王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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281. 暗躍する国と呑気な王族クラッシャー

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❇❇❇


 ───“王族クラッシャーフルール”が近々やって来ようとしている隣国では……

 フルールにネチネチ国王と呼ばれている国王と家臣たちが諸々の報告を受けていた。


「ほう!  急な体調不良により帰国の予定は遅れるが、舞姫の娘も共に来ると手紙には書いてあるぞ!」
「左様でございますか、良かったですね陛下」
「ああ」

 何やら王太子があちらの国で倒れたという報告を受けたので心配していたが、どうやら“舞姫の娘”の奪還に成功したらしい。
 悲願達成──国王はニヤリとほくそ笑んだ。

「舞姫ブランシュの時に私もそう出来れば良かったんだが……」
「前国王陛下が絶対にお許しになられませんでしたからね」

 前国王は王子──現国王がおかしな行動をしないように常に目を光らせていた。

「父上はそんなことをすれば国が滅ぶやも……と常に言っていたが。あれはどういう意味だったのか……?  まさかで国が滅ぶはずもなかろうに」
「陛下……」
「仕方なく、帰国後は長年の婚約者だった王妃と結婚はしたが……」

 残念ながら夫婦仲は最悪だ。
 結局、子どもも息子一人しか授からなかった。
 つまり、王太子は大事な大事なたった一人の跡継ぎ───……

「しかし、舞姫様の娘を連れて帰って来たと王妃殿下が知ったら、間違いなく激怒されますね」
「だろうな。だが、これだけはどうしても譲れん。私の長年の悲願なのだ!」

 国王は絶対にこれだけは譲らないという決意を皆の前で見せた。

「気の毒なことですな」
「まあ、これも運命と思って受け入れてもらうしかない」

 家臣たちは、バルバストルからやって来る舞姫の娘はこれから王妃にいびられ続けることになるのだろうな、と同情的な気持ちになる。

「───舞姫ブランシュの娘が夫の公爵との離縁を渋り我が国に来ること……こちらの話に応じないつもりなら、国境に配置していた軍をすぐにでもバルバストル国に乗り込ませるつもりだったが」
「その必要はなさそうですね」
「案外、賢いのか?」
「いや、単に“妃”に乗り換えたくなっただけだろう」

 大臣たちはそれぞれ好き勝手なことを言い出す。
 国王はそんな彼らに向かって大きな声で宣言した。

「よし!  一部の偵察用の軍だけを残して残りの戦争用の軍と兵は全員国境から撤退させよ!」
「はっ!」

 その命令を受けた伝令が走り出した。

「ふぅ……陛下。とりあえず、これで戦争は回避されましたな」
「ああ」

 脅迫も兼ねて新国王即位の儀式が行われる日に併せて国境には軍と兵を送り配備していた。
 が、舞姫の娘が素直にやって来るというなら退がらせても構わないだろう。
 国王はそう考えながら報告を持ってきた者に訊ねる。

「ところで、舞姫ブランシュの娘はどのような女性なのだ?」
「───伯爵令息から乗り換えて公爵夫人の座に収まったという話ですから、向上心は高めかと思われます」
「おお!  なるほど!  それで妃という立場に目がくらみ、我らの王太子殿下の話にも乗ったのか!」

 家臣たちは“これはとても扱いやすそうな娘だ”と笑い合う。
 やはり元々は伯爵家の娘。
 迎え入れたあとは、お妃様とでも呼んで気持ちよく持ち上げておけば喜ぶだろう、と。

「それくらい単純な娘の方が楽でいいだろう───どうせ、名ばかりのお飾りの妃だ」

 国王もハハハと笑う。

「母親の代わりに私のために舞ってくれればそれで良いさ──娘もそれなりの踊り手なのだろう?」
「あ、それが……」

 国王の問いに報告者はためらう。
 急にしどろもどろな様子になった。

「なんだ?」
「いえ、それが……かつての舞姫様のように国内で話題にはなっていないようです」

 その報告に国王は顔をしかめた。

「何故だ?  舞姫ブランシュは娘が産まれたら、絶対に自分以上の舞姫に育て上げてみせる!  と、当時から言っていたぞ?」
「では、これから大々的にお披露目する所だったのかもしれません」
「ははは!  それはいい!  ならばバルバストル国は残念だったな!  貴重な次代の舞姫は我が国のものだ!」

 国王はご機嫌になり今度は陽気に笑いだす。

「それにあの舞姫ブランシュの娘なら器量もよいはずだ」
「そうですね、可愛らしさもあるかなりの美女だと書かれています」
「ほう!  これは会うのが楽しみだな!」


 こうして────国王を始めとした彼らは浮かれていた。
 “フルール”の断片的な情報だけを耳にして、きっと単純な娘だろうと思い込んで。


 しかし、報告書を読み上げていた者は陛下や大臣たちがあまりにもご機嫌で浮かれているので、ふと浮かんだとある疑問をこの場で口には出せなかった。

(でも、なんか不自然なんだよなぁ)

 なぜ王太子殿下がこれから連れ帰って来るという隣国の公爵夫人の情報……こんなに少ないのだろうか?
 とにかく無難なことしか書かれていない。
 見れば誰でもわかる容姿のことばかり。
 性格は明るく元気って書かれているが他はどうした?

(何となく……どうみたいな書き方の報告に見える──……)

 そんな風に感じ取れた。

(それに、“女王”って表記されている。これはなんだろう?)

 陛下が執着する舞姫様の娘は、もともと伯爵令嬢で結婚したから公爵夫人となっただけ。
 “女王”は単なる報告書作成者の書きミスかなにかだろう。
 なぜなら急いで書いたのか何だか所々、字も震えているようだ。

(ま、大丈夫だろう)

 そう思い込むことにし、その後もこの疑問に関して特に口にはしなかった。

 …………それがこの先の自分の国の命取りになるとも知らずに。



❇❇❇



 新国王即位の儀と、伝説となったパーティーの翌日。
 ネチネチ国の王たちの思惑など知らない私は、呑気に王宮を訪問していた。
 手にはお見舞いの花───フルールスペシャルを持って。



「え?  王太子殿下はまだ目を覚ましていないのですか?」
「ああ」

 陛下が神妙な顔で頷く。

「熱が下がらず、悪夢でも見ているのかずっと魘されているようだ」
「まあ!  王子なのに随分と軟弱なのですわね?」

 やっぱり、あれだけ性格がネチネチしているからですわね。
 鍛えが足りませんのよ!
 ネチネチ国の将来が心配ですわ。

「お見舞いに来たと言うわりには……夫人、随分辛辣だな」
「当然ですわ!  私の愛する夫をバカにして笑った方ですもの。許していませんわ!」
「そ、そうか…………その夫に対する深い愛情は親子だな……うん」
「陛下?」

 何故か陛下が顔を引き攣らせていた。

「ところで夫人……その手に持っている、花束……(と思われるもの)はとても見覚えがある、んだが?」
「ええ!  こちらは殿下へのお見舞いですわ」

 私が笑顔で答えると何故かますます陛下の顔が引き攣った。

「夫人のお手製……の」
「はい!」
「……どうしてだ」
「はい?」

 何やら疑問を嘆く陛下に向けて私は首を傾げる。

「色のバランス、大きさ、センスはどれも最高なのに…………なぜ、肝心の花が!」
「ふふふ、本日もとっても可愛らしい花でしょう?  お花がこっちを見て笑っていますわ!」
「い…………いや、どう見ても呪い……」

 陛下が何やらごちゃごちゃ言っている。

「殿下には早く元気になってもらわないと、出発が出来ませんわ」
「え、ああ……何だったか?  向こうの陛下たっての願い……」
「ええ。全く呆れるくらいのお子ちゃまな国ですわ!  しっかりお話しませんと!」
「お子ちゃま……」

 陛下がなにか言いたそうな目でじっと私を見る。
 なにかしら?

(……あ!  昨日のパーティーのことですわね!)

「陛下。あれから、息子さんたちは大丈夫でしたか?」
「え?」
「陛下の病弱な息子と亡くなったはずの息子───元気な双子の登場に皆様、大興奮していましたわ」

 二人が挨拶がわりに踊る話を聞いていなかった陛下はかなりパニック状態だった。
 けれど、夫人──王妃様はずっと冷静で、メリザンド様も幽霊令嬢の名に恥じないように静かに佇んでいた。
 つまり、王妃様やメリザンド様は二人があの場で踊ることを知っていたのだと思われる。

(あと楽団もですわね~)

「……私だけ何も聞かされていなかったんだ」

 突然、ズーンっと陛下が暗い顔で落ち込む。

「なるほど!  二人は陛下のことを驚かせたかったんですのね!」
「…………そんな理由だろうか……私が思うにあの二人、自分たちが楽しみたかっただけのような……」

 もう!  
 こっちはウジウジしていますわ!
 家族の絆アピールは大成功でしたのに!  
 不吉な双子の弟として隠された子───ナタナエル様のことも皆様、すんなり受け入れていたではありませんか!

「陛下?  私には喜ぶならまだしも落ち込む要素がさっぱり分かりませんわ!」
「なに……?」
「昨日のパーティーは“お祝い”のパーティー。“楽しかった”と皆が思ってくれたならそれでいいではありませんか!」

 息を呑んだ陛下の目が大きく見開く。

「私がお二人とダンスを共にしている時に見えた皆様は笑顔でしたわ!」
「……笑顔」

 私は大きく頷いてニンマリ笑う。

「ですから、昨日のパーティーはみんなの笑顔が溢れる最強で素敵な国に向けて最高のスタート……始まりだったと思えばいいのですわ!」
「……笑顔溢れる素敵な……」
「最強の国ですわ!!」

 “最強”は絶対に譲れません!

「夫人……」
「───失礼します。陛下、王太子殿下の目が覚めたとの報告が……」

 私が胸を大きく張っていたら、ちゃうどそんな連絡が入った。

「そ、そうか」
「まあ、ナイスタイミング!  このお見舞いのお花は直接渡せそうですわね!」
「……え」

 陛下の顔がピシッと固まった。
 私はあっと閃く。

「陛下、私、殿下に先にお見舞いの花だけ渡して来ますわ!」
「夫人……!  いや、それは待っ……」
「大丈夫ですわ。お花を渡すだけですもの」
「それが問題……また寝込……」

 なにやら必死に叫んでいる陛下に、にこっと笑顔で頭を下げて私はネチネチ国王子が寝かされているという部屋に向かった。


 それから数分後。
 ネチネチ王子の元気いっぱいな叫び声が部屋周辺に響き渡り、何故か彼の帰国予定がさらに伸びることになった。

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