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307. 賄賂ってやつ
しおりを挟む「圧巻……! フルール、陛下の言ってた通り廊下に並べているよ!?」
「ええ、さすが陛下。父親ですわね」
ご自分の息子のことよく分かっていますわ!
そんな私たちの視線に気付いた幻の令息が、並べた野菜を見ながらうっとりする。
「父上は即位してからは王宮暮らしだし、公爵家に訪ねてくる人は少なくなったから……」
なるほど。
陛下はもう王宮に部屋がありますから、つまり……
(この広い家で、寂しくなってしまわれたということですわね?)
それで野菜を並べて心の癒しを……
納得した私はウンウンと頷く。
「風通しが良くなって気持ちいいなぁって……」
「風通し!」
何だか思っていたのと違う言葉が聞こえましたわ。
「野菜を並べるたびに来客者が驚くから片付けろ! って父上に言われないのがいいんだよね……!」
(違いました! 広い家をめちゃくちゃ満喫していましたわーー!)
「でも……本当は王宮の廊下にも並べられたら楽しそうだなって思っているんだけど……」
「え!」
なんと、隙あらば並べたいって顔をしていますわ。
「でも……さすがに母上からも王宮はやめて! ……あなたはこの国を野菜王国にでもするつもりなの? って止めてくるんだよね……」
幻の令息は残念そうにがっくり肩を落とした。
「……野菜王国」
私は廊下に並べられた野菜をじっと見つめる。
(野菜王国……それは、とても……とても───)
「美味しそうな国になりますわ~! じゃないからね? フルール」
「はっ!」
リシャール様に肩をポンッと叩かれハッとした。
眉をひそめたリシャール様がアップで顔を近づけて来ます。
近いですわーー!
「……その驚き方。やっぱり想像していたね?」
「ふ、ふふふ」
「フルール……」
私は笑って誤魔化す。
リシャール様はクスッと小さく笑って私の頬を突っついた。
そんなリシャール様の笑顔に胸をときめかせた私は、恥ずかしくなって再度廊下に並べられた野菜を見る。
そこで、あれ? と思った。
「あら? ……果物も並んでいますわ?」
「え!」
驚いた様子のリシャール様も私の頬を突っつくのをやめて振り返る。
「あ、本当だ! さり気なく野菜たちと同じように並んでいる」
「果物は夫人──えっと王妃様の御用達ではなかったかしら?」
確か、美肌効果にはしゃいでいたはずですわ。
今回の臨時お届けにもいくつか持ってきましたけれど。
そんな私たちの視線に気付いた幻の令息がにこにこしながら言った。
「もちろん……! 果物は母上が並べたんだよ……!」
「え?」
「王妃……様が、ですの?」
「そうだよ~……」
私とリシャール様の顔を交互に見ながら、幻の令息は当然のように頷いた。
確かに王妃様は王宮と公爵家を行き来していると聞いていますけど……
「母上は目を輝かせて嬉しそうに並べながら……どれにしようかな~……って毎日うっとりしているんだよ~……!」
「……」
「……」
私とリシャール様は無言で見つめ合う。
(フルール! レアンドル殿の“これ”は、母親似だったーー!)
(リシャール様! 親子で仲良く毎日楽しそうですわ~!)
目で会話した私たちは無言でコクリと頷いた。
私は確信する。
この時の私とリシャール様の気持ちはきっと同じだ、と。
これぞ、以心伝心の最強夫婦!
そう信じている私はニンマリ笑った。
───
「それで、今日は……?」
野菜並べを終えて、満足しきった様子の幻の令息が首を傾げて聞いてきます。
私は待ってましたとばかりに胸を張る。
「お聞きしたいことがありますの!」
「聞きたいこと……? もしかしてそれに答えたら、その野菜をくれるってこと……?」
幻の令息の目の奥がキラッと輝きました。
私も、ふふんっとさらに大きく胸を張る。
「───その通りですわ~! これはえっと、わ、わいわい……?」
「あ、分かった……! 賄賂ってやつだね……?」
「そう! それですわ~」
ふっふっふっと笑いながら私は野菜と果物の入った箱を幻の令息にチラ見せする。
ここでは、全てを見せずに焦らせるのがポイントですのよ。
「その色とフォルムは……! 人参がある……! それも新しいポーズ……!?」
「あら、見えました? どうです? 追い人参に最高ですわよ~」
「追い人参……!」
他にもまだまだありますわ~
私はどんどんチラ見せする。
チラ見せする度に幻の令息は感嘆の声をあげた。
「夫人……! 何を知りたいのかはよく分かんないけど……なんでも聞いて……!?」
「ふふ、ありがとうございます! それでは遠慮なく!」
「……」
私たちが満面の笑顔でそんなやり取りをしていたら、リシャール様が横で頭を抱えていた。
「旦那様? どうしました?」
「いや、こんなにも明るく堂々とした賄賂のやり取りを初めて見たよ……わいわい」
「まあ!」
ふふふ、と私は怪しく笑う。
「いや、そもそも賄賂が野菜なのも初めて聞いたんだけどさ……」
「最も効果的な方法を選んだだけですわ」
「うん……お金だったらレアンドル殿は絶対こんなに目を輝かせないよね」
そんな会話をリシャール様としていたら、キラキラ顔の幻の令息がもう待てない! とばかりに叫んだ。
「夫人……! 焦らさないで早く……!」
「───では、お聞きします! あなたの意中の人はどこのどなたですの!?」
ババンッと私は訊ねる。
「え?」
幻の令息はきょとんとした表情を見せた。
そして不思議そうに首を傾げる。
「いちゅう……?」
「意中ですわ! 心の中で密かに思いさだめている人を指しますの!」
「心の中で……?」
「いらっしゃるでしょう!? 心にしっかりと決めた方が!」
「心……」
グイグイ迫る私に、幻の令息は目をパチパチさせている。
そして神妙な表情を浮かべて考え込んだ。
(この表情! やはり思い当たる方がいるようですわね!?)
思うように動かなかった身体を引きずってでも会いたかった人が!!
何度寝込む羽目になっても、諦めきれなかった人が!
本物の真実の愛と呼ぶに相応しいお相手が───
「父上……」
「え!?」
しばらく考え込んでいた幻の令息から飛び出した言葉に私は耳を疑う。
リシャール様も隣でギョッとした。
「へ、陛下!?」
(どういうことですの?)
心に決めた方が陛下!?
男性ですわ! いえ、そんなことよりも父親でしてよ!?
それに、父親ですから毎日顔を合わせていたでしょう!?
それから、どこに焦がれる要素がありますのーー!?
「……と、同じ質問をするんだね……?」
(あら?)
と思ったら、どうやら今のは回答ではなかったようです。
危なかったですわ。
新たな世界の扉が開くかと思いましたわ……
「あ! もしかして、父上は結婚相手を探しているのかな……?」
どうやら、さすがにお気づきのようですわね!
「そっか……」
幻の令息は遠い目をします。
何かに憂いている……今度こそこれは!
(愛しい人を思い出して───)
「父上も大変なんだね……」
遠い目をしたままボツリとそう呟いた。
(違いました! 単に父親を労わっていただけでしたわーー!)
「えっとそれで意中……? 意中の人……って誰だろう……? ねぇ、夫人、誰のことだと思う……?」
「……!?」
なんですって!?
まさかの逆質問!
聞いてるのはこっちですわよ!?
やはり、幻の令息と呼ばれているだけあって、一筋縄ではいきません。
手強いですわ。
私は額に流れる汗を拭う。
「……───じゃ、聞き方を少し変えようか」
「旦那様?」
意中の人という訊ね方で回答は得られなそうだと悟ったリシャール様が別の切り口から攻めるようですわ!
「うん……?」
「レアンドル殿、君は今、体力作りも兼ねた日課として王宮まで散歩していると聞いた」
「うん、そうだよ……!」
幻の令息が笑顔で頷きます。
「えっと……王宮までの散歩の道は……──」
そのままお散歩コースについて語ろうとした幻の令息の言葉を上手く流して、リシャール様はズバリ訊ねた。
「───それで毎日……ということは誰か“会いたい人”でもいるのかな?」
「え……?」
なるほど!
意中の人からシンプルに会いたい人に変更して答えやすくしたようです!
「行き先は必ず王宮にしているみたいだから、そこに会いたい人でもいるのかな、と思ったんだけど?」
「ああ……!」
幻の令息がにっこり笑います。
「そうだよ……! 会いに……いや、実はこっそり……? 姿を見に行っているんだ……!」
「「!」」
「でも……恥ずかしいから……父上には秘密にして欲しいかな……」
「「!!」」
なんと!
そう言って頬をほんのり赤く染めましたわ!
しかも、これは!
私とリシャール様は、期待に胸を膨らませて顔を見合せます。
「だ、誰を? 誰の姿をこっそり見に行っているんですの……?」
「……」
幻の令息はしばらく考え込んだあと、ようやく口を開く。
「野菜夫人……にならいっか……野菜もたくさん貰っているし……」
「!」
遂に!
ついに来ましたわ~
そして賄賂成功ですわ~~
「ど、どなたです?」
幻の令息は、にっこり笑ってとっても弾んだ声でこう言った。
「───もちろん! 王宮で稽古してるナタナエルだよ……!!」
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