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292. 国王との対面
しおりを挟むネチネチ未練タラタラ勘違い国王が目を覚ましたからといって、一応、病み上がり? な状態の国のトップに私たちがすぐ会うことは出来ない。
(おかげで王妃殿下の下準備が捗りますわ~)
なので、国王との謁見の許可が下りるまで私はせっせと王妃殿下の元に通っていた。
「なるほど……こいつもだったのね」
王妃殿下が『舞姫と私』のページと自ら用意していた資料とを照らし合わせている。
ちなみに気持ち悪いページはざっと目を通したところ、吐き気がしたと言っていましたわ!
二度と読まないことをオススメしますわ。
「───意外な方のお名前が載っているのですか?」
私が訊ねると王妃殿下は頷いた。
「ええ、そうね……この人なんか見た目も中身も実直だけが取り柄だと思っていたのに」
そういう言いながら、王妃殿下はズラリと並んだ名前の一覧から一人を指し示す。
「仕方ありません……人は見た目だけでは分かりませんから」
「……見た目」
そこで、何故か王妃殿下はじっと私の顔を見つめた。
なにか私の顔についているかしら?
「あの?」
「……そうよね、本当にそうよね」
「王妃殿下……?」
「ホワホワした見た目からは全然強そうに見えないのに。その細腕で破壊活動するって何事?」
「えっと、何の話です?」
王妃殿下の口にしていることがよく分かりませんわ。
私は首を傾げた。
「そしてこの鈍感っぷり……! 噂の舞姫と性格は似なかったの……?」
「え? お母様?」
今、お母様───舞姫と聞こえた気がしましたわ?
「わたくしの息子はあんなにも父親に似てしまったというのに!」
(子ども……私はリシャール様そっくりの息子と娘が欲しいですわ!)
そんなまだ見ぬ未来に思いを馳せていたら、はぁぁ、と王妃殿下は頭を抱えて深いため息を吐いていた。
そんな王妃殿下の下準備も整った頃、ようやく私たちにお声がかかった。
「あれ? フルール。悪女の練習はネチネチ国王に会う時のために練習していたんじゃないの?」
「何の話です?」
ついに謁見することになったその日。
支度を終えた私を見てリシャール様が不思議そうに首を捻った。
「違ったの? 僕はてっきり悪女になってネチネチ国王を脅すのかと思っていたよ」
「悪女? 脅す?」
「だって潰すんだろう?」
「ええ、王妃殿下が潰しますけど……」
なるほど、リシャール様は私がネチネチ未練タラタラ勘違い国王を踏み潰すと思っているのね?
「ふふ、私はあくまでも王妃殿下を応援する助手ですわ!」
それに、悪女風はリシャール様の好みだから研究を重ねているだけですもの!
「そうなんだ」
「そうですわ」
「───じゃ、行こうか。まずは挨拶からだ」
「はい!」
私は元気いっぱいに頷いて、ネチネチ未練タラタラ勘違い国王の元に向かった。
────
「……ほう、そなたがあの美しい舞姫の娘、か」
「───フルール・モンタニエと申します」
私がお辞儀をして顔を上げると目の前のネチネチ国王と目が合った。
「ほう……」
何が、ほう……なのかはさっぱり分からないけれど、これだけは言えますわ。
(視線がネッチネチしていますわーー!)
すごいですわ。
お顔もネッチネチ。性格もネッチネチ。発言もネッチネチ。
全てにおいてネチネチ。
やはり、この国をネチネチ国と呼ぶことに間違いなどありませんでしたわ。
───ええ、決して国名や国王の名を覚えていないわけではないのてす!
本当の国名は…………
国王の名は………えっと……
(───もうすぐ、ぺっちゃんこになるのですし……ま、いっか! ですわ)
無理に覚える必要も思い出す必要もありませんわよね!
「……そして、その隣が夫の公爵か」
「リシャール・モンタニエです」
リシャール様も静かに頭を下げる。
「ははは。これはまた……なかなかの美男子だが、私の息子ほどではないようだな!」
ネチネチ国王がねっとりした視線でリシャール様を上から下まで見ると笑い飛ばす。
私は内心で大きなため息を吐く。
(この方も老眼ですわね……)
それもかなりの重症ですわ。
どこをどう見たらネチネチ王子が、リシャール様より上になりますの?
新国王となった元・王弟殿下もそうですけど、皆の視力が心配になります。
「どうだ? 私の息子はどこからどう見てもいい男だろう? のう、夫人?」
「……」
にこっ!
私は笑って誤魔化す。
そんなネチネチ王子は、国王の横で静かに控えている。
目も虚ろであまり顔色は良くなさそう。
それから一度も私と目が合いませんわ!
ちなみに家臣たちは集まっているのに王妃殿下はこの場にいらっしゃいません。
呼ばれていないそうです。
それだけでも“お飾り”扱いしているのが伝わって来ますわ。
「はっはっは! この反応、我が息子のことを気に入ったか!」
「陛下。おそれながら申し上げます。フルールは私の妻です」
リシャール様がキツい目をして国王にはっきりと口にしましたわ。
「ほう……これはこれは夫の前でする話ではなかったな! はっはっはっ!」
「ち、父上……こ、これ以上は──」
ここでようやくネチネチ王子が口を開く。
しかし、国王はその静止を無視して話を続ける。
「やはり舞姫の娘。男性を誘惑し弄ぶのは得意らしい、はっはっは!」
(本当に未練タラタラですわね……)
お母様は一途ですわよ!?
「舞姫もあんな態度だったが、本当は心の底では私のことを憎からず思っていたはずなのだ……しかし、あんな伯爵子息如きに騙されおって……!」
(本当にとんでもない勘違い男ですわね……)
「───さて、この度は不測の事態により顔を合わせるのが遅くなったわけだが──コホンッ」
ふんぞり返ったネチネチ国王は軽く咳払いをしてから続きを口にする。
「私の威信をかけて製作を命じ完成したばかりの即位十周年を祝う銅像があったはずなのだが……」
(粉々ですわ!)
「国一番のガラス職人に作らせた舞姫のガラス細工も割られていると家臣たちが言い出してな……」
(こっちも粉々ですわ!)
「コホン…………それら全てが無惨にも破壊……どうやらそれには舞姫の娘であるそなたが関わっているとの話なのだが。さて、夫人にその自覚はあるか?」
「ありませんわ!!」
私は堂々と胸を張って答えた。
ネチネチ国王はぐっと息を呑むと目をクワッと大きく見開いた。
「自覚がない……だと!?」
「はい!」
ネチネチ国王のネットリした視線が突き刺さる。
とっても気持ち悪いですわ!
「まさか! 罪を認めないというのか!? なぜだ!」
「だって、記憶にございません」
「は!?」
今度は眉間にしわを寄せるネチネチ国王。
でも、すぐにカッとなり声を荒らげる。
「嘘をつくな! ここにいる家臣たちの話によると、国宝だなんだと騒いで蹴り上げて破壊したそうではないかっ!」
「申し訳ございませんが、それも記憶がありません」
「なっ……!」
ネチネチ国王はますます憤慨する。
お顔が真っ赤っ赤になりましたわ~。
「私を誰だと思っておるのだ! 私は国王だぞ!?」
「存じておりますわ」
私は笑顔で頷く。
「ぬ……ならば、目撃者は多数いるのだぞ! それなのに国王である私に嘘をつくのか! それはたとえ舞姫の娘だとしても許さ……」
「どうしてです? 私は嘘など申しておりませんわ?」
「は?」
私のその言葉にネチネチ国王は怪訝そうな表情を浮かべた。
私はふふん、と胸を大きく張る。
「だって───“自覚はあるか?”と訊ねられましたので!」
「は?」
「あの時の私は、何かの手違いでお酒を口にしてしまっておりましたわ」
お酒……という言葉にネチネチ国王がハッとして一瞬、表情を崩した。
「そのせいで記憶がございませんの」
「……な、に?」
私は悲しげな表情を浮かべて目を伏せる。
本当に記憶が無いことが残念でなりません。
「ですから、自覚があるかと問われて“はい”と答える方が虚偽になってしまいますわ」
「う、ぐっ……」
「陛下の前で嘘なんてつけませんもの」
……本当に変な質問ですわ。
私が壊したのか? と聞かれたなら、そのようです……ときちんと答えましたのに。
「はっ! まさか、陛下は虚偽の返答をお望みなのですか?」
「い、いや、それは……」
「ですわよね!」
私はにっこり笑う。
「……っ……ぐっ」
ネチネチ国王は無言で頭を抱えた。
その様子にネチネチ王子や家臣たちが戸惑っている。
そんな中、ネチネチ王子が国王に向かって言った。
「ち、父上ーー! 罪を問い質す時は言葉に気をつけてとあれほど忠告しましたのに!」
「くっ! うるさい! 誰がこんな頓珍漢な返答をされると思うのだ!」
(頓珍漢……?)
私は聞かれたことに素直に答えて事実を言ったまでですのに?
ネッチネチの考えることはよく分かりませんわ。
そんなことを思っていたら、私とネチネチ国王の目が合う。
「はっ……しかも、なんだこの舞姫の娘の顔は! ……きょとんとしているぞ!?」
「それも忠告したでしょう!」
「なに? まさか、これが知らないうちに心をざっくり抉るという時の……顔か?」
「それですよ、父上! ダメだ! もう……」
頭を抱えるネチネチ王子の言葉に国王の方がハッとする。
「ま、まさか……もう遅い?」
「はい父上、きっと遅いです」
「……っ!」
「っっ!」
似た者ネチネチ親子が、そっくりな顔で私を見てくる。
今度は顔色が青いですわ~
(いったいなんの話をしているのかしら?)
とりあえず、銅像やガラス細工の破壊はお酒のせいで不問とする、でいいのかしら?
良かったですわ~
「ありがとうございます!」
私は満面の笑みでお礼を告げる。
すると、二人はますますそっくりな顔で青ざめた。
「ひっ! 父上! 夫人が満面の笑顔でお礼を……」
「な、なにか企んでいる、のか!?」
(二人とも……寒いのかしら?)
私は、真っ青な顔で身を寄せ合ってガタガタ震える似た者親子をそう思いながら眺めていた。
「────オーホッホッホッホ! なんて情けない男たち!」
その時、聞き覚えのある高笑いと共にバーンと勢いよく扉が開いた。
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