王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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328. いっぱい抱きしめて?

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(久しぶりだったせいか、足がピリッピリですわ~……)

 お母様のお父様への愛が詰まった長い長い惚気話を聞き終えた頃には、足が大変なことになっていた。
 目が覚めたお父様が、お母様の惚気話に驚いて顔を真っ赤にして乱入し止めに入って来ていなければ、もっとこの足は悲惨になっていたはずですわ。

「フルール、大丈夫?」
「旦那様……」

 足が痺れて変な歩き方となっている私を支えてくれるのは優しい夫、リシャール様。

「旦那様は大丈夫なんですの?」
「うん?」
「足は痺れていませんの?」
「ああ、うん。大丈夫そう」

 リシャール様は意外と平気そうで普通に立っている。
 よくお母様に怒られている私の巻き添えをくらって比較的慣れているお兄様ですら、今はフラフラしていますのに!

「この座り方は、僕も小さい頃から両親によくさせられていたんだよね」
「え!」

 私が驚きの声を上げると、リシャール様は静かに笑って遠くを見る。
 その顔は少し寂しそうに見えた。

「義母上とは違ってさ、悪戯したことのお説教とかじゃなくて……」
「て?」
「王女殿下の婚約者として、いかに過酷な状況下でも集中出来る人間でなくてはいけない。そのための訓練なんだって言われて、勉強をこの姿勢でやらされていたんだよ」
「……なっ!」

 なんてことをしていますの!
 悪戯をした結果、お母様に怒られていた私とは状況が全然違いますわ!?

「そんなの集中なんて出来ませんわ!?」
「うん、そうなんだよ。でもそんな言い訳通じないし怒られる。だからさ、なるべく痺れないようにする為の座り方とか色々研究して考えたんだ」
「旦那様……」

 ハハハ……と笑うリシャール様。
 その笑顔に元気がないのは過去を思い出したからかもしれない。

(許せませんわ!)

「───旦那様、少し屈んでくださいませ!」
「え?  こ、こう?」

 私はリシャール様が言われるがまま屈んでくれた所に、腕を伸ばす。
 そして、リシャール様をギュッと自分の胸の中に抱きしめてその頭を撫でる。

「……フ、フルール!?」

 珍しくリシャール様が動揺しています。

「え?  な、なんで、頭を撫でているの?」
「これはたくさん頑張ったチビリシャール様が褒めて貰えなかった分のヨシヨシですわ!」
「…………え?」

 驚いたリシャール様の声が裏返る。

「どうせ、あの方たちは頑張っていたチビリシャール様をこうして抱きしめてヨシヨシして褒めることなんてしなかったのでしょう?」
「う、うん……」

 私のお母様は確かに怒らせると怖いです。
 それはそれはガクガクブルブルの恐怖のお説教の時間が待っていますわ。
 ですが、お母様はその分褒めてくれる時はちゃんと頭を撫でて褒めてくれましたし、
 何よりお母様は両手を広げて……

 ───フルール!  おいで?
 ───おかーさま!

(いっぱいいっぱい私をギュッと抱きしめてくれましたわ!)

 でも、あの方たち、リシャール様の両親は……
 王女殿下の婚約者という立場にばかり固執していたあの人たちは……!

「───ですから、あの頃……チビリシャール様がしてもらえるはずだったヨシヨシとギュッを今、私がしているのですわ!」
「フルール……」
「十年?  十五年くらいかしら?  ちょっと遅くなってしまいましたけど」
「…………い、いや、ありが……とう」

(まあ!  ……リシャール様の身体が微かに震えていますわ?)

「……ふふ」

 私は静かに微笑むと、たくさんたくさんリシャール様の頭を撫でて抱きしめる。

「……それから」
「うん?」
「私、そのなるべく痺れないようにする座り方?  とやらのコツが知りたいですわ」
「え?」

 きょとんとした顔のリシャール様がそっと顔を上げる。
 そして、すぐにじとっとした目で私の顔を見つめる。

「つまり、フルール。君はまだまだこれからも義母上にお説教されるようなことをするつもり……」
「ま、万が一ですわ、万が一!」

 私はホホホと笑って誤魔化す。

「知っていても損はありませんもの、ね?」
「……」
「こ、今後もなにか悪戯をするかどうかは別の話ですわっ!」
「……」

(くっ、無言!  う、美しい顔の圧がとんでもないですわ!)

 私はダラダラと内心で冷や汗を流す。

「……ふっ」
「だ、旦那様?」

 すると、リシャール様がクククッと笑いだした。

「本当にフルールは可愛いなぁ」

 そう言って今度はリシャール様の方からギュッと私を抱きしめてくれた。
 そして、ポツリと小さく呟いた。

「きっと、フルールは僕たちの子どもをたくさんたくさん抱きしめてくれるんだろうなぁ……」
「旦那様……」
「…………僕もいっぱい抱きしめてもいい、のかな?」
「当然ですわ!  私と赤ちゃんの取り合いになりますわね!」
「取り合い、か」
「ふふふ、勝負ですわ!!」

 私が即答すると、リシャール様はとても嬉しそうに笑ってくれた。


────


 こうして実家の皆に大変喜ばれた後も、他の皆様もたくさんお祝いしてくれましたわ!
 隣国のイヴェット様や、ネチネチ国の元王妃殿下からもお祝いが届きました。
 そして───

「お、お邪魔します!」
「こんにちは~」
「まあ!  アニエス様、ナタナエル様!  ようこそ!」

 大親友のアニエス様。
 夫となったナタナエル様と一緒に屋敷に来てくれましたわ。

 そんなアニエス様は……

「フ、フフフフフルール様!」
「はい!」
「お、おめ……おおおおめ……」

 相変わらず照れ屋さんなアニエス様。
 ですが、今日はなんだか一段と恥ずかしそうです。

「───ははは、アニエス吃りすぎだよ?」
「ナ!  ナタナエルは黙っていて頂戴!」
「え~?」

 気を取り直してアニエス様が私と向き合う。

「フ、フルール様!」
「はい!」
「…………っっ」
「……」
「お……」
「お?」
「…………っっっ!」

 その後、アニエス様からの「おめでとう」を聞くまで五分程かかった。
 アニエス様は照れてお顔が真っ赤でしたわ。
 そして、帰り際にはナタナエル様がこっそり私に耳打ちしてくれた。

「アニエス。夫人の懐妊の話を聞いてから今日ここに来るまで毎日、鏡の前で“おめでとう”って言う練習何度もしていたんだ。可愛いでしょ?」
「まあ!  ふふ……ええ、とっても!」

 やっぱり大親友のアニエス様はとってもとっても可愛いかった。




「フルール様、おめでとう!」
「ニコレット様、ありがとうございます!」

 その後も、辺境伯領からはジメ男とニコレット様もわざわざ駆け付けて来てくれた。

「うちの騎士たちが元気な赤ちゃんを産んだ後はまた、一緒に走りたいと言っているわ?」
「まあ!  受けて立ちますわ!」

 ニコレット様が辺境伯領の騎士たちからのメッセージも伝えてくれた。

「兄上、義姉上……!  お、おめでとう!」
「ああ、ありがとう」
「まあ!  ありがとうございます、ジ……」
「じ?」

 ん?  と首を傾げるジメ男。
 私は慌てて口を押さえる。

(サ……サミュ……サミュエ……)

 昨夜、リシャール様の前で練習しましたのに。
 油断するとすぐにジメ男に逆戻りですわ~
 慣れって怖いです。

「僕もおじさんになるんだね」
「そうだぞ」

 リシャール様との兄弟の会話を微笑ましく聞きながら、

(彼はジメ男ですから───ジメおじさんですわね~)

 ───赤ちゃん、この方はあなたのお父様の弟、ジメおじさんですわよ~
 なんて考えて、赤ちゃんに話しかけていたことは秘密ですわ!




「野菜夫人、おめでとう~……!」
「まあ!」

 それから、なんと幻の令息までお祝いに来てくださいましたわ。

「外をフラフラ出歩いて大丈夫なんですの?」
「うん……!」

 心配になってそう訊ねると、幻の令息は元気いっぱいに頷いた。

「父上はまだ他家に訪問なんて早いのでは?  とオロオロ心配していたけど……母上が押し切ってくれたんだ……!」

 幻の令息は笑顔でそう口にする。

(こんなに元気いっぱいの姿に……もう、彼は幻ではありませんわね!)

「そういえば、可愛い野菜コンテストでは審査員を務めるそうですわね?」
「そうなんだ~……!  夫人の人参を超える野菜に出会えるかすっごく楽しみなんだ……!」
「ふふ、それならきっと、沢山ありますわ!」

(ですが、私も負けませんわ~!)

 勝負と聞くとどうしても血がメラメラと騒ぎます。

「野菜夫人も参加するんだよね……?」

 コンテスト用に育てた私の可愛いお野菜は、皆の協力を経ていよいよ収穫の時が迫っていますわ~

「はい!  楽しみにしていてくださいませ!」
「うん……!」




 ──結果?
 もちろん、本気を出した私が、その辺の令息令嬢に負けるはずがありませんわ!
 年季が違いますもの!


─────
──……


 そうして、妊娠中も穏やか……いえ、周りがびっくり驚くほど元気いっぱいに過ごしている私。



「……赤ちゃん!  本日のご機嫌はいかが?  そろそろお外の世界に出ます?」
「ははは、フルール。その挨拶、もう日課だね?」
「ええ。意思確認は大事ですから!」

 臨月を迎えた私は、毎日赤ちゃんに話しかけている。
 いつものように赤ちゃんへの声掛けをしてリシャール様にも笑いかけると、ポコッとお腹を蹴られた。

「まあ!  旦那様、今日は一ポコでしたわ!」
「一ポコか……まだ待て、だね?」

 リシャール様が優しく私のお腹をさする。

「そうですわね」

 私が話しかける度に、こうしてポコッとお腹を蹴ってくる赤ちゃんは今日も元気いっぱい。
 絶対に私に似ていますわ~

「……ん?」

 ポコッ……ポコッ……

「あら?  赤ちゃん、今日は一ポコではありませんの?」
「え?  フルール?」
「……旦那様。今日の赤ちゃんは、一ポコではなくポコポコして来ますわ」
「ポコポコ……」

 私たちは顔を見合わせる。

「フ、フルール!  医者……呼ぶ?」
「……え、ええ、お願いしますわ!」


 ────ついにモンタニエ公爵家に最強ベビー誕生の時が迫っていた。

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