王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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290. 怪しい本

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 ニヤリと笑った私にリシャール様が不思議そうに訊ねる。

「だけどさ、フルール。数ある本の中で何でそれに目を付けたの?」
「え?」
「やっぱり野生の勘?」

 その質問に私はフフッと笑みを深める。

「リシャール様。王妃殿下はなんて言っていたか覚えています?」
「え?」
──と、言いましたわ?」
「う、うん……?」

 私の言葉にリシャール様は首を傾げます。
 私は顔を上げて書棚を見回す。

「どうやら、この辺りはネチネチ国関連──主に王族に関連する本が多く集められています」
「そう、みたいだね?」
「ですが、ここの書架は人気がない……ということは、読まれない本ばかりが集まっている、ということになるのですわ」
「あー……」

 リシャール様は今、明らかに“ここの王族、つまらなそうだもんね”という言葉を飲み込みましたわ!
 同感ですわ~

「───しかし、この本をよーーく見てご覧くださいませ」

 私はこの『舞姫と私』と読めるタイトルの分厚い本を掲げてリシャール様に見せる。

「……あ!  背表紙が……」

 ふふ、リシャール様も気付いたようですわ。

「そうです!  このくたびれ具合……ここにある他の本と比べて明らかに人の手が多く触れられていたことが分かります」

 私の見立てによると年季が入っていますわよ?

「そっか。それでフルールの目に止まったんだ?」
「ええ。それで怪しい匂いがしたので、この本のタイトルを色んなパターンに組み替えて読んで見ましたの…………結果が気持ち悪いこれですわ」

 私がニンマリ笑うと、リシャール様もハハハと笑う。

「フルールの前で“悪いこと”は出来ないね?」
「はい?」
「怪しいと思われたが最後───野生の勘とフルールのこれまで培った知識で全て明るみにされちゃう」

 リシャール様はそっと私の耳元に顔を寄せると、囁いた。

「───やっぱり君は“最強”だよ、フルール」

(まあ!)

 その言葉が嬉しくて頬がニマニマ緩んでしまう。

「ありがとうございます!  ですが終わりはありませんの」
「うん?」
「何度も言っていますように、最強の最強の最強……私は常に上を目指していますから」

 リシャール様がコクリと頷く。

「最強令嬢から最強の公爵夫人───たとえこの先、最強の女王となったとしても……終わりはありませんわ」
「フルール……」

 にこっとリシャール様に微笑んだところで、私はこの『舞姫と私』という気持ち悪いタイトルの本を開く。

「───まあ!  ネチッとした顔の男の人の絵がいっぱい!」
「……国王だね」
「夢うつつで一瞬だけ見た顔ですわ!」
「フルールが破壊した銅像もこんな顔だったよ?」 

 リシャール様がククッと楽しそうに笑いながら教えてくれる。

「なるほど……これは。酔っ払いが破壊したくなる気持ちがよーーく分かりますわ」

 絵なのに滲み出るネチネチ度。
 やはり、粘着力は王太子殿下とは比べ物になりません!
 ネッチネチ!

「寝込むくらいもう見るも無惨な状態となって粉々になっているから大丈夫だよ」
「破壊されて良かったですわ~」

 自分の中に破壊したという自覚が無いせいで、破壊した張本人のはずの私は他人事のように胸を撫で下ろす。
 この本、どうやら元のタイトル通りで、初めの方はネチネチ未練タラタラ勘違い国王の絵姿ばかりだった。

(見飽きましたわ……)

 ネチネチ顔にお腹がいっぱいになった辺りで紙質が変わる。
 私は眉をひそめた。
 ここからは後々、追加しているみたいね?
 そう思いながら目を通す。
 そして内容も……

(……“舞姫と私”になりましたわ!)

 この先は、読まなくても何が書いてあるかは想像つく。
 私は深呼吸したあと、ページをめくりその先に目を通した。




「……旦那様」
「フルール、大丈夫?  眉間の皺がすごいよ?」
「はい。やはり、ネチネチ未練タラタラ勘違い国王と呼ばれるだけあってネッチリ具合が凄いですわ」
「……ネッチリ」  

 ヒクヒクッとリシャール様の顔が引き攣る。

「そんなに?」
「……舞姫と私──妄想小説か何かかと思いましたが、日記のようですわ」

 今日も“私の”舞姫は美しい~、昨日の“私の”舞姫は~……
 私の舞姫、舞姫とうるさいですわ!

「はっ! なんてこと!   お父様が極悪人のように書かれていますわっ!  許せません!」
「フルール!  落ち着いて、ね?」

 怒りでメラッとしてメラール化する私を宥めるリシャール様。

「それから、お母様はこんなにお淑やかではありませんわ!  もう!  いったいどこに目をつけているの!」
「フルール!  ほらほら息を吐いて、吸って……」
「……っ」

 興奮した私、メラールの背中をさすり手早く落ち着かせるリシャール様。
 素晴らしすぎるほど出来た夫ですわ……

「しかし……その本、そのまま気持ち悪い日記が延々と続くだけなのかな?」
「いえ、私の勘だとそんなことはないはず───あ!」

(ありましたわーーーー!)

 お目当てのページを見つけた私はほくそ笑む。
 ピタッと動きを止めた私に首を傾げるリシャール様。

「どうかした?  フルール。ん?  なんかそこから文体が急に変わったね?」
「そうです…………ここからですわよ、旦那様」
「え?」

 きょとんとするリシャール様に私はニヤリと笑う。

「王妃殿下へいいお土産が出来そうですわ───」



❇❇❇❇❇
  


(……名探偵フルールモードに入ったかな?)

 非常に気持ち悪そうな内容の本を真剣に読み続けるフルールを僕は見つめる。
 どうやら“目当て”の部分を見つけたのか、読むスピードが格段に上がった。
 集中力が凄いので、ここからは余程のことがない限り僕からは話しかけない方が良い。

「……」

(今さら、敢えて聞くことはしないけど)

 フルールの読む速さはめちゃくちゃ早い。
 え?  本当にそのページ全部読んだの?  って速さでページが捲られていく。
 これはいつもそうだ。
 でも、後で話すとときちんと内容はフルールの頭の中に入っている。

(……子供の頃からずっと自分が勉強漬けだったからこそ分かる)

 皆、フルールのことを見る時は大胆な行動や発言の方にばかり注目するけど───
 記憶力、情報処理能力、応用力、洞察力……あと、視力もか。
 とにかくフルールはどれもかなり優れている。
 そして、それは昔の僕が喉から手が出る程、欲しかったもの───

(フルールの凄いところは……)

 それらが全て無自覚だということ。
 それと、そこに“野生の勘”を働かせることで更にパワーアップするってところだ。
 ただ……

(たまに全力で推理が斜め上を走って行くからなぁ……)

 名探偵フルールを名乗るだけあって推理力もあるんだけど、何故か時々変な方向に全力で走っていく。
 そして一見、迷走したかのように見せかけて正解……というか真相に辿り着くんだ。

(───さて、僕の可愛い妻は今回は何を見つけたんだろう?)

 王妃殿下と組んで、ネチネチ国王を潰す気満々のフルール。
 まさか、あんなにきっぱり潰すことを意思表示するとは思わなかった。

(母親に執着しているのが許せなかったんだろうな)

 なんであれ、僕の仕事はそんなフルールの思いを汲み取ってサポートすること。

 しかし、フルールのあの顔は分かっていなかったな。
 王妃殿下が夫の国王“潰しちゃえ!”と思ったきっかけが自分なのだと───

(あ、そうだ!)

 僕は今のうちに王妃殿下の言っていた“大事な資料”を隠してあるという、クッソつまらない本を探すことにする。
 おそらくその本の中に隠してある資料というのは、王妃殿下が国王を追い詰めるのに使えるものなのだろう。

 何だかこれは凄い瞬間に立ち会うことになりそうだ───

 僕はフッと小さく笑う。
 あの日、シルヴェーヌ王女に捨てられてフルールに拾われてからというもの、色んなことに巻き込まれている気がする。
 とにかく親から愛されたいと必死だった子供の頃の自分に言ってやりたい。

 ───親からの愛は得られないけど、その代わりにとびっきり可愛いのに強くてかっこよくて素敵で無敵な人に拾われてメロメロにされちゃうよ、と。

(フルール……君はよく僕を国宝だと口にするけれど)

 国宝って国の宝だろう?
 僕はフルールの方こそ“国宝”だと思うんだけどな。
 そんなことを思いながら最愛の妻、フルールにチラッと目を向ける。

(早っ!  そしてあの顔……)

 フルールは頬を可愛く緩めてニマニマしながら、すごい勢いでページを捲っていた。



❇❇❇❇❇



「さぁて、王妃殿下のおつかいの本も手に入れたので、王妃殿下の元に戻りますわよ~」
「うん」

 私が最高に気持ち悪い本、『舞姫と私』に夢中になっている間、リシャール様は王妃殿下に頼まれたクッソつまらない本を探しだしてくれていた。

(やっぱり、出来る夫ですわ~)

 気持ち悪い本を見つけたせいで、ちょっと忘れかけていた……なんて口が裂けても言えませんわ。

 ですが、この気持ち悪い本の情報は王妃殿下がネチネチ国王を潰すのに役立つはず。
 そして私は、リシャール様好みの悪女風の女性になるための美の秘訣を手に入れられます。

(お互い、いいことばっかりですわ!)

「フルール?  顔が緩みっぱなしだよ?」
「楽しみだからですわ!」

 私は満面の笑みで答える。

「楽しみ……?  (国王を潰すのが)そんなに!?」
「ええ!  (あなたの好みの女性になれるのが)とーっても楽しみです!」
「フルール……」
「ふふ」

 最強夫婦の私たちは、互いのズレた会話に気づかないまま笑い合っていた。

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