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302. (勘違いから始まる)次のターゲット
しおりを挟む私がネチネチ国をお土産にして帰国してから半月後。
リシャール様と共に王宮の廊下を歩きながらふと思ったことを口にする。
「旦那様……いつの間にかリストに記載された方々がほとんど残っていませんわ」
「リスト?」
「お掃除リストですわ」
首を捻ったリシャール様に向かって私はグイッと手に持っていたリストを見せる。
パチパチ瞬きを数回したリシャール様はそれを見て、あっ! と息を呑む。
思い出して頂けたようですわ!
「帰国したばかりの時は、まだ王宮で見かけていましたのよ」
「それが、今は?」
「全然……」
中でも執務室で偉そうにふんぞり返って命令だけをしていたような人たちが姿を消していた。
「これから、大掃除の仕上げをするつもりでしたのに」
「……」
リシャール様がじっと私の顔を見つめる。
「旦那様?」
「……やっぱりフルールが隣国を潰し……コホンッ、お土産にして持ち帰ってきたからかな」
その言葉の意味がよく分からずに眉をひそめる。
「どういう意味です?」
リシャール様はうん、と頷きながら説明してくれた。
「リストに残っていた人たちは、きっとまだどこかでフルールのことを舐めていたと思うんだ」
「舐め……」
(なんだか、甘いお菓子が食べたくなってきましたわ~)
「フルールが陛下の次の王位継承者……次期女王候補だと正式に発表されているのに、見下す人はとことん見下していただろう?」
「まあ! あれらは心配ではなく見下しでしたの……?」
知りませんでしたわ!
「でも、それが今回フルールが隣国を持ち帰ったという話を聞いて、さすがに舐めすぎていたとようやく実感したんじゃないかな?」
「舐めすぎ……」
(食べ過ぎは禁物ですわ~)
「それで、彼らもようやく理解した」
「理解?」
私が聞き返すと、リシャール様は優しく笑う。
「即位の儀の前に突然、体調不良を訴えて姿を消した人たち───パーティーでフルールに絡んだ隣国の王太子──……次は自分だ! ってさ」
「あらあら皆さま、せっかちですわね? そんなに慌てなくてもちゃんと私は順番にご挨拶するつもりでしたのに」
「フルール……」
なぜかリシャール様が苦笑する。
そして、しみじみと呟いた。
「僕の可愛い奥さんは、本当に“最強を通り越した何か”になったんだなぁ」
「いいえ、まだまだですわよ?」
私が笑顔で首を横に振ると、リシャール様はキョロキョロと辺りを見回して人気がないこと確認すると、素早くチュッと私の額にキスをした。
「だ、旦那様!?」
「はは、ごめん。大丈夫、人はいないのは確認したから」
「そ、そそそ、そういうことではありませんわ!」
ここは王宮の廊下ど真ん中ですわよ!?
いくら国宝だからって自由すぎますわ!
ははは、と声を立てて笑うリシャール様はそっと私の手を取ってギュッと握る。
「フルールはこれからもそうやってどんどん思うがままに突き進んで(悪人を排除して)いくんだろうなぁ……」
「突き進む? もちろんですわ!」
私は満面の笑顔で手を握り返してそう答えた。
────
(───ん? あれは)
それから、歩き続けていると、さらに進んだ先に見覚えのある人の姿を見かけた。
私はリシャール様に声をかける。
「旦那様、旦那様!」
「うん?」
「あの進んだ先に、幻の令息がいらっしゃいますわ」
「え? レアンドル殿?」
リシャール様が私の指さした方向に顔を向ける。
「……」
「ほら、あの後ろ姿は間違いなく幻の令息ですわ!!」
「……」
「この間も踊っていましたし、王宮内もあのように出歩けるくらい、かなりお元気になられたようですわね!」
「……」
なぜかリシャール様がずっと無言。
「旦那様? どうかしましたの?」
リシャール様が私の声にハッとする。
そして、じーっと私の顔、いえ、私の目を見つめてきた。
(なんですの? ドキドキしますわ!)
我が国の国宝は、時々かなり無防備ですのよ。
「……いや、うん。知っていたし、分かってはいたんだけど」
「何をです?」
「フルールの目だよ」
「目?」
私が聞き返すと、リシャール様は指で小さな丸を作った。
「この距離からだと僕には、これくらいの豆粒にしか見えないんだけど」
「豆粒……小さいですわね?」
「この位置からあそこにいる彼……しかも後ろ姿なのに“レアンドル殿”だと判別出来るフルールの目って凄いよね」
「私の目……」
そう言われて考える。
それでふと思い出した。
「そういえば昔、お母様に目をよく鍛えなさいと言われたことを思い出しましたわ」
「目を?」
「お父様みたいな素敵な男性を捕まえるため───とお母様は言っていましたわ」
「ん?」
「恋愛は弱肉強食。ただ黙っていてもいい男は手に入らない! 他の女を蹴落としてでも自分で掴み取りにいくものよ! と」
私はリシャール様と手を繋いでいない反対側の手の拳をグッと握りしめる。
「目を鍛えることを疎かにして流された結果がベルトラン様でしたわ!」
「いや、あのさフルール、そっちの目じゃなくて……」
「ですが、私はリシャール様を拾いましたわ!!」
「だからね? 僕が言っているのは視力とかの──……」
お母様の教えに無駄なことはありませんわ! と興奮しているうちに私たちは幻の令息にどんどん近付いていく。
それなりに近付いた所で幻の令息が一人ではなく、令嬢に囲まれていることに気付いた。
「あら? 令嬢に囲まれていますわ」
「みたいだね?」
「もしかして! お散歩中に具合が悪くなってしまって介抱されているのでしょうか?」
「いや……あの雰囲気は違うと思う」
私がそんな心配をするとリシャール様が首を横に振った。
それで私もまじまじと見つめる。
幻の令息の顔は見えませんが、周囲の令嬢たちが頬を赤らめてはしゃいでいる様子が伝わって来ます。
(───こ、これは!)
「旦那様!」
「……そうだろうね、さすがのフルールも気付いた?」
「はい!」
幻の令息は、元気になって来たからとうとう真実の愛の相手に会うことを決意したに違いありません。
───そして、あの中にそのお相手がいる可能性が高いですわ!
本命は一人!
他の令嬢たちは二人の愛の見守り隊!
「レアンドル殿は婚約者がいないから、狙われ始めちゃったんだろうな」
ついに……ついに本物の真実の愛が見られるかもしれませんわ!!
私は大興奮し過ぎてリシャール様の言葉を右から左へ受け流す。
「レアンドル殿、体調悪化しないといいんだけど……」
「旦那様、私たちもそっと影から見守りましょう!」
本物の真実の愛の邪魔をするわけにはいきません!
陛下は、その相手が野菜かもしれないなどと心配していましたが、やはりあれは勘違い!
(名探偵フルールの推理に間違いなどありませんわーー!)
「え? 助けないの!? 令嬢たちが肉食集団になった時のパワーって結構すごいんだよ?」
「大丈夫ですわ! 本物の真実の愛のパワーにはなにごとも敵いません!」
「ん? ……何の話?」
「もちろん真実の愛の話ですわ。さあ、こっちです、旦那様!」
私はそう言ってグイグイッと柱の影にリシャール様を引っ張る。
「真実の愛? ちょっ……フルール……僕の話を聞……」
「しっ! 静かに旦那様!」
私は指で旦那様の口を塞ぐ。
(今は、皆様に気付かれてはいけません!)
この位置からなら令嬢たちの顔がよく見えます。
なので、私は柱の影からこっそりあの令嬢たちがどこの誰なのか記憶と照らし合わせていく。
(あら……令嬢たちはお掃除リストに名のあった貴族の娘さんたちばかりですわね……?)
「──旦那様……お掃除リストに載っていた伯爵令嬢から侯爵令嬢などの身分が高めな令嬢が多いです」
「うん、そうみたいだね……これは」
リシャール様も神妙な顔で頷く。
……そんな顔になるのも分かりますわ!
だって、今ここにいる令嬢たちが、お掃除リストに名前が載っていた家の令嬢ということは、幻の令息を後ろから操ろうとしている人が父親ということ……
(つまり、この中にいるはずの幻の令息の本命の父親も……)
「なんてこと。これは、非常にまずいですわ!」
「うん、よくないね…………おそらく娘を利用して行く方向に変えて、娘たちもその気に……」
「……利用!」
二人の燃え上がる恋心が悪い父親に利用されてしまう!?
(……本物の真実の愛が茨の道に!)
せっかく巡り会える時が来たかもしれませんのに……
なるほど、こうして次から次へと試練を与えていこう……というわけですわね!?
本物の真実の愛を貫くというのはかなり大変そうですわ。
(とりあえず、まずはあの令嬢たちの中から幻の令息の本命を見つけなくては────)
きっと幻の令息と令嬢たちとの会話からお相手は自ずと分かるはずですわ!
そう! 本命とはいつもと違う特別な会話が繰り広げられるはず。
(さあ! 令嬢たちの見極めチェックの開始ですわ~!)
そう決めて私は幻の令息と令嬢たちの会話に耳を澄ませた。
「───レアンドル様って普段は何をされているんですかぁ~?」
「ん~普段……? ……野菜並べ……?」
(あら?)
しかし……私の期待を裏切って、幻の令息からは至って普通の全く特別感のない、いつも通りの返答が聞こえてきた。
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