王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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340. 大親友とは

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「あ~ぅあ~」
「え?  テオくん。大親友(予定)との対面はまだか?  ですって?」
「うぁ~」

 テオフィルが手足をパタパタさせながら、しきりにそう訴えてくる。
 大親友のアニエス様宛に愛情たっぷりの手紙を認め、パンスロン伯爵家に送って三日。

「テオくん!  きっともうすぐお返事来ると思うから、あと少し待っていて、ね?」
「あうぅ」

 テオフィルもお利口さんなので、分かったと頷いてくれた。
 それでも返事が届くのが楽しみなのか、あ~ウ~言いながら手足はずっとパタパタしている。

「返事に時間がかかるのは仕方がないよ」
「旦那様?」

 私とテオフィルの会話を聞いていたリシャール様が、にっこり優しく微笑む。

「う?」
「あのね、テオフィル。フルールの彼女への手紙は愛情がたっぷりだから、ちょっと読むのに時間がかかるんだ」
「う!」
「つまり───私の手紙にはあまりにも感動がいっぱいで、アニエス様は涙が溢れて中々読み進められないということですわね!?」
「……」

 私が得意満面に言うと、リシャール様はフッと微笑んで私の頭を撫でた。

「あ!  あうーーあぅあーー!」
「テオ……」

 その光景を見たテオフィルが、自分もヨシヨシされたいと訴えた。
 リシャール様はすぐにテオフィルの訴えを感じ取り、テオフィルの頭も撫でる。

「あぷ~」

 テオフィルはニパッと嬉しそうに笑った。
 まるで、ベビリシャール様が笑ったみたいなお顔ですわ!

「手紙を配達した我が家の使用人によると、“来たーー”と叫んで手紙を見るなり卒倒していたという話だから、目覚めるまでにも時間が必要だっただろう」
「ふふ、アニエス様ったら、嬉しさと感激が溢れてしまったのね?」

 私はアニエス様の姿を想像してニンマリ笑う。

「あっうぁ~」
「目覚めてから、おそるおそる手紙を手に取るも、フルールの愛情たっぷりの手紙の厚さは……」
「書き終えたあとは、ズッシリしていましたわ~」
「うっい~」

 あれもこれもと書いてしまうから、手がなかなか止まらないのですわ。

「…………と、いうことだから手紙を読むのにも時間がかかるんだよ、テオフィル」
「う!」
「大親友というのはこういうものですのよ、覚えておくのよ、テオくん」
「あう!」

 ニパッと笑うテオフィル。
 とってもいいお返事ですわ~~

「───ですが、大親友になる道というのは大変ですから、まずは親友を目指しましょうね!」
「ぁうあ?」
「……そこは友情からスタートじゃないんだね、フルール」

 リシャール様が苦笑したその時、扉がバーンと開いた。

「ふぅ、もおっあわ~」
「ミレーヌちゃん、終わったの?」
「あい!」

 トコトコ部屋に入って来たのはミレーヌ。
 あの日、私のお母様の前で未来の舞姫になる宣言をしたミレーヌ。
 追いかけっこという名の体力作りは欠かさない。

「……お、奥様」
「ミレーヌお嬢様は……お嬢様の体力はどうなって……ます……」
「わ、我々の知っている二歳児の動きでは……ありませ、ん」

 ミレーヌの後ろから、頬をパンパンに腫らした使用人たちがフラフラやって来た。

「え?  二歳児の動きではない?」

 そうは言うけれど……
 確か、お母様に聞いた話だとミレーヌと同じ年頃──二歳の頃の私も屋敷内でお兄様を連れて既に走り回っていたと言うし……

 ───待てぇぇ、フルールゥゥゥーーーー!  そんなに走りまわったらあぶないだろーーーー!
 ───おにーさま、おかお、たのちー!
 ───おれの顔が楽しそう、だと!?  ちがう! これはひっし!  ぜんぜん楽しくないぞーーーー!?

「……」

 ほら!
 お兄様も素直じゃないだけで、とっっても楽しそう!
 私の中の薄っすらぼんやりした記憶がそう語っていますわ!

「いいえ、これが普通ですわ!」
「ふつーー!」

 私とミレーヌがキッパリ言い切ると、使用人たちの顔が真っ青になった。
 そして、横のリシャール様に助けを求める。

「ふつ、うっ!?  ご、ご主人様!  ご主人様からも何か一言……!」
「坊っちゃま!  あ、いえ……ご主人様!」
「……」

 使用人たちに縋られたリシャール様は静かに息を吐く。

「───僕が思うに、二歳の頃のフルールと今のミレーヌは変わらないと思うんだ」
「……え!  当時のお、奥様とミレーヌお嬢様が……?」
「ああ。僕の想像だけど」

 使用人に聞き返されてリシャール殿は深く深く頷く。

(その通りですわ~)

「そ、それでは……ミレーヌお嬢様……は、お嬢様のこの動きは……」
「ああ。フルールという前例がある以上、決してミレーヌの今の動きは珍しく───ない!」
「!」
「大変だとは思うが、どうかこれからもミレーヌに付き合って欲しい」
「!!」

 使用人たちはゴクリと唾を飲む。

「そして───更に数ヵ月後には、ハイハイを会得したテオフィルも加わるだろう」
「!!!!」

 その言葉にハッと息を飲んだ使用人たち。
 青い顔のまま、おそるおそるテオフィルに顔を向ける。

「んばぁ~」

 ご機嫌な様子のテオフィルは、皆の視線を受けてニパッと笑いかける。

(やってやるぜ!  という笑顔ですわよ~)

「ミ、ミレーヌお嬢様と、テオフィルお坊ちゃまが共に……や、屋敷内を……」
「はっ!  お嬢様の手によってシャンボン伯爵家も高速ハイハイに悩まされている、とか」
「で、は。テオフィルお坊ちゃまも……高速ハイハイを会得される?」
「そんな!  あの高速ハイハイが再び!?」

 顔を見合せた使用人たちは無言で頷き合うと、一斉に、
 “きたるべき時のために我々は今から体を鍛えて参ります”
 と宣言して慌てて出て行った。

「まあ!  皆さん、すごいやる気ですわね~?」
「やうき?」

 きょとんとしたミレーヌが聞き返す。
 私はそんなミレーヌに、にっこり笑う。

「ええ、あの勢いなら彼らはムッキムキになってもおかしくないですわ!」
「むっきむき?」
「そう。とーーっても、強い人よ!」
「つおいひと……」

 そう呟く、ミレーヌの目はとてもキラキラと輝いていた。




 ────それから三日後。
 ようやく、待ちに待った大親友アニエス様からの返事が届いた。

「テオくん!  テオくん!  お待たせしましたわ。遂にお返事が来ましたわよ~!」
「う?」

 私はくるくる小躍りしながら、ベッドで転がっているテオフィルの元へ向かう。

「お返事によると、アニエス様ったらあまりにも愛情たっぷりの私からの手紙に感激して、涙でなかなか読めなかったそうですわ」
「あう!」
「……この昔から変わらない厚い厚い手紙。それでも、あなたは二児の母親ですか!  って、自分も育児中なのに私の身体まで心配してくれて……相変わらず優しいですわ」

 ミレーヌもテオフィルも、あの日の夜はスヤスヤといい子で眠ってくれていましたから、もちろん母親フルールには何の問題もありませんでしたわよ!
 リシャール様はベッドで寂しそうにしていましたけども。

 そんなアニエス様からのお返事。
 快く私たちの訪問を受け入れてくれています。
 ……なぜか、この部分の文字だけ妙に滲んではいますけど。

「テオくん!  アニエス様のお子様の名は、ヴィクトルくんですわよ!」
「ゔーー?」
「そうよ、ヴィ・ク・ト・ル!」
「ゔゔゔゔ?」
「そう!  バッチリですわ!」

 私はニンマリ笑う。

「いいこと、テオくん?  未来の親友……そして大親友になれるか否かは第一印象が大事ですのよ!」
「あぅ!」

 私はテオフィルによーく言い聞かせる。

「ヴィクトルくんのお母様のアニエス様は初対面から私がコロコロにならないかと心配してくれた優しい人ですの」
「おお……?」
「ですから、テオくんも“優しく”ですわよ?」
「う!」

 テオフィルはニパッとリシャール様ととてもよく似た顔で笑った。



─────


「こんにちは。今日はお邪魔します」
「アニエス様!  こーんにーちは、ですわ~」
「こーちはー」
「あうあ~」

 そうして、パンスロン伯爵家訪問の日がやって来た。

「…………ようこそ」

 玄関で私たちを出迎えてくれたアニエス様は一人だった。

「あら?  アニエス様。ヴィクトルくんは?」
「……ナタナエルが奥で遊んでくれているわ」

 アニエス様がそう言ったあと、奥の方から元気いっぱいな泣き声とナタナエル様の声が聞こえて来た。

「んぎゃーーーー!」
「ははは~、ヴィクトルは今日も元気だなぁ!」
「んぎゃーーーー!」
「え?  アニエスの大親友の家族に会えるのが楽しみ?  そっかそっか。もうすぐ来るよ?」
「んぎゃーーーー!」
「え?  美人なお姉さんが特に楽しみ?  ヴィクトルは面食いなんだなぁ……」

(まあ!  何だかとっても楽しそうな会話をしていますわ~)

 美人なお姉さんとはきっとミレーヌのことですわね?

「は?  ナ、ナタナエル、何を言って……!?」

 ナタナエル様のあやす声はアニエス様にもしっかり聞こえたらしく、アニエス様が玄関先で狼狽えている。

「んぎゃーーーー!」
「え? 夫人に会うのも楽しみ?」
「んぎゃーーーー!」
「ああ。アニエス、とっても嬉しそうに夫人からの手紙を読んでいたからね。ヴィクトルもそう思ったんだ?」
「んぎゃーーーー!」
「そうそう。アニエスは素直じゃないんだよ。でも可愛いだろう?」
「んぎゃーーーー!」

 ナタナエル様はとても見事に息子との会話が弾んでいた。

「ナッ…………フ、フルール様?  申し訳ないけれど少しここで待っていて貰える……かしら?」
「え?」
「ナタナエルーー!  ヴィクトルーーーー!」

 アニエス様は恥ずかしさに耐えられなくなったのか、真っ赤な顔で部屋の奥に走っていった。

「───旦那様!  アニエス様、とっても楽しそうですわね!」
「あれは、楽しい……のか。そうか……そうなんだ」
「ええ!  だってアニエス様、涙目で真っ赤な顔して駆けて行きましたもの」 

 私はにっこり笑って説明する。

「おかお、まっか!」
「あぅあ~」
「ふふふ、ね?  ミレーヌちゃん、テオくん。お母様の大親友はとーーっても可愛いでしょう?」



 それから少しして、まだエグエグしているヴィクトルくんを連れてアニエス様が疲れた顔で玄関に戻って来た。

「コホンッ……失礼しました……中へどうぞ」
「こんにちは、ヴィクトルくん!」
「……アゥ?」  
「私は、あなたのお母様の大親友のフルール・モンタニエと申しますわ。そして……」
「ア……ウ?」

 私は抱っこしていたテオフィルをそっとヴィクトルくんに近付ける。

「こちらは私の息子、テオフィルですわよ~!」
「う?」
「ウゥウ?」

 テオフィル・モンタニエ。 
 ヴィクトル・パンスロン。  

 後に大親友(になるかもしれない)二人がついに対面を果たした────
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