王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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332. 野生の勘は遺伝する

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「───さあ、ミレーヌちゃん。ご飯を終えたら今日も日課の走り込みですわよ」
「あい!」

 その日も、朝の食事を終えると私とミレーヌは日課の走り込みに向かう。 
 と言っても、さすがにまだミレーヌは高速ハイハイと歩きを混ぜた動きしか出来ないので、室内を走り回るだけ。
  
「ふふふ、ミレーヌちゃん。やはり広い家、最高ですわね」
「いこー!」

 そして、私はしっかりとミレーヌに言い聞かせる。

「いいこと?  ミレーヌちゃん。お部屋の中でもお外でも駆け回る時は淑女を忘れてはいけません」
「ウジョ?」
「そうですわ。お母様はそれをよく忘れて叱られましたの」

 ここで、何故かキャッハッハーと楽しそうにケラケラと笑うミレーヌ。
 笑い話ではありませんのに!
 そう思っていたら、リシャール様までククククと肩を震わせて笑っていますわ。

「……旦那様」
「パァパ?」

 私がジロリと睨むと、リシャール様はコホンッと軽く咳払いをする。

「い、いや……どんどん、ミレーヌがフルール化しているなって思ってさ」
「マッマァー」
「そうですわね。旦那様、ミレーヌちゃんは本当に何でもグングン吸収してくれますのよ」
「グウ~」

 私はニンマリ笑う。
 天才でお利口……
 そして周囲をメロメロにするこの美貌!
 間違いなくこの子は今、最強の淑女ベビー間違いなしですわ!

「───そういえば、フルール。今日はパンスロン伯爵家から訪問の連絡が来ていたよね?」
「ええ。アニエス様ですわ」
「ごめん、僕は仕事で同席出来ないけど」
「大丈夫ですわ!」

 大親友のアニエス様!
 人妻となっても相変わらず照れ屋さんな彼女は今日、私に用があるらしい。

「アースー?」
「ア・ニ・エ・スですわよ、ミレーヌちゃん。お母様の大親友ですの」
「ダー?」

 コテンッと首を傾げるミレーヌを見て私はふふふっと笑う。

「大きくなったらミレーヌちゃんにもお母様みたいに大親友が出来るといいですわね?」
「ダー!」

 ミレーヌが元気よく片手をあげる。
 どうやら、大親友を作る気満々のようです。

「……すでに大物感満載のミレーヌに着いていける子……いるのかなぁ」

 リシャール様がボソッと呟いた。

「大丈夫ですわ!  子供の頃、私も同じようなこと言われてましたけど、ちゃんとこうして大親友が出来ましたもの!」
「……」

 私がどーんと胸を張るとリシャール様が苦笑する。
 そして、その横でミレーヌは、またしてもとても楽しそうにケラケラ笑っていた。


────


「ア・ニ・エ・ス・様~~!!  ようこそいらっしゃいましたわーーーー!」
「ヒィィッ!?」
「アッスー!」
「ヒェッ!?   可愛い!?」

 我が家にやって来たアニエス様に抱き着きながら熱烈に歓迎したところ、ミレーヌも真似してアニエス様の足元にギュッと抱きついた。

「あははは!  すごいよ、アニエス。両手に花!」
「お、お黙り!  ナタナエル!  言葉の使い方おかしいからっ!」

 真っ赤に照れたアニエス様がジロリとナタナエル様を睨む。

「うんうん、分かっているよ、両手に花が嬉しいんだよね?」
「ちょっ……わたしはそんなこと一言も言っていないわよねっ!?」
「え~?」

 あははは~と笑うナタナエル様の肩を掴んでガクガク前後に揺らすアニエス様。
 この二人も相変わらず仲良しのようです。

「ア~ウ~、シ~」

 ミレーヌが二人を指さして、仲良しだね?  と言っていますわ!

「ええ、そうね。ミレーヌちゃん。とっても仲良しですわね!」
「あい!」
「ちょっと!  フルール様!?  何を勝手に決め…………うっ!?」
「ウ?」

 私とミレーヌの会話を聞いていたアニエス様が真っ赤な顔で振り返る。
 そして、キラキラの純粋の目でアニエス様を見つめるミレーヌと目が合うとすごい勢いで後退っていく。

(アニエス様?)

 そんなアニエス様はそのまま、手で鼻と口を押さえて震え出した。

「アニエス?」

 ナタナエル様が心配そうにアニエス様に声をかける。

「な、ななななに!?  なんなの、この可愛さ……」
「ア~ス~?」
「……リシャール様とフルール様のいいとこ取りしたみたいな顔!  そして母親フルール様に似たキラッキラの純粋で無垢な目……うぅっ……すごい。何これ……」

 プルプルしているアニエス様の元へ、ミレーヌがよちよちと歩いて向かう。

「ア~ス~」
「え、な、なに?」
「ダーキ~!」
「なっ!?」

 そして、ニパッといつも周囲をメロメロにする可愛い笑顔でアニエス様に大好き!  と言いましたわ!

「うっ……こんなの…………無理」
「アニエス!」
「まあ!」

 ……そのままアニエス様はその場に撃沈した。




「───ま、全く、わたしはフルール様の小さな頃を知らないけれど、この子は絶対に子供の頃のフルール様そっくりに違いないわ!」

 どうにか気を持ち直したアニエス様。
 真っ赤な顔でお茶をグビッと飲みながらプンプンしている。
 そんなアニエス様、今日も可愛いです。

「ですから、これからが楽しみだねと皆によく言われますわ~」
「……恐怖だね……の間違いではなくて!?」
「まあ!  アニエス様ったら何を言ってますの?」

 冗談がお上手ですわ~

「っっ!  見える……わたしには見えるわ……」
「何をです?」
「将来……あの、もう既にだだ漏れしている美貌に騙されて、不用意にフラフラと近付いては大火傷を負う情けない男たちの姿よ!」
「まあ!」

 アニエス様ったら気が早いですわ~

母親フルール様と同じような表情をして、すっとぼけたことでも口にするに違いないわ!!」
「ふふふ。アニエス様、まるで預言者みたいですわね?」
「誰でも分かることよーー!」

 アニエス様は真っ赤な顔で叫んだ。

「こら、アニエス、落ち着いて!」
「ナタナエル……」
「ほら、まずは……手みやげ渡すんでしょ?」

 ナタナエル様のその言葉でハッとしたアニエス様。

「そうだったわ……フルール様、これ」
「アニエス様?」
  
 手みやげと言っていた。
 なんて律儀なのでしょう!
 既にミレーヌが生まれた時、お祝いでミレーヌ用・アニエス様特製レースを頂いてしまったと言うのに!
 そんなアニエス様がおずおず差し出した物は……

「絵本ですの?」

 アニエス様は赤い顔をしてプイッと顔を逸らす。
  
「そ、そろそろ興味も出てくる年頃でしょ!」
「アニエス様……」
「フ、フルール様のことだから、ちょっと変な……拳を交えた漢たちの熱苦しい友情物語……とか、悪女が復讐に燃えてとことん悪を貫く話とか……教育に悪影響しそうな本をえ、選びそうだったから……!」
「……」

 私は驚いた。

(アニエス様……どうして私がミレーヌの為に用意した絵本の内容を知っているんですの……!?) 

 まだ、リシャール様にも見せていませんのに!!
 凄いですわ。
 これが大親友……!

「エン~?」
「そうよ、ミレーヌちゃん。絵本よ、え、ほ、ん!」
「エッホ~!!」

 ミレーヌは絵本を見てキャッキャと嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます、アニエス様。ミレーヌも喜んでいますわ!」
「……」

 顔を赤くしたアニエス様は恥ずかしそうにそっぽ向いた。

「えっと、それで、今日はどうなさったの?」
「……!」

 私の質問にアニエス様はハッとして一瞬顔を上げたけれどまた下を向く。

「アニエス様?」
「あ……うっ……」
「あう?」
「ち、違うわよ!」

 照れ屋さんが盛大に発動中のアニエス様。
 そんなアニエス様をナタナエル様は急かせるでもなく静かに見守っている。

「う……」
「う?」
「うま……」
「馬?」

 アニエス様って馬に興味があったのかしら、と首を傾げる。

「っっっ!  う、馬の話なんてしていないわよっ!」

 やっぱり、違いましたわ~
 では何かしらと思っていたら、ミレーヌがヨチヨチしながらアニエス様の元に向かう。

「ミレーヌちゃん?」
「え?」

 アニエス様の元にたどり着いたミレーヌは、ニパッと笑顔で話しかける。

「アー……マンマ、ショ」
「え……?  な、なに?」
「マー、アー?」

 ミレーヌは何かを訴えるように、アニエス様に向かって手を伸ばす。
 その手を伸ばした先は……アニエス様のお腹。

(はっ!)

「マンマ……ママ?  もしかしてアニエス様、お腹の中に赤ちゃんがいますの?」
「!」

 ミレーヌに気を取られていたアニエス様が、私のその声にガバッと顔を上げる。

「…………そ、そ、そそそそそうよっっ!」
「まああ!  おめでとうございます~」
「………………あ、りが、とう」

 アニエス様はますます顔を赤くしながらそっぽ向いた。

「ははは、アニエス。お姫様に助けられたね」
「う……お、お黙り、ナタナエル!」

 じゃれ合う二人を見ながら私は大感激をしていた。
 なんて、なんて嬉しい報告ですの!?
 アニエス様の……
 ふふ、絶対アニエス様に似て、恥ずかしがり屋さんの可愛い子が誕生しますわね!

(楽しみですわ~~)

「ミレーヌちゃんとお兄様の所と……ふふ、ますます賑やかになりますわ!」
「ウッ?」

 役目を果たしたミレーヌがトテトテとこっちに戻って来る。

「ミレーヌちゃん、あなた凄いわね!」
「あい!」
「私に似て、あなたも野生の勘を持っているのね?」
「ワセー!」

 ニパッと笑うミレーヌ。
 遺伝ね……!
 そして、やはりこの子は天才ですわ!  
 もはや、何度目になるかも分からない確信に大きく頷いていると、ミレーヌがまだ何か言いたそうにしきりに唸っている。

「ミレーヌちゃん?」
「マー、ショ!」
「ん?」

 私が聞き返すとミレーヌはもう一度ニパッと笑った。

「アー、マンマ、ショ~」
「……」

(……アニエス様とお母様、一緒?)

「一緒って……」

 私はハッとして慌てて自分のお腹を見た。
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