王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
343 / 354

343. 手遅れだった

しおりを挟む


「さ、最強……くっ!  確かにその通りで何も言えない……」
「ア、アンベール殿……」

 お兄様は感動しすぎて立ち上がれないみたい。
 リシャール様はそんなお兄様に寄り添って背中をさすっています。
 そんなに感激してくれるなんて嬉しいですわ~

 すると、後ろから声が聞こえて来たので私は振り返る。

「───アンベール?  ステファーヌが泣きながら全力でハイハイしている声と音が聞こえるんだけど……?」
「オ、オリアンヌ……!」

 大感激中のお兄様の元にひょこっと顔を出したのは、オリアンヌお姉様。

「オリアンヌお姉様!」
「やっぱり、フルール様だったのね?」

 お姉様が私を見てパッと明るく笑った。
 ステファーヌの高速ハイハイでお疲れと聞いていたけれど、相変わらず美しくてお綺麗で元気そうですわ~~
 しかし……

「やっぱり?」
「ええ、実はね?  アンベールったら門の前に止まった馬車の音を聞くなり、“フルールだ!  フルールの音がする!  フルールの突撃だ!”って言い出して、ステファーヌを抱えていきなり走り出しちゃったの……」
「まあ!  お兄様……!  まさか私たちを出迎えてくれようとしていたんですの?」

 馬車の音を聞いただけで妹の訪問を察知してくれるだなんて……

(すごいですわ!  お兄様にもあったのね、野生の勘!)

 私は、感激して崩れ落ちているお兄様に近づく。

 いざ突撃してみたら、お兄様がステファーヌを抱えて既に廊下にいたから何事かと思いましたけど。

(さすが、私のお兄様ですわーー!)

 ニンマリ笑いが止まらない。
 これぞ、兄妹の絆というやつですわね!
 ぜひ、ミレーヌとテオフィルにも将来、芽生えて欲しい絆ですわ。

「───テオくん!」
「あうあ!」

 私が腕の中に抱えているテオフィルに、ぜひミレーヌとの姉弟の絆を作るよう目で訴えかけると、ご機嫌で元気いっぱいなお返事が戻って来た。
 さすがリシャール様と私の子ですわ!
 ふふふ、と笑っているとお兄様の必死の声が聞こえて来た。

「ち、違ーーう!  違うぞ!」
「違う?  どういう意味ですの?  お兄様」  
「…………俺はステファーヌを避難させようとしただけだ!」
「避難……?」

 私は眉をひそめる。
 避難だなんて物騒ですわ……!

「お兄様ったら、何か危険なことがありましたの?」

 すると、お兄様がクワッと目を見開いた。

「フルール!  この流れで分かるだろ。感じろ!」
「お、お兄様……?」

 この流れで感じる……?

「アンベール殿、フルール相手にそれは無茶が過ぎるかと……」

 リシャール様が切ない顔で首を横に振ってお兄様を窘める。

「そうよ!  それはアンベールが一番分かっているでしょう?」

 オリアンヌお姉様も目を伏せながらそう言った。

(……なんでそんなに皆、深刻そうなのかしら?)

 うーん?  と、訝しげにしていたら、顔を上げたお兄様は私に言った。

「くっ!  それでも……フルール!  とにかくすぐに目を瞑って耳を澄ますんだ!」
「耳を……?」
「そうだ。何が聞こえる?  じっくり聞いてみろ。聞こえるだろう……?」
「……」

 私はお兄様の言う通り、目を瞑って耳を澄ました。
 すると遠くから声が……

 ───スッテファ~~!!
 ───う、わあうぁあぁぁあぅぁぁぁーーーー!

 ベタベタベタベタベタベターー……!

「……っ!」

(───な、なんということでしょう!)

 ハッとした私は勢いよく目を開けた。
 そして、すぐにグイグイッとお兄様に迫る。

「───お、お兄様、大変ですわ!!」
「っ!?」

 お兄様が後ずさりしながら、目を丸くした。

「う~?」
「お、おい、フルール……テオフィルがあまりの距離の詰め方と近さにびっくりしてるぞ……?」
「はっ!  失礼しましたわ、テオくん!」
「あぅ~」

 きにすんな!  ですって?
 太っ腹で男前ですわ~

 ですが、今はそれよりも……
 私はもう一度顔を上げてお兄様の目を見つめる。

「お兄様!  言われた通り、よーーく、耳を済ましてみましたら。なんとステファーヌくんが……!」
「フルール!」

 お兄様は目にうっすら涙を浮かべて嬉しそうに微笑んだ。

「そうだよ、やっと分かってくれたか……俺の可愛い息子がそれはもうギャンギャン泣いているだろ?  いいか?  あれはもうミレーヌへの恐……」
「前に会った時よりハイハイのスピードが格段にアップしていますわーー!?」

 ピシッとお兄様の顔が固まる。

「は?」
「音が……ハイハイの音が違いますのよ……!」

 私はまたグイッとお兄様に迫る。

「特訓ですの……?  お兄様!  いったいどんな特訓をしたんですの!?」
「あうぅぅ~……!」

 テオフィルも私と一緒になってお兄様に迫る。

「な……なんでそうなる!?  それに、テオフィルまでなんなんだその圧は!  フルールそっくりじゃないか……!」

 お兄様が私とテオフィルの勢いにたじろいだ。

「テオくん……?  ええ、そうですわね。これはもう絶対にテオくんもステファーヌくんにハイハイの秘訣を教わりたいですわよね?」
「あうあ!」

 テオフィルがニパッと笑う。
 その笑顔を見たお兄様は肩をがっくり落としてとってもとっても小さな声で呟いた。

「…………見た目は完全リシャール殿、中身は完全フルール…………手遅れだった」


────


「ステファーヌ、ぐっすり。よっぽどミレーヌちゃんとの追いかけっこが楽しかったみたいね?」

 オリアンヌお姉様がスヤスヤ眠るステファーヌの顔を除きながらそう言った。

「ステファーヌくん、最速記録出していましたもの!」
「……」
「お兄様?」

 私が笑顔でそう口にすると、お兄様が何か言いたそうにじとっとした目で私を見てくる。
 それに、何だかそのお顔が疲れ切っていますわ?
 おかしいです。 
 今日はゆっくり休んでもらうはずでしたのに……

「アンベール……」
「……オリアンヌ」

 私が首を傾げていると、オリアンヌお姉様がお兄様に優しく寄り添い頭を撫でている。
 仲良し夫婦ですわ!

「フルール──ミレーヌは大丈夫かな?」

 リシャール様がソワソワした様子でそう口にする。

「大丈夫ですわ。ミレーヌちゃんはお母様とクルクルするのを楽しみにしていましたし」
「それはそうなんだけどね……」

 ──ミレーヌとステファーヌ。
 二人の追いかけっこは、お母様の登場によって終了を迎えた。


『───あら、ミレーヌ!  騒がしいと思ったら来ていたのね?』
『おばーたま!』

 ステファーヌを追いかけながらお母様の呼び掛けに満面の笑みで答えたミレーヌ。
 そんな元気いっぱいなミレーヌを見てお母様はニヤリと笑った。

『ミレーヌ!  どうやら準備運動はばっちりのようね!』
『あい!』
『では、クルクルするわよ!  いらっしゃい!』
『くるくる~』

 ミレーヌはそのまま元気よくお母様と踊りの練習に向かった。
 そして、ミレーヌに追いかけられて高速ハイハイし続けたステファーヌは解放と同時に力尽きてあっという間に眠りに落ちた。
 なので、同じく眠そうな顔になっていったテオフィルと一緒に今、静かに寝かせている。

(どちらも天使の寝顔ですわ~)

「旦那様、見てください。二人とも可愛いですわ」
「うん」

 私は天使の寝顔を披露している二人の顔を見てふふっと微笑む。

「フルール?  今、笑った?」
「ええ。ミレーヌちゃんとステファーヌくんの追いかけっこに、テオくんが加わることを想像したら、もっと楽しくなってしまいましたわ」
「ミレーヌも高速ハイハイで鍛えられたのか、体力はもちろん───足が早いからね」

 元気いっぱいに動きまわるテオフィルを想像してニンマリした。


「…………中身はフルールそっくりで、外見は最強の国宝級顔……とにかくフルール要素が強いな」
「あら?  お父様」

 リシャール様と話していたらお父様が隣にやって来て、天使たちの顔を覗き込む。

「ブランシュがミレーヌと踊っているからな。こっちの様子を見に来た」
「そうでしたのね」

 お父様はスヤスヤ眠る二人を見てフッと微笑んだ。

「こうして天使のような寝顔を見ていると、フルールを思い出すな」
「私ですの?」

 私が聞き返すとお父様は更に笑みを深めた。
 そしてとても懐かしそうに言った。

「ああ。大好きなアンベールを執拗に追いかけ回して屋敷内を高速ハイハイし続けた、はちゃめちゃなベビーフルールも眠っている時は天使の顔だった」
「ははは、フルールは今も可愛いので、子どもの時はもっと可愛かっただろうなぁ」

 リシャール様がしみじみとそう口にする。
 すると、お父様は苦笑した。

「だが、そんな天使・ベビーフルールの可愛い寝顔の時間は残念ながらいつもそう長くは続かなかった……」
「はい?」
「え?」

 私とリシャール様は顔を見合わせる。

「…………ベビーフルールの寝相が酷かったからだよ……」

 後ろからお兄様の声が聞こえたので振り返る。

「私の寝相、ですの?」
「そうだよ、フルールは眠っていても落ち着かなくて、ゴソゴソ動きまくってしょっちゅうベッドから行方不明になっていた」
「まあ!」

 行方不明?
 不思議に思ったけれど、お父様もうんうんと頷く。

「初めてフルールがベッドから消えていた時は大騒ぎだったな……ブランシュが目を回していた」
「ズリズリ、ゴロゴロ……あまりにも動きが活発だから念のために、と床をフカフカにしておいたらベッド下に落下していて、そのままスヤスヤ幸せそうな顔で眠っているのを見た時は、この妹……将来大物になると思ったよ」

 お兄様も遠い目をしてそう語る。

「大物……」

 つまり、最強?
 ベビーフルールはやっぱり最強だったようです。
 私はニヤリと笑う。

「ははは!  ……やっぱり、フルールだね」
「旦那様?」
「他の人の話なら、盛っているなと思う所だけど、フルールの場合はどれも有り得すぎて」

 クククッと笑うリシャール様。

「ベッドから消えないでいるミレーヌはまだまだだったんだね?」

 それでも念の為に今日から床をフッカフカにしておこうかしら?
 ある日、突然ミレーヌもテオフィルもベッド下にいるかもしれないですもの…………
 そう思った時、

 ガシャーン!

 クルクル踊るのを始めたミレーヌとお母様がいる部屋から、妙に聞き慣れた音が聞こえて来た。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...