王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
316 / 354

316. 大きく成長しました

しおりを挟む


 帰りの馬車の中。
 何やら眉間に皺を寄せて腕組みをして考えごとをしているリシャール様。
 私はそんな彼の横に腰を下ろして、じっとその顔を見つめる。

「……フルール、さん?  何か圧を感じます」
「ええ。圧を送っていますわ」

 私があっさり答えるとリシャール様は目を瞬かせた。

「そ、そうか……僕がそう感じたのは間違ってない、と」
「はい!」
「では、フルールさん。君はなぜ僕に圧をかけているのかな?」
「……」

 そう訊ねられた私は、にっと笑ってリシャール様の顔に手を伸ばす。
 そして指を使ってリシャール様の眉間の皺をぐりぐり伸ばした。

「フルール?」
「旦那様はどんな表情でもかっこいいですが、ずっと怖い顔されていたらそのまま固まってしまいますわよ?」

 グリグリ……グリグリグリグリ……

「フルール……」

 ぐりぐりした甲斐があったのか、難しい表情からいつもの表情に戻ったリシャール様が、ギュッと私を抱きしめる。

「どうかしましたの?」
「うん……ほらさ、さっきの君の従兄弟殿の話……」
「え?」

 リシャール様は私を囲んだまま、ポツポツと語り出した。

「話を聞いてからさ……どうしても考えちゃうんだよ」
「何をです?」
「うん……えっと、トリスタン?  だっけ。彼は大丈夫かなって」

 さすがリシャール様!
 私と違って、あれだけの会話の内容で名前もばっちり覚えているようですわ~
 しかし……

「大丈夫、とは?」
「……」

 私が訊ねると、リシャール様は静かに笑って、そっと私の額にチュッと軽くキスを落とした。

「大きくなってお嫁さんにしようと思っていた憧れのお姉さんが、五年の間に人妻になっているんだよ?」
「旦那様……」
「五年の間、連絡は取っていたんだろう?」
「ええ。時々手紙が届いていましたわね……あ、でも……」

 そこでふと思い出す。

「でも?」
「三年ほど前……ベルトラン様との婚約を報告した辺りから、めっきりお手紙の回数が減りましたわ。今では個人的なやり取りは全く……」 
「……っ」

 リシャール様がハッと息を呑む。

「彼はその報告の手紙の後の返事はなんて?」
「えっと……」

 私は一生懸命、記憶を辿り手紙の内容を思い出す。

「確か、こうでしたわ───フルールお姉ちゃん、何で!?  何で婚約しちゃったの?  と書いていましたわ」
「う、うん。そうなるよなぁ……それでフルールはなんて答えたの?」
「え?  婚約の申し込みがあったからですわよ?  って」
「……」

 何故か黙り込むリシャール様。
 そのまま無言でギュッと私を抱きしめます。

(他にベルトラン様との婚約になんの理由が?)

「旦那様?」
「絶対、拗らせているよ……絶対……」

 そしてブツブツとリシャール様は呟きだす。

「フルールはさ、彼からの手紙の回数が減った時に思うことはなかったの?  その原因……とかさ」
「え?  原因?  そうですわね……」

 私はうーんと考える。
 その時に思ったのは一つだった。
 私は、にこっと笑う。

「留学生活を満喫しているから、下僕からは卒業します!  ってことかしらって深く考えませんでしたわ」 
「フルール……」
「新しい生活を楽しんで満喫するのはいいことですもの」
「……」
「でも、さすがにもう私の下僕にはならないでしょうから、帰国したら一日限りの下僕ごっことかするのは楽しそ…………旦那様?」

 リシャール様はまた、ポツリと呟いた。

「鈍感って極めるとここまで行くんだ……」


────


 それから数日後。
 お母様の実家でもあるタンヴィエ侯爵家からの連絡で、トリスタンが無事に帰国したとの報せが入る。

「伯父の手紙によるとトリスタンは無事に帰国したそうですわ~」

 私は本日、公爵家に届いた手紙をリシャール様に見せる。

「何事もなく帰国出来て良かったね」
「ええ!  あ、それで、手紙によるとトリスタンがすごくすごーーく私に会いたがっているんですって」
「え!」

 リシャール様が目を丸くすると、慌てて手紙を覗き込む。

「……本当だ」
「てっきり、もう下僕は卒業したとばかり思っていましたが……下僕の血が騒ぐのでしょうか?」
「それは───あまり騒いで欲しくない血だね……」
「はい……」

(血が騒ぐと大出血しますのよ……)

 かつて私は野次馬の血を騒がせた結果、婚約者ベルトラン様の浮気を知って大出血となった。

「トリスタン……貢がせ過ぎたかしら」
「おやつとジュースを?」
「ええ。ですが、それだけではなく。トリスタンは凄いんですのよ」
「凄い?」

 首を傾げるリシャール様に私は説明した。
 かつて下僕ごっこはお兄様ともやったことがある。
 けれど、トリスタンはお兄様とは違って───

「このように、私が指をパチンッと鳴らすだけで駆け寄って来て、何も命令していないのにおやつとジュースをせっせと貢いでくれましたのよ」
「完全にフルール専用の下僕体質になっているじゃないか……」
「でしょう?」

 まあ、なんであれトリスタンが私に会いたがっているなら、リシャール様を自慢するのにちょうど良い。

「えっと!  それで、お兄様がトリスタンに会うなら、場所は伯爵家にして俺も立ち会う、絶対立ち会う!  と強く言っていましたの。いつにしましょうか?」
「アンベール殿……」

 リシャール様が口元を押さえている。

「旦那様、どうかしました?」
「あ、いや……そうだね、予定を合わせて貰えるなら───」

 そうして三日後。
 私たちはシャンボン伯爵家に向かい、私は五年ぶりにトリスタンと再会することになった。



「────フ、フルール姉さん……」
「まあ!」

 先に伯爵家に着いたのは私たち。
 そこから待つこと十分程、ついに可愛い下僕だったトリスタンがやって来た。
 バーンと勢いよく扉が開いて部屋に入ってくる男性。
 彼を見て私は目を丸くする。

(とんでもなく大きく成長していますわーーーー!?)

 留学前にお別れした時は、私よりも背が低いちびっ子でしたのに!
 今のトリスタンは……なんと、この部屋の誰よりも大きかった。

「トリスタン……あなた今、身長何センチですの?」
「……フルール姉さん、五年ぶりに会うのに最初に聞くのがそれなの……?」
「ええ。まずはそれを聞かないと、この後の話が何一つ頭に入らない自信がありますわ!」

 私は堂々と胸を張って宣言する。
 トリスタンは目を数回パチパチさせた後、ぷっと笑った。

「えっと……身長は185センチを超えたくらい、かな……フルール姉さん……は、変わらないね?」
「ふふん、見ての通り!  五年経っても私は元気いっぱいですわよ!」
「うん。元気で明るくて可愛い所も…………全然、変わってない…………でも」

 そこで、トリスタンの視線が私の隣にいるリシャール様へと向かう。
 そしてリシャール様の顔を直視して小さく、うっ……と唸ると眩しそうに目を細めた。

(キラキラの国宝ですもの眩しいですわ~) 

「トリスタン!  紹介しますわね!  こちらが私の夫の──」
「う、うん……知ってるよ。リシャール・モンタニエ公爵……まだ若いのに公爵家を継いだことでも有名……」

 そう口にするトリスタンの顔が、何故かどんどん沈んでいきます。

「そうですの!  私にはもったいないくらいの素敵な夫ですわ!」
「ぐっ……」

 トリスタンが苦しそうに胸を押さえた。
 成長痛?

「リシャール・モンタニエです。よろしく」

 リシャール様が挨拶をしながら手を差し出す。
 トリスタンもその手を取りながら挨拶を口にした。

「ト…………トリスタン・タンヴィエ……です」

 リシャール様の神々しさにあてられてトリスタンが戸惑っているようです。

「うぅ……話には聞いていたけど…………なにこの美形……」
「トリスタン殿?」

 トリスタンは、握手中のリシャール様の手を掴んだまま叫んだ。

「───くっ!  フルール姉さん!  姉さんは絶対に騙されてるよ!!」
「え?  騙されている?」
「そうだよ!  姉さんは昔から、ホワホワしていてぽやんとしているから、騙されやすいじゃないか!」
「え?」

 ホワホワ?  ぽやん?
 私が人と会話している時、たまに聞く言葉ですわ~

「こんなにキラキラした美形……軽く微笑むだけで女性は皆、メロメロになるに決まってる!」
「ええ、私もそう思うわ。むしろ私がメロメロですのよ」
「くっ……なんてことだ……完全にフルール姉さんは洗脳されているじゃないかっ!」

 トリスタンがギリッと悔しそうに唇を噛む。

「こ、こんなの絶対にたくさん女遊びをしている顔だ……!」
「女遊びって……君は偏見がすごいな!?」

 リシャール様が驚いています。

「フルール姉さんはびっくりするくらい鈍感だから、気付かないのをいいことにやりたい放題に決まってる!」 
「色々否定したいけど……ああ、鈍感……そこだけは僕も同意するよ」

 リシャール様がうんうんと頷きながら反対の手でトリスタンの肩を優しくポンポンと叩く。

「くっ……そんな言葉で騙されないぞ!  フルール姉さん!  目を覚ましてよ!」
「起きていますわ?  今日は少し早起きしましたもの」

 朝は眠かったけれど今は、ばっちり目が冴えていますわ?

「くっ……そうじゃないよ!  こ、このままじゃ、いつかフルール姉さんが悲しむことになるんだよ!?」
「悲しむ?  私は毎日が幸せいっぱいで楽しいですわよ?」
「くっ……そうだった、フルール姉さんはどんな状況でも全力で毎日を楽しむ人だった……!」

(トリスタンったら……)

 この極度の心配性……
 やっぱり主人を敬うという下僕の血が騒いでいるんですのね?
 五年も経っているのに……

「……トリスタン」
「え?」

 私は、試しにパチンッと指を鳴らしてみた。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...