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300. お土産ですわ! ②

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「おみや……」

 陛下がよろめいて苦しそうに頭を押さえます。
 その様子を見て私はハッとした。

(────胃薬より、必要なのは頭痛薬でしたわ!)

「くっ……モンタニエ公爵!」
「はい」

 陛下は頭を押さえながらリシャール様の名前を呼びます。
 一に確認、二に確認……ですわね?   大切なことですわ。
 私はウンウンと頷く。

「───陛下。こちらを」
  
 名前を呼ばれたリシャール様が、懐から手紙を取り出して陛下に差し出す。

「なんだ……手紙か?」
「あちらの国の王妃殿下からの手紙です」
「な……に?」

 陛下の眉がピクッと動きます。

「私信です。直接預かりました。おそらく、その書状に書かれていることも含めての説明ではないかと思っていますが……」

 リシャール様の言葉に陛下は手紙を受け取り深いため息を吐いた。
 そして、もう一度私の顔をじっとみる。

「……公爵夫人。君は最初から“そのつもり”であちらの国に乗り込……向かったのか?」
「はい?」 
  
 私は首を傾げる。
 そのつもりとは、どのつもりのことかしら?
 ま、いっか。と思い口を開く。

「えっと……よく分かりませんが、あちらの王太子殿下……いえ。元王太子殿下が私に“王族クラッシャー”を望んでいるようでしたので訪問を決めましたわ!」

 私が笑顔でそう答えると、陛下を始めとした皆が一斉に元気に吹き出した。

「フフフフフフフフルール!!」

 私の肩を掴んだお兄様が再び私をガクガク前後に揺さぶります。
 また、目が回りますわ~
 楽しいですわ~

「それでお前は……お前は本当に……くっ」
「お兄様……?」
「いや、そうだよな……だってフルールだからな。うん。有言実行……するよな」

 よく分からないけれどお兄様はブツブツ呟いて一人で納得してくれています。
 おかげで、王族クラッシャーが未だによく分かっていないとは言い出しにくくなりましたわ。

「───こ、公爵夫人!  今、わ、私を潰したら君の即位が早まるだけだぞ!」
「はい?」

 陛下がまた頬をピクピクさせながら、そんなことを言い出した。
 突然なんですの?

「り、隣国との戦争問題は別の問題へとすり変わったようだが、国内はまだ意見が分かれていて纏めるのは大変だぞ!」
「は、はあ……」
「おかげで胃薬は常備薬だ!」
「まあ!」

 どうやら、胃薬は常備されていたようで安心した。
 良かったですわ~
 そんなことを思いながら、にこにこしていたけれど、陛下の顔色は青いままだった。


───


 青い顔をした陛下が、とりあえず部屋に行こうと言ったので私たちは場所を移動することにした。
 移動する最中、リシャール様にコソッと声をかけられた。

「フルール、ご機嫌だね?」
「え?」
「さっきからずっとニコニコしている。帰って来てすぐに家族と会えたからかな?」
「……」

 私が黙り込むと、リシャール様はニッと笑った。

「ははは、フルールが照れている──可愛い」
「っっ!!  も、もう!」
「そういう家族のことが大好きなフルールが、僕も好きだよ?」
「!」

 何でもお見通しで破壊力満点の国宝の笑顔に胸がドキドキさせられた。



 そうして部屋に到着し入ろうとすると、中から人の気配がした。
 先客?  と思いながら開けられた扉の隙間から素早く中を覗き込む。
 そして私は部屋の中にいた人物を見て息を呑んだ。

(───アニエス様がいますわ~!?)

 大親友の発見に私はなりふり構わず飛び出した。

「アニエス様~~!!」
「ひっ!?」

 突然、飛び出して来た私の姿にアニエス様が目を丸くする。

「ただいまですわ~」
「ちょっ!?  フルール様!!  なんで抱きつくの!?」

 私は大親友に飛びついて抱きしめます。

「もちろん、会えて嬉しいからですわ!」
「はっ!?  ちょっと……く、苦し……」
「アニエス様まで私を出迎えに来てくれましたの!?」
「……な、な、何を言っているのよ!  そんなわけないでしょう!」

 アニエス様は真っ赤な顔になって声を荒げます。
 そして、プイッと私から顔を逸らしました。

「アニエスはね、夫人の帰国が延びたと聞いてから心配で心配で、何かと理由をつけては俺を連れて王宮に顔を出していたんだよ~」
「なっ────ナタナエル!!」

 そこにやって来たのはナタナエル様。
 にこにこしながら大親友の行動を説明してくれましたわ。

「あなたね!?  何を勝手にペラペラと!」
「え~?  でもアニエスがここ数日、ソワソワしていたのは事実でしょ?」
「っっっっ!」

 ナタナエル様からの指摘でアニエス様の顔がもっと真っ赤になります。

「レアンドルの様子伺いを理由にしてさ───」
「なっ……なっ……ナタナエル!!」
「ん~……?  今、呼んだ~……?」

 アニエス様がナタナエル様の名前を叫んだと同時に、部屋の隅で踊っていた幻の令息がひょこっとこちらに顔を出した。
 私と幻の令息の目が合う。

「あ、野菜夫人、おかえり~……」
「ただいま戻りましたわ」
「隣国は美味しかった……?」
「はい!  とっても美味しかったですわ!」

 幻の令息の質問に私は笑顔で頷いて答える。

「……ひっ!  主語!  二人とも主語を抜かさないで頂戴!」
「アニエス様?」

 すると、なぜか私の腕の中にいるアニエス様が暴れだした。
 ご飯はとっても美味しかったですわよ?

「美味しかった……が、違う意味に聞こえてくるでしょうーー!?」
「違う意味、ですの?」
「そうよ!  だって今、わたしたちはその話をしていたんですもの!」
「その話?」
「だーかーらー……」

 私が聞き返すとアニエス様は、ますます元気いっぱいに叫んだ。

フルール様あなたが、隣国を潰したって話よーーーー!」

 その言葉に私は、ああ!  そのことですわね?  と理解した。
 そしてにこっと笑って答えた。

「お土産ですわ!」


──


「あー…………気持ちは分かるが、とりあえず皆それぞれ座ってくれ。話はそれからだ……」

 陛下がお腹を擦りながら私たち全員にそう言った。
 皆があまりにも元気いっぱいで収拾がつかなくなったので、落ち着くためにもそれぞれ椅子に座って話をまとめることにした。



「野菜夫人って本当に凄いね……その話を聞いて思わず踊っちゃったよ……!」

 幻の令息がニコニコの笑顔で私に向かってそう言った。
 なるほど。
 部屋を覗き込んだ時に彼が踊っていたのはそういう理由でしたのね?
 元気そうで何よりです。

「つまり、陛下とアニエス様たちはこの部屋で話をしていて……」
「……そこに書状が届いたのよ。それで書かれている内容を知ってビックリしていたらフルール様の到着の報告を受けたのよ……」

 アニエス様が、はぁ……と息を吐きながら教えてくれた。

「内容には目を疑ったよね~?  長年、戦争をチラつかせて来た面倒な国を数日で潰して来ちゃったんだからさ~さすがアニエスの大親友」
「ナタナエル!」

 あはははは!  と笑うナタナエル様。
 彼は元ネチネチ国との国境の辺境伯領の騎士だった方。
 その発言は、これまでネチネチされて頭を悩まされて来たことを物語っています。

「フルール様が出発した時はかなり兵を動かしていた、とも聞いた……わ」
「アニエス様……」
「な、なんですの、その目!  わたしは、し、し、心配なんかしていないわよ!?  ご、誤解しないでくださいませ!?」

 恥ずかしがり屋さんが発動して顔を逸らすアニエス様。
 それで心配してくれていたんですのね?
 私の胸がじんっと熱くなる。

「素直じゃないなぁ、アニエス」
「ナタナエル!  違うと何度も言ったでしょう!  変なこと言わないで!」

 ケラケラと笑うナタナエル様にアニエス様は真っ赤になって抗議する。
 可愛いですわ~

「……コホッ、それで陛下はその書状を読んでいる最中に僕とフルールの到着を聞いて飛び出して来た、と」

 リシャール様が陛下に訊ねる。 
 訊ねられた陛下は遠い目をして頷く。

「そういうことだ……何故か書状の代表は王妃殿下の名前だし、国王退位については諸事情としか書かれていないし……そして、だ。続いて書かれていた“これ”は何事かと」

 そう言いながら陛下が書状の中のとある一文を指す。

 ───我が国で起きたことの諸々の整理がついたその後は、国は全て貴国に譲渡したい。

「はい。最後のご挨拶で王妃殿下からその話をされましたわ」

 面倒なゴミ処理が終わった後、ゆくゆくは国を譲りたいと考えている、と。
 さすがに今この場で私が返事出来ることではありません、陛下にお話を……とお伝えしたけれど。
 王妃殿下は行動が素早いですわ~

「……公爵夫人。どうしてこうなった?」

 陛下が頭を抱えながら私に訊ねる。
 私はにっこり笑って答えた。

「ですから、国王陛下が足置き台として生きることが決まって、王太子殿下が売られることが決まったからですわ」
「それは……そこまでに何かしらが起きた結果だろう!  私が知りたいのはそこに至った話だ!」

 クワッと大きく目を見開いた陛下が元気いっぱいに叫んだ。

「いったい何をどう行動したならお見送り訪問が───帰国する際に訪問先の国を持ち帰ってくるなんて話にまで発展する!?」
「ですから、お土産ですわ!」
  
 私はもう一度にっこり笑って答える。

「────国が“お土産”なんて話はこれまで一度も聞いたことがない!!」

 陛下は頭を抱えて元気いっぱいに叫んだ。
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