王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
286 / 354

286. 最強? いえ、最恐です

しおりを挟む


 ふわふわした気分の中、夢を見ましたわ。

 大好きな国宝の夫が三人に分裂したり、お母様によく似たガラス細工を見つけたり、果てはネチッとした顔の男性の銅像を見つけたり……
 そんな夢の中で、私は初めてお母様みたいな“蹴り”にも成功しましたわ!

(“最強”を目指すきっかけとなった五歳の時に見たお母様のあの美しい蹴り……)

 いつかは私も悪人に、と夢見ていましたの。
 ふふふふふ。
 夢の中での出来事で相手は銅像でしたけど、とってもとっても大満足ですわ───……


 ─────


「……えっと、あのね?  フルール。それは全部夢じゃないんだよ」
「はい?」

 国宝リシャール様のそんな言葉に私は目をパチパチ瞬かせた。

「夢じゃない、とはどういうことですの?」
「うん……何から話せばいいのか」

 リシャール様は、うーんと唸って腕を組むと眉間に皺を寄せてチラッと部屋の扉に視線を向ける。
 何だか部屋の外はガヤガヤ騒がしく、怒号が飛び交っている。
 更に、多くの人がバタバタ走り回っている音まで聞こえる。

(えっと?  なぜこんなに部屋の外が騒がしいの?)

 確か───
 いい気分ですわ~と思いながら目を覚ますと、私の目の前に飛び込んで来たのは、どんな時も美しい国宝リシャール様の顔だった。
 うっとり見惚れながらも私が声をかけると、ハッとしたリシャール様は私の目の前に手のひらを突き出した。

 ──フルール!  この指は何本に見える!?
 ──五本ですわ?

 私が首を捻りながら答えるとリシャール様は、ほぅっと息を吐いた。
 そして、リシャール様は更におかしな質問をして来た。

 ──僕は?  僕は何人いる?
 ──旦那様?  私の愛する旦那様は一人ですわ?
 ──三人いない?
 ──三人?  それは夢の中の旦那様ですわね?

 その言葉にまたまた息を吐いた旦那様は、優しく笑ってチュッと私の額に軽くキスを落とす。
 そして諭すように“夢じゃない”という言葉を口にした。

(夢じゃない?)

 実は旦那様は三人だったのかしら?
 私は三人の夫を平等に愛せるかしら?

(確か、前に本で読んだ悪女は五、六人ほど手玉にとって遊んでいましたわ……)

 いざとなったらあの本を参考に、私は全ての旦那様を愛してみせますわ!
 そう決意して顔を上げてふと気付いた。

「……旦那様、このお部屋は王宮に到着してから案内された部屋と違います?」
「え?  あ、うん。そうだね……」

 私は部屋の中を見渡す。
 さすが王宮の一室。
 とってもとっても広いお部屋……なのですけど……

「何だか、とても殺風景なお部屋ですわね?」
「う、ん」

 真ん中にどーんとわたしが寝ていたベッドがあり、他にはリシャール様の座っている椅子とサイドテーブルのみ。
 他の家具は?  と不思議に思った。

「フルールが眠っているうちに……せっせと運び出していたからね」
「運び出した?」

 ますます意味が分からない。
 んん?  と眉をひそめたその時、扉がノックされた。

「───失礼します。今度こそ、お茶をお持ちいたしました」
「毒味に毒味を重ねました」
「誓って申し上げます。お酒は一滴も入っていません!!」

 部屋に入って来たのは肉食メイドたち───なのだけど。

(私が眠っている間に随分と老けましたわね?)

 私の愛する夫を狙おうとしていたあの肉食っぷりがすっかり消えていて、草食メイドに変貌している。
 なぜ!?
 そんなことを考えていたら、元肉食メイドたちと私の目が合った。

「「「ヒッ」」」

 元肉食メイドたちはビクッと仲良く肩を揺らす。

「公爵夫人!」
「……お、お目覚めでしたか」
「こここここちら、ほ、ほほほ本物のお茶です……えっと、誰がなんと言おうと、ほほほ本物のお、お茶でして」

 ほほほほんもの、のお茶って何かしら?
 新しいお茶の種類かと思って私は期待の目で彼女たちをじっと見つめる。

「「「ヒッ」」」

 私と目が合った彼女たちは、慌ててティーセットをサイドテーブルに置いて逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。
 すっかり老けこんでしまった彼女たちだけど、足は元気いっぱいな様子で安心した。

「こうしてトラウマ犠牲者が増えていく……」
「旦那様?  何か言いました?」

 私が聞き返すと、リシャール様はクスッと小さく笑った。

「今、このお城の中で最も強くて恐れられているのは、ネチネチしたあの国王なんかじゃなくて、フルールということだよ」
「最も強く……?」

 その言葉にハッとして私は目をかっ開く。

「───最強!?」
「うん?  最恐だね」
「最強……!」
「……最恐だよ?」

 リシャール様は可笑しそうにクスクス笑いながらお茶を渡してくれる。
 そして、そんなお茶を飲みながらゆっくりこれまでのことを話してくれた。




「──ということなんだ」
「……」

 リシャール様の話を聞き終えて私は、夢の中での出来事が夢ではなかったと知る。
 そして……

「フルール?  なんか渋そうな表情をしているけど?」
「旦那様……」

 私は手に持っていたカッブに視線を落とす。
 リシャール様は優しい手つきで私の頭を撫でた。

「大丈夫だ。誤ってお酒を飲んだこと、今回はどう考えても不可抗力。フルールが責められることじゃない」
「……」

 リシャール様の目が心配するなと言っている。

「泥酔させて───と、よからぬ事を考えていたネチネチ国王が全て悪い」
「……旦那様」
「うん。だから、お気に入りのガラス細工が粉々になったのも、威信をかけて作り上げた銅像が木っ端微塵になったのも全て彼らの自業自得───」
「……このお茶、ほほほほんものという名の新しい種類のお茶ではなかったのですか!?」

 ピタッとリシャール様の動きが止まる。

「…………え?  ほほ?」
「てっきり変わった名前の新しいお茶の種類だとばかり思いましたのに……残念ですわ」
「お茶!?」

 私はカップに口をつけてお茶を一口飲む。
 さすが王宮。いい茶葉は使っているものの、やっぱり何度飲んでもよくある味のお茶と変わらない。

(……この国は我が国より茶葉の生産に向いている気候だから、ついつい期待してしまいましたわ)

 私はがっくり肩を落とす。
 その横でリシャール様も息を吐く。

「……ほほほほんもの?」
「ほほほほんもの、ですわ」
「……変わった名前だね?」
「ええ。ですから、新しいお茶なのだと思いましたの」
「……新しい、お茶」
「はい……」

 二人でゴクッとお茶を飲む。

「───あー、特別、珍しいお茶ではないね?」
「がっかりですわ」
「──残念だったね」

 リシャール様のその言葉に頷いた私はふぅ、と息を吐いた。

「…………コホンッ、それでフルール!  えっとネチネチ国王のことなんだけど」

 その言葉にハッとして私は顔を上げる。
 そういえば、まだ謁見していませんでしたわ!
 夢の中───いえ、意識を失う前にネチッとした顔だけは見たような気がします、けれども。

「フルールの華麗な足さばきで、銅像が破壊される瞬間に立ち会ってしまったからね……」
「どうなりましたの?」

 リシャール様はその時の光景を思い出したのか小さく吹き出した。

「国王は、銅像の破壊と同時に粉々になったガラス細工の話も聞いたみたいで」
「まあ!」
「それ以外にもあの部屋が壊滅したことも聞かされて」
「まあ……!」

(壊滅……?  そんなに?)

 ちょっと不思議に思ったけれどそのまま続きを聞く。

「あの部屋って他国からの賓客を案内する部屋だったから、どれも王宮内でも特に高級……最高級の物を揃えていたらしいんだよね」
「高級……」
「そう、威厳があることを見せつけるためなんだろうけど」

 つまり見栄を張っていたらしい。

「それがフルールの華麗な踊りで破壊されたわけで」
「破壊……」

 何だかそう言われても実感が湧きません。

「棚も破壊、テーブルと椅子はどれもボッキボキ、カーテンやカーペットはビリビリ、花瓶も全て割れていて、棚に飾ってあった額縁も破壊……」

 リシャール様が苦笑しながら説明してくれる。

「……えっと?  前にも似たようなことありましたわよね?」
「そう!  あの時の部屋みたいな感じになったと言えばフルールもイメージ湧くかな?」

 私はコクコクと頷く。
 ですが───あの時はともかく、今回はお酒のせいで全く記憶がありませんわ!

(それにしても……)

 なぜ、私がお母様直伝の舞を踊るとこうなってしまうのかしら??
 本当に本当に不思議ですわ。

「───と、いうわけで、同時に色々聞かされた国王はショックが大き過ぎたみたいでその場で泡を吹いて倒れちゃった」
「まあ!」
「で、今も寝込んでいる。何だか打たれ弱いところが親子そっくりだよね」
「ネチネチ親子は本当によく似ているんですのね……」

 そう答えながら、これは予定より滞在が伸びてしまいそうですわ、と思った。
 その時だった。
 再び部屋の扉がノックされる。
 また、元肉食メイドたちかと思ったら違っていて今度は新顔で男性が現れた。

「───こ、公爵夫人がお目覚めになられた、と聞きまして……」

 現れた男性は、やっぱりどこかげっそりやつれた雰囲気と青白い顔でビクビク身体を震わせながら言った。
 ちなみに何故か私とは目が合いません。

「……お、王妃殿下が……お、お二方をお呼びです……」

 ───と。

「まあ!  王妃殿下?」

 私とリシャール様は顔を見合せた。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...