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338. 幸せな時間(リシャール視点)
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(静かになった……ミレーヌは間に合った……のだろうか!?)
僕はパタパタ廊下を走り、愛しのフルールと可愛い子供たちの元に走る。
(テオフィルはかなりグズっていた……)
さすがフルールの血を受け継いだ我が子。
元気いっぱいに泣いていたテオフィルの声はかなり響いていた。
「……テオはミレーヌとは真逆だな」
ミレーヌはこっちがびっくりするくらい大人しかった。
泣くには泣くのだが、それも必要最低限……と言えばいいのか、泣き止むのも早い子だった。
…………そして今は滅多に、いや、全然泣かない。
「ミレーヌ。これは……うん、やっぱり“あの時”の僕の言いつけを……」
あの時───……
フルールが妊娠したことが判明し、僕のいない隙にフルールが久しぶりに披露したという子守唄。
シャンボン伯爵家の面々と使用人たちまで眠らせたあの時、ミレーヌはフルールのお腹の中で、子守唄を聞いていた。
───旦那様と赤ちゃんには、もっとスペシャルなバージョン……最強で最高の子守唄を披露する予定ですわ!
驚いて思わず、最恐の子守唄?
……と聞き返してしまったくらいだ。
最強と受け取ったであろうフルールはにっこりしていたが。
───確実に朝までぐっすり快適ですわ! 赤ちゃんの場合は酷くぐずった時に……旦那様にはとてもお疲れのご様子の時にでも披露しますから!
だから僕はあの時、フルールのお腹の中に向かって必死に語りかけた。
……生まれたあとは、なるべく……フルールの前ではぐずらないようにしてくれ!
そして、僕も僕で疲れすぎない様にと仕事を貯めすぎない方法を考えた。
また、率先してミレーヌの寝かしつけをするようにもした。
そんなミレーヌはびっくりするくらい寝付きが良かったが。
「ご主人様、ご安心ください。奥様の特製子守唄は披露されておりません」
「……そうか!」
部屋の前で待機していた使用人からの報告に僕はホッと胸を撫で下ろす。
「ミレーヌお嬢様をこちらの部屋に送り込んだ後、テオフィル様は静かになられました」
「あ、ではミレーヌが……?」
「おそらくは」
(……フルールの子守唄はやっぱりお腹の中で聞いても衝撃的だったのだろうか?)
そんなことを考えながら、僕は部屋に飛び込む。
「────フルール! ミレーヌ、テオフィル…………!」
「おとーたま!」
「ん? ミレーヌ?」
笑顔で振り返ったのは、ベッドの脇にちょこんと座ったミレーヌだった。
「あれ? ミレーヌ……だけ? フルール……お母様は?」
フルールはどこに行った?
不思議に思って問いかけると、ミレーヌはニパッと可愛い天使のような笑顔で笑った。
「おかーたま、ねんね!」
「え? フルールも寝てる?」
「テオ、ねんね! おかーたま、ねんね!」
「あ!」
ベッドに近付くと、スヤスヤ眠るテオフィルの横で、フルールもスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
テオフィルをベッドに寝かしつけて一緒に眠ってしまったのだと思われる。
「フルール……」
「おかーたま、ヨシヨシ!」
「え?」
ミレーヌが身振り手振りで頭を撫でる仕草をながらそう言った。
「もしかしてミレーヌ。フルールにもよしよしと頭を撫でた?」
「あい!」
ミレーヌは満面の笑み。
「おかーたま、いいこ! テオ、いいこ!」
「そうか」
僕は微笑んでミレーヌの頭を優しく撫でる。
「ミレーヌも、とってもいいこだ」
「えへへ……」
可愛らしくはにかんだミレーヌは僕の頭にも手を伸ばす。
「おとーたま、いいこ!」
「ありがとう!」
可愛いミレーヌに頭を撫でられながら僕は思った。
ああ、フルールがこれで寝落ちしたのも分かるな……
横になっている時にこれをされたら、僕もスヤァ、とあっという間に眠りの世界に連れていかれそうだ。
チラッとフルールとテオフィルの様子を見る。
(ああ、二人とも可愛いなぁ)
「おかーたま、かわいー」
「ん?」
「テオ、かわいー」
ミレーヌも二人を見つめると、うっとりしながらそう言った。
「うん。テオも可愛いな。そして、フルール……お母様はとびっきり可愛いぞ」
「だーすき?」
「ああ、大好きだ」
僕はミレーヌを抱っこしながら微笑む。
「ミレーヌ。お母様はね、お父様のヒーローでありお姫様なんだよ」
「う?」
きょとんとした目で僕を見るミレーヌ。
最近、王子様とお姫様の出てくる絵本を気に入っているからなのか、不思議そうな顔をしている。
(まあ、普通は両立しない)
でも、フルールに限っては……
僕を拾ってくれたフルールは確かにヒーローで。
でも、生涯かけて守りたいお姫様でもあるんだ。
「そして、フルールは僕の太陽なんだ」
「たーよー?」
「うん。明るくて元気で惹き付けられて……眩しいのに目が離せない」
「……」
ミレーヌが無言でじっと眠っているフルールの顔を見る。
「なる」
「ん?」
「おとーたま! ミエーウ、たいよー、なる!」
「ミレーヌ?」
(これは、自分も太陽になる、そう言っているのかな?)
「たいよー、なえう?」
「もちろん! ミレーヌもなれるよ」
「!」
僕が即答したらミレーヌはとっても嬉しそうに笑った。
僕は思う。
これはあれかな?
最強を目指すフルールが義母上に憧れるのと同じようなものだろうか。
そう思っていたら、ミレーヌはテオフィルに呼びかけた。
「テオ! いっしょ、たいよーよ!」
「……」
「たいよー、なる!」
(テオフィルにも一緒に太陽になるわよ! と誘っているのか……)
僕は起こさないように気をつけながら、そっとフルールの頬を撫でる。
「……ん」
「!」
フルールがピクッと反応した。
……起こしてしまった?
そう身構えるもフルールは目を覚まさず、口元だけニンマリ笑う。
「美味しい……です、わー……」
「……フルール」
「ん、お代……わり……」
眠っていてもブレないフルール。
きっと夢の中でも七杯目のお代わりをしているのだろう。
そう思ったら僕の口元も緩む。
(本当に本当に可愛い)
出会った時から変わらない。
あれから歳を重ねて母親になってもフルール変わらず可愛い。
「───僕は変わらず君にずっとメロメロだよ、フルール」
眠ってるフルールに語りかけるとミレーヌがピクッと反応した。
「おとーたま、メロメロ?」
「うん。もちろん、ミレーヌとテオフィルにもメロメロだ」
「メロメロ~!」
僕は嬉しそうなミレーヌをギュッと抱きしめる。
(可愛いなぁ……そして、幸せだなぁ)
───やったぞ! リシャールを王女の婚約者にねじ込めた!
───これで私たちも王族の一員ね!
(そう言っていたあの人たちは、僕やサミュエルを抱きしめてくれることは無かったな)
「……おとーたま?」
「ん?」
「おとーたま、ねんね?」
「いや、僕は寝ないよ!?」
ふと昔のことを思い出していたら、ミレーヌには眠っていたと思われたらしい。
僕は苦笑する。
「もう少し、フルールは寝かせてあげようか?」
「あい!」
「あ! でも、さすがにご飯の前には起こしてあげないといけないかな……」
「おこすー!」
「ん、分かった。ミレーヌにお願いするよ」
───そうして、元気よく手を挙げて宣言したミレーヌにフルールを起こす役目をお願いしたところ……
「──おかーたま、おっきー?」
「んんー……」
ペチペチ……
(え! ミ、ミレーヌ!?)
「おかーたま、ごあんよー」
「……うっ、?」
ペチペチペチ……
(ええええ!? 待て待て待て!?)
ミレーヌ、自然と当たり前のようにペチペチ始めたぞ!?
確かに、ミレーヌとの追いかけっこで力尽きた使用人をこうして起こしているという話は聞いていたが……
(随分と手慣れていないか!?)
ペチペチペチペチ……
(え、あれ? そういえば僕もミレーヌに時々起こされ……え?)
僕は思わずそっと自分の頬を押さえた。
「……ミ、ミレーヌ!!」
「う?」
僕はおそるおそる可愛い娘に訊ねる。
「き、君は、僕を起こしてくれる時も……ペ、ペチペチ?」
「……」
「……」
ミレーヌはフルールへのペチペチする手を止めて黙り込んだ。
なぜ、ここで黙り込む!?
一気に不安が押し寄せて来た。
「えっと、ミ、ミレーヌ……ちゃん?」
「……おとーたま、テオ……」
「う、うん?」
何故かテオの名前まで出て来たぞ?
「こくほー、だめ」
「え?」
「こくほーペチペチ、だめ、おかーたま」
「……え、あ!」
僕はその言葉を理解してハッとした。
(───フルール!)
どうやら、フルールは僕とテオは国宝だからと言って、ミレーヌにペチペチ禁止を言い渡しているらしい。
「わぁ……国宝って、すごい守られ方をされるんだな……」
思わずそう呟いた。
ちなみにその後、愛娘にペチペチされて起こされたフルールは……
「……旦那様、とっても不思議ですわ。何だか目が覚めたら頬がヒリヒリしていますの」
と言って、両頬を手で押さえながら首を傾げていた。
その横でミレーヌはニンマリ笑っていた。
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