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308. 遠のく真実の愛
しおりを挟む私は自慢の耳を疑った。
───もちろん! 王宮で稽古してるナタナエルだよ……!!
(もちろん……ですって?)
ナ タ ナ エ ル……
その名前は、私の大親友アニエス様のことが大好きな愛でる会会員。
そしてアニエス様が結婚する相手ですわ?
幻の令息の生き別れていた双子の弟ですわよね?
最近、二人は感動の再会を果たして仲良く踊っ……
私の脳内がこれ以上考えることを拒否する。
「だ! ───旦那様! もしかして、ナタナエルという名前の令嬢が……」
「……いないと思うよ?」
「……」
「フルール。気持ちは分かるけど、それは無理がある」
リシャール様の的確な返しがとっても素晴らしいですわ。
私の言いたいことを瞬時に理解し、逃げ道を完全に塞いでくれました。
出来る夫はやはり違います。
「そんな……」
まさか、幻の令息がいそいそとお散歩しながら、こっそり会いに行っている相手が双子の弟だったなんて!
頬を染めたのはなぜなの!
(落ち着かなくては……)
私は深呼吸する。
幻の令息は稽古しているナタナエル様の姿を見に……と言っていましたわ。
「……」
私はチラッと幻の令息の顔を見る。
彼はきょとんとした表情で私たちを見ていた。
何かおかしかった? 弟の頑張る姿を見たいじゃん!
そう言わんばかりの顔……
(ああ、どうしましょう。その気持ち……)
────とっても、とっても、とーーってもよく分かりますわ!!
だって、私もお兄様のことが大好きなんですもの!
ええ。
あれは何年前だったかしら……?
まだ、チビフルールだった頃ね。
そう……
ある日、お兄様がお父様に剣術を教わるようになった。
私は剣を握るお兄様が見たくて見たくて見たくて……
お母様とこっそり毎日、稽古している姿を見に行きましたもの。
『ああ、エヴラール……やっぱり貴方が剣をふるう姿は……素敵!』
お母様はコソコソと木の影からうっとりした顔でお父様を見つめていましたわ。
私はそんなお母様を見上げながらドレスの裾をグイグイ引っ張る。
『フルール、どうしたの? ドレスが伸びるわ?』
『おかーさま! ていせいをもとめます。おにーさまのほうがすてきですわ?』
私がお兄様のことを褒めると、お母様はフッと鼻で笑った。
『ふっ……アンベールもなかなか筋はいいと思うけど、あの旦那様の良さが分からないなんて……まだまだ、フルールはお子ちゃまね』
『おっ!』
お子ちゃま……
最強を目指しているチビフルールにとって、その言葉は聞き捨てならなかった。
ムッとして私は否定した。
『おかーさま! もう、おこちゃまではありません! わたしはりっぱなレディですわ!』
『あら? 立派なレディなら、迷わずエヴラールを選ぶはずよ?』
『むぅ……』
『ホホホ! 分かるかしら? だって、彼以上に素敵な男なんてこの世にいないもの!』
お母様はとにかくお父様が大好きだから、べた褒めしていましたわ。
『いいえ! おにーさまもすてきですわ!』
『当たり前でしょ? 旦那様と私の子どもなんだから。でも、アンベールはまだまだなの』
『そんな……』
『フルールはもっとまだまだね!』
『え!』
もっとまだまだ……
最強を目指し立派なレディも目指している最中のチビフルールにとって、その言葉は屈辱でしたわ。
私の闘志にメラッと火がつきます。
『……おかーさま! しょうぶですわ!』
『あら? フルールったら。やる気?』
お母様は目をパチパチさせて私を見つめた。
『やるきですわ!』
私はその辺に落ちていた木の棒を手にしてお母様と向かい合います。
向かい合ったお母様はニヤリと笑って言いました。
『分かったわ、フルール。そんなにやる気ならかかって来なさい!』
『はい!』
私は、えいっと声を上げてお母様に勝負を挑みます。
助走をつけてジャンプし、木の棒を両手で高くあげてお母様目掛けて振り下ろすもあっさり避けられてしまいました。
『おかーさま!』
『フッ……残念ね! 踏み込みがまだまだ甘いわよ、フルール!』
『は、はい!』
私はもう一度、お母様に挑むもまたもや華麗に避けられてしまいます。
さすが、なんちゃらの舞姫なお母様ですわ!
動きが素早すぎました。
『動きが遅いわよ!』
『はい!』
『フフフ、そうね、フルール。一度でもその棒を私に当てられたなら、お子ちゃまからお子様に昇格してあげるわ!』
私は目を瞬かせる。
『───ランクアップよ!』
『らんくあっぷ!』
(なんかつよそう……!)
『目指せ、お子様よ!』
『おこさま……!』
正直、全く意味は分からなかったけど、ランクアップという強そうな言葉に目を輝かせた私は、こうしてお子ちゃまを卒業し、お子様目指してお母様に戦いを挑んだものです……
こんなやり取りを、稽古に励むお兄様たちの影でこっそり毎日毎日毎日毎日お母様としていましたわ。
(大好きなお兄様の稽古を覗きに行きながらお母様と戦い、お子様へのランクアップを目指す日々……)
とっても懐かしいで───
「───フルール? フルール、大丈夫?」
(……ん?)
身体を揺すられて、ハッと目を覚まします。
目の前には、美しいリシャール様のお顔。
何だかその表情が心配そうです。
「だんなさま……」
「あ、気付いた? ずっと呼んでいたんだよ?」
「ずっと……?」
私が聞き返すと、リシャール様は安心したように息を吐く。
「レアンドル殿の相手がナタナエル殿だったことがショックだったのか、フルールが突然、全く動かなくなったから驚いたよ」
「……」
リシャール様は大丈夫? と言いながら私の目の前で手を左右に振ります。
私は数回瞬きをしたあと、国宝の顔を眺めます。
やっぱり、どんな表情をしていても美しいですわ! と、再確認する。
「見て? 踊ったら起きるかな~? とか言ってレアンドル殿は野菜を持って踊り始めちゃったよ?」
「え? まあ!」
そう言われてリシャール様の視線の先に目を向けると、幻の令息が野菜と一緒に踊っていた。
楽しそうですわ!
「それにしても、フルールがショックを受けて固まるなんて珍しいね」
「ええ……兄弟を思う気持ちに共感してしまったら、ついついお子ちゃまからお子様へのランクアップを目指して木の棒をふるってお母様に戦いを挑んでいた頃を思い出していましたの」
「へぇ、お子ちゃまが木の棒…………え!? 何の話!?」
そのまま流れで頷きそうになっていたリシャール様がギョッとします。
「チビフルールが、日々剣術の稽古に励むお兄様をこっそり影から見ていた話ですわ」
「え?」
「幻の令息が取った行動と似ているでしょう?」
私はにっこり笑って説明する。
「え? なんか違ってない? 違うように聞こえたよ!?」
「兄弟の頑張る姿をこっそり見たくなる気持ち……分かりますわ」
「いや、そんな話じゃなかったよね!?」
リシャール様が焦ったように畳みかけます。
「じゃあさ! 木の棒って何!? こっそり見守る人はわざわざ自分がふるわないよ!?」
「お母様はとてもお強く……お子ちゃまからお子様への道は遠かったですわ……」
「え? その二つの違いは何!?」
リシャール様が頭を抱えています。
私はその横で過去を思い出して遠い目をする。
「こっそりしていたはずでしたのに、なぜかお兄様には全てがバレバレでしたわ」
「……」
「なんで、俺より激しい稽古をしているんだ! 庭がボコボコだぞ! と怒られてしまいましたの」
飛んだり跳ねたり……とにかく木の棒を振り回しながら元気いっぱいなチビフルールではありましたが、まさかバレバレだったとは。
驚きましたわ。
「庭がボコボコ……うん、詳細は全くよく分からないけど、そりゃバレるよ! 絶対こっそりなんてしていなかっただろうからね!?」
「なぜかしらと本当に本当に不思議でしたわ……今、思い出しても不思議なままです」
「フルール……」
私はふぅ、と息を吐きチラッと今も野菜と踊っている幻の令息に視線を向けた。
「それより、振り出しに戻ってしまいましたわね」
「え?」
「今、幻の令息がせっせと王宮に通っているのはナタナエル様が見たいから───ですが、彼には昔からどうしても会いたい人がいますのよ。ですから、その人こそが本物…………ん?」
その人を探るのですわ!
そう言いかけたところで甦るのは私と幻の令息の会話。
───そんなに会いたい方、なんですの?
───ああ……
それて頷いた後、幻の令息はなんて言っていた?
───……周りは“死んだ”と言うんだ……だけど違う……
(ん?)
───絶対に生きているはずなんだ……!
(生きている……? あれ?)
ナタナエル様は死んだことにされていて───……
何かしら?
胸がドクドク鳴っていますわ。
そういえば、幻の令息はとても力強く……
───それに……絶対にこれからのプリュドム公爵家に必要な人なんだ……
(あら? あらら?)
これはいったいどういうことでしょう!?
あの時、私の中でムクムクと想像が湧き上がり、勝手に親近感を覚えた“未来の公爵夫人”として相応しい資質を兼ね備えたはずのどこかの令嬢……のお顔が、全てナタナエル様になっていきますわ?
「……え、もしかして?」
「フルール? どうした?」
「……」
私はリシャール様の顔をじっと見つめて訊ねる。
「だ……旦那様、本物の真実の愛が……」
「うん? 本物の真実の愛?」
「ようやく……ようやく見つけたと思った本物の真実の愛が……」
「う、うん?」
リシャール様がゴクリと唾を飲み込む。
家族愛でも愛は愛。
それも素晴らしい愛ですわ。
頭では分かってはいます…………が!
(私が求めていたのは、男女の愛でしたのよ!)
「迷子になりましたわーーーー!」
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