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284. クラッシャー
しおりを挟む一にお酒、二にお酒。三四もお酒で五にお酒。
お兄様が口に入れるものは全て酒だと疑え!
そう言っていましたわ。
ですから……
ここ最近の私はこの教えをしっかり守って来たと思いますの。
───しかし……
(身体がポカポカして来て、頭がフワフワしますわ~)
出された飲み物を勢いよくグビッと飲み干したあと、そんな気分になった。
(ふふ、ふふふふふふ……面白いですわ~)
なにが可笑しいのか自分でもよく分からないけれど、陽気な気分になって心の中での笑いが止まらない。
(ふふふ、ふふふ、ふふふ……楽しいですわ~)
突然、無言になりニマニマしているだけの私の様子を怪訝に思った愛する夫リシャール様。
眉をひそめて声をかけて来た。
「……フルール? 様子が変? どうかした?」
「……」
私は顔を上げてリシャール様のこの世で一番美しい国宝の顔をじっと見つめる。
(───まあ!)
そして驚いて息を呑んだ。
────なんということでしょう!!
「ふふ、ふふふふふふ」
「え!? フルール!?」
声を出して笑いだした私にギョッとするリシャール様。
そんな顔も美しいですわ。
ですが、笑いが止まりませんの!
「フルー……」
「旦那様が三人もいますわ~~」
「……え!?」
リシャール様の表情が固まる。
そして、みるみるうちに青ざめていく。
「ふふふふふ。国宝が三つも! すごいですわ~~」
「ま、まさか……!」
「旦那様がいっばい……素敵、美しい、キラキラ……目の保養ですわ~……」
「───フルール!!」
この世の幸せ……と微笑んでいたら、何かにハッと気付いたリシャール様。
視線をテーブルに向けて先程、私がグビッと飲み干した飲み物に目を向ける。
用意されていた自分の分の飲み物を慌てて手に取るなり一口飲む。
そして、カッと大きく目を見開いた。
「────酒っ!?」
そう叫ぶなり、もう一度私の顔を見る。
「嘘だろう!? なんでこんなタイミングで酒なんて出る……?」
そんなリシャール様の顔色はとっても素敵な青色。
頬もピクピク動かしていて器用ですわ~と感心する。
「……フルール!」
三人のうち真ん中のリシャール様にガシッと肩を掴まれましたわ。
美しいお顔のドアップに胸のドキドキが止まりません。
にこっ……と私は笑顔を返します。
「フルール、意識、意識はある!?」
にこっ!
「可愛い! ───じゃなくて! 熱いとか熱いとか熱いとか……」
にこっ!!
「だから可愛い! くっ…………ま、負けるな……今ここでフルールを脱がせるわけにはいかないんだっ!」
にこっ!!!
「……うっ! 頼むから、は、走り出したい気持ちも、お、抑えてくれ」
にこっ!!!!
「っ! フルー……」
「旦那様!」
「ん? フルール? わ、分かってくれ……た?」
(分かる? なにをかしら?)
私はフワフワした頭で首を捻る。
そんなことより、ずっと気になっていたことを口にする。
「実は、ずっとこの部屋に案内されてから気になっていたんですの」
「う、うん……? な、んの話だ?」
私はスッと棚の上の物に指をさす。
「あの棚の上に飾ってある、ガラスの細工」
「え?」
リシャール様が後ろを振り返る。
「あ、ああ。何か飾ってあるね……? あれは人の形?」
「あのガラス細工が何だかお母様に似ている気がしているのです」
「え!? ───フルール思ったより素面? ……って! フルール!」
油断したリシャール様の手が緩んだところで、私は棚に向かって駆け出す。
そして、じっと棚の上に飾ってあるガラス細工を間近で見つめる。
(……やっぱりお母様に似ていますわ。ですが───……)
「フルール!」
「見てください、これらのガラス細工。並べると全て踊っているように見えますわ!」
私は追いかけて来たリシャール様に説明する。
そして、まだフワフワした気分が抜けきれないまま再びガラス細工をじっと見つめた。
「え……う、うん。確かになんちゃらの舞を踊っている時の義母上に似ている……ね」
「ですわよね?」
「あれ? でも、これらって? フルール? 複数あるように言っているけどガラス細工は一つだよ?」
「……一つ? いっぱいありますわよね?」
「え!?」
私の目にはお母様みたいなガラス細工がいっぱいあるように見えますわ?
そんなガラス細工のお母様をじっと見つめていたらますます頭の中がポワポワしてきた。
(おかーさま……おどり……)
「それより、フルール! 酒……お酒の影響は!? 大丈夫なの?」
「……」
(おさけのまい……じゃない、おかーさまのまい……)
「脱いだり走ったりされるのも捕まえるのが大変なんだけど、落ち着いていて普通? なのも怖いんだけど!?」
(こわい……おこるとこわい、おかーさま……)
「いいえ! …………ちがいますわっ!!」
「え!? 違う!?」
私が突然大声を上げてしまったからか、リシャール様の肩がビクッと跳ねる。
「だんなさま! これらは、おかーさまにそっくりですけど、まちがっていますの……!」
「え? 間違っている?」
「だって! わたしのおかーさまはすべてにおいてもっともっとうつくしいですわ!!」
「え!?」
不思議そうなリシャール様に、実演して見せようと思って私は手足を伸ばす。
「たとえば! おかーさまの、よろこびのまいはこうですわ!」
ゴンッ
私の振り上げた足が棚に当たる。
ちょっと痛かった気がしますが、身体はポカポカ頭の中がフワフワなのでよく分かりません。
「え? うわっ、ガラス細工が落ちそうに! ……あ、危なっ!」
(んん? なんだか、からだがかるいですわ~)
身体がポカポカして頭がフワフワしているせいか、いつもよりキレがある。
何だかワクワクして楽しくなって来たのでニンマリ微笑む。
「そして、てのむきはこう!」
ここの角度が違いますのよ~
そう思って手を思いっ切りぶんっと振り回した。
(やっぱり! いつもよりキレがいいですわ!)
あまりの動きの良さに気持ちが乗った私は更なる大技を付け加える。
ぶぅんっ
「そして、さらにうでをこうですわーー!」
「はっ! 待ってくれフルール……!」
何故かリシャール様が私を止めようと手を伸ばしてきた。
しかし、もう私の勢いは止まらない。
ガンッ!
ガシャーン!
ガシャンガシャンガシャン
「……ああっ!」
リシャール様のそんな声が部屋の中に響く。
今度は腕が棚に当たってしまった。
その衝撃でお母様に似たガラス細工を始めとした棚上にあった物が次から次へと床へと落下していく。
中でもガラス細工は粉々になっていた。
「……われてしまいましたわ?」
「う、うん……割れた、ね」
「こなごなですわ?」
「う、うん……粉々、だね」
私たちは砕けたガラス細工の残骸を静かに見下ろす。
「はっ! そうだ、フルール……怪我は? 怪我はしていないか!?」
「はい! このとーり、だいじょーぶですわ!」
ちょっと痛かった気がしたけれど、多分気のせい!
そう思った私はえっへんと胸を張って答える。
「そ、そっか……」
「だんなさま?」
リシャール様の声がどこか震えている。
と、その時、物音を聞き付けた王宮メイド……もとい肉食メイドたちが戻って来た。
「───今の物音は何ごとですか!?」
「何かが割れる音がし……」
「きゃぁぁ! 陛下のお気に入りのガラス細工が!」
メイドたちは、綺麗になった棚上を見て悲鳴をあげる。
「な、何があったのですか!?」
「どうしてこんなことに……!!」
「大変……」
(どうしてこんなことに?)
床にしゃがんで、半泣きになりながらガラスの破片をかき集める肉食メイドたちに私はニンマリ笑いかける。
「ふっふっふ────それは、わたしがほんもの……おかーさまじきでんのまいをここでおどったからですわ!」
「え?」
「は?」
「へ?」
ポカンとした顔で私を見上げる肉食メイドたち。
(そうですわ……!)
これはせっかくのいい機会!
私のリシャール様を狙う肉食メイドたちに格が違うことを見せつける絶好の機会ですわ!
メラッとした私はニンマリ微笑んで一歩前に踏み出す。
「これがほんものですわーー!」
「「「え!」」」
ポカンとしている肉食メイドの前で私は、いつもよりキレのある踊りの披露を開始した。
ガシャーン!
「───花瓶が!」
パリーン!
「───窓が割れた!? 風圧!?」
ビリッ
「───カーテンがぁぁ!」
バキッ!
ダーンッ
「───テーブル!? お、折れ……」
ボキッ!
「────イスぅぅぅ!?」
(ふふふふ……)
いつもより身体が動くからとっても楽しくてどんどん、気分が高揚してくる。
(しかし、ますますポカポカしてきましたわ───それにあつい!)
そう思った私は、肉食メイドたちが入って来たドアから踊りながら廊下に出る。
「「「あ!」」」
「フルール!?」
「ふっふっふ。ろーかのほうが、すずしいですわ~」
ガシャーンと廊下でも大きな音を立てながらクルクル回ったり跳ねたりと、私なりのアレンジを加えながら突き進んでいた時、“ソレ”が目に入った。
(これは……)
それは、何だか偉そうでネチッとした顔つきの男性の銅像だった。
(このかお、ムカムカしてきますわ~)
その銅像の前でピタッと動きを止めた。
そしてじっと眺めていると、息も絶え絶え追いかけて来た肉食メイドが大声で叫ぶ。
「はっ! それ……」
「それだけは!」
「ふ、触れてはなりません!」
何だかとっても必死ですわね?
私は首を捻る。
「そ、それは……陛下が……陛下の即位十周年を祝って作られた銅像……!」
「昨日、完成したばかりの出来たてホッヤホヤ!」
「これでもかと金を費やし贅沢三昧で作られた我が国の国宝ともなり得る物なのです───」
ピクッ
(───なんですって!?)
私の身体が“国宝”という言葉に反応する。
「こくほう……」
「そうです、国宝です! ですからそれには触らな……」
私はキッと肉食メイドたちを睨む。
───これが国宝ですって?
こんなネチッとした顔の男性の銅像が?
「……」
「「「ひっ!?」」」
「あまい! あまいですわ!! こくほうというものは、こんなものではありませんわーーーー!」
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