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339. 今日も賑やか
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「──さあ、テオくん。ミルクの時間ですわよ~」
「あぅ」
「いっぱい飲んで、すくすくすくすく育ってくださいませね~」
「あぅあ?」
「そして目指せ、お父様みたいな国宝! ですわ」
(……ん?)
きょとんとしたテオフィルにミルクをあげようとしていたら、なにやら部屋の外がわいわい騒がしい。
「ミレーヌお嬢様~~!」
「お待ちくださーーい」
「やーー」
「お嬢様ぁぁ!!」
「やーー」
(ミレーヌちゃん、また追いかけっこしているのね?)
どうやら、愛娘は今日も元気いっぱいの様子。
「うー、あー……」
「テオくん?」
テオフィルが、ミレーヌの声に反応して手足をパタパタさせている。
私はふふっと笑った。
「テオくんはミレーヌちゃん……お姉様が大好きなのね?」
「う?」
「…………くっ! 眩しい! テオくん。その無垢な眼差しがとっても眩しいですわ?」
「う?」
(テオフィルの顔立ちは、完全にリシャール様にそっくりですわ!)
それなのに瞳の色は私の色を受け継いで……
面白いですわ~
「ふっふっふ、テオくん。お母様には視えましてよ?」
「アァゥ?」
そう!
この先、リシャール様譲りの美貌ですくすくと成長した美男子テオフィルに迫る肉食令嬢たちの姿が!
いいえ、それだけではありません!
まだまだ赤ちゃんの今からすでに溢れ出ているこの美しさなら……
そこらの令息だって虜にしかねませんわよ!
「なんてこと…………難しいですわ……」
私は呟く。
これで、中身も立派な紳士に育て上げたらテオフィルを巡って、将来はあちらこちらで血みどろの戦いが起こるのではないかしら?
「フルール? …………何が難しいの?」
「おかーたま?」
「はっ! 旦那様にミレーヌちゃん!」
「あっう~!」
テオフィルの将来を想像して苦悩していたら、ミレーヌを抱き抱えたリシャール様が部屋に入って来た。
「ミレーヌちゃん? 追いかけっこは?」
「おあっあー」
「え! もう終わったの?」
「あい!」
ミレーヌはニパッと笑った。
「廊下でミレーヌのペチペチタイムが開始していたから、連れて来た」
「旦那様……」
「アゥアゥ!」
テオフィルがキャッキャッと嬉しそうに笑う。
「テオくん。ペチペチはもっと大きくなってからですわよ?」
「う?」
「これは力加減が重要ですの。お母様は昔、うっかりペチペチをベチベチにしてしまったことがありますからね」
「あー……あったね、そんなこと…………」
リシャール様が、あの時のことを思い出したのか少し顔を引き攣らせながら笑った。
「ベチベチ~?」
「ダメですわよ、ミレーヌちゃん。あなたにもベチベチはまだ早いですわ! お母様が許しません」
「あい!」
素直なミレーヌは元気よくお返事する。
「……ペチペチやベチベチにも早いとか遅いとかあるんだなー……」
「ええ。実はとっても奥が深いんですのよ」
(懐かしいです。よく、チビフルールはペチペチでお母様に怒られましたわ~……)
と、そこでお母様で思い出した。
「そういえば、今日はお父様とお母様が訪ねて来ますわよね?」
「うん。テオの顔を見に来るって言ってたよ」
「う?」
なんのことか分かっていないテオフィルに向かって私は、にっこり笑顔で説明する。
「テオくん! あなたのおじーさまとおばーさまですわよ!」
「う!」
「テオ! おばーちゃま、くるくるよ!」
「あう!」
ミレーヌが身振り手振りでテオフィルにお母様の説明をしている。
その姿がこれまた可愛い。
「クルクル……踊りのことを言っているんだろうなぁ」
「ふふ、そうですわね」
お兄様とオリアンヌお姉様の子どもが男の子だったこともあり、お母様はミレーヌに仕込みたくて仕方がないらしい。
なので、ミレーヌと会う時は常にどこかで踊っている。
何でも興味津々のお年頃のミレーヌは、その様子が面白いらしくいつも目を輝かせてお母様のことを見ている。
「ミレーヌちゃんは、未来の舞姫かもしれません」
「義母上みたいに、国外でも大人気な?」
「ええ! もちろん。当然ですわ!」
そんな有り得るかもしれない未来を想像して私たちは笑い合った。
────
そして、その日の午後。
お父様とお母様がモンタニエ公爵家にやって来た。
「ミレーヌ、そして、テオフィル!」
「おじーちゃま、おばーちゃま!」
「うっあ~」
ミレーヌは二人の姿を見るなり、パタパタと駆け寄った。
「ミレーヌ、大きくなったなぁ」
「あら本当! フルールとよく似た顔で笑うわねぇ……」
「えへへ~」
二人に頭を撫でられて、ミレーヌは照れ照れと嬉しそうにしている。
「フルールは───聞かなくても元気いっぱいね?」
「当然ですわ!」
私は満面の笑みでどーんと胸を張る。
すると、お母様は苦笑しながら言った。
「……ミレーヌの時も思ったけれど、乳児を抱えている母親とは思えないその元気さはなんでなの……」
「ブランシュ。分かっていただろう? フルールに世間一般の常識は当てはまらない」
「旦那様……そう、ね。そうよね……思えばフルールは赤ちゃんの頃から規格外…………」
よく分からないけれど、元気いっぱいなことを褒められているようですわ!
「お父様、お母様。この子が息子のテオフィルですわ~」
「ぁぁうぁ~」
お利口さんのテオフィルもきちんと挨拶出来ていますわ。
お父様とお母様がそっとテオフィルの顔を覗き込む。
「出産後すぐにフルールを見舞った時以来ね? この子が三人目の孫、テオ…………」
「お母様?」
「あぅぁ?」
テオフィルの顔を覗き込んだお母様が突然、黙り込む。
そしてカッと目を大きく見開くと無言のまま突然部屋の中央に走り出した。
「どうした、ブランシュ?」
「お母様?」
「義母上?」
「おばーちゃま?」
「う?」
いったいどうしたのかと皆で見守っていたら、お母様は突然踊り出す。
「ブランシュ?」
「おばーちゃま、くるくる!」
突然、どうしたのかしら?
不思議に思っていると目を輝かせたミレーヌがお母様の元に走り出した。
「ミレーヌちゃん!?」
「くるくる、する!」
「え!」
「おばーちゃま!」
そう言ってミレーヌは止める間もなくお母様と一緒に踊り出した。
「あら、ミレーヌ! 筋がいいじゃない。さすが私と旦那様の孫ね!」
「あい!」
「ミレーヌ、舞姫になりたい?」
「なるーーーー!」
ミレーヌはくるくるしながら満面の笑みで答えた。
「フ、フルール……ミレーヌのあれ、絶対よく分からず返事しちゃってると思う……」
「リシャール殿。ブランシュは前言撤回を許さない」
「え?」
リシャール様がハラハラしながらそう言うと、お父様が横からポンッと肩を叩いた。
「今、ミレーヌはブランシュの前で“舞姫になる”と宣言した。それが全てだ」
「……前言撤回……を許さない? あんなに小さくても?」
「小さくても……だ」
お父様は大きくはっきりと頷く。
「まあ、ミレーヌは筋が良さそうだから大丈夫だろう」
「毎日、使用人を追いかけ回しているから体力もバッチリですわ!」
私が補足するとお父様が顔を引き攣らせた。
「いとこに高速ハイハイを会得させるだけでは足りなかったのか……」
お父様のその言葉で私は素晴らしい程の高速ハイハイをしていた甥っ子の姿を思い出す。
「あの子は───赤ちゃんハイハイ選手権があったら確実に優勝出来そうでしたわ!」
「……アンベールは毎日、夫婦で必死に追いかけながら泣いてるぞ?」
「まあ! お兄様ったらそんなに感動の毎日を?」
「は? フルール……お前は相変わらず頓珍漢……」
にこっと私はお父様に向かって微笑む。
分かりますわ~
子供の成長は毎日、感動して涙することがたくさんですものね!
「多分、ミレーヌちゃんの次のターゲットはテオくんですわ! 頑張るのよ、テオくん!」
「ぅ?」
この時の私の脳裏には、ミレーヌと仲良く追いかけっこをしながらウギャーと元気いっぱいの声で高速ハイハイをするテオフィルの姿が浮かんでいた。
(微笑ましい光景ですわ~)
「ふぅ、踊ったわ」
「ふぅ、おおっあわ」
そこへ踊り終えたお母様とミレーヌが戻って来た。
私はミレーヌの頭をヨシヨシと撫でながらお母様に訊ねる。
「おかえりなさいませ。ところでお母様はなぜ、突然踊り出しましたの?」
「え?」
「テオくんの顔を見るなりダッシュ…………何かありました?」
するとお母様は、フッと笑って言った。
「ちょっとね…………あまりにもテオフィルが美形すぎて興奮しちゃったのよ」
「え?」
「顔は国宝の父親にそっくりなのに瞳の色はフルール……そして、アンベールもだけど、フルールの瞳の色は旦那様の色…………これが興奮しないでいられると思って!?」
「え? お、お母様……?」
お母様は私を置いてうっとりと微笑む。
「テオフィル……さすが私と旦那様の孫だわ……! ふふふふふ。これで今度の孫自慢対決は私の勝ちが決定したも当然!」
ホーホッホッとお母様が高笑いする。
「あのポンコツ……自分の所にも孫が生まれたからって、デレデレデレデレ……」
(ポンコツ……)
お母様からすれば陛下は未だにポンコツのようです。
そしてどうやら孫自慢対決も白熱しているようですわね。
「うぅ?」
テオフィルが私の腕の中で不思議そうな顔をしている。
「ああ、テオくん。えっとね、あなたの将来の大親友(予定)の子のことよ?」
「ぅあぉ~」
「男の子同士なので将来は大親友になれそうですわね! テオくんを産んだあと、アニエス様にそうお手紙を書いたら、照れて泣いて喜んでいたそうですわよ?」
アニエス様の可愛いらしさは相変わらずのようです。
「う~」
「え? 早く会いたい? そうですわね、対面の日が楽しみですわね?」
「あぅ!」
「テオくん……! そんなに?」
(分かりましたわ、テオフィル!)
テオフィルがニパッと笑ってくれたので、その日の夜。
私はアニエス様にたっぷり愛のこもった(分厚い)手紙を書いた。
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