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344. クラッシャーの血
しおりを挟む聞こえて来た、今のガシャーンという音。
これまでありとあらゆる物にぶつかっては大事故を起こして来た私には分かりますわ。
(こ───この音は……!)
「……花瓶ですわ!! 今のは花瓶が割れる音でしたわ!」
皆が、え? という驚きの顔で私に向かって振り向く。
「フルール、音だけで分かるの?」
「ふっふっふ。当然ですわ、旦那様!」
私は目を丸くしているリシャール様に向かって、えっへんと大きく胸を張る。
「チビ……いえ、ベビーフルールだった頃から成長したこれまでの私、いったいどれだけの花瓶を割って来たと思います?」
「え? ベビーの頃から!?」
「さすがにベビーの頃の記憶は私にありませんが、聞いた所によるとそうらしいですわ。ね、お父様」
腕を組んだお父様はコクッと頷いた。
「……我が家の花瓶は消耗品だ」
「ふっふっふ。他にもたくさん破壊して来ましたが、やはり中でも花瓶が一番多いんですのよ!」
「威張ることじゃないぞ、フルール!」
お兄様が横から睨んで来ますわ。
たいてい現場に居合わせ巻き込まれて私と一緒にお母様に怒られたことを恨んでるのかもしれません。
「とにかくですわ。ベテラン花瓶クラッシャーフルールには分かります! 今の音は花瓶の割れた音に間違いありません!」
「ベテラン花瓶クラッシャー…………人生で初めて聞いた」
リシャール様が呆然とした顔で呟く。
「ええ、ベテラン花瓶クラッシャー第一号ですわ!」
まあ、他に名乗っている人は聞いたことありませんが。
きっと私が第一号間違いなしですわ~
「───と、いうわけで先程の音……ミレーヌちゃんとお母様が心配です!」
私のその声に、何だかぼんやりしていた皆の顔がハッとなる。
「ミレーヌちゃん、お母様───……」
ミレーヌがクルクルし過ぎたのか、お母様の指導に熱が入りすぎたのか……
どちらにせよ、二人が心配ですわ!
大きさにもよりますが、花瓶は結構痛いんですのよ!
「───フルール様! 子どもたちは私とアンベールが付いているから様子を見て来て?」
「オリアンヌお姉様?」
「こっちは使用人もいるから大丈夫よ」
(お姉様……!)
さすがオリアンヌお姉様ですわ。
私はその言葉に甘えることにする。
「テオくん! 私はあなたのお姉さまとおばあ様の無事を確認して来ますわね!」
「……」
「テオくんは心配しないで、そのままステファーヌくんと仲良くスヤスヤ天使のお顔で休んでて下さいませね?」
「……」
「ステファーヌくんもお兄ちゃまとしてテオくんをお願いしますわ!」
「……」
私は天使の寝顔を披露している子どもたちにそう声をかけてから駆け出した。
「二人とも、今、行きますわ~~~~」
「───あ、フルール! 待っ……僕も行───早っ……!」
「ん? 旦那様、先に行っていますわね!」
「フルー……」
リシャール様に手を振ってから廊下を走り始めた時、背中からお兄様の声で“淑女どこ行ったぁ”と聞こえて来た。
淑女……
(お兄様……────淑女フルールは放浪の旅に出発しましたわ!)
大事な娘と母親が怪我をしているかもしれない時に、淑女の仮面など被っていられませんわ!
「二人とも、無事ですのーー!?」
部屋の前に辿り着いた私は勢いよくバーンッと扉を開ける。
「……あら? フルール?」
「おかーたま!」
部屋の隅っこで使用人たちとしゃがみ込んでいた二人がこっちに振り返る。
お母様はともかくミレーヌはとっても可愛い満面の笑顔だった。
(二人のこの反応……何をしてるかはよく分かりませんが……とりあえず、無事そうですわ!)
しかし、ホッと安心したのもつかの間。
お母様が怒り出す。
この顔は危険です……!
「フルール! 昔から言っているでしょう! 部屋に入る時は!?」
「ノ……ノック、ですわ」
「そうよ! 分かっているならもう一度やり直し!」
「は、はい!」
お母様の剣幕に押されて私は慌てて回れ右をする。
子供の頃からの刷り込みってやつですわ。
「……? おかーたま? もうバイバイ?」
ミレーヌの不思議そうな声を背に私はそのまま部屋を出る。
「……」
ハッと我に返る。
私は何もしないまま、お母様にペイッと部屋から追い出されてしまいましたわ?
ですが、確かにミレーヌやテオフィルの手本となるべき母親としては、ノック無しの入室というのは教育上よろしくありません……失格でしたわね。
そう思い直して、今度は完璧なノックをしてから部屋に入ろうとした時だった。
「追いついた! ───フルール! ミレーヌと義母上はこの部屋?」
「ふ、二人は無事そうか……?」
「旦那様、お父様……」
リシャール様とお父様がパタパタと駆け寄ってくる。
「とりあえず二人とも元気そうでしたわ」
私がそう答えると二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「……えっと? なんで扉を開ける前から二人が元気そうだって分かるの?」
「旦那様……ミレーヌちゃんはキラキラの満面の笑顔でしたわ」
「え? 笑顔?」
リシャール様が首を捻る。
「……ブランシュは?」
「お父様……お母様は作法がなってない! と私に対してお怒りでしたわ」
「怒ってる? 何の話だ?」
リシャール様とお父様は無言で顔を見合わせる。
「と、いうわけで、私はここからノックのリベンジですの。少し静かにしてくださいませ」
「……えっと? フルール? どういう意味かな……」
「フルール? まさか、こんな時に新しい遊びを始めたのか?」
(───集中ですわ!)
リシャール様とお父様。
二人からの熱い応援の視線を受けた私は扉の前で深呼吸をしてから目を閉じて集中する。
……お母様はこれ以上怒らせると後々が怖いです。
ですから、ここは世界で一番優雅なノックで入室しなくてはなりません!
また、ミレーヌへの教育のためにも……
(ミレーヌちゃん! よーく、聞いていてくださいませね!)
私はカッと目を開けると、優雅に右手を上げる。
そして、
コンコンコンコン……
私はこれまでの人生で一番優雅で丁寧なノックを試みた。
「───お入りなさい」
ドキドキしていると、部屋の中からお母様の声が聞こえた。
(……これは合格ですわ!!)
やりましたわ!
きっと、ミレーヌちゃんにも最高のノックの音を聞かせてあげられましたわ~
私は、ふふんと笑ってそっと扉を開ける。
もちろん、ここもバーンではなく優雅にエレガントに……ですわ。
「…………あら?」
しかし、扉を開けるとミレーヌは部屋の中央で全くこっちに見向きもしないでクルクル踊っていてノックのノの事も聞いていた様子がない。
そして、扉の前にはお母様が腕を組んでズーンッと立っていた。
(ミレーヌちゃーん!?)
「───フルール。今のは及第点をあげましょう」
「あ、ありがとうございます……」
こうして何とかお母様からは及第点をもらい、私は何とか部屋に入室を果たした。
「フルール! よく分からん遊びは終わったか!? で、二人の様子はどうだ!」
「ミレーヌ! 義母上!」
そして後ろから慌ててお父様とリシャール様が駆け込んで来る。
「あら、あなた!」
「はっ! おとーたま!」
お父様の登場にお母様は嬉しそうに笑い、ミレーヌもリシャール様の登場にクルクル踊るのをやめてパッと笑顔になる。
「おとーたまー!」
「ミレーヌ!」
トタタタタとすごい速さで駆け寄って来るミレーヌをリシャール様は受け止めて抱き上げる。
「ミレーヌ、大丈夫だったか?」
「だー?」
「怪我はない?」
「けが……?」
「え、ミレーヌちゃん……?」
きょとんとしているミレーヌ。
私とリシャール様は顔を見合わせる。
「いったい皆してどうしたというの?」
お母様も不思議そうに肩を竦めている。
「お母様! 花瓶、花瓶が割れる音がしましたわ!」
「花瓶?」
「ガシャーンッて音が聞こえましたわ! それでミレーヌちゃんかお母様が花瓶に激突でもしたのかと思いましたの!」
私がそう言ったらお母様がホホホと笑い出した。
「ホホホ、フルール? もしかして、それで心配して走って来たの?」
「ほほほ、おかーたま!」
リシャール様に抱っこされているミレーヌがお母様の真似をしている。
とっても可愛いけど今は無事を確かめる方が大事ですわ。
「そうね、確かに割れたのは花瓶よ。よく分かったわね?」
「ベテラン花瓶クラッシャーですもの」
ん? ってお母様は一瞬表情を変えたけど、そのまま続けた。
「でも、私やミレーヌが激突して割ったわけではないわよ?」
「え? 違うんですの?」
でも、確かに花瓶は割れている……と言いましたわ?
「花瓶を割ったのはアレよ」
「アレ?」
お母様が部屋の隅っこを指さす。
そこでは今、使用人がテキパキと花瓶の破片らしきものを片付けている……
その傍に……
「……ボール?」
何故かボールが転がっている。
「そうよ、ステファーヌの遊びグッズのボール。片付けそびれていたみたいでこの部屋に転がっていたのよ」
「あれを?」
「それでミレーヌ、踊っている最中にあのボールを蹴り上げちゃったの」
「蹴り上げた……?」
私はミレーヌの顔を見る。
ミレーヌはまだ、きょとんとしている。
「そして、見事にそのボールは花瓶に向かって一直線……そうしてガシャーン……というわけね」
「ポーン、がしゃーん……した!」
ミレーヌがキャッキャと興奮して身振り手振りで説明してくれる。
お母様はそんなミレーヌを見ながら、ふぅ……と息を吐いた。
「フルールは体当たり……ミレーヌは物使い……花瓶を壊すのが好きな所も似ちゃったのねぇ……」
「ミレーヌちゃん……!」
「?」
私がミレーヌの名前を呼ぶと、ミレーヌはニパッと可愛い顔で笑っていた。
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