王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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333. 幸せは続く

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 私はお腹を押さえて固まる。
 急に黙り込んだ私にアニエス様が不審そうな顔を向けた。

「ちょっとフルール様?  どうかしたの?」
「……」
「マー、ショ~、シー」

 ミレーヌはキャッキャと笑いながら私のお腹に手を伸ばす。

「……ミレーヌ、ちゃん」
「マーンマ?」

 私が声をかけると、にこにこと嬉しそうな顔で笑い返すミレーヌ。

(ミレーヌは私の野生の勘を受け継いでいることが発覚したばかり!)

 今すぐ立ち上がって走り出したい衝動にかられて腰を浮かす。
 しかし───
 …………落ち着くのよ、フルール。
 私は自分にそう言い聞かせてフフッと静かに笑う。

「……」
「マンマァ?」

 これまでの私を思い出すのよ……
 ちょっとだけお転婆で、いつもいつも何事にも全力で突っ走っては壁に激突してそのまま破壊して大出血を起こす日々……
 そんな淑女の鏡だった私も今は可愛い可愛い娘の母親ですわ!
 そう。
 大人よ、大人になりましたの。
 お子様と大人の違いといえば……

(大人は冷静に物事を考えられますのよーー!)

 ふふんっと私は胸を張る。
 ここは、可愛い可愛い愛娘に落ち着いた大人の振る舞いというものを見せて差しあげましょう!
 私は小さく息を吐き、落ち着いて座り直す。

「きょ、挙動不審…………フルール様?  本当にどうしたの?  あなたが不審なのは珍しくないけれど、今は更に輪をかけて不審よ?」
「あはは!  アニエス、それ常に“おかしい”って言っているよね?」

 怪訝そうなアニエス様の横でナタナエル様がお腹を抱えて笑っている。
  
「オッシー~!」

 つられて笑うミレーヌ。

「それはナタナエルもだけどね!?  ───そんなことよりナタナエル!  ご覧なさい!  あのフルール様が大人しいのよ?」

 ナタナエル様は不思議そうに首を捻る。

「なぜ、分からないの?  こ・れ・は!  重大事件なの!」
「アニエス?」

 アニエス様はグイッとナタナエル様に迫る。

「いつだって一度思い込んだら最後……人の話も聞かずに、にこにこにこにこ……無駄に可愛い笑顔を振り撒いて全力で走り始める……」
「アニエス……」
「目の前の壁は避けるのではなく破壊しまくって、血を流してもやっぱり無駄に可愛い満面の笑顔を崩すことはなく……ひたすら前に前にしか進まないフルール様!  ……が、静かなのよ!?」
「……う、ん?」
「どうして、この重大さがナタナエルには分からないの!?」

 詰め寄られたナタナエル様はあっけらかんとした顔で言う。

「えっと?  アニエスが公爵夫人のことが大好き!  ってことはよく分かったよ?」
「なんでよ!?」
「ダーキ~!!」

 アニエス様は、あぁぁと頭を抱える。

「ま、まさか、母親になってついに大人しくするという思考力が芽生えたとでも言うの!?  そんなことが起こり得るの!?」
「あはは!  アニエスって、本当に公爵夫人が絡むととっても楽しそうだよね~」
「ど・こ・が・よ!!」

 ナタナエル様にグイグイと迫るアニエス様を見て、ミレーヌも最高に楽しそうですわ。

「タオチ~!!」
「ええ、何の話かはよく分からないけど楽しいわね、ミレーヌちゃん!」
「あい!」

 私が笑顔でミレーヌと話しているとアニエス様ががグリンッと振り返る。

「フルール様!  何を呑気に笑っているのですか……!」
「え?」
「そもそもは、あなたの様子が変だ……った、か、ら……」

 そこまで言いかけたアニエス様はハッとして、顔を赤くしてモゴモゴし始めた。

「わ、わたしは別にフルール様の心配なんてしていませんからね!?」
「アニエス様……」
「た、ただ!  げ、元気の塊のようなフルール様の様子が、い、いつもとち、違ったから……落ち着かな……くっ!」
「……」
「フルール様は、一応、は、母親ですし!?  娘、そうよ、そこのミレーヌのことがね、心配で!」

 照れ照れし始めたアニエス様のことをナタナエル様は優しく見守っている。
 そのお顔は、“アニエス様が可愛くて仕方がない!”と言いたそうにニンマリしていますけど。

(アニエス様ったら……)

「……ミレーヌちゃん」

 私はキャッキャと笑って楽しそうにしているミレーヌに声をかける。

「あい?」
「お分かりいただけたかしら?」
「アウー?」
「これが……これこそが“大親友”というものですわよ?」
「ダーシー?」

 私は力強く頷く。

「きっと、大きくなったあなたにも出来るわ!  大親友!」
「あい!  アーシーユ!」

 ミレーヌは手を上げるとニパッと可愛い笑顔で頷いた。

「~~っっ……コホンッ、それでフルール様?  あなたはいったい何で固まっ……」
「アニエス様!  もしかしたら私もかもしれませんの!」

 今度は私がの方からグイッとアニエス様に近付く。

「は?」
「ですから、私もですわ!  ミレーヌが教えてくれましたのよ!」
「は?  ち、近っ……ちょっと!  相変わらず近いですから!」

 やや、押し戻されるも私は更にグイグイとアニエス様に強引に迫る。

「アニエス様!  私のお腹の中にも赤ちゃんがいるかもしれませんっっ!」
「…………は、」

 はぁぁぁ!?
 というアニエス様の可愛らしい叫びは屋敷内に大きく響いた。




 その日の夕食時───……

「───と、いうわけで!  アニエス様にさっさと医者を呼びなさい!  と強く勧められましたので、即お医者様をお呼びしましたの」
「……」
「そうしましたら、やっぱり二人目の赤ちゃんがお腹の中にいましたわ~」

 私は満面の笑みでお腹をポンッと叩く。

「マンマ~!」
「まだまだ、こんなに小さいのにミレーヌちゃんの野生の勘は素晴らしいです!」
「ワセー」

 ミレーヌが私の声に乗って嬉しそうにワーイと両手を上げている。
 ふふふ、可愛いですわ。

「そして、私と来たら……ミレーヌちゃんの時と同様、全っ然、体調の変化に気付きませんでしたわ~」
「マー」
「お医者様もびっくりでしてよ~」

 もうちょっと早く気付ける兆候があったはずだーー
 と、呆れられてしまいましたわ。
 そう言われましても困ります……
 私はいつもと変わらず元気いっぱいに過ごしていただけですから、気付けと言われても難しいですわ?

「ふふふ。ミレーヌちゃんはお姉さんになりますのよ~?」
「ネェネ?」
「そうですわ。お姉さん」
「ネ~」

 お兄様たちの所に生まれた可愛い従弟もミレーヌにとっては弟のようなもの。
 ですが……

「いい?  ミレーヌちゃん。弟でも妹でもいっぱいいっぱい遊んで遊んで遊んで遊んであげましょうね?」
「あい!」
「よし、今日もお利口さん。いいお返事ですわ!」

 ミレーヌの元気いっぱいの返事に私は満足気に頷く。
 年齢差が私たちよりも近いので違いはあるけれど、願わくば私とお兄様のように楽しく仲良く遊べるきょうだいであって欲しい。

「そうそう!  旦那様。もう一つ嬉しいお知らせですわ!」
「……」
「なんと!  アニエス様も今、妊娠されているそうなので、私たちの子供たちは同い年になりそうですわ~」
「ッショ~!」
「……」
「ふっふっふ。これも大親友のご縁ですわ~」

 カシャーンッ
 ずっとポカンとした顔のまま話を聞いていたリシャール様。
 ここで、手に持っていたカトラリーを床に落としてしまう。

「まあ!  旦那様!?」
「ウァゥ?」
「……」

 控えていた使用人がさっと拾うと、新しい物へと素早く取り替える。
 それでもリシャール様は目をパチパチさせたまま動かない。

「旦那様が、こういうのは珍しいですわね……?」
「……」

 リシャール様は幼い頃から、あの両親に厳しく躾られて来たから、私と違ってこういった粗相をすることは滅多にない。

「旦那様?」
「……」
「パァパ?」

 ミレーヌも心配そうにリシャール様を見つめる。

「あ────いや、うん…………待って待って待って?」

 ついに口を開いたリシャール様が手で静止のポーズを取る。

「えっと、いきなりの急展開で僕の脳内が全くついていけていないんだけど!?」
「まあ!  では順番にもう一度説明しますわね?」
「ネ~?」

 ミレーヌと頷き合った後、私は説明しようと口を開く。

「まずは、こちら!  私たちの愛娘で才女で最強ベビーのミレーヌちゃんが、遺伝で素晴らしい野生の勘を……」
「あー……!」

 リシャール様は慌てて私を止める。

「────い、いや!  大丈夫、大丈夫だから……うん、理解……した」
「そうですの?」
「……うん、大丈夫」

 数回ほど深呼吸したリシャール様がいつもの笑みで優しく微笑む。
 すると、リシャール様が椅子から降りると床に膝を着いた。
 そして両手を広げてミレーヌを呼ぶ。

「……ミレーヌ、おいで?」
「あい!  パァパ~!」

 パァッと顔を輝かせたミレーヌも嬉しそうにヨチヨチ歩いて、リシャール様の胸に飛び込んだ。

「──ミレーヌは凄いな」
「あい!」

 リシャール様はミレーヌを抱きしめてヨシヨシと頭を撫でながらミレーヌを褒めていく。

「すごく大事なことを教えてくれてありがとう」
「あい!」
「お姉さんになったら、たくさんたくさん遊んであげるんだぞ?」
「あい!」

 ミレーヌは勿論!  とばかりに胸を張った。

「ははは!  この得意そうな顔、フルールにそっくりだよ。可愛いな」

(……!)

 そう言って私の名前を出してはにかむ国宝リシャール様の笑顔に私の胸がキュンとした。
 結婚してどれだけ経っても、父親と母親になっても、やっぱり胸はときめきますわ!

「フルール?  どうかした?  フルールもこっちにおいで?」
「!」
「マンマァ?」

 リシャール様が当たり前のように私を呼ぶ。
 私も椅子から降りて、ミレーヌごとリシャール様をギュッと抱きしめる。

「───大好きですわ!」

 リシャール様も、ミレーヌも。
 そして、私のお腹の中に芽生えたばかりのまだ見ぬ赤ちゃんも。

「うん、僕も!」
「ミエッェモー」
「……」

(……赤ちゃん!  聞こえるかしら?)

 私は、ふふっと微笑んでお腹の中の赤ちゃんに語りかける。

(あなたにはね、こーーんなに素敵なお父様とお姉様がいますのよ?  心強いでしょう?)

 そして、もちろん……

(この私、最っっ強のお母様もいますわよーー!!)

 こうして、私たちは新たな命を授かったことをたくさんたくさん喜んだ。

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