王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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323. すっ飛んで来ました!

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 私が懐妊したという話は、現段階ではまだ初期なので大きく世間に広めることは躊躇われた。
 けれど、私の実家にはその連絡がすぐに届けられた。


────


 バーンッ

「!」
「フルールーーーー!」

 見覚えのある馬車がモンタニエ公爵家の屋敷の前に止まったと思ったら、お兄様がもの凄い勢いで私の部屋にすっ飛んで来た。

「お、お兄様?  妹とはいえ公爵夫人の部屋にノックも無しに入室するのはなかなかの無礼でしてよ?」
「う……あ、す、すまない」

 窓の外を眺めていた私は、じとっとした目でお兄様を見る。

「ですが、お兄様は私の特別ですから許して差し上げますわ!」
「お、おう。ありがとう…………じゃなくて!  フルール、聞いたぞ!  に、に、にににににん……」
「人参をご所望ですの?  それなら、最近収穫したばかりの可愛い人参さんが沢山ありますわ。ご覧になります?」

 人参は厨房で山盛りになっている。
 相変わらず可愛くて愉快な形をした人参だけれど、コンテストには出さない予定なので皆で美味しく頂こうとモリモリ積み上げていますわ。

「ちがーう!  俺は人参の話をしに来たんじゃない!!」
「あら、違いましたの?」
「当たり前だ!  俺が今日来たのは、フルールのにん……」

 お兄様が続きを言いかけた時、またもやバーンと私の部屋のドアが開かれる。

「!」

(今日のお客様は元気いっぱいで、みんなノックがありませんわ~?)

「──フルーール!」
「お父様!」

 ノック無しで部屋に飛び込んで来たのはお父様。
 お兄様とそっくりなお顔しながら、ハァハァと息を切らしています。
 さすが親子ですわ!

 そこから、続けて入って来たのは……

「アンベール!  馬車を降りてからのあなたが私たちを置いて走っていく姿はフルールそっくりだったわよ!?  紳士は?  紳士はどこに行ってしまったの!?」
「お母様!」

 お母様だった。
 紳士が迷子になったらしいお兄様に対して怒っている。
 その後ろからは……

「フルール様!  おめでとう~!!」
「オリアンヌお姉様!」

 オリアンヌお姉様は変わらずニコニコ笑顔で入って来た。

「は、母上……」

 お兄様はお母様に怒られて怯えた。

「全く!  こういう時は兄妹そっくりなのよね」
「えっと、こ……興奮したらつい……」

 シュンと項垂れるお兄様。

「フルールもアンベールもいったい誰に似たのかしらね。ねぇ、あなた?」
「……ブランシュに決まっているだろう?  獲物を見つけたら脇目も振らず真っ直ぐ走っていく姿は、まるで君そのものじゃないか」
「え?  私?」
「そうだ」

 お父様がすかさずお母様に突っ込みを入れた。
 お母様はお父様に向かって心外だわ……と呟いている。

「そんなブランシュの血を色濃く受け継いだフルールが懐妊……さぞかしパワフルの塊のような子どもが生まれるに違いない」

 お父様は腕を組んでうんうんと一人で納得している。

「私もそう思います!  でも、リシャール様とフルール様の子どもなら、どちらに似ても可愛いこと間違いなし。これは断言出来ます!」

 オリアンヌお姉様が、髪色は瞳の色は──とその横で嬉しそうにはしゃぐ。

(こ、これは───……)

「もしかして皆、お祝いに来てくださいましたの?」

 キョロキョロした私がみんなに訊ねる。
 すると、お兄様が目を大きく見開いてクワッとした顔で言った。

「フルール!」
「お兄様、どうしましたの?」

 お兄様は悔しそうにギリッと唇を噛み締める。

「どうしたの?  じゃない!  ……この前、俺がまさか子どもが出来たのか?  って訊ねた時は違う……って言ったじゃないか」
「ふふふ。あの時は気付いていませんでしたが、どうやら既にお腹の中にいたみたいですわ~」

 私は、手でお腹を押さえながらにこっと笑う。

「しかも、お兄様とのその会話のおかげでリシャール様が、もしかして?  と気付いてくれましたのよ」
「……恐ろしいな。あの会話をせずにいたら、フルールはいったいいつ懐妊に気付けたことやら……」

 にこっ!
 私は笑み深める。

「ええ!  その場合、全く気付ける自信がありませんわ!!」
「~~っっ!  満面の笑顔でしかも胸を張って言うことじゃないだろーー!?」
「安心してね、お兄様。必ずや立派なミニ国宝かミニフルールをこの世に誕生させてみせますわ!」
「───フルール!  俺の話を聞けーー!!」

 お兄様は今日も元気いっぱいで嬉しいですわ。

「そもそもなんなんだよ、ミニ国宝にミニフルールっていうのは!」
「男の子ならリシャール様に似てミニ国宝!  女の子なら私に似てミニフルールですわ!」
「……」

 お兄様が大きなため息を吐いた。

「ミニ国宝はいいが……ミニフルール。なんて恐ろしい響きだ」
「恐ろしい?  私は可愛いと思うけれど?」

 オリアンヌお姉様が不思議そうに首を傾げた。

「オリアンヌはチビフルールを知らないからそう言えるんだ」
「でも、数々の武勇伝はお義母様から話を聞いたわよ?」
「そんなのほんの一部に過ぎないんだよ……チビフルールの荒業は一言じゃ語りきれない」
「そうなの……?」

 お兄様は、ハハハと苦笑しながらオリアンヌお姉様にそう説明した。

「あ!  ところでお母様!  赤ちゃんは歩けるようになった辺りから徐々に一緒に走り込み開始でいいのかしら?」
「え?」

 そこで、私は気になっていたことをお母様に訊ねる。

「そもそも私は何歳から走っていましたの?」
「そうねぇ……何歳だったかしら……?  フルールはハイハイやよちよち歩きの時から、にーにーと呼んでアンベールのことを付け回していたから……」
「まあ!」

 さすが私!
 ベビーの頃からお兄様のことが大好きだったようですわ。

「そういえば、赤ん坊フルールはすごい執念だったな……」
「そうなんですの?」

 お兄様が遠い目をする。

「そうだよ……高速ハイハイで追いかけて来る赤ん坊フルールをどうにか振り切ったはずなのに……」

(高速ハイハイ……とっても早そうですわね!)

「俺が御手洗から出てきたらドアの前で、にっこにこの笑顔で待たれていた時は可愛いを通り越してめちゃくちゃ怖かった……」
「へぇ、記憶にありませんわ?」
「当たり前だ!  記憶にあったら怖いだろ!?」
  
 お兄様が真っ青な顔で身体を震わせながらそう言った。

「……全く」

 そして、ポンッと優しく私の頭に手を置いた。

「お兄様?」
「そんなとんでもない赤ちゃんだったフルールが母親になるのか……」

 私は、ふっふっふと笑う。

「ええ!  ですから、リシャール様にも宣言しましたが、最強の公爵夫人に加えて“最強のお母様”を目指すことにしましたのよ!」
「……それはいったい誰が判定するんだ?」
「もちろん!  この子ですわ!」

 私はポンッと自分のお腹を叩く。
 絶対に「お母様、最強!」と言わせてみせますわよ!

「……あ、そうですわ!  それとお母様もう一つ!  子守唄なんですけど!」

 私はこれも聞いておかなくちゃと思い、お母様に満面の笑顔を向けた。

「こっっ!」
「もっ!」
「りっ……」
「子守唄?  フルール様、歌えるの?」

 私が子守唄と口にした瞬間、お父様、お母様、お兄様の順番でハッと息を呑んだ。
 オリアンヌお姉様は目を輝かせている。

「歌えたんですけど、もう長いことご無沙汰でしたので私、ちゃんと歌えるか心配になって来ましたの」
「え……えっと、フルール?  今、子守唄って言った……?」

 何故か、お母様の顔がピクピク引き攣っています。

「どうしましたの、お母様?  だって子守唄は赤ちゃんを寝かしつけるのには必須でしょう?」
「……っ」

 オリアンヌお姉様を除いた三人が顔を見合わせる。

(これは久しぶりに聞きたいね、って目で会話しているに違いありませんわ!)

「ですから、久しぶりに歌ってみてもいいかしら?」
「え、や!  フルール、それ……は待って」
「そうだ!  ま、待て!  フルール!  リシャール殿、リシャール殿は今、どうしているんだ!?」

 何故か慌て始めたお母様の横でお父様まで飛び出して来た。
 しかも、リシャール様の所在について聞かれた。

「え?  リシャール様?」
「そうだ。す、姿が見えないじゃないか!  ど、どこにいる?(頼む……フルールをと、止めてくれ~)」
「今、リシャール様は陛下の元に私の懐妊報告に行ってくれていますわ~」

 私が笑顔で答えると三人は仲良く、エッ! と声を揃えた。
 そしてまた、顔を見合わせる。
 なにやら深刻な表情ですわ!?

「ああ、なるほど。それでリシャール様がいなかったのね?」
「そうなんです」

 オリアンヌお姉様がうんうんと頷く。

「それなら今頃、きっと陛下も話を聞いて驚いているわね!」
「はい!」

 三人が口をパクパクさせて何か言いたそうに私を見ている。
 なるほど……
 早く私の子守唄が聞きたい、ですわね?
 ふふん!  今も大好きな家族との意思の疎通はバッチリですわ!!

(よーし!  では、久しぶりの子守唄の披露といきますわよ~)

 この場にいないリシャール様へのお披露目は、赤ちゃんが産まれてからのお楽しみに取っておこうと思っている。

「と、いうわけで今から練習ですわ~。お母様、間違っているところがあったら指摘をお願いしますわね?」
「ひぇっ!  待ってフルール!  無理だから!  あなたの子守唄は指摘する以前の問………」
「───いっきますわ~!」

 私は大きく息を吸い込んで、とても久しぶりに子守唄を元気いっぱいに歌い出した。

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