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322. 不死身の夫人
しおりを挟む(医者……医者を呼ぶ……)
私はパチパチと目を瞬かせた。
そして首を捻りながら訊ねる。
「旦那様。見ての通り私、元気いっぱいですわよ?」
「うん、知ってるよ?」
リシャール様はククッと笑いを噛み締めながら応えた。
「ですが、結婚した後に教わりましたの」
「何を?」
(もう!)
きょとんとした顔のリシャール様に教えて差し上げますわ!
最強の公爵夫人の私はちゃんと、あなたと結婚後に色々とお勉強しましたのよ!
「子どもが出来た場合です! 色々と女性は身体の変化が起きて……」
「あれ? でも、そういう初期症状って人によるって言われなかった?」
「え! まあ、そう……ですわね」
にこっと笑ったリシャール様は話を続ける。
(さすが、私の完璧な夫。リシャール様も勉強を怠っていない様子!)
「それに、フルールにかかれば一般的な常識といわれるものは当てはまらない気がするし」
「当てはまらない? それ、どういう意味ですの?」
「どうってそのまま……」
「……」
───……それは、つまり?
(ふっふっふ。やはり、私は誰よりも“特別”ということですわーーーー!)
そう解釈した私がニンマリ笑っていると、リシャール様がクスクス笑った。
「旦那様? なんで笑っているんですの?」
私はまだ、何も言っていませんのに。
「いや、だってフルール……考えていることが全部顔に出ていてとっても分かりやすい……」
「まあ! それは単純だと言いたいんですの!?」
私がじとっとした目でリシャール様を睨むと優しく微笑み返された。
くっ! この顔はずるいですわ!
その国宝級の美しい顔で微笑みさえすれば、チョロールの私が顔を出して何でも許すとでも思っ……
「……フルール?」
「────っ!!!?」
な、な、なんということでしょう!
リシャール様が“上目遣い”というこれまでにない技を繰り出して来ましたわーーーー!?
キラキラまで放っているので破壊力が大変なことに!
「……うっ」
私は口元を手で押える。
…………こんなの無理ですわ。
直視出来ません。
やはり、私はチョロール……いつだってリシャール様の掌の上でコロコロと転がされてしまうのです。
「……ま、参りましたわ」
「え? 何が?」
突然の私からの降参宣言にリシャール様が戸惑う。
「私はチョロールなのです……」
「う、うん?」
「そして、コロールなのです……」
「う、うん!?」
「つまり、私はチョコロールですわ……」
「チョ……」
ブフォっとリシャール様が吹き出した。
「フルール!? また君は……」
「まだまだ旦那様には敵いません。チョコロールの負けですわ」
(最強の公爵夫人の道は遠い……)
リシャール様は咳払いと深呼吸を数回繰り返すと、うーんと考え込む。
「待って? 子どもが出来ているかもしれないから明日医者を呼ぼうか? という話がいつの間に勝ち負けの話になっているの?」
「……え」
「どこで話が変わった?」
「……えっと」
「それに、チョロールとかコロールとか……しまいにはチョコロールって。どこから出て来た? そんな話だったっけ?」
「…………」
(あれ?)
自分でもよく分からなくなった私は、えへっと笑って誤魔化した。
──────
屋敷に着いたあと、リシャール様はさっそく医者の手配を始めた。
しかし、医者……という言葉に公爵家の使用人たちが一斉に驚きの声を上げた。
「お、奥様に……医者!?」
「嫁いで来てから病気一つした様子のない奥様が……!?」
「今朝だって元気よく庭と畑を耕していたじゃないか!」
「ご飯のお代わりは安定の七杯よ!」
(すっごい視線を感じますわ~)
「お、奥様……いったいどこが? どこの具合が悪いのですか!?」
私付きの侍女が心配そうに駆け寄って来る。
「具合? どこも悪くないですわよ?」
「ですが、ご主人様が今、奥様の医者の手配をしています!」
「そうね。でも具合は悪くないんですのよ」
「悪く……ない?」
そこで侍女がハッとした。
「ま、まさか……! そういえば最近、奥様の……月のもの……」
にこっと私は微笑む。
私や侍女までうっかりしていた体調の変化を見逃さないリシャール様。
さすがですわ!
「そういうこと。ですから、念の為に確認してみるだけですわ。まだあまり騒がないで?」
「は、はい!」
侍女は大きく頷くと他の使用人の元に駆けていった。
「ごめん、騒がしくなっちゃったね」
「旦那様?」
チラチラしていた使用人たちも仕事に戻り、医者の手配を終えたリシャール様が私の横にやって来るとそのまま腰を下ろす。
「大丈夫ですわ」
「フルール……」
リシャール様がそっと肩に腕を回して私を抱き寄せた。
「これで僕の勘違いだったら、使用人たちにはぬか喜びさせちゃったことになるけど」
「……」
ははは……と少しだけ情けなく笑うリシャール様。
私は、手を伸ばしてリシャール様の頬を軽くつねる。
「ふりゅーりゅ!? ひゃ、ひゃひふふの!?」
「旦那様! そういう時は、がっかりではなく次回への楽しみが増えたね! と笑えばいいと思いますわ?」
「ひ、ひはいへの……たのひひ……」
「ええ!」
私はにっこり笑ってリシャール様の頬から手を離す。
そして、自分のお腹にそっと手を当てた。
「でも、私は旦那様の勘違いではないと思いますの」
「なんで?」
「────野生の勘ですわ!」
私が自信満々にそう答えると、リシャール様がフッと吹き出した。
「……フルール」
「ふふふ、男の子かしら、女の子かしら?」
気の早い私の言葉にリシャール様が今度は苦笑する。
「気が早いね」
「いいのです。想像するのは自由でしてよ?」
「それもそうか」
リシャール様は優しく笑ってそっと私の手の上に自分の手を重ねた。
「旦那様に似たかっこいい男の子なら……ミニ国宝ですわね!」
「え? なら、フルールに似た可愛い女の子だとミニフルール?」
二人でクスクス笑い合う。
「──旦那様。どちらに似ても、そして男の子でも女の子でも……確実にこれだけは言えますわ?」
「うん?」
私はニ~ッと笑って、どどどーんと大きく胸を張る。
「私たちの子どもは“最強”です!!」
「……」
一瞬だけポカンとしたリシャール様はすぐに破顔した。
「ははは! そうだね、それは間違いない」
「ふふふ、でしょう?」
もう一度笑い合ったところで、私はふと思い出した。
「あ、ですが、どうしましょう!」
「フルール? 何かあった?」
すっかり忘れていました。
私はリシャール様の腕をガシッと掴む。
「もし今、子どもが私のお腹の中にいましたら───」
「うん?」
「もうすぐ開催される“第一回、可愛い野菜コンテスト”はどうなりますの!?」
「え、あ……」
「妊婦の身体であの重そうな野菜を持って運んでも大丈夫かしら……」
紳士淑女の為の新たな催し───
ついにその第一回の開催が迫っていた。
私の育てたコンテスト用の野菜は、なぜか通常規格の数倍はする大きさになっていた。
(可愛いですわ!)
そして諸々の制約をつけた参加条件には“収穫は自分ですること”を盛り込んでいる。
「……更に、第二回に向けて新たに土を耕し始めていましたのに」
いったい畑仕事はどこまで許されますの?
「うーん、その辺は判明してから医者と相談……かな?」
「そうですわね」
だって私は、子どもを産むことも、好きなことややりたいこと……どんなことも諦めるつもりはありません!
─────
そして翌日。
リシャール様に急遽呼ばれた医者がモンタニエ公爵家にすごい勢いで駆け込んで来た。
「まさかの呼び出し……いったい不死身の夫人に何があったーー!?」
(ふじみのふじん?)
聞きなれない単語に首を傾げる。
「初めて嫁いできた夫人にお会いしたあと、“あの”人間離れした食欲に度肝を抜かされ、何度健康診断をしても出てくる結果はいつだって“超健康”……」
更には何かを語り始めましたわ?
私とリシャール様は困った顔で目を合わせる。
「たちの悪い風邪が流行って世間では多くの人がダウンしていく中、“夫人考案の風邪に負けないレシピ”や“夫人による風邪も吹き飛ばす健康法”とやらで、末端使用人から当主までまさかの病気知らずだったモンタニエ公爵家にお呼ばれする日が来るとは……!」
懐かしいですわ~
少し前にかなり感染力の強い風邪が王都で流行った時のことですわね。
あまりにもしつこそうな風邪だったので、色々と布教させてもらいましたのよ。
おかげで、モンタニエ公爵家の面々や私のお友達は元気いっぱい過ごせましたわ!
「いったい、いったいそんな不死身の夫人の身に何が……」
「妊娠の検査だ」
「ほ?」
リシャール様の言葉に医者は目を丸くした。
「……あ、なるほど……」
「そういうことだから、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
医者はうんうんと頷いた。
「不死身の夫人でも、さすがにこればっかりは医者の手が必要ということか……ふむ」
医者はそれから診察の間も何度も何度も私に向かって“不死身の夫人”という言葉を繰り返していた。
───そうして、判明した結果は……
「ホーホッホッホッ! 旦那様! 最強の公爵夫人を目指す私に、また新たなる目標が加わりましたわ!」
「フルール!?」
医者の診察の後、私はリシャール様の前で大きく高笑いする。
「新たな目標? 今度はいったい何を加えたの!?」
「もちろん、────最強の“お母様”ですわーーーー!」
懐妊……という結果だった。
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