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311. 野生の勘(恋する乙女バージョン)
しおりを挟む約束の時間。
我が家を訪ねて来た大親友を私は手厚く迎えた。
「アニエス様~~!!」
「……ひぃっ!?」
私はアニエス様の姿を見るやいなや抱きついた。
「いらっしゃいませ~」
「ちょっ……も、もう! は、離れなさい!!」
「お待ちしておりましたわ~」
「フルール様!? わたしの話、聞いているんですか!」
「もちろんですわ~~」
アニエス様ったら相変わらずの照れ屋さんですわ。
慌てるアニエス様も可愛らしいです。
「~~っ! フルール様!」
「はい! お部屋にご案内しますわ~」
「……っっっ!」
嬉しくて堪らない私は、にこにこ顔でアニエス様を部屋に案内した。
(ふん、ふふーん、ふふふ~)
鼻歌を歌いたい気分ですわ~
なんてことを考えながら、アニエス様と部屋に入る。
ソファに腰をおろしたあと、使用人が運んで来たお茶とお菓子を見てアニエス様が小さな悲鳴をあげた。
「……ひぃっ!?」
(ふっふっふ!)
そのとっても嬉しそうな顔を見て私は笑みを深める。
「フ、フルール様……こ、これは」
「そうですわ! 最近のアニエス様のお気に入りのお店のお菓子とお茶を用意させましたの」
「な、なんで……」
なんで、とは?
私は首を傾げる。
「なんでって……そんなの大親友のアニエス様をお迎えするのですから当然のことですわ?」
先触れを受けて即、使用人をお店に走らせましたわ。
公爵家の使用人たちは優秀ですから、即座にお目当てのお茶とお菓子を購入してくれましたわ。
「……そ、そうじゃなくて……」
「最近のアニエス様は、このお店のお菓子を見ると目の輝き方が違いますの」
些細な変化も見逃さない!
これは、名探偵フルールの鉄則ですわ!!
「ナタナエルといい、フルール様といい……いったいどこに目があるのよ……」
「目、ですの? 目ならもちろん顔にありますわ?」
ほら、と私は顔を上げる。
するとなぜか、アニエス様は照れて顔を赤くして、そういうことではありません! と言いながら顔を背けた。
そしてその瞬間、またもや元気いっぱいの声を上げた。
いきなり顔が青ざめましたわ。
「ひ、ひぇっっ!? な、なにあれ……!?」
「?」
その視線の先を追うと、アニエス様の目線は部屋の片隅に飾ったあのお花に向けられていた。
さすが、私の大親友!
リシャール様のアドバイス通り、部屋の隅っこにひっそり飾ったというのに早速見つけてくれましたわ!
「え? あれ、は、花? 花、なのよね……!?」
「もちろん、お花ですわ~」
「み、見たことない……」
「名前も分からない、新種のお花ですわ~」
その瞬間、アニエス様がハッとした。
「そ、そういえば……最近起きている、こぞって貴族たちが見舞いの花を贈られて……って話……」
「はい! とっても可愛らしくてお見舞いにぴったりでしょう?」
私は誇らしげに胸を張る。
「か、可愛い……ですって!?」
「ええ! ちょっと照れますけど、私に似て可愛いと言われましたの!」
「は!?」
ニンマリ笑った私は、椅子から立ち上がり部屋の隅に飾ったこの新種の花が飾られた花瓶を手に取る。
そして、アニエス様の元に戻るとお花を間近で見せた。
「ひ、ひ、ヒィィィィィイィィィィ!?」
「ほら、見てください、特にこのお口のような部分が……」
「ち、近っ……ま、間近で見るとますます…………うっ、た、食べられるぅぅぅぅう!?」
アニエス様は今日も元気いっぱいに叫んでいた。
「ハァハァ……し、進化!? 以前のやつより、確実に危険…………汚い貴族が社交界から消えた理由は……コレ……」
「アニエス様?」
「こ、こんなもの贈られたら……あ、暗殺予告と変わらないわよ……」
アニエス様と私の目が合ったのでにこっと微笑む。
「……っっ! それをこんな無邪気な笑顔でやってのける…………うっ……」
テーブルに手をついて、はぁはぁと肩で息をしながらアニエス様が何かブツブツ呟いています。
大丈夫かしら?
気を取り直してお茶を飲むアニエス様に声をかける。
「アニエス様? もしこのお花を気に入られたなら、持ち帰……」
ブフォッとむせるアニエス様。
顔を真っ赤にして震えながら私を見つめます。
その目にはうっすら涙のようなものが……
(これは……やはり感動ですの!?)
「け、けけけ結構よ!! き、気持ちだけ、有難く頂いておくわ! ホホホ……」
「そうですか?」
「ええ、ええ………………ナタナエルは喜びそうだけど……無理っ!」
「分かりましたわ。欲しかったらいつでも言ってくださいね!」
感動するくらい気に入ってくれたようですが、さすがアニエス様。
気を使って遠慮してくれています。
(無理やり押し付けるのは違いますし───)
いつか、分けて欲しいと言われた時のために、枯らさずにお世話しておかなくちゃと思った。
「それで、アニエス様? 本日はなんの御用でしたっけ?」
「!」
お花は元の位置に戻してからアニエス様に訊ねる。
まだ用件を聞いていない……わよね?
「ん……?」
「……」
すると、アニエス様が顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
照れ屋さんの発動?
また、可愛いらしいですわ。
「…………、……よっ!」
「はい?」
困りました。
「よっ!」しか聞こえませんでした。
「~~っ! だ、だから!」
「だから?」
「け、けけけけ……」
「けけけ?」
突然笑いだしたアニエス様。
楽しそうです。
「~っ、う……うぅ……」
「?」
それから約五分。
(恥ずかしがり屋さんなアニエス様が頑張っています!)
私はにこにこしながらアニエス様の言葉を待つ。
「だ、だから───っ!」
「はい!」
「……っ」
照れと恥ずかしさのピークを迎えたアニエス様が、バンッと机の上に何かを置いた。
「これは、お手紙ですの?」
「違っ……よ、よーーく見てくださいませ! これは…………けっ」
「まあ!」
言われた通り、よーーく見て気付いた。
“招待状”ですわーーーー!
と、いうことは。
こ、これは!
私の手が震える。
これは……見間違いでなければ……
(そうよ! アニエス様は、けけけって)
あれは笑いではなかったようです。
「アニエス様!」
「───そ、そうよ! 分かったでしょう! これは私の結……」
「ケーキ食べ放題のご招待ですの!?」
私が目を弾ませて聞くと、アニエス様の眉がピクリと反応した。
「……は?」
「以前のお茶会で何気なく私が口にしたことを覚えていてくださったのですわね!?」
「は? 以前!? ちょっといつの何の話ですか!?」
「えっと……かれこれ……」
私は記憶の糸を辿る。
「三年くらい前ですわ!!」
「は? そんなこと覚えているわけないでしょうーーーー!」
「え!」
……何故か怒られた。
「いいこと? フルール様。あなたの可愛いそのまん丸の目をかっ開いてよーーくご覧なさい!!」
「は、はい……?」
慌てて私はもう一度、手紙に目を向ける。
もちろん、言われた通りに目は大きく開けますわ!
そして、ようやく気付いた。
「……あ、結婚式の……」
「~~~~そ、そうよ!」
顔を真っ赤にしてプイッと顔を逸らすアニエス様。
どこからどう見ても可愛らしく照れています。
(今日はこれを……わざわざ手渡しするために……?)
そう思ったら胸の奥がじんわりした。
「…………私、やらないのかと思っていましたの」
「え?」
私の言葉にアニエス様が怪訝そうな表情を向ける。
「ナタナエル様との結婚式……」
「……」
二人が結婚を決めた時は、まだナタナエル様は、存在を公に出来ない謎の人だった。
だから、ひっそり婿入りするだけ……そう思っていた。
……アニエス様の結婚式では、絶対に私のヴェールを作ってくれたお礼をしたいと思っていたから、密かに残念に思っていた。
その後、ナタナエル様の存在は公になったけれど、それでもその意思は変わらないとばかり。
(でも、するんだ、結婚式……)
「そうよ! わ、わたしは別にやらなくても……構わない……そう思っていたわ! でも……」
「でも?」
「……」
アニエス様の顔が更に赤くなっていく。
(こ、これは……恋する乙女のお顔……!)
私の野生の勘(恋する乙女バージョン)が反応した。
「ナ、ナタナエル……が! わ、わたしの……」
「……」
「ウ、ウェディングドレス姿を見るのが……ゆ、夢だった…………とか、言う……から」
「まあ!」
(やっぱりですわ~)
さすが、アニエス様を愛でる会会員!
同感ですわ~私も見たいですもの!!
「そ、それをたまたま聞いた……へ、陛下が…………」
「陛下?」
なんか出て来ましたわ?
「ナタナエルの夢は絶対に叶える! とか言って張り切り出して……」
ここでも親バカが出ていますわ!?
…………もちろん、気持ちは分からなくもないですが。
「だ、だから! こ、これは……し、仕方なく……であって……!」
「……」
「そ、そそそそれで、ナタナエルがフルール様の元にはアニエスが一番に招待状を持って行くんでしょ? だなんて言う……から!」
真っ赤な顔でそう口にするアニエス様。
そんな彼女を見て私は、思わずふふっと笑う。
アニエス様ったら大親友の私の目は誤魔化せませんわよ?
本当は諦めていた結婚式が出来るのも嬉しい。
ナタナエル様のためにと、父親として陛下が張り切る姿を見せたのも嬉しい。
───そして!
大親友の私には一番に招待状を持って行きたかった!
ぜーんぶ、その照れたお顔に書いてありますわ!
(やっぱり可愛いですわーーーー!)
「アニエス様ーーーー」
「ひっ!? なんで、抱きつ……く、苦し……っ」
私は思いっきりアニエス様に抱きついた。
「アニエス様! 私、私、決めていましたの!」
「……な、何を、ですか!?」
あなたが私のために……と、こっそり作ってくれた内緒のヴェールのお礼に……
「ブーケのお花は私が作りますわーーーー!」
「ブーケ!?」
「はい! お花の手配からアレンジは全て任せて下さいませ!」
「お……花」
その瞬間、アニエス様は、先ほど部屋の片隅に戻された新種のお花に視線を向けて、この日一番の感動の悲鳴をあげた。
「ふふふ」
フルールスペシャル ~大親友の結婚式バージョン~
乞うご期待、ですわ!
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