていたら、リシャール様にポンッと肩を叩かれた。

「……フルール!!」
「旦那様?」

 リシャール様が焦った様子で私の顔を覗き込む。 
 国宝のドアップは今日も眩しいですわ!

「好き勝手なこと言われっ放しでずっと黙り込んでるけど……大丈夫!?」
「ええ、旦那様!  ご心配なく。私は大丈夫ですわ!」

 怪訝そうなリシャール様に向かって私はにこっと笑い返す。

「ここまでのお話を聞く限り、こちらの方は単なる悪女ファンで私の同士のようですから」
「え?」
「は?」

 二人の声が綺麗に重なる。
 リシャール様は目を丸くして私を凝視し、げっそり男も同じような顔で私のことを見て来た。

「ま───ま、待ってくれ、フルール!」
「なんですの?」

 ガシッとリシャール様に両肩を掴まれた。
 真剣な瞳に見つめられてドキドキしますわ。

「悪女のファン?  とやらの話がどこから来たのかは一旦置いておくとして……なんで初対面みたいな対応してるの?」
「はい?」

 私はパチパチと目を瞬かせる。
 初対面みたいな対応?
 はて?  と私は首を傾げる。

「旦那様は、こちらのげっ…………男性がどこのどなたかご存知なんですの?」
「え!?」
「は!?」

 リシャール様とげっそり男の声がこれまた綺麗に重なった。
 二人の目がまん丸ですわ。
 なぜ、そんな目を?

 私はふぅ、と息を吐く。

「実は……知っている方のような気もしたのですが、どうしてもどうしてもどうしても分からなくて……もう知り合いなのは気のせいだと思うことにしましたわ」
「え!  えっと、フルール……それ本気で言ってる?」

 リシャール様の声がひっくり返った。

「もちろん本気ですわ。ですから、子どもたちにいつも言い聞かせているように、知らない方とは口を聞かないと決めてずっと口を噤んで黙っていたのです」
「あー……そっか。フルール……本気で誰なのか分かってなかったんだ……」

 リシャール様の目線がチラッとげっそり男に向かう。
 そんな私の発言を聞いていたげっそり男は顔を真っ赤にして更に声を荒らげた。

「おい、フルール!  お、おま……まさか!  ほ……本当に僕のことが分かって……ない……だと!?」
「……」

 私はえへっと笑って大きく頷いた。

「はい!  かなり特徴的なげっそ…………えっと、骨と皮が浮き出たとっても個性的な外見をお持ちの方だなとは思いますが───残念ながら記憶のどこにもありませんわ!」

 私のその言葉を聞いたリシャール様が苦笑する。

「ははは、フルール……」
「えっと、旦那様。この方は有名な方です?」
「ん、有名って言うか……さ」

 リシャール様が言いにくそうに頬をポリポリと掻く。

「有名ではない?」
「いや、どちらかと言うとフルールが彼を有名にしたよね?」
「私が!?」
「うん、色んな意味で……ね」

 どうやらこのげっそり男、本当の本当に私の知り合いらしいですわ!
 これは思い出さないと失礼にあたります。
 私は、じぃぃっと穴があきそうなくらいげっそり男の顔を見つめる。

「……ひっ!  近……近い!  そんなに近付くな!」
「……」

 逃げられてしまったので私は更にグイッとげっそり男に近付く。

「ひぃ!?」
「……」

 私はマジマジとげっそり男の様子を観察。

(うーん……)

 お世辞にも国宝リシャール様の美貌の足元にも及ばない顔面ですが、痩せこけている頬をもう少しふっくらさせて……
 そして、この妙に馴れ馴れしくふてぶてしい態度……

(────ハッ!)

 私は勢いよく後ろを振り返って叫んだ。

「旦那様!  このげっそり男…………太らせばどことなくベルトラン様に似ていますわ!」
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