王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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346. 最強の姉弟

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 ミレーヌの珍しい雰囲気に私はリシャール様と顔を合わせる。
 リシャール様も困惑した様子で首を横に振った。

(何が来るの?  ミレーヌちゃん!)

「おかーたま……」
「ミレーヌちゃん?」

 ミレーヌはキッと決意の目で言った。

「おかーたま、まもゆ」
「え?」

 まもゆ……まも……え?  
 守る?
 何から?
 そう思った時、ミレーヌはチラッと目線を私の腕の中のテオフィルに向けた。
 そして一言。

「───テオ」
「う?」

 ミレーヌに名前を呼ばれたテオフィルが、くりんとした目をミレーヌに向ける。
 姉弟の目がパチッと合った。
 その瞬間───

「ふぇ……」 
「ん?  あら?」

 急にテオフィルがぐずり出した。

「まあ!  テオくん?  どうしたの?」
「ふ……ふぇぇ……」

 そのまま、んぎゃぁぁーー~~とテオフィルは大音量で泣き出した。
 外でテオフィルがこんなに激しく大泣きするのは珍しいことですわ。
 いつも、ニパッと可愛く笑って楽しそうにキャッキャしていますのに。

(どうしたのかしら?)

「テオくん?  どうしました?」
「ぎゃぁぁあ~んぎゃぁぁあぁ~~~ーーー」

 どんなに、あやしてもなだめても一向に泣き止む様子を見せないテオフィル。

「テオ?  どうしたんだ、テオフィル?」
「ンンぎゃぁぁあぁぅあ~~」
「テオくん?」

 リシャール様も一緒にあやしてくれるけど泣き止む様子がありません。
 おかげで、何だ何だ?  とあまり人気の多くなかった廊下に人が集まり始めて私たちは注目を集めてしまう。
 それでもテオフィルが泣き止む様子はなく……

(うーん?  困りましたわねぇ……)

 いつもなら、泣いているテオフィルの訴えはだいたい分かりますのに。
 それなのに今は、こんなに泣いているのにさっぱりですわ?

(まだまだ最強の“お母様”への道は遠いですわ)

「テオく───」
「ひ、ひいぃぃーーーーな、何で……っ!」

 もう一度、テオフィルに声をかけようとした時だった。
 突然、どこか引き攣ったような声を上げた女性が柱の影から目の前に転がり込んで来た。

(だ……誰ですの?)

 その女性は転んだせいか痛そうに腰を押さえていて、顔は真っ青。
 不思議に思っていると、テオフィルがこんなにギャンギャン泣いていても無反応だったミレーヌがまたテオフィルの名前を呼ぶ。

「───テオ」
「んぎゃ……」

 ん?  と思った瞬間、テオフィルがここまでの大泣きが嘘のようにピタッと泣き止んだ。

(えーー?  一瞬で泣き止みましたわーー!?)

 私とリシャール様は顔を見合わせる。

「テ、テオくん!  涙は?  大丈夫ですの?」
「テオフィル!」
「う?」

 二人で顔を覗き込むと、テオフィルはいつものリシャール様によく似た笑顔でニパッと笑った。
 涙?  なにそれ?  みたいな笑顔ですわ……

(いったい、今のはなんだったのかしら?)

 そう不思議に思っていると困惑した声が聞こえて来た。

「───ひっ!  今の……ちょ、ちょっと何で……こ、れは……どう、どういうこと!?」

 誰の声かしら?  と思って顔を声のした方に向けると、真っ青な顔で転がり込んで来た女性───おそらくどこかの夫人がこっちに向かって叫んでいた。

(えっと、どちら様だったかしら?)

「……っっ!  モ、モンタニエ公爵夫人!」

 名前を呼ばれましたわ。
 ですが、私は困ってしまう。
 このご夫人のお顔はうっすら見覚えがあるのに名前がさっぱり出て来ません。

「わ、わたくしが、ケホケホ、夫人にちょ、ちょっ~~とだけお話があって、隠れて待ち伏……ケホケホ……奇しゅ……ケホッ……は、話しかけようとしただけでしたのに……!」
「……?」

 咳払いが多くて何を言っているのかよく分かりませんわ?
 私は眉をひそめる。

「い!  いきなり、子どもと赤ん坊……を使ってい、威嚇するだなんて!」
「え?」
「くっ……!  いったい、いつから……いつから、わ、わたくしがここに居る、と気付いていらしたのっっ!」

(な、何の話ですのーーーー?)

 子どもと赤ん坊使って威嚇って何のことですの?
 いつからここにいると気付いていた?  
 私は知りませんわよーー?

「以前のことといい……貴女は一体、な、何者なの!」
「え?  フルール・モンタニエですけど?」

 何者かと聞かれたので素直に答えてみる。
 それなのにこの夫人は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「貴女の名前を聞いているわけじゃありません!  名前も顔も知っています!!」
「……」

 残念ながら、私はあなたが誰なのか分かりませんわ。
 途中まで出かかっているのですけれど。
 もっと情報が欲しいですわ?

「わたくしが居ること気付いて先手を打つなんて……その、のほほん顔は相変わらずなのに……」

(いいえ、貴女に気付いていたのはミレーヌちゃんですわ?)

 きっと、ミレーヌは私譲りの野生の勘でこの夫人が私に話しかけようとしていたことを先に察知して足を止めたに違いありません。

(ミレーヌちゃん天才……!)

 私がミレーヌに視線を向けると、ミレーヌはこの夫人のことをじっと見ていた。

「どうしたの、ミレーヌちゃん?」

 ミレーヌは夫人に向かってスッと指をさして一言。

「まっくお……」
「ひっ!?  な、なに!?」

 ミレーヌに指をさされた夫人は小さく悲鳴をあげる。

「真っ黒?  ミレーヌちゃん、いったい何のお話ですの?」
「おかーたま……まっくおはまっくおよ」
「あう!!」

 ミレーヌの言葉にテオフィルが同調するかのような元気なお返事。

「テオくんまで……」

 そこで私は気付く。
 先程からまるで、テオフィルとミレーヌは通じ合っているみたいですわ!?

(なるほど……きっと、これが姉弟の絆というやつですわね!)

 私とお兄様で結ばれた兄妹の絆とは違う絆が見えます。
 そう思ったら嬉しくてニンマリ笑いがこぼれる。

「くっ……モ、モンタニエ公爵夫人!  ……なにをニヤニヤ笑っているんですか!」
「え?」
「わ、わたくしは、貴女のせいであんな目に……それなのに、貴女は夫と子どもに囲まれ相変わらずのほほんと幸せそうで……」
「のほほん?」

 目の前の夫人がキッと鋭い目つきでそう言った。

(あら?  この視力が悪くて大変そうな目つき……それにこのような会話、前にもどこかで───)

「────僕の妻と可愛い子どもたちに何の用でしょうか?  ジェルボー元侯爵夫人?」

 ここでリシャール様が私や子どもたちを庇うようにして前に出た。
 その際に夫人の名前を口にしたので、リシャール様はこの方が誰なのか分かっていたみたいです。

(さすがリシャール様ですわ!)

 えっと?
 ジェルボー……ジェル……ジェ…………はっ!

「モッ……!」

 分かりましたわ!
 この夫人は、モッサリ眉毛侯爵夫人ですわーーーー!

 ようやくここで私は目の前の夫人が誰なのかを理解した。

「……も?」

 リシャール様が不思議そうな顔で振り返る。

「あ……」

(つい、モッサリという言葉が口から出ようとしていましたわ)

 私は、えへっと笑って誤魔化す。

「旦那様?  ……も、元ってなんですの?」
「フルール……ジェルボー侯爵と夫人はあれから離縁したんだよ?」
「え、まあ!  そうでしたのね?」
「侯爵自身も横領の罪で捕まって降爵してるけどね……」

 そういえば、以前ミレーヌちゃんが選んだお花で不貞がどうしたとか横領がどうしたとか暴露していましたわね……?

「勝手に自分でペラペラ喋って自滅して捕まっただけなのに、今更、フルールに逆恨みか?」
「……っ」

 モッサリ眉毛元侯爵夫人はリシャール様の言葉に悔しそうに唇を噛んだ。

「離縁後は伝手を使って、元夫人は王宮で働いているという話だったが……」
「……っっ」
「あれかな、今日、久しぶりに王宮にやって来たフルールの姿をたまたま見かけて色々と身勝手にも恨みつらみを思い出した───そんな所かな?」

 夫人はリシャール様からそろっと目を逸らす。
 これは疚しいことがある人の目ですわ!!

「それで僕たちが帰るのに廊下ここを通ることを見越してフルールを待ち伏せ……」
「……っっっ」
「───小さな子どももいるのに、いったい僕の家族に何をするつもりだった?」

 リシャール様の冷たい声にビクッとモッサリ眉毛元侯爵夫人が身体を震わせる。
 そして反論の声を上げた。

「危害なんて与えるつもりでは!  た、ただ、ほ、ほんの少し、お、脅かすだけのつもりで……!」
「……」
「その、のほほんとした幸せな顔が崩れる所をみ、見てやりたくて。それなのにいきなり立ち止まるし、急に赤ん坊は泣きわめくし……びっくりして……うっ……」
「それでバランス崩して転がり込んで来たのか」

 リシャール様が呆れた声を出した。

「……フルールが次期、王位継承者だと分かっていての行動か?」
「ひっ!  そ、それはっ」
「前回は夫に全ての罪をきせて自分は何とか罪を逃れたようだが────今回はもう駄目だろうな」

 リシャール様のその声と同時に、夫人は駆け付けてきていた王宮の衛兵に取り押さえられる。
 ズルズル引き摺られていく夫人。

(何だか前にも見た光景ですわ~)

 ですが、前と違うのは……

「テオ~!」
「あうあ~!」

 にこにこ微笑み合うリシャール様と私の可愛い子どもたち。

「ねぇ、ミレーヌちゃん、テオくん?  もしかしてあなたたち……」
「あい!  まっくお、バイバイ」
「うっああ~!」

 私が声をかけると二人は、ニパッと可愛い顔で笑いながらそう言った。

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