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291. 事前準備は万端に
しおりを挟む「───わたくし、そんな分厚い本まで頼んだかしら?」
おつかいを終えて満面の笑みで私は王妃殿下の元に戻った。
王妃殿下はお目当ての本を受け取ってお礼を告げたあと、もう一冊の本に気付いて首を傾げた。
「いいえ! これは私が必要だと判断して一緒に借りて来ましたわ!」
「必要?」
王妃殿下が訝しげな表情を浮かべる。
そして、ハッとなにかに気付いた。
「ま、まさか、それ──……」
その反応を見て私はニヤリと笑う。
さすが、王妃殿下。
私の意図に気が付いたようで──
「──それで、あの人の頭を殴ってしまえばいい……そう言いたいのね!?」
(……ん?)
「そうやってバルバストルの前国王や王子王女は…………なるほど」
(……んん?)
王妃殿下は口元に手を当てて悩ましげな表情を浮かべる。
その目は真剣そのもの。
「やはり、国のトップを潰すとなると時には武力を用いての荒業も必要……と、いうことのようね」
(……あらら?)
「やはり、既に潰したことのある人間の考えることはとても勉強になるわ」
王妃殿下は何かを勘違いしたまま大きく頷いている。
私は小声でコソッと隣のリシャール様に声をかけた。
「旦那様、王妃殿下がこの本でネチネチ未練タラタラ勘違い国王を殴ろうとしていますわ?」
「ははは、発想がフルールと同じだね」
「ふふ、確かにこの厚みや重さはちょうどいい感じなんですのよ」
「いい感じ……?」
リシャール様にそう聞き返された私はニンマリ笑う。
「大きさ、重さ、形状……非力な女性が扱うのにどれを取ってもバランスがいいのです!」
「へ、へぇ……」
何故かリシャール様の顔が引き攣っていますわ?
まあ、本は読むものであって殴るものではありませんものね。
(ですが……)
私はチラッと自分が手に持っている本に視線を落とす。
残念ですが、私は『舞姫と私』を本とは呼びたくありませんわ!
それと、一応私はこれを殴るために持って来たわけではありません。
そのことを説明しようと思って顔を上げる。
「王妃殿下、よろしいでしょうか?」
「え? なにかしら?」
「こちらの本、どうぞ中まで目を通してみてくださいませ」
私がそう口にすると、王妃殿下の表情が明らかに曇った。
「その本、タイトルからして気持ち悪そうよ?」
「同感ですわ!」
表のタイトルを見てそう口にする王妃殿下。
表のタイトルと裏のタイトル、どちらも気持ち悪いですわよ~
「何十年も見てきたあの腹立つ顔を本でも見なくてはいけないの?」
王妃殿下はかなり嫌そうですわ。
愛のない夫婦とはこうなってしまうのですわね?
私はチラッと横のリシャール様に視線を向ける。
(リシャール様の絵姿集があったなら、私は喜んで家宝にしますのに)
ただし、残念ながら美貌溢れるその国宝のお顔を絵で全て表現するのは至難の技ですわ。
どんなに凄腕の絵師を雇っても本物には敵いません。
「不愉快な最初の方のページも途中のページも無視して構いませんわ」
「え?」
「大事なのは後半ですの」
「どういうこと?」
王妃殿下はよく分からない、という顔をした。
私は本を開くとパラパラとページを捲る。
そして、該当のページを掲げて王妃殿下に訊ねる。
「───この非常にナヨナヨした情けない字は国王陛下の直筆の文字で間違いありませんか?」
「え?」
王妃殿下が目を細めてじっと見つめる。
「ええ、そうね。まるであの人そのもののような覇気のないナヨッとしたこの情けない字……」
(すごい言われようですわ~)
「それでいて、どこかネッチリした風味を感じる…………間違いないわ」
(文字までネチネチですわ~)
私は国王の直筆文字を知らない。
おそらく直筆……と予想を立ててはいたけれど当たっていたようですわ!
「……つまり、そこのページからはあの人が直筆で何かを記していた、ということ? 普段はサイン以外は殆ど代筆なのに?」
「その通りですわ!」
私はにっこり笑ってどーんと胸を張る。
「王妃殿下が、誰も読まなそうなクッソつまらない本に大事な(美の秘訣の)資料を隠していたように国王陛下も同じ様なことをしていたのですわ」
「……!」
王妃殿下が目を大きく見開いて息を呑む。
「疚しいものってコソコソ隠すより、意外と堂々とさせていた方がバレませんのよ」
「堂々と……ね」
「こちらの本。今回、堂々と持ち出すことが出来ましたので、国王陛下が寝込んでくれていて助かりましたわ」
きっと普段だったら持ち出されたことはすぐにバレてしまっていたはず。
だから、ちょうど良かった。
「この国の人間ではない私には、ここに記されている名前の方々がそれぞれ何者かは知りません」
「……!」
「ですが、王妃殿下ならお分かりになられますわよね?」
目を瞬かせる王妃殿下はポツリと言った。
「わたくし……探していたものがあるの」
「探していた?」
「……証拠よ。わたくしが調べさせたことを裏付けるための……証拠」
王妃殿下がそっと本を私から受け取りじっくり目を通す。
名探偵フルールの思う通りなら、きっとここに記されているのが“証拠”となり得るはずですわ!
「───ああ! 一致するわ!」
そして何かを確認していた王妃殿下が声を上げた。
ニヤリ。
私は内心でほくそ笑む。
本を傍らに置いた王妃殿下がギュッと私の手を取る。
「───ありがとう! 公爵夫人。わたくしはこれが欲しかったの!」
「お役に立てて光栄ですわ!」
「まさか、あの人まで本を利用していただなんて! 気付くなんてすごいわ!」
ふっふっふ。
当然ですわよ~
だって私は泣く子も黙る名探偵フルールですもの!
「───やれる……これで確実にやれるわ」
王妃殿下の手にグッと力が込められる。
「あの人を蹴落とし……いえ、ペチャンコにしてこの足で踏み潰すことが出来るわ!」
(とっても、痛そうですわ~)
王妃殿下はとても高いヒールの靴を履いているので、踏まれたらとっても痛いと思う。
でも、踏まれても仕方のないことばかりしているので自業自得ですわ。
「オーホッホッホ! わたくしの長年の恨み! 仕返しして差し上げるわ。覚悟なさいーーーー! オーホッホッホッ!」
悪女風美人な王妃殿下の高笑いはとっても美しかった。
────
その後、私とリシャール様は部屋へと戻った。
王妃殿下は『舞姫と私』のあの本をこれから熟読するという。
「フルール? 何をしているの?」
「吊り目の練習ですわ!」
私は鏡の前で悪女風の顔を作ろうと奮闘している。
部屋に戻ってから気付いたのだけど、
王妃殿下は“証拠”を手にしてオーホッホッホとご機嫌に浮かれていたから、私はうっかり美の秘訣を聞きそびれてしまった。
なので、今はとりあえず出来ることからやってみようと決めた。
「吊り目? また新しい何かを始めてるのかな?」
「ええ!」
あなた好みの悪女風の女性を目指しています!
私はせっせと研究に励む。
しかし……なかなか上手くいかない。
(……どうしてこれだけしても私には、迫力が出ませんの?)
王妃殿下みたいな悪女風フルールへの道はまだまだ険しそうだった。
「あれ? フルール。吊り目の研究はもういいの?」
「悪女は一旦、休憩ですわ」
「……悪女?」
私はソファに座って、グビッとお茶を飲む。
リシャール様はクスッと笑ってそんな私の隣に腰を下ろした。
「───ネチネチ国王はこのまま目を覚まさない方が幸せそうだね」
「それだと王妃殿下の恨みがはらせませんわよ?」
積もりに積もって大変なことになっていますのに。
「まあ、それもそうか。しかし、寝込む前に地獄を見たのに、起きてからも更なる地獄……絶望しかないや」
「ネチネチしすぎた結果ですわ」
そこでそういえば……と思い出す。
「ネチネチ王子はどうされているのかしら?」
「え?」
「全然、姿を見かけませんわ? 陛下の代わりにお仕事されているのかしら?」
私がそんな疑問を口にすると、リシャール様は首を横に振った。
「いや、王太子殿下も寝込むほどではないけど、体調不良で休んでいるらしい」
「まあ! また? 弱々ですわね……」
つまり、政務は家臣たち丸投げ!
親子揃ってダメダメですわ!
これはもう跡形もなく王妃殿下に踏み潰されておしまいな気がします。
「フルール……」
「旦那様?」
ダメダメ親子のことを考えていたら、リシャール様がそっと私を抱き寄せる。
「ど! どどどうしましたの!?」
「……」
答えずにクスッと笑うリシャール様。
「王族クラッシャーは健在だな、と思ってね」
「お……」
そういえば!
そもそも私は王族クラッシャーをしにネチネチ国に来たんでしたわ!
どうしましょう!
今からでも間に合う?
それより、王族クラッシャーって何をするの!?
「フルール? 急に挙動不審になったけどどうかした?」
「あ……えっと……」
今さら王族クラッシャーがなんのことか分からない、と聞いてもいいものなのかしら?
「フルール?」
リシャール様が優しい目で私を見つめます。
この目……好き! 胸がキュンッとなりますわ。
そう────私の愛する夫は優しいから、きっと笑わずに教えてくれますわ!
「だ、旦那様……実は!」
「うん?」
「お、王族クラッシャーってなんのことですの!?」
「えっ!?」
恥を忍んで王族クラッシャーについて訊ねたら、何故かリシャール様は驚きの声をあげた後、またいつかの石像みたいに固まってしまった。
「旦那様!?」
リシャール様の動きが止まってしまったのでペタペタと彼の顔や身体に触れてみる。
(カッチカチですわーー!?)
「だーんーなーさーまー!」
どうにかして石化したリシャール様を元に戻そうと奮闘していたら、部屋の外が騒がしくなった。
何かと思って部屋から顔を出して走り回っている人を捕まえて訊ねると……
「陛下……国王陛下が目を覚まされました!」
(まあ! では────)
ここから王妃殿下による、ネチネチ未練タラタラ勘違い国王をぺっちゃんこにする計画の開始ですわ!
この行為こそが“王族クラッシャー”だと微塵も気付いていない私は、ふっふっふ……とほくそ笑んだ。
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