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326. 美女と肉
しおりを挟む「オリアンヌーー!」
お兄様が愛しの妻に駆け寄っていきます。
そんなオリアンヌお姉様は目は覚ましたものの、どこかぼんやりした様子。
(まだ、眠そうですわ~)
「大丈夫か?」
「アンベール? ……えっと、私……?」
「覚えているか? 俺たちはフルールの───」
お兄様がそう言いかけたところで、オリアンヌお姉様はハッとした。
「そうだわ……! フルール様が子守唄を歌えるって言っていて……」
「ああ」
「そうよ! それで、そのフルール様の子守唄がものすごーーく音…………はっ! あ、フルール、様……」
(ものすごーーくおん?)
オリアンヌお姉様はそこまで言いかけて、私の視線に気付いて慌てて口を押さえた。
私はにっこり笑う。
「おはようございます、オリアンヌお姉様~」
「え、あ……おはようございます」
私はじっとオリアンヌお姉様の美しい顔を見つめる。
(ふっふっふ。いい感じに“肉”の文字がピッタリ嵌っていますわ~)
美女と肉───
やはり、書いた場所は頬ではなく額にして正解ですわね!
……さすが私!
この天才的野生の勘と天の声に万歳ですわ!
「オリアンヌお姉様? ものすごーーくおん、の続きは何ですの?」
「え!」
私はにこにこしながら訊ねる。
フルールの子守唄に関する褒め言葉、絶賛の言葉はもちろん、今ならご指摘も大歓迎ですわ~!
にこっ!
「うっ……えっと、」
どうやら、お姉様ったら照れている様子ですわね?
にこにこ……
「そ、その……」
にこにこ……!
もしかして、感動しすぎて言葉が出ないのかしら?
(ゆっくり落ち着いて下さいませ~)
「───っっ! フルール様のこ、子守唄が……も、ものすごーーく音量が大きくて驚いてしまったの、よ!」
「音……量、ですの?」
「……え、ええ」
私は目を瞬かせる。
言われてみれば、久しぶりなことに張り切りすぎてちょっと元気いっぱいにし過ぎたかもしれません。
(大きな声は、確かに赤ちゃんもびっくりしてしまいますわ!?)
私はそっとお腹を撫でる。
(……赤ちゃん、待っていてね?)
あなたのお母様は、これから研究に研究を重ねて、最高の子守唄を用意してあなたの誕生を待っていますわ!
いっぱい寝てすくすく育ってくださいませね!
「音量!? オ……オリアンヌ……」
「……だ、だって、アンベール」
「あ、ああ、分かっている、オリアンヌ」
私がお腹の赤ちゃんに語りかけていると、お兄様たちが真剣な顔で見つめ合って何やら話しています。
「これまで真実を告げることが出来た者は存在しない……無理なんだ」
「え、ええ。あんな無邪気な笑顔を見せられたら……私にも無理です」
(ゴニョゴニョしていてよく聞こえませんが、無理? と聞こえましたわ)
「……!」
ハッとした私はニヤリと笑う。
なるほど!
私の子守唄が完璧すぎて、無理! とても真似出来ない! ということですわね!?
(やはり天才とは私のことですわーーーー!)
ホーホッホッホッ! と私は内心で高笑いをする。
「……まさか、こんなにひど……凄い……なんて、私……知らなくて」
「夢も見れず、違う世界の扉が開くからな……驚いただろう? 歌を教えた母上ですら───あの調子だ」
「お義母様……!」
お兄様たち、今度は未だに安眠中のお父様とお母様を見て何か言っている。
「耐性の無いオリアンヌが……無事に目覚めてくれて良かったよ……」
「アンベール……」
お兄様がオリアンヌお姉様の両手を取りギュッと握り締めた。
二人はそのまま、また見つめ合う。
(なんと! ここでイチャイチャが始まりましたわ!?)
「オリアンヌ……」
「アンベ…………えっ!?」
二人の顔がそっと近付いたその時、オリアンヌお姉様がギョッとした。
「え、なに? アンベール? あなた、その頬はどうしたの!?」
「……あっ!」
オリアンヌお姉様がお兄様の顔をまじまじと見る。
「あ、こ、これ……は」
「──あら、“おにーさま、大スキ”と書いてあるのね? これは……」
「……」
「フルール様よね!? え? ふふ、もしかしてフルール様の悪戯か何かかしら?」
オリアンヌお姉様は手をパンッと叩いてキラキラの笑顔を見せた。
「……オリアンヌ。君はフルールのこの行為に……ドン引かない、のか」
「え?」
「いい歳して……母親になろうとしているのに人の顔に落書き……だぞ?」
「なぜ? フルール様らしくて可愛いわ!」
ふふふと楽しそうに笑うオリアンヌお姉様。
笑うと一緒に肉の文字も揺れます。
「しかも、おにーさま、大スキなんて、フルール様らしくて可愛いじゃない?」
「オリアンヌ……」
「本当に仲良し兄妹で微笑ましいわ!」
オリアンヌお姉様は改めて、じっとお兄様の頬を見つめる。
「なるほど……フルール様の子守唄のとんでもない音……量に驚いて、アンベールが気ぜ……コホンッ、眠っている姿を見ていたらムラムラしちゃったって所ね」
「……ムラムラって、オリアンヌ」
「その気持ち分かるわ! そして実行しちゃう所がフルール様よね!」
「ありがとうございます!」
肉の文字を揺らしながらオリアンヌお姉様が大絶賛してくれたので私もニンマリ笑いながらお礼を言った。
「そ、それより! オリアンヌ。実は……」
「どうかした?」
「あー……」
お兄様が口を開けては閉じ、何かを言いかけては言葉を詰まらせて……を繰り返す。
さすがのオリアンヌお姉様も不審に感じたのか眉をひそませた。
「アンベール? さっきから様子が変よ?」
「あ、ああ……あ、あのさ……オリア、」
お兄様がそこまで言いかけた時だった。
「フルール。眠っている使用人たちは何とか部屋に運び終えたよ。そっちはどう───あ!」
ガチャッと扉が開いてリシャール様が戻って来ましたわ。
そしてお兄様とオリアンヌお姉様に気付いたようです。
「アンベール殿、それから夫人の二人は目が覚めたんだ?」
「うぅ、くっ……リシャール様っ!」
お兄様がクッ……と唸るとリシャール様の元に駆け寄った。
そしてリシャール様の肩を掴むとガクガク前後に思いっきり揺らす。
「ッ!? ア、アンベール……殿!? どう、した……!?」
「リシャール様! フルール、フルールの野放しは危険です!」
「の、野放し!?」
リシャール様がギョッとする。
お兄様ったら突然何を言い出したのかしら?
「まさか……! 俺はこの歳でまた頬に落書きされるとは思いませんでした……!」
「あ、ああ、それは僕も驚いたけど……」
「駄目ですよ!? フルール可愛いな、で済ませたらリシャール様もやられますからね!?」
お兄様はグイグイと鬼気迫る顔でリシャール様を揺らす。
「あ~……いや、それがフルール曰く、僕の顔は汚せないんだってさ、アンベール殿」
「は、い?」
「国宝の僕にすると犯罪になるんだって」
「なっ……!」
それを聞いたお兄様がすごい勢いで振り返る。
そして、私とバッチリ目が合ったので微笑み返す。
「────顔か! やはり顔なのか、フルール!!」
「当然ですわ!! お兄様! 私にはこの美しい顔を汚すことなんて出来ませんもの!」
「それなら、俺のオリアンヌにも自重しろーー! 美しいじゃないか!」
お兄様がどさくさに惚気けを交えながら叫ぶ。
「え? 私?」
オリアンヌお姉様がきょとんとした顔で、私とお兄様の顔を交互に見た。
そしてすぐに何かに気付いてパッと笑顔になった。
「もしかしてフルール様、私の顔にも落書きしてくれたの?」
にこっ!
私は肯定の意味で微笑む。
その私の笑顔を見たオリアンヌお姉様は嬉しそうに手を叩いた。
「そうだったのね? もう、アンベールったら! それを早く言って欲しかったわ」
「う……」
「フルール様は私には何て書いてくれたのかしら? えっと、鏡、鏡……あ、あそこね!」
オリアンヌお姉様は嬉しそうに小走りで鏡に向かっていく。
「オリアンヌ……」
「もしかして……い、今からだったのか?」
はしゃいだ様子で鏡に向かっていくオリアンヌお姉様の背中を心配そうに見つめるお兄様。
リシャール様は苦笑しながら二人のことを見守っている。
そして鏡で自分の顔を確認したオリアンヌお姉様が声を上げた。
「えっ───肉っ! 嘘っ!? 肉って書いてあるわ!」
オリアンヌお姉様は、ガバッとすごい勢いでこちらに振り返った。
「フ、フルール様! 肉! これは私、私のことを表してくれているのね!?」
「はい! オリアンヌお姉様とお肉は切っても切っても切り離せません!」
私は力強く断言する。
オリアンヌお姉様も力強く頷く。
「ええ。私もお肉無しではもう生きていけない……! この文字は私のためにあるようなもの……」
「その通りですわ!」
美女と肉───最高の組み合わせですわ!
「待て、オリアンヌ! 君は額に文字を書かれた!? というショックは無いのか!」
すかさずお兄様が突っ込んで来た。
「え? ショック? でも、書かれた文字が“肉”だったし、可愛い義妹が私のことを分かってくれていて嬉しいという気持ちの方が強いわ?」
「オリアンヌ……!?」
「それに何かしら? 額に書かれているのがとてもいい感じに嵌っている感覚がするの……とても不思議ね?」
さすがお姉様!
私の気持ち、余すことなく分かってくれていますわ!
「ふふ、なんだか落とすのが勿体なく感じてしまうわね」
「オ、オリアンヌ! くぅっ…………こ、これは、俺は懐の広~い妻と無邪気で可愛い妹を持った……と喜ぶべき、なのか?」
はしゃぐオリアンヌお姉様の横でお兄様はぐぁぁ、と頭を抱えている。
「うーん、思った通りの反応だなぁ」
「でしょう?」
ご機嫌のオリアンヌお姉様と、苦悩するお兄様を見たリシャール様が呟く。
私は、えっへんと胸を張った。
その時だった。
「…………フルール? あなた、とーっても楽しそうねぇ……」
「!」
(ん? 冷気? どこから?)
部屋の隅から聞こえたその声に私は振り返る。
そこには、にっこり笑顔を浮かべながら冷気を放つ────
(お母様ですわーー!)
この騒ぎの中、怒らせてはいけない人が目を覚ましていた。
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