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306. 恋のライバル──野菜

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───


「フルール、陛下の“頼み”どうするの?」

 陛下との話を終えて部屋を出た私たち。
 廊下を歩きながら、リシャール様が私に訊ねる。

「……思えば、幻の令息から“どうしても会いたい人がいる”と聞いてから、随分と時が経った気がしますわ」
「うん。僕もフルールが……恋愛ごとには鈍いフルールが!  と感激したのが遠く感じる」

 私はうーんと考えながら腕を組む。

「その人のために屋敷脱走まで企んでいたはずでしたのに」

 陛下の言うように、確かに最近の幻の令息はすっかり野菜に心を奪われている。
 リシャール様がため息を吐いた。

「……彼女も浮かばれないな。恋のライバルは野菜って」
「私、旦那様を狙う令嬢たちには絶対負けない自信がありますが、野菜が相手ともなると戦い方に悩みますわね」
「フルール……」

 リシャール様と私の目が合う。

「とりあえず、食べて食べて食べて食べ続けることしか浮かびません!」
「えっと?  その対処方法は、多分フルールにしか出来ないよ……?」
「ですが、食べても食べても食べても食べても、次の野菜が収穫されてしまうのです!」

 恐ろしい……恋のライバル・野菜。
 強敵過ぎますわ!

「それ、終わりが見えないね?」
「そうなのです」

 私は足を止めてじっとリシャール様の美しい顔を見つめる。

「フルール?」
「旦那様……リシャール様が野菜に夢中にならなくて良かったですわ」

 リシャール様も足を止めて目をパチパチさせながら私を見つめ返す。
 そして、フッと優しく微笑んだ。

「僕はフルールの育てた野菜も果物も花も……それらがどれだけ禍々しくて踊り出しそうに見えたって、全部大好きだけど」
「だけど?」
「……」

 リシャール様の伸ばされた手がそっと私の頬に触れる。

「その根本は───フルールのことが好きだから、だ」
「……」
「好きな人の好きな物は、僕も大事にしたい」
「旦那様……」

 にこっと笑ったリシャール様がツンッと私の頬を突っつく。

「だからこの先、万が一、僕が野菜に夢中になったとしても、フルールの存在が消えることはない」
「……!」

 好きな人の好きな物は大事にしたい───

(そうですわね……)

 私もふふっと笑う。

「───分かりましたわ!  私は野菜を排除する道ではなく、野菜と共存する道を選びます!」
「え?  それって具体的には?」
「たくさん作ってたくさん美味しく食べますわ!」
「……」

 またしても目をパチパチさせたリシャール様。
 そして、ククッと笑います。

「どうしました?」
「いや、結局食べるんだなって思って」
「はい!  リシャール様あなたと美味しく食べますわ!」
「フルール……」

 そうして、クスクス笑い合う私たちだったけれど───
 幻の令息の問題はこうはいかない。
 それに陛下の“頼み”も……

「それにしても……レアンドル殿の“意中の人”を探って欲しいって……陛下、なりふり構わなくなっているよね」
「毎日毎日訊ねてみても、きょとんとした顔を返されるだけだなんて……幻の令息は手強いですわ」
「陛下も必死。粘るなぁ……」

 リシャール様が苦笑する。

「それでフルール?  その頼みは……」
「頼まれたからではありません。私は本物の真実の愛を見届けたいので探ってみせますわ!」

 私はドンッと自分の胸を叩いた。
 そう!  
 この間、幻の令息を囲んでいた令嬢たちの中にお相手はいたはず…………でしたのに。

(すっかり、レクチャーするのに夢中になってしまいましたわ~)

 リシャール様がうーんと首を捻る。

「しかし、探ると言っても情報が少なすぎる」
「私はこの間の令嬢たちの中に居たと思っていましたの」
「え?  この間って…………あの屍の山になった令嬢たち?」

(屍?  なんのこと?)

 リシャール様の発言に眉をひそめつつ、私は大きく頷く。

「ですが、どの方も反応がおかしくて……お相手とは思えませんでしたの」
「んー……仮にあの中にいたとしても彼女たちは皆、今は再起不能みたいだからなぁ…………あの中には居ないんじゃない?」
「再起不能?」

 あの中には居なかった──
 そのことには納得しつつも、再起不能とは?
 私が首を傾げるとリシャール様は苦笑いしながら説明してくれた。

「レアンドル殿に気に入られたくて、野菜並べを趣味にして野菜を育てることを淑女の嗜みにした話までは良かったんだろうけど……」
「けど?」
「フルールがその作業の過酷さを延々と語ったからね──……」
「当然です、情報共有は大切ですわ!」

 えっへんと胸を張ると、リシャール様がますます苦笑いした。

「そうやって、彼女たちの思惑や企みを逃げ道すら塞いで結局全部壊して潰しちゃった所が、フルールだなって思うよ」
「思惑?  潰した?」
「ほら、あれだけ言われたら──使用人に代わりに野菜を育てさせて、私が育てた!  と言ってもすぐにバレちゃうだろう?」

 ん~?  と、首を傾げる私にリシャール様は言った。

「とにかくあの中には居なかったと僕は思うよ」
「ならば──……」

 回りくどいことが苦手な名探偵フルールの取るべき道は一つしかありませんわ!

「フルール?」
「旦那様!  幻の令息の元に直接行きますわよ~」
「え!  今から?」
「……」

 そう訊ねられて私は首を横に振る。

「いいえ。まずは一度家に帰りますわ!」


────


「旦那様!  見てください!  これが新しいお花ですわ~」
「!?」

 家に帰った私は、真っ直ぐ庭の畑に向かう。
 目的は、野菜の収穫のため。
 定期契約分は使用人が運んでいるけれど、今回は臨時分を用意し、私が運んでそこで話を聞く。
 つまり……

 ───臨時の野菜が欲しければ私の質問に答えなさい作戦、ですわ~!

 そのついでにリシャール様に例の新種のお花を見せる。

「どうです?  何でも食べてしまいそうなお口でしょう?」
「……」
「可愛いですわ~」
「……」
「あ、旦那様。こちらのお花、寝込んでる皆様にお見舞いとして贈りますわね?」
「……」
「いっぱい食べて元気になって下さいませ、って意味でも丁度いいですわ」
「……」
「旦那様?」

 リシャール様がずっと無言なので顔を上げる。
 すると、リシャール様は目をまん丸にして、新種のお花を凝視していた。

「……」

(まあ!  そんなに目が釘付けになる程、気に入られたの!?)

 やっぱり、私に似ているから──?
 嬉しくなった私はニンマリ笑う。

「旦那様!  そんなに気に入られたのなら、私たちの寝室にでも飾ります?」
「────っっ!?」
「まあ!  大丈夫ですか!?」

 突然、ゴホッとリシャール様がむせた。
 私は慌てて駆け寄ってリシャール様の背中をさする。

「だ、大丈夫……だ」

 ケホケホと苦しそうに咳をしながら、リシャール様は微笑んだ。

「えっと……こ、この花はさ、寝室に飾るよりもここで咲いているのが一番良いんじゃないかな?」
「そうですか?」
「うん……それに寝不足になっちゃうかもしれないから、さ」
「寝不足……」

 私はすぐにピンッと来た。
 なるほど……このお花がそばにあったら私に似ていてドキドキしてしまって眠れない……ということですわね?

(ふふふ、私、とっても愛されていますわ~)

「分かりましたわ、旦那様!  お見舞い分以外はこのままにしておきますわ!」
「う、うん……そうして?」

 そうして私は、寝込んでる貴族の各家にお見舞いの手配をし、
 幻の令息の好きそうな野菜を集めてプリュドム公爵家に向かうことにした。



 公爵家に向かう馬車の中でリシャール様が言った。

「そういえば、レアンドル殿は王宮には住まないんだね?」
「陛下曰く、いきなり環境変えると身体がついていかないかもしれないから、と言っていましたわ」
「ああ……」
「それでも、定期的に王宮を訪ねてお散歩しているそうですわ」

 自分でそう言いながら名探偵フルールは推理する。

(王宮によく顔を出すのはきっと相手がそこにいるから……のはず)

 長年、恋焦がれ続けた会いたかった意中の方が、あの令嬢たちではなかったとするならば───
 王宮のメイド?
 そうなると探すのは骨が折れる。

(やっぱり直接、訊ねてしまうのが一番ですわ~)

 本物の真実の愛───
 絶対に絶対に見逃せませんわ!!


 そう意気込んでプリュドム公爵家に乗り込むと───……

「あれ、野菜夫人、それは……?  今月の定期便はもう届いてるよ……?  ほら……!」

 幻の令息は、嬉しそうに人参を中心にして野菜を公爵家の廊下にせっせと並べていた。

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