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303. 淑女の嗜み!?
しおりを挟む幻の令息の返答に令嬢たちはザワつく。
顔を見合せながらヒソヒソし始めた。
──野菜……?
──野菜ってあの野菜?
──他に野菜を指すものがありまして?
──な、並べる……とは?
普段の過ごし方───野菜並べ。
令嬢たちの中で、この野菜というのが皆の知っている“野菜”のことなのかという疑問が浮かんでいるらしい。
(皆様のよく知る野菜ですわよ~)
──いえ、そんなまさか……これは何かの隠語かもしれません!
──それなら、いったい何を指しているの……?
──そ、れは……
中には深読みしすぎる令嬢まで現れた。
そのせいで、空気がどんどん深刻になっていく。
(野菜並べもそのまま野菜を並べることですわよ~)
ひょっこり顔を出してそう説明したいのを私はグッと我慢する。
なぜなら!
(幻の令息の本命ならきっと、彼の意図を理解しているはずですわ!)
そう信じている私は、令嬢たちの反応を一人一人じっくり観察する。
しかし……
私は眉をひそめた。
「旦那様、おかしいです」
「え? おかしい? レアンドルの普段の過ごし方の回答としては僕の想像通りなんだけど?」
「いいえ! そのことではありませんわ!」
私は勢いよく首を横に振る。
私だって今更、日々彼が野菜を並べて過ごしていることに疑問なんて感じませんわ!
だって、幻の令息は私の育てた野菜の最高のファンであり最高の顧客ですもの!
リシャール様が不思議そうに首を傾げる。
「それなら、何がおかしいの?」
「集まっている令嬢たち、全員が幻の令息の発言に心の底から驚いているのですわ!」
「……それが普通じゃないか?」
「……」
普通ではダメなんですのよ!
本物の真実の愛のお相手なら、趣味を理解しているはずですのに!
(まさか、真実の愛のお相手は野菜並べのことを知らない……?)
そうなると……さすがにこの中から、本命を見つけ出すのはいくら名探偵フルールでも困難ですわ?
私がヤキモキしていると、皆の反応が気になった幻の令息がうーんと首を傾げた。
「あれ……? もしかして皆は野菜並べ……しないの……?」
幻の令息のその疑問を聞いた令嬢たちが、ハッと顔を見合わせる。
「そ、そんなことはありません!」
「実はわたくしたちも趣味は野菜並べなのです! ねえ、皆様!」
「え、ええ! とても楽しいです、わよねーー!?」
なんということでしょう!
全力で令嬢たちは乗っかっていきましたわ!?
ここからでも見ていて分かります。
皆様、顔は強ばっていて汗もダラダラ流していて、野菜並べを生まれてから一度もしたことありません、とお顔に書いてありますわよ?
「……すごいな。初めて聞いた───令嬢たちの趣味が野菜並べって」
「私もですわ」
令嬢たちの勢いにリシャール様が呆気にとられている。
私も完全同意ですわ!
そんな令嬢たちの反応を聞いた幻の令息の目が嬉しそうにパッと輝きを増した。
「え……本当に……!?」
「え、ええ! と、当然です! ねえ、皆様!」
令嬢たちは大きく頷く。
「そうなんだ……? あ、もしかして……! それじゃ……君たちも野菜を育てているのかな……?」
「……は、い?」
「そ、育て、る?」
キラキラの目で満面の笑みを浮かべる幻の令息の質問に令嬢たちは顔を見合わせる。
しかし、すぐに令嬢たちは満面の笑みで声を揃えて言った。
「もちろんです!」
「───当然です、野菜を育てることは、今や淑女の嗜みですから!」
「淑女の……? そうだったんだ……!」
ますます幻の令息の目が嬉しそうに輝いていく。
(まあ!)
そして、私もその令嬢たちの言葉に目を輝かせる。
野菜並べが趣味……はちょっと嘘くさく感じましたけど、野菜を育てる発言は皆様が大きく自信を持って頷かれていましたわ!
(これは……!)
「───旦那様! 今の……今の聞きました? 野菜を育てることがいつの間にか淑女の嗜みになっていましたわ!」
「う、うん……聞いた……彼女たち、どんどん墓穴を掘ってない、かな?」
「私──これまで知りませんでしたわ! はっ! まさか、私がネチネチ国に滞在している短い間にそんなことに?」
「え?」
困惑するリシャール様の横で私はふっふっふと笑う。
(まさか、こんな日が来るなんてーー!)
私は、もう幻の令息の運命の相手を確定させるという目的をすっかり忘れて興奮する。
「思い返せば───令嬢が畑を耕すなんておかしい……と言われたこともありました」
「え? フ、フルール? 急に何の話!?」
どうしましょう。
嬉しくて頬がゆるゆる緩みっぱなしですわ!
「そう。張り切りすぎて腰痛令嬢になった時は、ベルトラン様に不貞も疑われました」
「あ、あったね、そんな話……」
「───それが! それがついに“淑女の嗜み”と言われる日がやって来ましたわ~!」
「フルール、声が大きいよ? って…………あっ、危ないっ!」
興奮しすぎて勢い余った私は自分の足に躓いてバランスを崩してしまう。
リシャール様が手を伸ばしてくれたけれど、少し届かず私は幻の令息と令嬢たちの前に転がり出てしまった。
(失態ですわ~)
「ん……? あ、野菜夫人だ~……!」
私が倒れ込んだドサッという音に振り返った幻の令息。
突然、現れた私の姿を見て声を上げた。
その瞬間、令嬢たちが凄い勢いで顔を見合せヒソヒソ話を始めた。
──モ、モンタニエ公爵夫人……?
──こ、転がって来たわよ!? どこから……
──それより、野菜夫人、ですって!?
──はっ! そういえば、即位を祝うパーティーでもレアンドル様にそう呼ばれて……いたわ?
──何それ? とあの時は思っていた、けど……
令嬢たちと私の目が合ったので、私はにっこり笑う。
とりあえず転んでしまったことは笑って誤魔化すことにしますわ~
にこっ!
──ひっ!
──そういえば、あの時のフルール様……踊っているレアンドル様たちを従えていた、わよね?
──まさか、レアンドル様はもうモンタニエ公爵夫人の……手先に……?
──やめて! 私のお父様は奇妙な花を贈られてきて今も寝込んでいるのよ!
──貴女も? 実は……わたくしは両親揃って伏せっていましてよ!
(……?)
また、私と令嬢たちの目が合った。
なぜかよく目が合いますわ~
不思議に思いながらも、もう一度令嬢たちに向かってにっこり笑う。
にこっ!!
──ひぃぃっ!
──モ、モンタニエ公爵夫人って隣国……潰したそうよ……
──そそ、それ! お、お父様がその話を聞いてから震え上がって部屋から出て来なくなったの!
──うっ……我が家もよ!
(部屋から出て来ない?)
引きこもり化した彼女たちの父親の話をふーんと聞きながら、とりあえず私は幻の令息に挨拶をする。
「こんにちは! 突然失礼しましたわ」
「野菜夫人……! それからモンタニエ公爵も……!」
「レアンドル殿、驚かせてすまない」
リシャール様が軽く頭を下げる。
すると、幻の令息はじっとリシャール様の顔を見つめる。
「レアンドル殿?」
「国宝……相変わらず明かりに困らなそう……いいなぁ~……」
「う、ん?」
幻の令息は国宝リシャール様を見ながらうっとり呟いた。
「あ、そうだ……野菜夫人……! 聞いてくれる……?」
「えっと、どうされましたの?」
どうやら、彼の中では突然私が転びながらこの場に現れたことは気にならないらしい。
彼はとてもはしゃぎながら嬉しそうに言った。
「あのね……? ここにいる令嬢たちは野菜並べが趣味なんだって……!」
(聞きましたわ!)
ひっ!
令嬢たちが小さな悲鳴を上げた。
「それから……野菜夫人みたいに野菜も育てているんだって……!」
(それも、聞きましたわ!)
ひぃっ!
令嬢たちはさらに悲鳴を上げた。
そんな令嬢たちの声も気にならないくらい幻の令息は興奮している様子。
「やっぱり夫人の育てた野菜みたいに独特のフォルムなのかなぁ……?」
そんなうっとり顔の幻の令息に令嬢たちが声をかける。
「あの? レ、レアンドル様? 野菜夫人ってなんのことですか?」
「え……?」
「こ、こちらの方は……モンタニエ公爵夫人だとお見受けいたします、が?」
「野菜夫人と言うのは、えっと?」
「……」
令嬢たちからのそんな質問に幻の令息は少し沈黙してから笑う。
「野菜夫人は野菜夫人だよ~……あ、でも最初は人参だったんだ~……」
「にっ!?」
「人参!?」
「そうだよ~……」
令嬢たちと私の目が再び合います。
そんなにじろじろ熱い視線で見られるとさすがに照れますわ~
にこっ!!!
──ひぇっ!?
──もはや意味不明!
──人参? いっそ人参になればわたくしはレアンドル様の心を掴めるの!?
──落ち着いて! 私たちは人参にも野菜にもなれないわ!
──やはり、これは何かの隠語なのでは……?
(ん~?)
いったい、どうしたというのでしょう?
令嬢たちが、じりじりと私たちから離れて後退りしていきますわ?
「そうそう……それで、父上にこのことを報告しようと思うんだ……!」
少しずつ離れていく令嬢たちを気にもとめずに幻の令息は嬉しそうに語る。
「陛下に報告、ですの?」
何を? と私とリシャール様が顔を見合わせる。
後退りする令嬢たちも、えっ? と顔を見合せた。
「うん……! 野菜並べも野菜を育てるのも今は淑女の嗜みなんだって……!」
「まあ!」
「父上は毎回、野菜夫人からの野菜が届くと涙目になっているから……淑女の嗜みを知らないと思うんだ……」
「確かに知らないかもしれません」
淑女の嗜み……私も知りませんでしたから。
「そうだよね……?」
「それにしても涙目! ふふ、いつもそんなに喜んで貰えて嬉しいですわ~」
「母上も嬉しそうだよ~……」
私たちが笑い合っていると、後退りしていた令嬢たちがおそるおそる声をかけてくる。
「レアンドル様……陛下にほ、報告と言うのは、や、野菜のことを?」
「そ、育てて、な、並べるのが淑女の嗜み、だと?」
「うん……! そうだよ~……!」
「……っっっっ!」
息を呑んで顔を見合せる令嬢たちに向かって幻の令息はにこにこと笑いながら首を捻る。
「あれ……? どうかした……? だって嘘じゃない、んだよね……?」
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