王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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325. 天の声

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「フルール!  君はなんてことを……」
「最初はお兄様とセットにして、“おねーさま、大スキ”にしようと思ったのですけど、いざ書こうとしたところで肉が頭の中に思い浮かびましたの」

 肉が食べたい!  
 そんな肉への執念で家から抜け出して来たという過去を持つお姉様ですもの。
 これ以上にぴったりの言葉はありませんでしたわ!

 私は満足気に微笑む。

「それで肉って文字を?  …………くっ、普通ならこんなことされたと知ったら怒り狂うだろうに……しかし、彼女もフルールが大好きだし、どこか変わっている所があるから普通に喜びそうだ」
「でしょう?」  
  
 頭を抱えるリシャール様に私は、ふっふっふと不敵に笑う。

「でも、文字の理由は分かったけど、なんで“肉”の文字だけは額なの?  他の人たちは頬に書いているよね?」
「それは野生の勘ですわ!  ……この文字ならばここに書くべしと天の声が聞こえましたのよ。実際、なんだかとてもしっくり来ました」
「………………そ、そうなんだ。野生の勘に天の声……」

 リシャール様はそれ以上の追及をやめて目を瞑った。
 そして、少しの沈黙後、口を開いた。

「それなら……僕にだったらフルールはなんて書くの?  やっぱり国宝?」
「え!  旦那様にですって!?  まさか!  そんな恐れ多いこと出来ませんわ!?」
「出来ない……?」
「当然です。国宝に落書きなんてしたら犯罪ですもの!」

 私が強く首を横に振って否定するとリシャール様は無言のまま驚きの目で私を見る。

「私の気持ちは前と変わっていませんわ!」
「前って……確か──尊いお顔?  を汚すなんて出来ない……とか言っていた?」
「それですわ!」

 私はコクコクと力強く頷く。

「国宝旦那様のお顔を汚すことは、たとえ妻の私であっても許されません!」
「フルール……」

 リシャールの美しい顔がじっと私を見つめて来ます。
 私はそっとお腹に手を置く。

(ああ!  今、ここにいる赤ちゃんがもしリシャール様そっくりのミニ国宝だったなら……私はその美しさに耐えられるかしら?)

「……」

(いえ、必ずやこの私が立派な立派な国宝に育ててみせますわ!)

 だから、楽しみに安心して産まれて来てね!
 私たちの赤ちゃん!!

「……えっと、フルール?  急にニンマリ笑ってどうかした?」
「いいえ!  何でもありませんわ」

 赤ちゃんに色々と誓っただけですわ。

「そ、そう?」
「ところで、旦那様。我が家の使用人たちはともかく、お父様たちがこのまま目覚めず、なかなか帰らなかったら伯爵家の者たちが心配しますわよね……?」

 ふと思った。

「あ……なら早馬で、フルールが子守唄を歌ったと送っておこうか。伯爵家の使用人ならそれだけで伝わると思うし」
「え?  それだけで大丈夫なんですの?」
「うん、絶対に伝わる」

 リシャール様はそう言い切って、すぐに早馬の手配を進める。

「あら、でも誰が伯爵家まで行くんですの?」
「僕が帰宅した時の御者がいるだろう?  というか彼にも説明をしておかないとこの惨状を見て驚くか…………も」
「────う、うわぁぁぁぁあぁぁあ!?  皆、倒れて……?  何があったんだーーーー!?」

 ちょうど廊下からタイミングよくそんな声が聞こえて来た。
 少々、遅かったようです。

「ん?  これは皆、眠っている、のか?  ハッ!  奥様……奥様はお子様共々無事なのだろうか!?」

 私の心配を始めてくれましたわ。
 さすがモンタニエ公爵家の使用人。
 とてもよく出来た使用人で……

「いや、待てよ?  これはむしろ奥様が“何か”をしでかした結果なのでは……?  そうだ。“あの”奥様ならやりかねないぞ……!」

(……ん?)
  
 なんと!  
 心配からだんだん私が犯人説へと思考が移っていっていますわ。
 なんという名推理!
 これは名探偵フルールも驚きですわ!

(ライバル……)

「……と、なると、ここはご主人様の心配をした方がいいのかもしれない───ご主人様、いえ、リシャール様、どこですか?  ご無事ですかぁぁ!?」
「……」
「リシャール様ぁ……!」

 結果、あっという間に私が犯人になりましたわ!?  
 そんな名探偵で私のライバルに名乗りを上げた名探偵御者はリシャール様の名前を連呼して心配している。

「だ、旦那様……」
「うん。僕は無事だと顔を見せるついでに早馬を出す依頼してこようか」

 そう言ってリシャール様は部屋を出ていく。
 残された私は、すやすや安眠中の家族を見つめた。

(皆、どんな夢を見ているのかしら?)

「昔はお兄様が一番最初に目覚めていたわよね?  ふふふ、今日は誰かしら?」

 そしてそのままお腹にも話しかける。

「赤ちゃん、安心してね?  あなたにはこの私───“最強のお母様”がついてますから。あなたがたくさんぐずっても、直ぐにすやすや眠れます……大丈夫ですわ!」

 私の気持ちがたくさん届くように、いっぱい赤ちゃんに話しかけた。


────


 それから……
 どっぷり日も暮れた頃。

「フ、フルーーーール!!  こ、これは何事だぁぁぁ!?」
「あ、お兄様!  おはようございます!」

(やっぱりお兄様が一番でしたわ~)

「おはよう、じゃなーーい!」
「いい夢、見られました?」

 皆が目覚めるまで、私は一人優雅なお茶会を開いていた。
 すると、目覚めたお兄様がものすごい勢いで近くまですっ飛んできた。

「昔から言っているだろう!  お前の子守唄を聞いた後は夢どころじゃないんだと!!」
「そうでしたっけ?」

 私はお茶を一口飲みながら首を傾げる。

「夢なんて見れないほど、違う世界に行きそうになるんだって、いつも言っていただろう!」
「あ、そういえば!  本当に不思議な世界ですわね~?」
「……」

 お兄様はガクッと項垂れた。

「そもそも!  何でのほほんとした呑気な顔で一人、茶を飲んでいるんだ!」
「お兄様も飲みます?」
「い・ら・ん!」

 クワッと目を大きく見開いたお兄様がグイグイ私に迫ってくる。

「リシャール様は!?  帰宅されたのか!?」
「ええ。今は無事だった使用人数名と廊下で眠ってしまっている使用人たちをせっせと部屋に運んでくれていますわ」

 私も手伝いたかったけれど、止められた。

「無事?  廊下で眠っ……え?  ま、まさかモンタニエ公爵家の使用人にも被害者を出したのか!?」
「被害者?」
「ん……んんっ……あ、いや、フルールの子守唄は廊下にまで漏れていた……ということか?」
「そのようです」

 そこでお兄様は深いため息を吐いた。

「はぁぁぁ、本当にフルールの子守唄は……凶……」
「奇跡の歌声!  ですわねっ!」
「……っ」

 私が満面の笑みで頷くとお兄様が面食らった顔で私を見る。
 その頬にはばっちり“おにーさま、大スキ”の文字が書かれている。

「お兄様、この通り腕は訛っていませんでしたから、寝苦しく睡眠不足の時はいつでも来てくださいね?」
「誰が行くか!  それより、フルール!  オリアンヌに何をした!」
「お姉様に?  何をした?」
「とぼけるな!  オリアンヌ、オリアンヌのあの美しい顔に……」

 顔、と言っているので、どうやら落書きのことらしい。

「はっと目が覚めたらオリアンヌのいつもの美しい顔。俺だけの至福な時間……が!  一気に肉になったじゃないか!!」
「ふふふ、お姉様にピッタリでしょう?」
「あ、ああ……オリアンヌは日頃から寝言でも肉……と常に言っているくらいだからな…………って違ーーう!」
「違う?」

 目覚めたばかりなのにお兄様は元気いっぱいですわ~
 さすが私のお兄様!  誇らしいです。

「いいか?  いい歳して、まだフルールは落書きをするのかと俺は言っているんだ!」
「いいえ、お兄様。落書きしたい心に歳なんて関係ありませんわ!」

 なんならお婆さんになっても続けますわよ?
 そう思った私はキリッとした眼差しで首を横に振る。

「くっ……しかし、フルールの子どもが真似するかもしれないだろう!  いやする!  絶対にする!」
「心配ご無用でしてよ。ちゃんと落ちやすい方のインクを使うのよ?  と言い聞かせますから!」
「ああ、それはとても大事…………いや、問題はそこじゃなーーい!!」

 私も、ふぅ……と息を吐く。

「今回は子守唄そのものが久しぶりだったので、やっぱり起きないのかを試したかったのと、無性に懐かしい気持ちになったからですわ」
「フルール……」
「あの頃と変わらず、お父様は素敵ですし、お母様はかっこいいし、お兄様のことが大好きなんですもの。その気持ちを真っ直ぐ伝えたくなりましたわ」
「フ……」

 お兄様が言葉を詰まらせて目をパチパチさせている。
 そして、うん?  と首を傾げた。

「あの頃と変わらず?」
「ええ、あの頃。チビフルールだった私が子守唄を歌った後、皆のお顔に誤って落ちにくいインクで落書きした時ですわ」
「……!」

 お兄様がハッとして大きく目を見開いた。

「────鏡!」

 そう言ってお兄様は部屋の隅に置いてある鏡に向かってダッシュする。
 そして、鏡に映った自分の顔を見て───

「う、うわぁぁぁあぁ、俺、俺の顔……俺にも書いていたのかーー!?」

 またまた元気いっぱいに叫んだ。

「フルール!  ま、まさかお前、父上や母上にも……」

 お兄様の目線が床に転がっているお父様とお母様に向かう。
 私は、にこっと笑った。

「あら?  お兄様ったら気付いていませんでしたの?」
「衝撃すぎて、オリアンヌの“肉”しか目に入らなかったんだよーー!!」
「そうでしたの?  ふふ、お兄様、大好きですわ!」
「!」

 お兄様が一瞬、たじろぐ。

「うぅっ……ぐぅ、そ、そんな可愛い顔しながら今、言うことじゃないだろーー!」
「はい?」

 そして、そんなお兄様の元気いっぱいの叫びが効いたのか───

「う……ん、その声は……アンベール……?」
「───はっ!  オリアンヌ!!  目が覚めたのかっ!」

 額に肉の文字が書かれたオリアンヌお姉様がムクリと起き上がった。

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