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313. 幸せのお手伝い ②
しおりを挟む息を呑んだリシャール様が何か言いたそうにじっとブーケを見ている。
どうやら、私のセンスと才能に言葉を失っていますわ~
「え……フルール。これ」
「可愛らしいアニエス様のことを思ったらコレしかないと思いましたの」
「完成……なんだよ、ね?」
リシャール様の声が困惑しています。
「完成だとおかしいです?」
「いや。なんというか……え、本当にフルールが作ったの? って思わず訊ねたくなる……」
「……」
私は内心でニンマリ笑った。
思った通りの反応ですわ~
(これが完成か、ですって?───間違ってはいませんわ)
“完成”ではありますわよ?
私のやるべき所は……という意味ですけど────
私はリシャール様の腕をガシッと掴む。
「旦那様! さあ、行きましょう!」
「う、うん!?」
私はまだ動揺しているリシャール様をズルズル引き摺って馬車へと乗り込んだ。
「……フ、フルール」
「どうしました?」
ふんふん鼻歌を歌いながら窓の外を眺めていると、リシャール様が不安そうに声をかけてくる。
「パンスロン伯爵令嬢……いや、夫人、か。それを見て怒らないかな?」
「アニエス様が怒る?」
私は首を傾げた。
「アニエス様は私に怒ったことなどありませんわ?」
「え!」
リシャール様が目を剥いた。
なぜ、そんなに驚いていますの?
「照れ屋さんで恥ずかしがり屋さんですから……発言もお顔も怒っているように聞こえるかもしれませんが、本当は怒ってなどいません」
「そう……なのかな?」
「ええ! 私は大親友ですから分かりますわ」
今日の結婚式を機に大親友から、大大大大親友を目指していますわよ!
「それなら尚更……うーん」
「旦那様?」
リシャール様はチラッと私の作ったブーケに目を向ける。
「僕が思うになんだかんだで内心、フルールの作るブーケを楽しみにしていたと思うんだ」
「ええ! 当然ですわ!」
きっと、アニエス様のことだからワクワクして昨夜は眠れていないと思います!
「まあ、フルールっぽいと言えばフルールっぽいんだけど……」
式場に着くまでの間、リシャール様は延々と同じ言葉を繰り返していた。
────
「アニエス様ーーーー!」
「ひぃっ!? 来た!」
控え室に入った私はウェディングドレス姿のアニエス様を見て元気いっぱいに声をかけた。
いつものように思いっ切り抱き着きたいところですが、今日は我慢です。
「アニエス様! ウェディングドレス姿、思った通り……とっても素敵ですわ!」
「……っ」
「アニエス様の魅力を存分に発揮出来るシンプルなのに可愛らしさも忘れないデザイン……そしてそれを着こなすアニエス様……! ああ、最高の組み合わせ!」
「~~っ!」
アニエス様は恥ずかしそうに私から顔を逸らす。
ふふふ、耳まで真っ赤ですわよ~
何より、このウェディングドレス。
アニエス様自身が編んだレースがふんだんに使われている。
こちらも相変わらず言葉に出来ないくらい素敵。
「アニエス様?」
プルプル震えて感激しているアニエス様の顔を私はそっと覗き込む。
「ひっ!?」
「緊張しています? あ、やっぱり昨夜は寝られなかったですか?」
「え、ええ……そうね……今日までの間、あの奇妙な花が頭から全く離れなくってね!」
「奇妙な花?」
私が首を傾げるとアニエス様はクワッと目を見開いた。
「決まっているでしょう!」
「?」
「あなたが……フルール様が悪巧みする貴族を最終的に全滅させた……あの今にもペロッと人を食べそうな花のことよ!」
(悪巧みする貴族を全滅……?)
「あ、お掃除リストのことですの?」
「お掃除? とにかく掃除でも何でもいいわよ! あなた、自分の味方につこうとした貴族まで手にかけたそうじゃない!」
「え……?」
そう言われて思い出す。
あれは、ちょうどリストに載っていた人たちへのお見舞いのお花を全て届け終えたあとのこと。
急にリスト外の人たちがニコニコ手を揉み揉みしながらお金とか宝石等をモンタニエ公爵夫人へのプレゼントです、と言って色々と送り付けてきた。
「あれは──意味もないのにプレゼントを貰うわけにはいかないので、丁重にお花を添えてお返ししただけですわよ?」
「……返り討ち!」
「だって、ものすごく気持ち悪かったんですもの」
「……自分も身の危険を感じたから懐柔しようとして失敗したわけね……大人しくしておくのが正解なのに……」
何やらブツブツ呟いていますが、さすがアニエス様!
相変わらず情報が早いですわ。
「そうそう! それから、最近また新種のお花が咲きましたの」
「え!」
アニエス様の顔が引き攣る。
「ま、まさかそれを……今日……の」
「今日? ああ、今日のブーケは違いますわ?」
「違……う?」
きょとんとするアニエス様に私はにっこり笑って用意したブーケをアニエス様に差し出す。
「アニエス様、おめでとうございます。これが約束のブーケですわ!」
「───っ!」
アニエス様がハッと息を飲む。
そして、すぐに……えっ? という表情になった。
頭を上下に動かして何度も私とブーケを見比べる。
(何度見ても変わりませんわよ~)
「あ、あの奇妙な花が……使われて……いないですって!?」
呆然とした表情で呟くアニエス様。
なんということでしょう!
まさか、アニエス様がそんなにもあのお花を気に入ってくれていたなんて。
「とっても可愛いお花ですけど……今回は色味を考えてあのお花は無しにしましたの」
「え?」
私はにこっと笑う。
「……色味?」
「どうしてもアニエス様の色を使いたかったんです」
「わたし……の色?」
「ええ!」
残念ながら、あのお花は何でも食べてしまいそうな口だけでなく、花びらの色も私の髪の毛の色と同じ。
これが普段の花束だったなら、これを私だと思って? と言ってプレゼントするところですが、今日は結婚式。
アニエス様と並ぶのは私ではありません。
私がするのは幸せのお手伝い。
「ちょっと待って? このブーケの何処にわたしの色がある……というの!?」
「……」
「そ、そもそも! このブーケのメインの花はどこ? た、確かにわたしはシンプルなのは好きだけれど……」
「……」
「フルール様にしてはなんだか大人しいっていうか……無難っていうか……わたしの寝不足の日々を返してよっていうか……」
ふっふっふ。
やはり、夜が眠れなくなるほど楽しみにしていてくれたようですわ。
「大丈夫ですわ? それはちゃんとアニエス様の色のブーケですから」
「は?」
アニエス様が意味が分からないという顔で私を見ます。
「あ! もうすぐ式の時間ですわ~?」
「え、あ、ちょっと、フルール様!?」
「では、アニエス様。また後で~」
私はアニエス様に満面の笑顔で手を振って控え室から出た。
部屋を出ると外で待機してくれていたアニエス様の両親と、それから夫となるナタナエル様たちに向かってにっこり顔を向ける。
「わたして来ましたわ!」
「ブーケ。アニエス、喜んでた?」
「はい! シンプルなのは好きだと言ってくれましたわ!」
「そっかぁ。なら今頃、きっと困惑しているね?」
ナタナエル様はクスクスと笑う。
「───それじゃ、後は俺に任せて?」
「はい! よろしくお願いしますわ!」
「うん……それから───はい、こっちもよろしく」
そう言ってナタナエル様は私に一本の赤い薔薇を渡した。
私はそれを見てニンマリ笑う。
(赤……アニエス様の瞳の色ですわ~)
「……アニエス様、どんな顔をしてくれるかしら?」
「うーん、そうだな。アニエスのことだから、嬉しくて嬉しくてこの薔薇の色みたいに顔を真っ赤にして……でも涙は見せたくないからプルプル震える……かな?」
「ふふ、可愛い! 楽しみですわ!」
「俺も」
私とナタナエル様は、お互いそんな想像をして笑い合った。
「…………フルールの作ったブーケ。びっくりするくらいシンプルだったのは“こういうこと”だったんだ?」
会場に向かって歩きながら、私と同じ赤い薔薇を手にしたリシャール様が呟く。
「そうですわ」
「メインの花らしきものはなくて小さな花ばかりだし、確かに可愛いけど色味も白を基調としていてシンプルだし……不思議だとは思ったけど、これなら納得」
「ふふ、面白いでしょう?」
私は薔薇を見せながら笑う。
私やリシャール様の持っているこの薔薇。
他にも今、参列している方々に予め渡しておいたお花を使って、本当のアニエス様のブーケの完成となる。
「この演出、フルールが考えたの?」
「はい! ブーケを作るにあたって、ナタナエル様にアニエス様のドレスのデザインを聞きに行きましたの。その時に──」
ナタナエル様は私に言った。
結婚式ではアニエスを驚かせたいんだよね、と。
「それで、これか」
「アニエス様は交友関係が、広いですからピッタリでしょう?」
私はふふっと笑う。
この後、入場した二人に向かって皆が持っているお花をお祝いの言葉と共に順番に渡していく。
これが全て揃ってアニエス様の持つブーケが“本当の完成”となる。
もちろん、メインの花はアニエス様の瞳の色と同じこの赤い薔薇ですわよ~
皆から集めたお花と私が作ったブーケの土台とをその場で組み合わせるのはナタナエル様のお役目。
このためにナタナエル様はここ数ヶ月、花屋さんに弟子入りしていましたわ!
器用なのでめちゃくちゃ習得が早かったですけども。
そうして完成したブーケを夫のナタナエル様が愛しのアニエス様に渡す───
「名付けて、フルールスペシャル・大親友のブーケは皆で作っちゃおう! ですわ!」
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