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298. 微笑みの悪魔

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「王妃殿下、最後にわざわざ……どうされたんでしょうね?」
「うーん……」

 そんな会話をしながらリシャール様と共に王妃殿下の元に向かう。
 しかし、案内されたのは、王妃の部屋ではなくこの間の謁見の間だった。

「あら?  場所はこちらですの?」
「はい」

 使用人に訊ねると、間違いでもなんでもないとしっかり返された。
 不思議に思いつつ、リシャール様と中に入る。


「───モンタニエ公爵。そして、公爵夫人、慌ただしい時に呼び出してごめんなさいね」
「いえ……」

(まあ!)

 私たちを出迎えてくれた王妃殿下。
 そして何故かズラリと並んだ大臣や官僚たち。

(皆様、勢揃いですわ~)

 にこにこ顔でご機嫌な様子の王妃殿下とは対照的に、大臣や官僚たちの顔色は様々で面白いですわ~
 どうやら、青と白が多いようです。

「───王妃殿下、失礼ながら最後に話と言うのは…………えっ!?」

(ん?)

 呼び出した目的を王妃殿下に訊ねるリシャール様が途中で驚きの声を上げた。
 その目線が王妃殿下の足元に注がれている。
 どうしたのかしらと不思議に思い、私も顔を上げてリシャール様が見ている王妃殿下の足元に視線を向ける。

(まぁぁ!?)

 私は“そこにあるもの”を見て目をまん丸にして驚いた。
 そんな私たちの視線の方向に気付いた王妃殿下が高らかに笑う。

「オーホッホッホ!  これはわたくしの新しい“足置き台”でしてよ!」
「あ、足置き台……」

 私の横でリシャール様が小さく復唱する。

「高さも合ってないし、全体的な使い心地は最悪だけれど、まあ……無いよりはいいでしょう?」
「……そ、そうです、ね」

 リシャール様が美しいお顔の頬をピクピクさせながら頷いた。
 その横で私も王妃殿下の“足置き台”にもう一度目を向ける。

(驚きましたわ~)

 ───知りませんでしたわ。
 人間ってこんな使い方も出来るんですのね!?
 私はじっとそれ──王妃殿下の足置き台を見つめる。

(プルプルしてますわ~)

 そう。
 高笑いする王妃殿下の足元で、足置き台としてプルプルしているのは、ネチネチ国王だったその人。
 四つん這いになり、肘をついて地面スレスレの高さで王妃殿下に踏まれながらプルプルしています。

(ネチネチからプルプルですわ~)

「……は、初めて見る、とても斬新なデザインですね?」
「ホホホ、そうでしょう、そうでしょう?」

 なんと!
 最初は動揺していたものの、早くも順応性を見せた私のリシャール様!
 さすがですわ~!
 完璧すぎる夫に私は隣で大きく感動する。

足置き台これ……もう、用済みになったから廃棄処分にするところだったのだけど──」
「っっ!!」

 王妃殿下が“廃棄処分”と発した瞬間、足置き台がグラッとしましたわ?
 根性の無さそうな足置き台ですわね。

「なかなか踏み心地“だけ”は良さそうだったので、しばらく使ってみることにしたのよ」
「……なるほど、そうなんですね」

 ハハハと笑顔で答えるリシャール様。

「まあ、少しの間、使ってみて今後、用無しになったら今度こそ処分するだけよ?」
「っっ!!」
「処分なんていつでも出来るものね」

 満面の笑顔の王妃殿下の足元で、またしてもグラッとする足置き台。
 あるのは粘着力だけ。
 確かに使い心地は最悪かもしれませんわね。

「それに、もたくさんあるもの…………ねぇ、ホーホホホホ!」

 王妃殿下は集まっている大臣や官僚たちにチラッと視線を向けながら高笑いした。
 彼らがビクッと震え上がる。

「旦那様!  王妃殿下は一生、足置きに困らなそうですわ!」
「そう、だね……うん」

 私は目をキラキラと輝かせてそう口にする。
 だけど、その中であれ?  と思った。

(ネチネチ王子がいませんわ?)

「そうそう。それから私の息子だったアレなのだけど」

 まるで私の疑問を感じとったかのように王妃殿下が口を開く。

「……また、寝込んでいますの?」
「寝込む?  ホホホ、違うわ」

 軟弱なネチネチ王子なのでまた、スヤスヤ眠っているのかもと思ったけれど王妃殿下が否定する。
 もしかして意外と強かったのかしら?

「まあ、確かに寝込んではいたけれど──……」

 と思いましたが、やっぱり軟弱でしたわ~

「でも、息子アレはもう、王族ではないでしょう?」

 王妃殿下はふぅ、と息を吐く。

「王族ではない者を王宮に住まわせるわけにはいかないから、売ることにしたの」
「う?」
「売る?」

 私たちが同時に声を上げると、ふふっと王妃殿下は笑った。

「王族の特権もないし、身分も何も無い男だけど、まあ、若さとそこそこの顔と粘着力はあるから、それでも欲しいという貴族に売ろうかしらと思って」
「まあ!」

 アピールポイントは粘着力!
 粘着力はばっちり父親から受け継いでいましたものね!

「今は募集をかけているところよ」
「ふふふ、それはどんな人生になるか、ハラハラドキドキですわね!」
「そうね、処刑待ちの囚人のような顔でぼんやりしているわ」

 私がにこにこ笑顔で答えたら王妃殿下も嬉しそうだった。

「あとはここに集まった黒いのか白いのか分からない大臣や官僚たちを、この証拠と共にふるいにかけて───」

 そこで私はあっと思い出す。

「そうですわ、王妃殿下!」
「なにかしら?」
「ネチ…………元陛下の浮気が発覚した際、あちらにいらっしゃる皆様の反応が様々でしたの」
「え?」

 不思議そうに首を傾げる王妃殿下。
 ザワつく大臣や官僚たち。

「浮気を知っていた方ならだいたい不正にも関わっていると思いますわ」
「まあ、そうでしょうね」

 知っていて隠すのも同罪でしてよ!

「私、その時の皆様の反応をしっかり目に焼き付けたので仕分けしておきますわね?」
「え?  夫人?」

 驚く王妃殿下に私はニンマリ笑う。

「あの時、浮気を知っていたという反応をしておきながら、リストに載っていない方がいるかもしれませんもの」
「あ……」
「ですから、ぜひ参考にして下さいませ!」

 ネチネチ国王の浮気を知っていたのに不正リストに載っていなければ、あとでゆっくり尋問することをオススメしますわ~
 そんなことを考えながら、青白い顔の大臣や官僚たちの元に向かう。
 私と皆様の目が合ったので、にこっと微笑む。

「ひっ……にっこにこの笑顔……」
「……か、可愛いのに……こ、怖い……」
「ほ、微笑みの悪魔!!」
「俺は何も知らんぞ!」
「私もだ……!」

 ザワザワと皆様、元気いっぱい騒ぎ始めましたわ。

「───ま、待って?  公爵夫人……顔、分かるの?」

 王妃殿下に呼び止められて私は振り向く。

「お名前まではさっぱりですが、顔は覚えていますので大丈夫ですわ!」
「覚えて……いる?」
「ええ!  バッチリですわ!  おまかせください!!」

 私はどーんと胸を張った。

「王妃殿下。こういう時のフルールの記憶力と嗅覚力は抜群なので」
「公爵……?」
「僕が保証します」 

(リシャール様……!)

 リシャール様が半信半疑の王妃殿下を説得してくれる。
 でも、こういう時ってどういう意味かしら。

「わ、分かったわ。ではお願いするわね?」
「承知しました!」

 これが助手・フルールの最後のお仕事ですわ~

(───まずは、豪邸の男からですわね!)

 この人は問答無用で黒い方ですわ。
 私は笑顔で案内する。

「こちらへどうぞ~」
「ひぃぃ!?」

 次は宝石の男。
 この人も言うまでもなく……黒い方ですわね。

「あなたもこちらですわ~」
「うぅ……」

 次は、まつ毛パサパサ男!
 この方は、終始きょとんとしていましたわ~

「あなたはこちらですわ」
「え!?  あ、はい……」

 その次は、ちょび髭男。ずっしりした大男ですわ。
 この方は大きな身体を縮こませてずっと分かりやすくプルプルしてましたわね。

「あちらへどうぞ~」
「ひっ!?  なっ……」
「さっさと並んでくださいませ。後がつっかえて困りますの───えいっ!」
「う、うわぁあぁ!?」

 豪邸の男がいる側が黒だと分かっているからか、そちら側へ誘導しようとしたら抵抗された。
 仕方がないので私は力技で列に押し込む。
 ちょび髭男はゴテンッとその場に転がった。
 その瞬間、室内がざわめいた。

「さあ!  どんどんいきますわよ~」

 私は満面の笑みで残りの人たちに声をかける。
 こうして、大臣や官僚たちにとっての恐怖の仕分け作業が開始された。



「ざっと、こんな感じですわ~!」

 仕分け作業を終えた私はえっへんと胸を張る。
 黒い側に並んだ方からは、呻き声が聞こえるけど無視ですわ。

「ほ、本当に仕分けちゃった……黒だらけ……」
「あとは白も黒もどちらもリストと合わせながら、尋問するといいかと思います」
「……そうね。参考にさせてもらうわ」

 王妃殿下は深く頷いた。
 これで一件落着───という所でリシャール様が声をかけた。

「それで、王妃殿下。慌てて僕たちを呼び出したのはなんの御用でしょう?」
「え?」
「その足置き台を見せるため……ではありませんよね?」

 足置き台はプルプルしながら今も王妃殿下の足元でお仕事を頑張っている。

「……そうだったわ。ついつい仕分け作業に夢中になって忘れるところだったわ」

 コホンッと軽く咳払いをした王妃殿下。
 そして、姿勢を正したかと思うと、椅子から立ち上がり私たちの元へと近付く。
 そして静かに頭を下げた。

「公爵、公爵夫人───わたくしにあの人を踏み潰す力をくれて本当にありがとうございました」
「あの?  王妃殿下、お礼ならもう……」
「それから。最後に一つお願いがあります。これをバルバストルの国王陛下に渡してください」

 そう言って王妃殿下は私たちに一通の手紙を差し出した。

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