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304. 混ぜたら危険がどっぷり混ざったら
しおりを挟む曇りのない眼差しで、不思議そうに首を傾げる幻の令息。
そんな彼の姿を見た令嬢たち……
「え、ええ! 嘘ではありません!」
「と、ととと当然ですっっ!」
「そう、だよね……! 国王になった父上に嘘をつくはずがないもんね~……」
「……っ!」
安心したように笑った幻の令息の言葉に、令嬢たちはグッと言葉を詰まらせた。
(そうそう! 恥ずかしがる必要はありませんわよ~)
淑女の嗜みなのですから、堂々と胸を張るべきですわ!
にこっ!
そんな思いを込めて私は、にっこり笑顔を再び令嬢たちに向ける。
目が合った令嬢たちの身体が大きく跳ねた。
(思いが届きましたわ!)
「───そ、そ、そそうです……」
「私たち……に、人参? 野菜? そ、育てるの大得意です!」
「な、並べるのも大好きでしてよっ!」
「こ……これぞ、淑女の嗜み!」
次から次へと令嬢たちから興奮気味に語られる言葉に幻の令息の目が再びキラキラ輝く。
(嬉しそうですわ~)
もちろん、私も嬉しいですわ!
野菜も果物もお花も……
今までたくさん育てて来たけれど、令嬢でなかなか語れる相手がいませんでしたもの!
アニエス様くらいでしたわ……
ですが!
(これからは、思う存分語り合えますわ~!!)
ふっふっふ……と私もほくそ笑む。
そんな、内心で笑いの止まらない私の横でリシャール様がなぜか唖然呆然としています。
「旦那様? どうかしました?」
「……え、いや、うん……」
「旦那様?」
「墓穴掘りまくりの彼女たちのこの後のことを想像したら……さ」
そう言って手で顔半分を覆うリシャール様。
「墓穴? この後?」
「うん……もう後戻り出来なさそうだなって……」
「後戻り?」
そのまま突き進めばいいと思いますけど?
なぜ戻る必要が?
「それと、自分で野菜を育てて並べてうっとりすることが、最近は淑女の嗜みなんだってという報告を受けた陛下を想像したら……さ」
「きっと驚きます。楽しそうですわ!」
「───うん、楽しそう…………って!? フルール……」
「どうかしました、旦那様?」
なぜかリシャール様が驚いた表情で私を見る。
「いや……」
「ふふふふふ」
「楽しそう……フルールってそういう所は義母上に似てるんだよなぁ……」
(ウズウズしますわ~)
もう私の頭の中は家の畑に次は何を植えようかしら? ということでいっぱいだった。
そうしたら、淑女の嗜み───野菜や果物の育て方についてたくさんたくさん語りたくなった。
❇❇❇❇❇
「───なに? レアンドルが令嬢たちに囲まれている?」
「はい。最近のレアンドル様の体力作りの日課、“王宮お散歩”を本日も実施していたところ、肉食系令嬢たちに見つかってしまい……」
「しかも肉食系か……!」
その報告を受けた私はズキズキする頭を押さえた。
あれは辛い。
かつて第二王子という身分だけで肉食系令嬢たちに囲まれ、窒息しそうになったことは今でも忘れていない……
(レアンドル……!)
色々……そう、本当に色々あって国王に即位し、だいぶ元気になった息子と死んだはずが生きてくれていた息子を世間に公表した。
最初は、ナタナエルの存在の方に世間は注目したが、それが落ち着くと人々の関心が今度はレアンドルへ──……
「連日、レアンドルとの縁談を望む手紙が止まらない」
「左様ですか。やはり大変ですね、陛下……」
そんな簡単な言葉で片付けられる話じゃないぞ? と側近を睨む。
「それも、明らかに野心溢れる家からばかりだ」
「レアンドル様は今一番の狙い目ですからね……」
私は深いため息を吐く。
側近の言う通りだ。
ナタナエルは、こうなることを予想していたのか早々にパンスロン伯爵令嬢と婚約していることを世間に明かした。
それでも、自分を見て……と食いつこうとする令嬢たちは一定数いたが、ナタナエルはそんな彼女たちを目線だけで瞬殺していた。
(怖い……我が息子のはずなのに怖い……)
そのため、令嬢たちの狙いはレアンドル一本に絞られた。
「せめて、レアンドル様に婚約者がおられたら違っていたでしょうに」
「無理だろう! あのマイペースな性格についていける令嬢がいると思うか!?」
私はバンッと机を叩く。
側近は苦笑いする。
「……こんなことなら、レアンドルの婚約者問題は先送りすべきではなかったかもしれないな」
レアンドルに婚約者がいないのは、もちろん病弱だったことが一番の理由だ。
が、何よりあのフワフワフワフワした親でも掴めない性格……
どんな縁談を組めば上手くいくというのか!
(それに───気のせいだろうか?)
モンタニエ公爵夫人と出会ってからのレアンドル。
元気になっただけじゃない。
あのフワフワした性格にさらに磨きがかかったような気がする……
「しかし、モンタニエ公爵夫人が言うには、レアンドルには意中の相手がいるそうなのだ」
「レアンドル様にですか? それは野菜ではなくて?」
「……」
「はっ! 野菜のフリしてまさか公爵夫人のことを!?」
私はまたまた深いため息を吐く。
どんなに調べても調べても、レアンドルが表に出るまでこれまで関わった女性は家族を除くとモンタニエ公爵夫人のみだ。
では、まさかとは思ったが公爵夫人こそがその相手だったりするのか? と恐ろしいことも考えた。
あの夫妻の間に入り込もうものなら、メリザンドみたいになってしまうから勘弁してくれ! と思った。
…………が!
「いや。レアンドルは、公爵夫人より夫人の野菜を愛しているようにしか思えん」
「………………同感です」
私の言葉に側近も大きく頷く。
なんでレアンドルはあんなに禍々しい形の野菜に目を輝かせているのか……
(うっ……)
かつてブランシュから受けた嫌がらせを思い出しトラウマが甦る。
さすがブランシュの娘……
そんな夫人は早速凄いことを成し遂げていた。
一歩間違えたら、戦争になり兼ねない国に元気よく訪問して、そのまま一国をお土産にしてくる夫人はもう規格外!
国をお土産ですわ、といい切るあの強さ!
あれから、より詳しく確認したところ銅像以外も破壊していた。
中でもブランシュを模したというガラス細工。
酔っ払って粉々にしたと言うが───
(隣国のガラス細工は最高級品だぞ!?)
あの技術は、我が国も含めて他国が喉から手が出る程、欲しかったもの。
(全く、あの夫人は──)
なんて考えていたその時、別の側近が部屋に飛び込んで来る。
「───失礼します、陛下! 令嬢たちに囲まれたレアンドル様なのですが……!」
「っ! ど、どうした!?」
私はガタッと椅子を蹴って立ち上がる。
「まさか、圧に押されて倒れた……? いや、それとも肉食系令嬢の誰かに襲われ……」
「いえ、モンタニエ公爵夫妻がその場に現れたので襲われてはおりません!」
「……ん?」
今、聞き捨てならない名前がが聞こえたぞ?
「……もう一度」
「ですから、モンタニエ公爵夫妻が……」
「で……」
「で?」
私は慌てて口を押さえる。
思わず、“出たーー”と叫びそうになった。
(落ち着け……落ち着くんだ……)
モンタニエ公爵夫妻が現れ、レアンドルが肉食系令嬢たちに食べられそうになっているところを助けてくれた───そんな素敵な話かもしれないだろう?
それに現れたのは“夫妻”だ。
“夫人のみ”ではない。
(ストッパーの夫……モンタニエ公爵、リシャール殿がいる!)
彼ならきっと夫人が何かしらの暴走を始めても止めてくれるはずだ。
私はそう信じている!
「コホンッ……つ、続きを。レアンドルがどうした?」
私が続きを促すと、側近その2は躊躇いがちに口を開く。
「囲んできた、れ、令嬢たちと野菜談義に花を咲かせまして……」
「……は?」
(レアンドルーーーー!?)
相変わらず息子はブレない。
「ど、どうもその内容がですね…………令嬢たちは野菜並べを趣味としているようで───」
「!?!?!?」
「更に野菜を育てることも“淑女の嗜み”なのだと……」
「しゅっ……!?」
(そんなの聞いたことがないぞーーーー!?)
「待て。モ、モンタニエ公爵夫妻は? 夫妻……いや夫人はそこで何をしている……?」
「……」
「おい! 何を黙っている!?」
なぜか側近その2がそろっと目を逸らす。
やめてくれ、その顔!
もはや、嫌な予感しかしないだろう!?
「それが……い……今、公爵夫人が令嬢たちに向かって……」
「た、たちに? な、何を始めた!?」
ゴクリと唾を飲み込む。
怖い。
聞くのは怖いが聞かなくてはいけない。
「淑女の嗜み! 野菜を育てることなら、私にお任せですわ~と言いだして、野菜作りとは……というレクチャーを嬉々として開始し……」
「野菜作りのレクチャー!? あのギラギラ肉食系令嬢たちにか!?」
「はい……そして、レアンドル様は……」
「……」
ああ、聞かなくても分かる気がする……
ほら、だって側近その1も顔を下に向けて身体をプルプルさせているじゃないか!
「その横で公爵夫人の育てた野菜についてうっとり顔で語り、それを並べるのが如何に楽しいことなのかまでもを延々と語り……」
「────レアンドル! 公爵夫人!!」
混ぜたら危険が完全にどっぷり混ざっているではないか!
「こ、公爵……は?」
「夫人が令嬢たちにレクチャー開始する際に、止めようとはしていたようですが……」
「……押し切られたか」
「おそらく……」
公爵でも止められなかったのなら、もう誰にも止められん……
私にも無理だ。
「はぁ…………それで、令嬢たちは? 生きているのか?」
確か、肉食系令嬢たちの親は最近、様々な事情───主に体調不良を理由に王宮から去っていった者ばかり。
この調子では、親子共々寝込むことになってもおかしくない。
「れ……令嬢たちは、二人の話に全くついていけず一人、また一人とどんどん脱落しております……」
「脱落……」
まあ、そうなるだろう。
だって混ぜたら危険がどっぷり混ざったのだから。
「はい。父親の代わりに後ろから操ろうなどと企んで申し訳ございませんでしたぁ……と、どんどん泣き崩れていました……」
「……」
私は頭を抱えた。
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