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293. 救世主・フルール
しおりを挟む「ああ……妃殿下! お待ちくださいとお止めしたのに……」
「うるさいわよ! ────わたくしは王妃よ!」
「うっ!」
堂々と登場した王妃殿下は、振り返って後から追いかけて来た使用人を睨みつけて怒鳴り黙らせる。
その迫力に使用人はすごすごと引き下がっていく。
(さすがですわ!)
“わたくしは王妃よ!”
このたった一言で追い払う姿。
やはり、かっこいいですわ~
「は……母上……?」
「お、王妃? なぜ、そなたがここに……」
身を寄せ合って寒さを凌いでいる似た者ネッチリ親子が王妃殿下の登場にびっくりしている。
王妃殿下は夫である国王の言葉に眉根を寄せた。
「なぜ? それは逆にわたくしが聞きたいところです」
「な、に……?」
王妃殿下はフッと笑った。
「───本日、バルバストルの客人と謁見するのにわたくしがこの場に呼ばれなかったのはなぜでしょう?」
「……ぐっ! そ、れは」
「この場には王子はもちろん───家臣もいるのに、ねぇ?」
王妃殿下は室内を見回してそう口にする。
家臣たちはとっで気まずそうにお互い顔を見合わせた。
「わたくし、“王妃”ではなかったのかしら?」
「っ! っぐっ……」
ネチネチ未練タラタラ勘違い国王がたじろいだ。
だからといって王妃殿下はこれくらいでは止まらない。
「彼らはわたくしの息子の身体を心配して、わざわざ我が国まで付き添いを申し出てくれたと聞いたわ?」
「……」
「どうして母親であるわたくしにお礼を言う機会が設けられないのかしら? とっても不思議な話ね?」
「……うっ!」
ぐっと押し黙るネチネチ国王。
その様子をクスッと笑った王妃殿下の視線がネチネチ王子に向かう。
でも、ネチネチ王子はスッと気まずそうに母親から目線を逸らした。
「……旦那様」
「うん?」
私は隣に並ぶリシャール様にコソッと話しかける。
「ここで言葉を返せずに母親の王妃殿下から目を逸らしちゃう辺り、ネチネチ王子の器の小ささが分かりますわ」
「フルール……まさかその丸が……」
私は手で小さな丸を作ってみせた。
そう。ネチネチ王子の器はこれくらいですわ~
「彼らは───すっかり王妃殿下のペースに呑まれています」
「ああ」
「……もう遅い、ですわ」
“お飾り”だと甘く見るからこういうことになるんですのよ。
今、この場の主導権は完全に王妃殿下のものになりましたわ!
「ホーホッホッホッ! ──それにしても……あなたたちいい感じにふにゃふにゃになっているわねぇ?」
王妃殿下がネッチリ国王や王子を見ながら愉快そうに笑う。
とっても聞いていて気持ちのいい高笑いですわ。
「旦那様! ふにゃふにゃですって!」
ふにゃふにゃ……これはとっても、潰しやすそうですわ!
私は興奮してキラキラの目でリシャール様に話しかける。
リシャール様はクスッと笑った。
「そりゃ、フルールが柔らかくしたからね」
「まあ! 私が?」
その言葉に頬が緩んでニンマリ笑う。
「まるで、お料理でいう所の下ごしらえのようですわね───ふっふっふ。助手のお役目、きちんと果たせたかしら?」
「うん、果たしているよ。だって彼らは勝手にフルールに脅え始めた」
「脅え? 私は受けた質問に対して素直に答えただけですわよ?」
「そうなんだけどね」
リシャール様がククッと笑った。
そういう笑い方も美しくて惚れ惚れしてしまいますわ。
私はうっとりその美貌に見惚れた。
「──ふふ、ふふふふ。ホホホホホッ! さて、あなた」
「な、なんだ!」
「は……母上?」
高笑いを終えた王妃殿下がコツコツと靴音を鳴らしながら夫と息子の元に近付きます。
「先日、うっかり破壊されたあなたの銅像があったでしょう?」
「うっかりなどでは……!」
「──うっかり、よ?」
「ぐっ!」
ネチネチ国王の顔が歪んで苦しそうに胸を押さえます。
「父上ーー! しっかりしてください!」
「あんな趣味の悪…………ケホッ、銅像を作る計画を聞いた時からわたくし不思議に思っていたの」
「……な、何をだ!」
「ホーホッホッホッホッ」
王妃殿下は再びのとっても美しい高笑いを終えるとクスッと笑った。
本当にこの高笑いは悪女の参考になりますわ~
「───そんなお金……どこにあるのかしら?ってね」
「「!!」」
寒さのピークを迎えたのか、ビクッと大きく身体を震わせるネッチリ親子。
しかし、どうやら寒いと思っていたのは彼らだけではないらしい。
この場に集まっていた家臣たちも揃って同じような反応をしていた。
「旦那様……」
「フルール。今度はどうしたの?」
「いえ、国が違うだけでこんなにも暑さや寒さの感覚というものが違ってしまうのですね……?」
「……ん?」
リシャール様が首を捻る。
「えっと……それは、どういう意味?」
「だって、この場にいる皆様、とっても寒そうですわ」
私は室内を見渡して言う。
「寒そう?」
「ええ。ほら皆様、あんなに青白い顔でガタガタ震えて……ネチネチ親子もああやって身を寄せ合っていますもの」
「……」
「反対側の隣国に行った時は、そんなこと思わなかったのですけど───不思議ですわ」
リシャール様がクスッと笑う。
「旦那様?」
「なるほど……」
そんなにおかしかったのか、リシャール様はクスクス笑いが止まらない。
「そうだね、ある意味、彼らは寒いと思うよ?」
「ある意味?」
「うん──だってこれから、この場にいる彼らは丸裸にされるわけだし」
「まあ!」
こんな所で丸裸になるんですの!?
私はびっくりした。
「ネッチリ親子も……?」
「もちろん。むしろ、あの二人がメインだよ」
「メイン!!」
リシャール様が、さも当然とばかりに頷く。
(ど、どうしましょう! 私はリシャール様以外になんて興味が無いのに!)
「えっと、フルール? なんでそんな変な顔しているの?」
「わ……私はいつでもどんな時でも旦那様一筋ですわよ!!」
これだけは伝えなくちゃ、と思って私が照れながらそう口にすると、リシャール様が目をパチパチさせた。
そして、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「フルール……! 僕もだよ」
「旦那様!」
そんな私たち夫婦が、こっそり愛を確かめあっている間にも王妃殿下はネッチリ親子に迫る。
「どこかの誰かが二言目には舞姫、舞姫と煩くて作った舞姫のガラス細工もかなりのお値段だったはずなのに……」
「……う」
「ああ! ですがあなたの宝物だったあれも、綺麗に粉々になってしまったのよね?」
「ぐはっ……」
ネチネチ国王がダメージを受けていますわ。
「あのお金もいったい何処から出ていたのかしら~?」
「……!」
「国民は年々、税金だけ厳しくなっていると嘆いていると言うのに~」
「……!!」
「あなたが即位してからの十年でみるみるうちに我が国の財政がどんどん傾いていったのは何故なのかしら~?」
王妃殿下はクスリと笑って家臣たちに目を向ける。
「この苦しい十年で宰相は新しい豪華な邸を建てていたわね。とーっても贅沢な造りの、ね」
「ひ! 妃殿下……そ、れは……」
「そこの大臣は、すっかり宝石店の常連だとか。ふふ、今日も素敵にジャラジャラね」
「なっ……」
どんどん名指しで大臣や官僚の裕福っぷりを指摘していく王妃殿下。
(すごいですわ! 王妃殿下が華麗にどんどん闇を暴いています!)
「───と、まあ。ざっとこんな感じ?」
語り終えた王妃殿下が振り返ると、その背後には干からびて廃人みたいになった家臣の方々が頭を抱えてうずくまっています。
何で知られているんだ! と喚いている方もいますわね。
「あら。何でわたくしに知られているかって? そんなの簡単よ」
「え……?」
「かんた……ん?」
動揺する家臣たちに、王妃殿下が笑みを消してスッと冷たい目を向ける。
「あなたたちがそこの国王と結託して、わたくしを閉じ込めたからに決まっているでしょう?」
「妃殿下……」
「な、にを?」
屍と化した彼らが目を見張る。
「あなたたちが、わたくしに何も知らせようとしないから。だからわたくしは自分で調べることにした。それだけよ? 何かおかしかったかしら?」
なるほど!
あなたは何も知らなくていい、そう言って閉じ込められたことが逆に興味を抱くきっかけになったのですわね!
とっても分かりますわ~
共感した私は力強くウンウンと頷く。
「フルール……すごい共感しているね?」
「ええ! 私もよく血が騒ぎますから王妃殿下の気持ちがとーってもよく分かりますのよ!」
「ははは」
リシャール様が小さく笑う。
「そう! 閉じ込められたといえば、あれは……チビから少し成長した少女フルール十歳! 初めてのお料理───」
「フルールが料理!?」
何故かリシャール様がギョッとした。
「なにか?」
「あ、いや……フルールが料理!? と、驚いてしまって」
「ふふふ、料理は貴族令嬢がすることではありませんものね!」
使用人の仕事ですわ。
でも、好奇心旺盛なお腹を空かせた少女フルールにはそんなこと関係ありませんでしたわ!
「ん…………まぁ、驚いたのはそこじゃないんだけどね」
「はい?」
「また、すごく気になる話を……こんな時に……」
「旦那様?」
リシャール様は笑顔だったけれど何を想像したのか、少し青ざめていた。
そんな話をしている間も王妃殿下の話は止まらない。
「でも、どんなに調べてもそれを裏付ける証拠がなかった───しかし!」
王妃殿下は語気を強めると、ホーホッホッホッと笑う。
「そんなわたくしの元に救世主が現れましたわ!」
「きゅ、救世主だと!?」
「ええ!」
顔をしかめるネチネチ国王に向かって王妃殿下はニタリと笑う。
「こちらにいる、あなたご執心の舞姫の娘である公爵夫人が見つけてくれたのよ!」
「は?」
ますます顔をしかめるネチネチ国王。
「彼女こそ、わたくしの救世主!」
(まあ!)
よく分からないけれど、またかっこいい名前を頂きましたわ!
「な、何が救世主だ!」
「え? だってほら───これを、ね?」
「……ん、んぁあぁぁあ!?」
そう言って王妃様はとってもいい笑顔で、ずっと脇に抱えていた、裏タイトル『舞姫と私』の本をネチネチ国王に見せた。
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