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283. 国宝(の美しさ)に国境はない
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「───こちらでしぱしお待ちくださいませ」
「謁見の準備が出来次第、お呼びに参ります」
なんと! ネチネチ王子は王宮に入った途端、逃げるようにしてさっさと居なくなってしまった。
残された私たちはしばらく待機することになり、部屋へと案内された。
「何かありましたら、遠慮なく私共をお呼びください」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
案内してくれた王宮メイドたちに微笑んでお礼を告げる。
しかし、彼女たちは私に頭を下げながらもその視線は、私ではなく全て隣に立つリシャール様に向けられていた。
(チラチラ……チラチラ視線の送り方がすごいですわ!)
これはどう見ても王宮メイドたちはリシャール様の国宝級の美しい顔に見惚れている!
頬もほんのり赤いですわ!
(───国宝に国境はない、ということね……!?)
改めてリシャール様の美しさを再認識した。
自国では、もうリシャール様にはこの魅力溢れる最強で最強で最強を目指す公爵夫人かつ未来の女王という妻、フルールがいることは誰もが知るところ。
なので、リシャール様を私から奪い取ろうなどという心意気のある女性はメリザンド様くらいのものでしたけど……
ネチネチ国では状況が違うようですわ!
しかも───
(リシャール様に見惚れて過ぎて彼女たち……部屋から出ようとしませんわ!)
チラチラ、チラチラ……
───誰から話しかける?
───わ、私、行くわ!
───なんですって!? ずるい! 待ちなさい、ここは年齢順。私が先よ!
チラチラ……
(なぁんて、声が聞こえますわ……)
私は隣に並ぶモテモテ中の旦那様の顔を見上げる。
「うん? フルールどうかした? お腹でも空いた?」
「……」
モテモテ中の旦那様は、王宮メイドたちの声が全く聞こえていないのか、それとも興味が無いのかいつもと変わらない笑顔。
私の顔を見てお腹空いた? と訊ねるだなんていつも通りすぎますわ!
「フルール?」
私はお腹を押さえる。
「空腹かと問われれば……お腹は空いてますけれど大丈夫ですわ!」
「そっか」
リシャール様は優しく微笑み返した。
───はっ! そうだった!
───飲み物と軽食運ばなくちゃ……!
そこで、私たちの会話を聞いていた王宮メイドたちが自分の仕事を思い出した。
慌てて事前に用意していたらしい軽食と飲み物を運んで来てくれた。
(王宮メイドの仕事も忘れさせてしまう程の美しさ……罪ですわ)
「大変、失礼しました」
「こちらはお待ちの間にどうぞ召し上がってください」
王宮メイドたちのこの言葉は私に向けて言っていた。
けれど、すぐに彼女たちの目線はリシャール様の元に向かってしまう。
──リシャール様!
フルールの空腹もこれで少しは満たされそうだね、とキラキラの顔で笑っている場合ではありませんのよ!
なんて、心の中で思っていた時だった。
「…………あ、あの! 大変失礼なことをうかがいますが……」
「そ、そちらの男性は護衛、ではありませんよね?」
王宮メイドたちに訊ねられて私はハッと顔を上げる。
(───これはっ!)
真っ向から私の愛するリシャール様を奪いに来た!? と身構える。
しかし、王宮メイドの彼女たちの口からは意外な言葉が飛び出した。
「実は、私たち陛下からはお隣の国から公爵夫人だけが訪問されると聞いておりまして」
「え?」
「それも、王太子殿下がエスコートされると……」
「まあ!?」
ネチネチ王子が私をエスコート?
あの方、王宮に入るなり挨拶もそこそこで逃げましたわよ?
挨拶中もずっと目線が泳いでいて一度も目も合いませんでしたわ。
(ほんっっっと、ネチネチ王子の教育、なっていませんわ!)
私は憤慨する。
「ですから……その、」
「お連れの大変眩し……いえ、美しく魅力溢れ……あ、いえ、男性は失礼ながらどなたなのかと」
なるほど。
どうやら彼女たちのチラチラ攻撃は、リシャール様のこの世のものとは思えない美しさと、この人はいったい誰? という疑問から生まれていたようです。
「夫ですわ」
「……はい?」
「夫ですわ」
何故か聞き返されてしまったので私は二度告げる。
大事なことですから二度は言わないといけませんわ!(牽制)
「おっと……夫……? ど、どなたの?」
その質問に私は眉をひそめる。
どなたの?
変なことを訊ねる王宮メイドさんたちですわ。
「もちろん、私の夫ですわ」
「え?」
「おっ……!?」
「……ええ!?」
私が満面の笑みで答えると、何故か王宮メイドたちは目をまん丸にして驚いた表情になった。
(何かしらこの反応……)
ですが!
そう思うも、私はこれまでこういった反応をする方々とたくさん出会って来ましたので、彼女たちの言いたいことはよーーーーく分かっておりますわ!
私はふふん、と胸を張る。
もちろん、この反応は……
(なんてお似合いの夫婦なんでしょう! ───という感激ですわ!)
私たちがあまりにもお似合いすぎて、遠目にチラチラされるのは決して珍しいことではありません!
こちらの国でも、それが分かっていただけたようで嬉しいですわ!
───夫!? ど、どういうこと!?
───こんなに美……ケホッ、お、夫と来るなんて聞いてないわ!?
───殿下は何をしているの?
(ふっふっふ~)
愛する夫と“お似合い”との言葉に満足していた私は、メイドたちの困惑発言を全て聞き流してしまった。
その後、王宮メイドたちは大変名残惜しそうな顔をしながらも部屋から出て行く。
しかし、彼女たちはリシャール様が私の夫だと分かってもチラチラ攻撃をやめなかった。
(どうやら、この国の王宮メイドたちは肉食メイドのようですわね……!)
私は隣に立つリシャール様をじっと見上げる。
そんな私の視線に気がついたリシャール様と目が合った。
「フルール?」
「私、旦那様が食べられてしまわないようにこれまで以上に目を光らせておきますわ!」
「う、うん?」
リシャール様が不思議そうな表情で首を傾げている。
肉食メイドに狙われていたというのに、なんて呑気なお顔ですの……!
でも、美しい!
(リシャール様、鈍いですわーー!)
ここは、私が鈍感な旦那様をしっかりお守りしなくては!
王族クラッシャーフルール……いえ、メラール!
この名にかけて────色々と頑張りますわ!
気合いを入れ直した私は、用意されていた飲み物をガッと手に取ってグビッと勢いよく飲み干した。
─────
その頃、ネチネチ国の王宮内は大騒ぎとなっていた。
「───どういうことだ、なぜ“夫”まで一緒について来ている!?」
「そ……それは」
「チッ、これでは“計画”が……」
激昂している父親の目が見れずに目を逸らす息子の自分。
「そもそも、倒れたというのはなんだ? 自分が何を目的として訪問していたか忘れたのか!?」
「そ、それは……」
(言えるかーー!)
バルバストルの新国王即位の儀に参列し、パーティーでは無事に父上ご執心の舞姫の娘と無事に接触し誘いをかけた。
(ここまでは、良かった……良かったんだ)
しかし、当の本人は……
妃の座? そんなものより料理!
と言って尋常ではない早さでパーティーの料理を食べ尽くし、
この私を料理以下の存在にしてきたとんでもない女性だった。
しかも──
(王族クラッシャーだと!?)
こんなやべぇ女、連れ帰ったら大変なことになる……
そう直感した私は誘いを撤回して“来なくていい”そう言いたかった。
なのに何故か、当の本人は訪問に意欲的。
しかも、新国王の息子たちを跳ね除けて後継者の座に就いていたことまで発覚……
(意味がわからん……)
その後、新国王の息子たちを従えて、世にも奇妙なダンスを見せられた所でもう精神が耐えられなかった。
そしてようやく意識を取り戻したと思えば、見舞いの花と言って寄越されたのが……
(呪いの花ーーーー!)
ケケケケケケケケケッとこちらを嘲笑うかのような花の塊。
花束? そんな可愛いものではない! あれは呪いの花の塊だ!!
「……」
あの花を見てから私は夜が眠れなくなった。
今でも目を瞑れば頭の中にはあの花が浮かぶ……夜が怖い。
「何を黙っている? それにしてもたった数日でかなりげっそりしたな。そんなに具合が悪かったのか」
「……」
あの夫人は父上の焦がれた舞姫の再来なんかではなく、本当にただの見事な“王族クラッシャー”だ。
そんな“危険人物”を私は……連れてきてしまった……
───潰されますよ?
───殿下……あなただけでなく、あなたの父親の国王陛下もきっと無傷では済みません
あの夫人を手懐けているらしい夫の公爵の言葉が頭の中に甦る───……
───一国の主? ああ、残念ですけどそんなのフルールには一切関係ないのですよ?
王族クラッシャーが我が国に……我が国の王宮に……
(潰される? 潰されてしまうのか!?)
たった一人の……その辺の小娘のような若い夫人に?
冷たい汗が背中をつたう。
一刻も早く離れたくて王宮に着くなり置き去りにしてしまったが……不味かっただろうか?
「まあ、いい。夫までついて来たのがどういうつもりなのかは、直接夫人に聞くとしよう」
「……」
「ところで、どうだ? 夫人はブランシュに似た美人か? 報告書でかなり容姿は褒めちぎられていたが、お前の好みだったか?」
「……」
(好み以前の問題だ……!)
可愛いとは思う。
中身を知らなければ見惚れるくらいの美女だ。
だが、中身は……
ブルッと自分の身体を震わせたその時だった。
「陛下! 殿下! ────大変です!!」
王宮メイドが慌てて部屋に飛び込んでくる。
「な、なんだ!? 許可もなく勝手に入るとは!」
突然、部屋に飛び込んできたメイドを父上が叱る。
本来、こんなことをすればクビでは済まない。
しかし、王宮メイドはそんなことより真っ青な顔でガタガタと身体を震わせている。
「き、緊急事態なんです!」
「なに? 緊急事態?」
父上が眉をひそめたその瞬間、
バリーン、ガシャーン
「きゃーーーー! 誰か……誰か止めてーーーー!」
別のメイドの悲鳴と何かが割れ……いや、破壊されるような音が聞こえて来た。
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