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309. フルール、提案する

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「フルール、落ち着いて!  ゆっくり来た道を戻るんだ!」
「旦那様……」
「今は、家族愛って素晴らしい……そこまでにしておこう」
「うう……」

 リシャール様に宥められて私は頷く。

「あ、野菜夫人、目が覚めた~……?」

 するとそこへ野菜と踊っていた幻の令息がひょこっと顔を出す。
 そして私の顔を見てにこっと笑った。

「夫人……そろそろさ、人参以外とのダンスも考えたいんだ……!」
「は、い?」
「何がいいと思う……?」

 幻の令息は目をキラキラさせて私に訊ねてきます。

「ほ、他の野菜とダンスですの?」
「そうだよ~……」

 その目を見て確信した。
 幻の令息の愛する相手は、家族と野菜のみですわ!
 残念ながら令嬢のれの字もありません。

(なんてこと……名探偵フルールの名推理が……)

「残念です……見たかったですわ。本物の真実の愛」
「フルール……」
「やっぱり真実の愛はどれもペラッペラなんですわ……」

 がっくり肩を落とす私をリシャール様が優しく頭を撫でてくれた。

「ん~……?  野菜夫人……?  どうかした……?」
「あ、いえ」

 私がハッと顔を上げると野菜を持った幻の令息がキョトンとしている。
 その目はまるで純粋な子供のようで──

(なるほど!  幻の令息はこれから大人になっていくんですわ!)

 ようやく自分の足で立って歩けるようになり、踊れるようになったばかりの彼は……
 言うならば……今はまだまだお子様。
 長い長いお母様との戦いを経て無事にお子様にランクアップした私も、それからリシャール様に出会うまで十年以上かかりましたわ。

(つまり、お子様に色恋は───まだ早い、ですわ!)

「最低でもあと十年……ですわね」
「え?」
「ん……?」

 私がそう呟くとリシャール様と幻の令息が二人仲良く驚いた顔を向けてくる。

「フルール、何の話?」
「あ、えっと、素敵なお嫁さんの話ですわ」
「お嫁さん……?  野菜夫人はもう夫人でしょ……?」

 不思議な顔をして私を見る幻の令息。
 あなたのことですわよ!

「あーレアンドル殿……多分、フルールはレアンドル殿のお嫁さんのことを言っているんだと思うよ?」
「え……?」

 リシャール様が私の気持ちを汲んで説明してくれましたわ!
 すると、幻の令息は嬉しそうに笑いました。

「野菜夫人はおかしなことに興味があるんだね……!」

 あはは~、面白ーい、ではなくってよ!?
 この人、完全に他人事ですわ!?

「そういえば、この間の令嬢たちもそんなこと言っていたなぁ……」

(ん?)

「この間の令嬢……たち?」

 私が聞き返すと幻の令息はうん?  と不思議そうに首を傾げます。

「ほら、最近見ないけど……野菜並べが趣味だって言っていた令嬢たちだよ……!」
「!」

 間違いありません。
 それはこの間の───……

「二人も会ったでしょ……?  夫人の野菜の育て方に感銘を受けて泣いて感動していた令嬢たちだよ~……」
「まあ!」

 なんと!  私が転がる前にどうやら彼女たちも探っていたようです。

「夫人が転がって来る前かな……“お嫁さんにして?”って皆、言ってたけど……」
「え?  そうでしたの!?」

 なんとあの令嬢たち、すでにプロポーズまでしていたようです!
 選り取りみどりですわ!

「うん……!  それで趣味が合う人ならお嫁さんにしたいね、って言ったんだぁ……」

 その言葉にリシャール様がハッとする。

「趣味……もしかして、それで普段は何をされているのかって質問になった?」
「そうだよ~……!」

 幻の令息が満面の笑顔で頷きます。
 しかし、すぐに首を傾げました。

「でも最近、全然、姿を見ないのはやっぱり夫人の話に影響を受けて最強の野菜作りに励んでいるからなのかなぁ……?」
「ええ!  きっと、そうですわ!」

 私は自信満々にそう答えた。

「そうだよね……!  皆、涙を流して感動していたもんね……?」
「はい!」
「羨ましいなぁ……」
「フ、フルール、レアンドル殿!  ……いや、あれは───」

 すると、リシャール様が何か言いたそうな顔で私たちを見ている。
 そんなリシャール様の顔を見て私はピンッと閃いた。

「はっ!  そうですわ!  皆で育てた可愛い野菜の一番を決めるコンテストを開いたら楽しいかもしれませんわ!」
「フルール!?  今度は何を言い出した!?」
「え……?  コンテスト……?」

 目をまん丸にしてこっちを見る二人に向けて、私は、ふっふっふと笑った。



────



「は?  レアンドルの意中の人は令嬢ではなく、ナタナエルだった!?」

 プリュドム公爵家を後にした私たちは、その足で王宮に向かって説明をした。

「どうやら、片割れはずっとどこかで生きていると信じていたそうですの」
「では、あの倒れても倒れてもめげずに脱走を繰り返していたのは……どこぞの令嬢を想っていたのではなく……」
「全部、お相手はナタナエル様でしたわ~」
「……!」

 ズンッと明らかに陛下の顔が沈んだ。

「双子の神秘……素晴らしい兄弟愛…………どれも親としては感動なのだが──やはりレアンドルの一番は野菜だということか……人間じゃない……」

 フッと遠い目をした陛下。
 複雑そうなお顔になりましたわ。

「ですが陛下!  なんと先日、あの令嬢たちはお嫁さんにして欲しいと直接迫っていたそうですの!」
「なに!?  やはり肉食系……血は争えん……それで、レアンドルは?  レアンドルはなんて反応したんだ!」

 陛下はクワッと目を大きく見開いて食い付いてきました……が。
 すぐにハッと我に返ってがっくり肩を落としました。

「いや、レアンドルのことだ。どうせ、“お嫁さん?  何それ美味しいの?”とか言ったに違いない……」
「仕方ありませんわ。まだグングン成長中のお子様ですもの」
「お子様……?  夫人。そうは言うがレアンドルは君より、年上だぞ?」
「……」

(年上でしたわ!?)

 ちょっとだけそのことに驚きながらも、私は陛下に“可愛い野菜コンテスト”の提案をした。

「───可愛い野菜を決めるコンテスト?」
「はい!  野菜を育てるのが淑女の嗜みとなったわけですから、今頃せっせと種を蒔いている令嬢も多いと思いますの」
「淑女の嗜み……か、ははは」

 そう呟いた陛下がなぜか私ではなくリシャール様に視線向けましたわ。
 そして、リシャール様は無言で頷き返しました。

(……?)

 そんな二人の様子を気にしつつ、私は続ける。

「これを機に紳士淑女の皆様に、もっともっと嗜んでもらえるよう、コンテストを開催の提案ですわ!」
「……いや、夫人、話が見えない。そんなことしても……」
「いいえ、陛下!  幻……ではなく、レ……レア……」
「…………レアンドルだよ、フルール」

 幻の令息の名前に言葉を詰まらせた私の耳元でコソッと教えてくれるリシャール様。
 最高の夫ですわ!
 私はにっこり微笑んで陛下の目を見つめる。

「レ……レアンドル様は、令嬢たちに自分と趣味が合う人ならお嫁さんにしたいと口にされていましたの!」
「なに!?」
「ですから、陛下!  コンテストを開けば、もしかしたらお嫁さん……そして男性なら友人が出来るかもしれません!」
「ゆ……友人、も?」

 陛下が目をパチパチさせた。
 お嫁さんに友人……これまでの病弱だった幻の令息むすこが望めそうになかったものに心が揺れている。

「子供のお嫁さんと友人探し、という一見、親バカにしか思えないお見合いパーティーのようなものを開くよりも、この方が我が国の農業の活性化にも繋がるかもしれませんわ!」
「ぐっ……」

 親バカ……のところで陛下がピクッと反応しましたわ。
 やはり、幻の令息のためにお見合いパーティーのようなものの開催を考えていたようですわね。
 親バカ全開ですわ!

「だ、だが……使用人に作らせた野菜を自分が育てた……と言い張って参加するかもしれないじゃないか」
「そうですわね……では、そこは“私の育てた可愛い野菜ちゃん”アピールの時間も設けましょう」
「は?」

 私はニヤリと笑う。

「言葉で語らせれば、自ずと自分で育てたか、それとも丸投げしたかの判別は付けられると思いますわ」
「……!」
「それでも、判別が難しい場合は質疑応答も付けましょう」
「……!!」

(でも、まあ……)

 そんなことしなくても、幻の令息なら本能で見極められると私は思っていますけど───……



────



 陛下への報告と提案を終えて私たちは帰宅のための馬車に乗り込む。

「野菜コンテスト……どうなるかな?」
「開催されて欲しいですわ!」
「本当にフルールは次から次へと面白いことばかり思いつくよね?」
「ふふふ、名探偵フルールは、たとえ推理を外してもただでは転びませんのよ!」

 私がドンッと胸を叩くとリシャール様がクスッと優しく笑った。

「まあ、コンテストで意気投合出来そうな令嬢が見つかっても結婚までは十年かかるかもしれませんけど」
「え!?」

 リシャール様がギョッとしたので私はにっこり笑う。

「分かりませんわ。激しい恋に目覚めたら一気にせいちょ……ゴールインするかもしれませんし」
「まあ、それはそうだね」

 コホッと軽く咳払いをするリシャール様。

「それより、フルール。なんでコンテストは“可愛い”野菜なの?」
「え?  だって幻の令息が私の野菜を気に入ってくださっているのは“可愛い”からですわよね?」
「……」

 ピタッとリシャール様が固まります。
 あのはしゃぎ方は“可愛いから”以外は有り得ませんわ?

「そうそう!  今度、最近咲いたあの可愛いお花を見せようと思っていますの~」
「……あー……あの口が特徴の?」
「そうです!  きっと可愛いと喜んでくれますわ~」

 私がにこにこしながら想像している横で、リシャール様は小さな声で呟いた。

「“可愛い”の解釈が…………レアンドル殿の花嫁探し、確かに十年はかかるかも……」

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