王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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288. 潰しちゃえ!

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「お飾り……?」
「───ええ、そうよ。わたくしは“お飾りの王妃”なの」

 王妃殿下からは、またしてもふふっと笑った気配がした。

「知っているかしら?  あの男があなたの母親───舞姫にご執心だったこと」
「はい!  (ネチネチしていて)とっても気持ち悪いですわ!」
「……フルール!」

(あ!)

 私は慌てて口元を押さえる。
 リシャール様に名前を呼ばれて、自分が素直に口に出していたことに気付いた。

「あら、やっぱり?  ホーホッホッホッ!  もっと言ってやって?」

 それなのに王妃殿下は高笑いしていて、声は弾み……とっても嬉しそうですわ。

「あの男はね?  婚約者だったわたくしを無視して留学中に出会った舞姫を妃にして連れ帰りたかったの」
「……はい」
「けれど、あっさりきっぱりばっさり振られて帰って来て結局、渋々わたくしと結婚したわけ」

 王妃殿下のそこまでの話を聞きながら、ふと思い出した。
 新国王即位を祝うパーティーでネチネチ王子、お母様に挨拶しながらこう言っていなかったかしら?

 ───各国にファンがいるという話も頷けます、母上が嫉妬するほど父上が夢中になるわけだ

(嫉妬?)

 嫉妬ってあれですわよね?
 ムキーッとなってキーッとなる……

(おかしいですわ?)

 目の前の王妃殿下は、ムキーッでもキーッでもなく、オーホッホッホと高笑いしていますわ?
 そんな私の疑問が伝わったのか、王妃殿下はクスッと笑った。

「……もしかして、息子から私が舞姫に嫉妬していた、とでも聞いたかしら?」
「はい」
「ホーホッホッホッ!  バカな子よねぇ?  あの男の話、全て鵜呑みにしているんだもの」
「鵜呑み……」

 私とリシャール様はそろっと顔を見合わせる。

「確かに若い頃───あの時はわたくしも当然、面白くなくて怒ってばかりだったわ。でもね?」
「!」

 王妃殿下がでもね?  と言葉を区切った瞬間、ピリッとした空気が流れましたわ。

「ガラス細工を見たでしょう?  わたくしが何を言ってもあの男は何年経っても舞姫に未練タラタラ」 
「まあ!」

 やはりネチネチ!
 年季が違います。

「わたくしに敬意を払うこともない。むしろ、わたくしに隠れて姑息な手を使って舞姫を裏から手に入れることばかり考えていた。舞姫もとっくに結婚してあなたも生まれていたというのに」

 なるほど!
 ネチネチ国王は心を入れ替える機会を逃した!  ということですわね?
 そして、粘着力がとんでもないですわ。
 ネッチネチ!

「わたくしにはとりあえず、“王妃”という身分さえ与えておけばいいだろう──跡継ぎとなる息子も生まれたし───これが、わたくしのお飾り王妃生活の始まりよ」
「そんな!」
「しかも、あの男……若い頃のわたくしが怒っていた理由が、わたくしが自分のことを愛しているからで、それは今も変わっていないと思い込んでいるわ」
「阿呆みたいに都合のいい解釈をする頭ですわーーーー!?」

 なんということでしょう!
 この国の王は、ただのネチネチ国王ではなく……

(───ネチネチ未練タラタラ勘違い国王!)

 思わずそんな声を上げてしまったら、王妃殿下はクスクス笑う。

「まともに口を聞かなくなって数十年。たまに顔を合わせれば嫌味の応酬。王子教育に口を出すなと言われて離されていた息子はすっかりあの男とそっくりになってしまった」
「確かに……よく似ていますわ」

 私の思わずこぼれた呟きに「でしょう?」と言って王妃殿下も頷く。
 そして、少し悲しい声色で続ける。

「もう、仕方がない──お飾り王妃のわたくしに出来ることなんてない。ストッパーの役目を果たしてくれていた前国王ももう居ない───」

 それは王妃殿下の諦めの感情が強く出ているかのような言葉だった。

「───と、わたくし思っていたのですけど」

 ここで、何となく王妃殿下の声が明るくなった気がした。

「少し前ね?  隣国───バルバストルが騒がしくなった」

 バル……我が国の名前ですわ!

「何でも、国王が退位するというじゃない?  しかも、後継は王太子ではなく何故か王弟」
「はい」
「これは!  と思ってわたくしがこっそり調べさせたところ、理由はどうやら病気でも怪我でもなく……どうやら、一人のとんでもないはちゃめちゃ令嬢によって国王は退位、王子王女も廃嫡に追い込まれた……とか。ふふ」

(はちゃめちゃ令嬢?)

 そんな令嬢いたかしら?
 もしかして──オリアンヌお姉様のこと? 
 いえ、お姉様は王妃教育を長年受けて来たしっかり者の令嬢ですから違いますわ──……
 では……?
 私が首を傾げていると、横に並ぶリシャール様がじっと私のことを見ていた。

(リシャール様?)

 何か訴えかけるような目をしていますが、今は王妃殿下の話の途中。
 私はにこっと笑顔を返すだけに留めておく。

「わたくし、その話を聞いて目が覚めた、とでもいうのかしら」
「え?」

 目が覚めた?
 不思議に思った私が目をパチパチさせていると、王妃殿下は足を組みかえる。
 そして、ずっと顔を隠していた扇をパタッと閉じて素顔を晒す。

(とっても、美人さんですわーーーー!)

 切れ長の瞳がキリッとしていてかっこいい悪女風美人さんですわ。
 私は内心で大興奮する。
 そんな大興奮中の私に向かって、王妃殿下は笑顔を浮かべた。

「あ、国王って潰せるのね、と」
「潰せる……」
「────ですから、わたくしも思ったの」

 何をかしら?
 そう思っていたら、王妃殿下はふふっと笑った。

「なら────潰しちゃえ!  ってね」

 そう語った時の王妃殿下の笑顔は、ゾクゾクするほど美しかった。


─────


「しかし、まさか王妃殿下がフルールが銅像破壊していたことに喜んでいたとは……」
「ええ。なんと請求書がお礼状に変わりましたわ」
「国王陛下、今頃、ヒヤヒヤしているだろうから今度こそ嬉しくて泣いちゃうかも……?」
「喜んでくれそうですわね!」

 王妃殿下との謁見を終えて部屋に戻る途中。
 リシャール様とそんな話をしながら歩いていたところでしみじみと呟いた。

「しかし、王妃殿下……(潰しちゃえ!  って発言)はすごかった……」
「───ええ!  とっても(悪女風の美人さんでしたわ)!」

 私が大きく相槌を打つとリシャール様もうん、と頷き返す。

「まさか!?  と思ったよ」
「ええ、私も想像以上でしたので、驚きましたわ」
「だよね……ずっと(計画を)隠すの大変だっただろうなぁ……」
「そうですわね」

 ずっと扇で顔を隠すのって大変ですわよね……
 高貴な身分って大変ですわ。
 もしもこの先、フルール女王が誕生することになったなら、私もあんな感じで振る舞……

(うーん?)

 何だかしっくり来ない。
 フルール女王は、のびのび女王になりたいですわ、と思った。

「それでさ、フルール」
「はい!  私は、これからも変わらずのびのびでいきますわ!」
「のび?  …………何の話かな?」
「あら?」

 のびのび女王となった自分のことを考えていたので、ちょっとおかしな受け答えになってしまったみたい?

「えっと……」

 私がなんて説明しようかしら?  と思っていたら、リシャール様は優しくポンッと私の頭に手を置いた。
 そしていつもの国宝の微笑み。
 キュンですわ!

「大丈夫。フルールのことは僕や皆がしっかり支えるから。そのまま……のびのびでいいよ?」
「旦那様……」
「それに、のびのびしたフルールだからこそ、出来ることもあるしね」
「私だからこそ……?」
「そう!」

 リシャール様は優しく笑ってくれた。
 そんなリシャール様が微笑みを消すと今度は真剣な顔で訊ねてくる。

「……それでさ、フルール。王妃殿下……(潰しちゃえ!)のことなんだけど」
「はい!」

(悪女風美人さんの件ですわね?)

「フルールは?  フルールはどう思う?」
「どう思うって、私は……」

 なぜ、リシャール様はこんなに真剣なの?
 とっても珍しいですわ。

(はっ!)

 そこで私は名探偵フルールの血が騒いだことで、ハッと気付く。
 実はリシャール様の好みのタイプの女性は、王妃殿下みたいな悪女風美人さん!?

(もし、そうだというなら───……)

「やっぱり、フルールも(潰れちゃえ!)そう思う?」
「私にそう聞く……ということは、旦那様もそう思っているんですの?」
「まあ……ね」

 リシャール様は、少し躊躇ったものの小さく頷いた。
 やはり!
 王妃殿下みたいな悪女風美人さんがリシャール様の好みだったようですわ!
 確定ですわーーーー!
 ここは素直に私も王妃殿下の美しさを認めます。

「……ええ、私も(悪女風美人だと)思いますわ」
「そっか……」

 リシャール様は困ったように笑う。

 リシャール様ったらそんな顔をしないで?  
 あなたの好みを知ったからって、あなたから私への愛を疑ったりはしませんわ!
 それに悪女の研究は既に本でばっちりのフルールさんですわよ?

「ふっ……分かりましたわ、旦那様」
「え?」
「これからの私は、悪……とんでもない悪女になりますわ!」

 私は胸を張って宣言する。

「え?  悪になるって、まさかフルール……それって……つ、潰……」
「───その通りですわ!!」

 リシャール様の言葉を遮って私は大きく頷く。
 ふっふっふ。
 見ていてね?  愛する旦那様!

「止めないでくださいませ、旦那様。私はやってみせますわーーーー!」
「っ!  フルール……君は本気で…………この国を、王妃殿下と潰す気……なんだ?」

 リシャール様が何か呟いている横で気分が高揚した私は崖に立った気分で高笑いする。

「ホーホッホッホッ!」


 こうして、私は果てしなく違う方向に大きな気合いを入れた。
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