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305. その後

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❇❇❇❇❇


(あら……?)

 ついつい気分が乗って、“淑女の嗜み”について語り続けてしまいましたわ。
 やっぱり思いっ切り語り合えるのは素晴らしいことだと思いますの。
 ですが───なぜか令嬢たちが皆さん泣き崩れています。

(まあ……!)

 こ、これは……!
 私は目を輝かせた。
 そして、ニンマリ笑うとリシャール様の服の袖をクイクイと引っ張る。

「フ、フルール?」
「旦那様、旦那様!  凄いですわ!」
「うん……す、すごい。すごいことになってる……」

 リシャール様も泣き崩れた令嬢たちを見ながら、私と同じ感想を返してくれます。

「うわ~……、皆、元気だねぇ……?」
「はい!」
「え!  元気!?」

 幻の令息の言葉にも同意しかない。
 なぜか驚くリシャール様の横で私は満足気に微笑む。

「───こんなに泣いて震えるほど感動して貰えて、とっても嬉しいですわ」

 野菜や果物を育てるのが、如何に大変な作業なのか……
 それを分かり合えるのはやっぱり嬉しい。

「…………震えるほどフルールの話に感動……している……」

 リシャール様が泣き崩れている令嬢たちを見ながらポソッと呟いた。

「旦那様?」 
「うん…………やっぱり、そうなるんだなって思った。僕も……」

 リシャール様がうんうんと頷いている。
 何が“僕もだいたい分かって来たぞ”なのでしょう?

「あの、旦那様?」
「ん?  フルール」

 もう一度、声をかけるとリシャール様は国宝級の笑顔を私に向けた。
 今日も素敵……胸がキュンとしますわ!

「うわぁ~……とっても明るくなった……!  眩しい笑顔……!」

 リシャール様の笑顔に幻の令息も嬉しそうですわ!
 気分が更に乗って来た私は、感動に打ち震える令嬢たちを見渡す。
 そして声を張り上げた。

「さあ、皆様!  顔を上げてくださいませ、話はまだまだ終わりませんわよ!」

 感動で泣き崩れていた令嬢たちが驚いたように顔を上げる。
 その目は驚きでいっぱい。
 その中の何人かがおそるおそる口を開いた。

「モ、モンタニエ公爵……夫人?」
「どうされました?」
「ま、まだ続き、があるのです、か?」
「……」

(なるほど、皆様のこの表情……)

 もっと聞けるの嬉しい!  たくさん話して!
 ですわね?
 私は満面の笑みで頷いた。

「ご安心くださいませ。まだまだ話は山ほどありますわ!」
「ひぇっ!?」
「そうですわね……次は作業を行っていてやはり絶対に避けては通れない“問題点”についてにしましょうか?」

 あらあら、皆様ったら同じような顔して私を見ていますわね?
 しかし問題点と言ってしまったから?
 顔が青いです。
 ですが、何事も楽しいことばかりではありませんの。

(ここは現実も知って貰わなくてはいけませんわ!)

「フ、フルール様……?  も、問題点、とは?」
「あら?  皆様は経験ありませんの?  ───もちろん腰痛ですわ、それと手荒れと日焼けと……」
「よ、腰……」

 令嬢たちの顔色がどんどん悪くなっていきますわ~

「重労働ですもの。当然ですわよね?」
「……っ」

(この顔……きっと、皆様も苦労しているのですわね?)

 あれは、本当に辛かったですわ。

「……さあ、それでは明日から使える令嬢の嗜み───上級編ですわ~」

 私はますます嬉しくなって、得意顔で喋り倒した。



─────



 そんな大満足の野菜レクチャーをした数日後。
 なぜか陛下に呼ばれたので、私は再び王宮を訪ねる。

「旦那様、陛下の用事とはなんでしょう~?」
「なんだろう、ね…………心当たりが多すぎる」
「え?  そんなにですの?」

 なんと、私はなぜ呼び出しを受けたのか理由さっぱり分からないというのに、リシャール様には心当たりがたくさんある様子。
 さすが、愛する旦那様。国宝最高!
 思考力が私とは大きく異なって優れていますわ、と感心した。



(あら?)

 王宮に到着し、廊下を歩きながらふと思う。

「旦那様……人が減りました?」
「え?」

 私は歩きながら辺りをキョロキョロ見回す。

「先日までは、そこらで令嬢たちがキャッキャウフフしていたと思うのですが?」
「……」
「今日は全然その姿が見えません」
「……そう、だね」

 もしかして皆様、せっせと新たな畑作りを……?

「お掃除リスト入りしていた貴族たちも未だに寝込んだままと聞いていますから、余計に人が少なく感じるのかもしれませんわね」

 ははは、とリシャール様が笑う。

「リスト入りしていたそんな皆様は、なかなか良くならないそうなんです」
「う、うん……なんかね?  更に追い打ちをかけるような出来事があった……んだってさ」
「追い打ち?  そうでしたの?  それはお気の毒ですわね」
「まあ、ね」

 主に悪いことばかり考えているような人たちばかりでしたけど、それは大変そうですわ。

(……これは、追加でお見舞いのお花を送ろうかしら?)

「……」
「……フルール?」
「あ、いえ。ちょっとお花のことを……」
「花?」

 一瞬、怪訝そうな顔になったリシャール様。
 でもすぐに、ああ……と頷いた。

「新種の花が咲いたって言っていたよね?」
「そうなのです!」

 最近、これまで伯爵家でも見たことのないお花が咲きましたわ!
 ですが、新しい花の種を植えた記憶が無いので、これは土の違い……なのかしら?

「僕はまだその花を見ていないんだけど……」
「とても可愛らしくて元気な花ですわ!」
「……元気?」

 リシャール様が不思議そうに首を傾げる。

「そうです。使用人たちは、その花を見てちょっと奥様みたいですねって言っていましたわ」
「フルールみたい?」
「ふふ、可愛いと言われるのは照れますけど、嬉しいですわ~」
「そっち!?」

 リシャール様が今度はギョッとします。

「旦那様?」
「あ、いや……すまない。フルールは可愛い、とっても可愛い!  それは間違っていない!」
「ふふふ、ありがとうございます」

 やっぱり愛する人から言われるのが一番ですわね!
 そう思うと頬が勝手にニマニマしてしまう。

「た、ただ、使用人が言ったという奥様みたいですね……は可愛いだけじゃなくて元気?  にもかかっているんじゃないかな、と思ったんだ」
「あ!  それもそうですわね!」

 確かに私はいつでも元気いっぱいですもの!

「ま、まあ……花が元気ってどんなだ?  とは思うけど───……」
「旦那様?」
「あ、いや、こっちの話」
「そうですか?」

 どうやら、リシャール様が新種のお花が気になるようなので、簡単に説明する。

「新しいお花は口が大きいんですの」
「…………口?  口ってこの口?」
「そうですわ!」
「花に口!?」 
「そうですわ!」

 私は、にこっと笑って自分の口元を指さす。

「ですから、その可愛らしい花の姿が何でもよく食べる私に特によく似ているんですって!」
「……」

 リシャール様はしばらく黙り込んだあと、ポツリと言った。

「よく食べる、何でも…………うん、それはフルールみたいだ」
「でしょう!?」

 リシャール様のその言葉を聞いて私は決めた。
 今も寝込んでいるという人たちに追加でお見舞いに贈るお花は、新種のこの花にしよう、と。


 もちろん、私の頭の中に“追い打ち”なんて言葉は無い────


────


「実は、レアンドルが本格的に畑作業をやりたいと言い出した」
「はい?」
「目標は、モンタニエ公爵夫人の人参を超える人参を作り出すこと……らしい」
「まあ!」

  

 陛下の元を訪ねると、今までで一番面白い顔をした陛下が待っていた。
 喜びと悲しみと不安と期待が全て混じったような顔。

(お母様が見たらお腹を抱えて大笑いしそうなお顔ですわ~)

 そうして語られたのは、幻の令息が畑仕事に従事したいという内容だった。

「えっと、なぜ……?」
「もともと、元気になったらやりたいという気持ちはあったようだが……」

 そこで言葉を切った陛下は、深く息を吐く。

「決心したのは先日、夫人が肉食系……コホンッ、多くの令嬢たちを潰……コホッ、野菜作りのレクチャーしていたのを聞いたかららしい」
「あの時の……」
「“淑女の嗜み”なら、“紳士の嗜み”でもあるんだよね?  とにこにこ顔で言うんだ……」

 なるほど、と思った。
 確かに紳士の嗜みとなってもおかしくありません。

「キラキラした目で、これまでたくさん心配かけた分、立派な紳士になってみせるよ……!  とか言われたら……ううっ……そんな話は知らんなどと言えず……」

 陛下が口元を押さえて涙を必死に堪えています。

「倒れるくらい無理もせずに元気になってくれるなら……それもいいのだろう。が!」
「が?」

 私と陛下の目が合う。

「───夫人。レアンドルの“意中の相手”は誰なんだ?  いるのだろう!?」
「は、はい?」
「私には、これからますます野菜の虜になっていくレアンドルの姿しか想像出来ん!」
「え、と……」
「想像出来るだろう?  夫人の野菜と自分の育てた野菜を並べてうっとりするレアンドルの姿が!」
「……」

 そう言われて目を瞑る。
 そして、それは容易に想像出来た。

 ───野菜夫人……!  見て!  こうすると今にも踊り出しそう……!

「はっ!  …………王宮の廊下に満面の笑顔でたくさん並べ始めましたわ!!」
「だろう!?」

 陛下が大興奮しています。
 きっと私たちは今、同じ想像をしていますわ。

「え、なんで王宮の廊下?  普通、並べるなら自分の屋敷の廊下じゃないの……かな?」
「ははは、モンタニエ公爵!  甘いな、あのレアンドルだぞ!」
「は、はい……?」

 勢いに乗った陛下がビシッと自信満々に言い切った。

「この場合、すでに我が屋敷の廊下は野菜だらけだ!」
「あ……」
「まあ!」

 ものすごく説得力のある言葉すぎて私とリシャール様はお互いの顔を見合せて深く深く頷いた。

「───だからこそ、公爵夫人に頼みがあるのだ」
「頼み?」

 首を傾げる私に陛下は神妙な顔で口を開いた。

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