王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
283 / 354

283. 国宝(の美しさ)に国境はない

しおりを挟む


─────


「───こちらでしぱしお待ちくださいませ」
「謁見の準備が出来次第、お呼びに参ります」

 なんと!  ネチネチ王子は王宮に入った途端、逃げるようにしてさっさと居なくなってしまった。
 残された私たちはしばらく待機することになり、部屋へと案内された。

「何かありましたら、遠慮なく私共をお呼びください」
「ええ、分かったわ。ありがとう」

 案内してくれた王宮メイドたちに微笑んでお礼を告げる。
 しかし、彼女たちは私に頭を下げながらもその視線は、私ではなく全て隣に立つリシャール様に向けられていた。

(チラチラ……チラチラ視線の送り方がすごいですわ!)

 これはどう見ても王宮メイドたちはリシャール様の国宝級の美しい顔に見惚れている!
 頬もほんのり赤いですわ!

(───国宝に国境はない、ということね……!?)

 改めてリシャール様の美しさを再認識した。

 自国では、もうリシャール様にはこの魅力溢れる最強で最強で最強を目指す公爵夫人かつ未来の女王という妻、フルールがいることは誰もが知るところ。
 なので、リシャール様を私から奪い取ろうなどという心意気のある女性はメリザンド様くらいのものでしたけど……
 ネチネチ国では状況が違うようですわ!
 しかも───

(リシャール様に見惚れて過ぎて彼女たち……部屋から出ようとしませんわ!)

 チラチラ、チラチラ……

 ───誰から話しかける?
 ───わ、私、行くわ!
 ───なんですって!?  ずるい!  待ちなさい、ここは年齢順。私が先よ!

 チラチラ……

(なぁんて、声が聞こえますわ……)

 私は隣に並ぶモテモテ中の旦那様の顔を見上げる。

「うん?  フルールどうかした?  お腹でも空いた?」
「……」

 モテモテ中の旦那様は、王宮メイドたちの声が全く聞こえていないのか、それとも興味が無いのかいつもと変わらない笑顔。
 私の顔を見てお腹空いた?  と訊ねるだなんていつも通りすぎますわ!

「フルール?」

 私はお腹を押さえる。

「空腹かと問われれば……お腹は空いてますけれど大丈夫ですわ!」
「そっか」

 リシャール様は優しく微笑み返した。

 ───はっ!  そうだった!
 ───飲み物と軽食運ばなくちゃ……!

 そこで、私たちの会話を聞いていた王宮メイドたちが自分の仕事を思い出した。
 慌てて事前に用意していたらしい軽食と飲み物を運んで来てくれた。

(王宮メイドの仕事も忘れさせてしまう程の美しさ……罪ですわ)

「大変、失礼しました」
「こちらはお待ちの間にどうぞ召し上がってください」

 王宮メイドたちのこの言葉は私に向けて言っていた。
 けれど、すぐに彼女たちの目線はリシャール様の元に向かってしまう。

 ──リシャール様!
 フルールの空腹もこれで少しは満たされそうだね、とキラキラの顔で笑っている場合ではありませんのよ!
 なんて、心の中で思っていた時だった。

「…………あ、あの!  大変失礼なことをうかがいますが……」
「そ、そちらの男性は護衛、ではありませんよね?」

 王宮メイドたちに訊ねられて私はハッと顔を上げる。

(───これはっ!)

 真っ向から私の愛するリシャール様を奪いに来た!?  と身構える。
 しかし、王宮メイドの彼女たちの口からは意外な言葉が飛び出した。

「実は、私たち陛下からはお隣の国からが訪問されると聞いておりまして」
「え?」
「それも、王太子殿下がエスコートされると……」
「まあ!?」

 ネチネチ王子が私をエスコート?
 あの方、王宮に入るなり挨拶もそこそこで逃げましたわよ?
 挨拶中もずっと目線が泳いでいて一度も目も合いませんでしたわ。

(ほんっっっと、ネチネチ王子の教育、なっていませんわ!)

 私は憤慨する。

「ですから……その、」
「お連れの大変眩し……いえ、美しく魅力溢れ……あ、いえ、男性は失礼ながらどなたなのかと」

 なるほど。
 どうやら彼女たちのチラチラ攻撃は、リシャール様のこの世のものとは思えない美しさと、この人はいったい誰?  という疑問から生まれていたようです。

「夫ですわ」
「……はい?」
「夫ですわ」

 何故か聞き返されてしまったので私は二度告げる。
 大事なことですから二度は言わないといけませんわ!(牽制)

「おっと……夫……?  ど、どなたの?」

 その質問に私は眉をひそめる。
 どなたの?  
 変なことを訊ねる王宮メイドさんたちですわ。

「もちろん、私の夫ですわ」
「え?」
「おっ……!?」
「……ええ!?」

 私が満面の笑みで答えると、何故か王宮メイドたちは目をまん丸にして驚いた表情になった。

(何かしらこの反応……)

 ですが!
 そう思うも、私はこれまでこういった反応をする方々とたくさん出会って来ましたので、彼女たちの言いたいことはよーーーーく分かっておりますわ!
 私はふふん、と胸を張る。
 もちろん、この反応は……

(なんてお似合いの夫婦なんでしょう!  ───という感激ですわ!)

 私たちがあまりにもお似合いすぎて、遠目にチラチラされるのは決して珍しいことではありません!
 こちらの国でも、それが分かっていただけたようで嬉しいですわ!

 ───夫!?  ど、どういうこと!?
 ───こんなに美……ケホッ、お、夫と来るなんて聞いてないわ!?
 ───殿下は何をしているの?

(ふっふっふ~)

 愛する夫と“お似合い”との言葉に満足していた私は、メイドたちの困惑発言を全て聞き流してしまった。


 その後、王宮メイドたちは大変名残惜しそうな顔をしながらも部屋から出て行く。
 しかし、彼女たちはリシャール様が私の夫だと分かってもチラチラ攻撃をやめなかった。

(どうやら、この国の王宮メイドたちは肉食メイドのようですわね……!)

 私は隣に立つリシャール様をじっと見上げる。
 そんな私の視線に気がついたリシャール様と目が合った。

「フルール?」
「私、旦那様が食べられてしまわないようにこれまで以上に目を光らせておきますわ!」
「う、うん?」

 リシャール様が不思議そうな表情で首を傾げている。
 肉食メイドに狙われていたというのに、なんて呑気なお顔ですの……!  
 でも、美しい!

(リシャール様、鈍いですわーー!)

 ここは、私が鈍感な旦那様をしっかりお守りしなくては!

 王族クラッシャーフルール……いえ、メラール!
 この名にかけて────色々と頑張りますわ!

 気合いを入れ直した私は、用意されていた飲み物をガッと手に取ってグビッと勢いよく飲み干した。



─────



 その頃、ネチネチ国の王宮内は大騒ぎとなっていた。

「───どういうことだ、なぜ“夫”まで一緒について来ている!?」
「そ……それは」
「チッ、これでは“計画”が……」

 激昂している父親の目が見れずに目を逸らす息子の自分。

「そもそも、倒れたというのはなんだ?  自分が何を目的として訪問していたか忘れたのか!?」
「そ、それは……」

(言えるかーー!)

 バルバストルの新国王即位の儀に参列し、パーティーでは無事に父上ご執心の舞姫の娘と無事に接触し誘いをかけた。

(ここまでは、良かった……良かったんだ)

 しかし、当の本人は……
 妃の座?  そんなものより料理!
 と言って尋常ではない早さでパーティーの料理を食べ尽くし、
 この私を料理以下の存在にしてきたとんでもない女性だった。
 しかも──

(王族クラッシャーだと!?)

 こんなやべぇ女、連れ帰ったら大変なことになる……
 そう直感した私は誘いを撤回して“来なくていい”そう言いたかった。
 なのに何故か、当の本人は訪問に意欲的。
 しかも、新国王の息子たちを跳ね除けて後継者の座に就いていたことまで発覚……

(意味がわからん……)

 その後、新国王の息子たちを従えて、世にも奇妙なダンスを見せられた所でもう精神が耐えられなかった。
 そしてようやく意識を取り戻したと思えば、見舞いの花と言って寄越されたのが……

(呪いの花ーーーー!)

 ケケケケケケケケケッとこちらを嘲笑うかのような花の塊。
 花束?  そんな可愛いものではない!  あれは呪いの花の塊だ!!

「……」

 あの花を見てから私は夜が眠れなくなった。
 今でも目を瞑れば頭の中にはあの花が浮かぶ……夜が怖い。

「何を黙っている?  それにしてもたった数日でかなりげっそりしたな。そんなに具合が悪かったのか」
「……」 

 あの夫人は父上の焦がれた舞姫の再来なんかではなく、本当にただの見事な“王族クラッシャー”だ。
 そんな“危険人物”を私は……連れてきてしまった……

 ───潰されますよ?
 ───殿下……あなただけでなく、あなたの父親の国王陛下もきっと無傷では済みません

 あの夫人を手懐けているらしい夫の公爵の言葉が頭の中に甦る───……

 ───一国の主?  ああ、残念ですけどそんなのフルールには一切関係ないのですよ?

 王族クラッシャーが我が国に……我が国の王宮に……

(潰される?  潰されてしまうのか!?)

 たった一人の……その辺の小娘のような若い夫人に?
 冷たい汗が背中をつたう。
 一刻も早く離れたくて王宮に着くなり置き去りにしてしまったが……不味かっただろうか?

「まあ、いい。夫までついて来たのがどういうつもりなのかは、直接夫人に聞くとしよう」
「……」
「ところで、どうだ? 夫人はブランシュに似た美人か?  報告書でかなり容姿は褒めちぎられていたが、お前の好みだったか?」
「……」

(好み以前の問題だ……!)

 可愛いとは思う。
 中身を知らなければ見惚れるくらいの美女だ。
 だが、中身は……

 ブルッと自分の身体を震わせたその時だった。

「陛下!  殿下!  ────大変です!!」

 王宮メイドが慌てて部屋に飛び込んでくる。

「な、なんだ!?  許可もなく勝手に入るとは!」

 突然、部屋に飛び込んできたメイドを父上が叱る。
 本来、こんなことをすればクビでは済まない。
 しかし、王宮メイドはそんなことより真っ青な顔でガタガタと身体を震わせている。

「き、緊急事態なんです!」
「なに?  緊急事態?」

 父上が眉をひそめたその瞬間、

 バリーン、ガシャーン

「きゃーーーー!  誰か……誰か止めてーーーー!」

 別のメイドの悲鳴と何かが割れ……いや、破壊されるような音が聞こえて来た。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...