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286. 最強? いえ、最恐です
しおりを挟むふわふわした気分の中、夢を見ましたわ。
大好きな国宝の夫が三人に分裂したり、お母様によく似たガラス細工を見つけたり、果てはネチッとした顔の男性の銅像を見つけたり……
そんな夢の中で、私は初めてお母様みたいな“蹴り”にも成功しましたわ!
(“最強”を目指すきっかけとなった五歳の時に見たお母様のあの美しい蹴り……)
いつかは私も悪人に、と夢見ていましたの。
ふふふふふ。
夢の中での出来事で相手は銅像でしたけど、とってもとっても大満足ですわ───……
─────
「……えっと、あのね? フルール。それは全部夢じゃないんだよ」
「はい?」
国宝リシャール様のそんな言葉に私は目をパチパチ瞬かせた。
「夢じゃない、とはどういうことですの?」
「うん……何から話せばいいのか」
リシャール様は、うーんと唸って腕を組むと眉間に皺を寄せてチラッと部屋の扉に視線を向ける。
何だか部屋の外はガヤガヤ騒がしく、怒号が飛び交っている。
更に、多くの人がバタバタ走り回っている音まで聞こえる。
(えっと? なぜこんなに部屋の外が騒がしいの?)
確か───
いい気分ですわ~と思いながら目を覚ますと、私の目の前に飛び込んで来たのは、どんな時も美しい国宝リシャール様の顔だった。
うっとり見惚れながらも私が声をかけると、ハッとしたリシャール様は私の目の前に手のひらを突き出した。
──フルール! この指は何本に見える!?
──五本ですわ?
私が首を捻りながら答えるとリシャール様は、ほぅっと息を吐いた。
そして、リシャール様は更におかしな質問をして来た。
──僕は? 僕は何人いる?
──旦那様? 私の愛する旦那様は一人ですわ?
──三人いない?
──三人? それは夢の中の旦那様ですわね?
その言葉にまたまた息を吐いた旦那様は、優しく笑ってチュッと私の額に軽くキスを落とす。
そして諭すように“夢じゃない”という言葉を口にした。
(夢じゃない?)
実は旦那様は三人だったのかしら?
私は三人の夫を平等に愛せるかしら?
(確か、前に本で読んだ悪女は五、六人ほど手玉にとって遊んでいましたわ……)
いざとなったらあの本を参考に、私は全ての旦那様を愛してみせますわ!
そう決意して顔を上げてふと気付いた。
「……旦那様、このお部屋は王宮に到着してから案内された部屋と違います?」
「え? あ、うん。そうだね……」
私は部屋の中を見渡す。
さすが王宮の一室。
とってもとっても広いお部屋……なのですけど……
「何だか、とても殺風景なお部屋ですわね?」
「う、ん」
真ん中にどーんとわたしが寝ていたベッドがあり、他にはリシャール様の座っている椅子とサイドテーブルのみ。
他の家具は? と不思議に思った。
「フルールが眠っているうちに……せっせと運び出していたからね」
「運び出した?」
ますます意味が分からない。
んん? と眉をひそめたその時、扉がノックされた。
「───失礼します。今度こそ、お茶をお持ちいたしました」
「毒味に毒味を重ねました」
「誓って申し上げます。お酒は一滴も入っていません!!」
部屋に入って来たのは肉食メイドたち───なのだけど。
(私が眠っている間に随分と老けましたわね?)
私の愛する夫を狙おうとしていたあの肉食っぷりがすっかり消えていて、草食メイドに変貌している。
なぜ!?
そんなことを考えていたら、元肉食メイドたちと私の目が合った。
「「「ヒッ」」」
元肉食メイドたちはビクッと仲良く肩を揺らす。
「公爵夫人!」
「……お、お目覚めでしたか」
「こここここちら、ほ、ほほほ本物のお茶です……えっと、誰がなんと言おうと、ほほほ本物のお、お茶でして」
ほほほほんもの、のお茶って何かしら?
新しいお茶の種類かと思って私は期待の目で彼女たちをじっと見つめる。
「「「ヒッ」」」
私と目が合った彼女たちは、慌ててティーセットをサイドテーブルに置いて逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。
すっかり老けこんでしまった彼女たちだけど、足は元気いっぱいな様子で安心した。
「こうしてトラウマ犠牲者が増えていく……」
「旦那様? 何か言いました?」
私が聞き返すと、リシャール様はクスッと小さく笑った。
「今、このお城の中で最も強くて恐れられているのは、ネチネチしたあの国王なんかじゃなくて、フルールということだよ」
「最も強く……?」
その言葉にハッとして私は目をかっ開く。
「───最強!?」
「うん? 最恐だね」
「最強……!」
「……最恐だよ?」
リシャール様は可笑しそうにクスクス笑いながらお茶を渡してくれる。
そして、そんなお茶を飲みながらゆっくりこれまでのことを話してくれた。
「──ということなんだ」
「……」
リシャール様の話を聞き終えて私は、夢の中での出来事が夢ではなかったと知る。
そして……
「フルール? なんか渋そうな表情をしているけど?」
「旦那様……」
私は手に持っていたカッブに視線を落とす。
リシャール様は優しい手つきで私の頭を撫でた。
「大丈夫だ。誤ってお酒を飲んだこと、今回はどう考えても不可抗力。フルールが責められることじゃない」
「……」
リシャール様の目が心配するなと言っている。
「泥酔させて───と、よからぬ事を考えていたネチネチ国王が全て悪い」
「……旦那様」
「うん。だから、お気に入りのガラス細工が粉々になったのも、威信をかけて作り上げた銅像が木っ端微塵になったのも全て彼らの自業自得───」
「……このお茶、ほほほほんものという名の新しい種類のお茶ではなかったのですか!?」
ピタッとリシャール様の動きが止まる。
「…………え? ほほ?」
「てっきり変わった名前の新しいお茶の種類だとばかり思いましたのに……残念ですわ」
「お茶!?」
私はカップに口をつけてお茶を一口飲む。
さすが王宮。いい茶葉は使っているものの、やっぱり何度飲んでもよくある味のお茶と変わらない。
(……この国は我が国より茶葉の生産に向いている気候だから、ついつい期待してしまいましたわ)
私はがっくり肩を落とす。
その横でリシャール様も息を吐く。
「……ほほほほんもの?」
「ほほほほんもの、ですわ」
「……変わった名前だね?」
「ええ。ですから、新しいお茶なのだと思いましたの」
「……新しい、お茶」
「はい……」
二人でゴクッとお茶を飲む。
「───あー、特別、珍しいお茶ではないね?」
「がっかりですわ」
「──残念だったね」
リシャール様のその言葉に頷いた私はふぅ、と息を吐いた。
「…………コホンッ、それでフルール! えっとネチネチ国王のことなんだけど」
その言葉にハッとして私は顔を上げる。
そういえば、まだ謁見していませんでしたわ!
夢の中───いえ、意識を失う前にネチッとした顔だけは見たような気がします、けれども。
「フルールの華麗な足さばきで、銅像が破壊される瞬間に立ち会ってしまったからね……」
「どうなりましたの?」
リシャール様はその時の光景を思い出したのか小さく吹き出した。
「国王は、銅像の破壊と同時に粉々になったガラス細工の話も聞いたみたいで」
「まあ!」
「それ以外にもあの部屋が壊滅したことも聞かされて」
「まあ……!」
(壊滅……? そんなに?)
ちょっと不思議に思ったけれどそのまま続きを聞く。
「あの部屋って他国からの賓客を案内する部屋だったから、どれも王宮内でも特に高級……最高級の物を揃えていたらしいんだよね」
「高級……」
「そう、威厳があることを見せつけるためなんだろうけど」
つまり見栄を張っていたらしい。
「それがフルールの華麗な踊りで破壊されたわけで」
「破壊……」
何だかそう言われても実感が湧きません。
「棚も破壊、テーブルと椅子はどれもボッキボキ、カーテンやカーペットはビリビリ、花瓶も全て割れていて、棚に飾ってあった額縁も破壊……」
リシャール様が苦笑しながら説明してくれる。
「……えっと? 前にも似たようなことありましたわよね?」
「そう! あの時の部屋みたいな感じになったと言えばフルールもイメージ湧くかな?」
私はコクコクと頷く。
ですが───あの時はともかく、今回はお酒のせいで全く記憶がありませんわ!
(それにしても……)
なぜ、私がお母様直伝の舞を踊るとこうなってしまうのかしら??
本当に本当に不思議ですわ。
「───と、いうわけで、同時に色々聞かされた国王はショックが大き過ぎたみたいでその場で泡を吹いて倒れちゃった」
「まあ!」
「で、今も寝込んでいる。何だか打たれ弱いところが親子そっくりだよね」
「ネチネチ親子は本当によく似ているんですのね……」
そう答えながら、これは予定より滞在が伸びてしまいそうですわ、と思った。
その時だった。
再び部屋の扉がノックされる。
また、元肉食メイドたちかと思ったら違っていて今度は新顔で男性が現れた。
「───こ、公爵夫人がお目覚めになられた、と聞きまして……」
現れた男性は、やっぱりどこかげっそりやつれた雰囲気と青白い顔でビクビク身体を震わせながら言った。
ちなみに何故か私とは目が合いません。
「……お、王妃殿下が……お、お二方をお呼びです……」
───と。
「まあ! 王妃殿下?」
私とリシャール様は顔を見合せた。
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