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312. 幸せのお手伝い
しおりを挟むこうして、アニエス様は元気いっぱいで帰って行った。
ブーケの話をした辺りから、動揺しているように見えたのはきっと“感動と感激”ですわね!
「ふふふ、腕が鳴りますわ~」
私が気合いを入れて拳を握っていると、部屋の扉がノックされた。
「フルール?」
「旦那様!」
リシャール様がひょこっと顔を出す。
アニエス様の訪問時、リシャール様はお仕事があって外出していた。
どうやら終わって帰宅されたようです。
「パンスロン伯爵令嬢は?」
「元気いっぱいに帰られましたわ!」
「元気……いっぱい…………に?」
私がにこにこしながら告げるとなぜか、リシャール様が顔をしかめてうっ……と黙り込む。
そして深く息を吐いた。
「フルールは、にっこにこの満面の笑みで、伯爵令嬢が元気いっぱい…………」
「旦那様?」
「いつものことと言えばいつものことなんだけど……これは」
リシャール様が口元に手を当てながら、うーんと首を捻りながら呟いている。
「それで、えっと、伯爵令嬢の用事とはなんだったの?」
その言葉に私はニンマリ笑って、大親友から手渡された結婚式の招待状をバーンと見せる。
リシャール様は目を見張った。
「結婚式の招待状……!」
「そうですわ!」
私は、ふっふっふと笑いながら、これを持って来た照れ屋さんなアニエス様が如何に可愛かったかを語り、最後にブーケの話をする。
「へぇ、ヴェールのお礼が出来そうで良かったね…………って、ん? まさか」
その瞬間、リシャール様が何かに気付きハッとした。
そのリシャール様の視線は、部屋の片隅にひっそりと飾られたあの新種の花に向かっている。
「フルール? もしかして伯爵令嬢にあの花を見せたり……した?」
「はい! アニエス様、目敏いので私が何か言う前にすぐに気付いてくれましたわ!」
なので、近くでよーーく見てもらったと言ったら、リシャール様の顔色がどんどん青くなっていく。
「……元気いっぱい、とはそういうことか!」
「旦那様?」
「その流れでブーケの話を?…………うん、なるほど…………なんてタイミング、だ」
「……?」
(うーん……)
リシャール様ったらどうしてしまったの?
どんどん顔色が悪くなっていくわ?
お仕事から帰って来たばかりだと言うのに、眉間に皺を寄せてかなり頭を悩ませている。
(ここは妻として愛する夫には癒しと安らぎを、ですわ!!)
「旦那様!」
「ん? え……? フルール!?」
私はリシャール様の腕を取ってソファまで誘導すると、えいっ! とそのまま押し倒した。
「ど、どうしたの!?」
「旦那様が難しい顔をして疲れている様子なので、妻の役目を果たそうと思いましたの」
「えっ!? 妻の役目? と、突然、何を……言い……え!?」
リシャール様と目が合った。
青かった顔が今度は赤くなっていますわ。
私はにっこり笑う。
「マッサージですわ!」
「……まっ」
「実は、凄腕マッサージ師フルールとは私のことですの!」
「──そ、それ、実はでも何でもないよね!?」
「では! 始めますわ~」
「フルール、待っ……っっっ!!!!」
(ん? また、青くなりましたわ!?)
今日のリシャール様は顔色が大騒ぎです。
楽しそうですわ~
「えいっ!」
その後、リシャール様の元気いっぱいの声も公爵邸内に響き渡った。
「け、結婚式と言えば……さ、」
「はい?」
ハァハァ……
私が肩のマッサージをしている間、ずっと元気いっぱいに叫んでいたリシャール様。
今は肩を押さえながら、その場でクタッとなっている。
「僕たちの結婚式の後から、自由な型にとらわれない自分たちらしい結婚式を───が、いい感じに広まってきたよ」
「!」
リシャール様は、結婚式で私がポツリと言った何気ない言葉を拾ってその後、事業提案を行っていた。
そこから、あれよあれよと話は進み本格的に事業も開始し、今は結婚式の演出からパーティーの演出まで幅広く扱っている。
(幸せのお手伝いですわ~)
「だいぶ軌道に乗ったようですわね?」
「うん。ちなみに、試験的に行ったアンベール殿の結婚パーティーの演出は今でも伝説級となってるよ」
「……!」
そう。
そんな公爵家の新たな事業開始後に、ちょうど行われたのがお兄様たちの結婚式とパーティー。
せっかくなので色々と演出プランを考えさせてもらうことにした。
「やはり、肉の食べさせあいっこは斬新でしたわね」
「ああ。何を聞いても、彼女、肉しか言わなかったからなぁ……」
リシャール様が苦笑する。
式やパーティーで何かやりたいことは?
そう聞かれたオリアンヌお姉様は、とにかく肉をご所望。
横でお兄様がギョッとして、
───オリアンヌ! ほ、他には? 他に何かないのか!?
───いえ、お肉です! 私はお肉があれば幸せ……
うっとりとした顔で肉を語っていた。
さすが、オリアンヌお姉様でしたわ。
本当に本当にブレません。
肉料理は当然たくさん用意するとして、他にどうしろと!?
さすがに結婚式に肉を組み込むのは無理。
せめてパーティー……
そう頭を悩ませていたリシャール様に私が何気なく言った、
───それなら、パーティーでお兄様とお肉をあーんってしたら楽しそうですわ!
この一言にオリアンヌお姉様が目を輝かせて食いついた。
こうして、二人の結婚パーティーでは前代未聞の肉の食べさせあいっこが行われることになった。
(肉を頬張ったお兄様は感動で涙目でしたわ~)
オリアンヌお姉様も幸せそうでとっても楽しいパーティーになったことは記憶に新しい。
結果として、それがかなり話題になりその後の結婚パーティーでも幅広く、あーんは採用されることになったそうだけれど……
───さすがに他の人たちは肉ではなくケーキとかなんだけどね?
リシャール様が苦笑してそう言ったように、さすがに肉を望んだのは後にも先にもオリアンヌお姉様だけだったようです。
「でも、なるほど。あの二人の結婚式か……少し前に入ったトップシークレットの大口の話ってこれだったんだなぁ」
「そうでしたの?」
私が聞き返すと、リシャール様が頷く。
「僕らが隣国……ネチネチ国に行っている間に話が来たと聞いた」
「アニエス様曰く、陛下がノリノリになって進めたそうですの」
「あー……」
私たちは顔を見合わせてフフッと笑う。
「この先、幻の令息にも素敵な相手が見つかった時は、野菜だらけの結婚式とパーティーになる予感がしますわ」
「……その時はフルールの野菜が式場を埋め尽くすのかな?」
「そして、野菜の食べあいっこですわ!」
斬新だな……とリシャール様は呟く。
「並んだ野菜を見て陛下は感動の嵐ですわね!」
「感動……」
それを想像するのも楽しいですが、それより今は、アニエス様の結婚式ですわ。
「ふふふ、私は可愛いブーケ作りを頑張りますわね!」
にこにこしながら私がそう言うと、ハッとして何かを思い出した様子のリシャール様がガシッと私の両肩を掴む。
「旦那様?」
「フ、フルール……ちなみに、き、君はパンスロン伯爵令嬢の為のブーケにはどの花を使うつもり……なんだ?」
「え?」
リシャール様の目がとても真剣です。
なるほど、私の腕前が気になるというわけですわね!?
(安心して、旦那様!)
私はこれまで沢山のフルールスペシャルを作っては贈り続けて、多くの方に喜ばれてきましたのよ!
だから、ドーンッと自信満々に大きく胸を張る。
どの花を使う? そんなの決まっています!
「もちろん、可愛らしいアニエス様をイメージして作らせていただきますわ!」
「……そ、そう、なのか。か、可愛い……」
リシャール様はあまりピンと来ていない様子。
「当然ですわ。アニエス様はとっても可愛いですから!」
「う、うん……」
「今回は特別バージョンですわ~」
────
そうして、慌ただしく時は流れついにアニエス様の結婚式の日がやって来る。
ナタナエル様の存在は世間でも大注目となったため、二人の結婚式は多くの人が関心を寄せている。
「ふっふっふ! フルールスペシャル ~大親友の結婚式バージョン~……無事に完成ですわ~」
これはアニエス様大号泣、間違いなしですわ。
出来上がったブーケを手にして私は部屋を出る。
「あ! えっと……フルール? 完成したの?」
ずっと別室でハラハラしながら私の作業を見守ってくれていたリシャール様が近付いてきた。
私は自信満々にブーケを見せた。
「───はい! これですわ! どうです? アニエス様みたいで可愛いでしょう?」
「!」
出来上がったブーケを見てリシャール様が目を大きく見開いてハッと息を呑んだ。
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