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280. 双子ダンスwith野菜夫人

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「それなら問題ありませんわよね?」
「───っ」

 ポカンとした表情を浮かべるネチネチ王子。

「───と、いうわけで、すぐに陛下の許可を貰ってきます!」
「い、いや!  こ、来なくてい……」
「それでは、陛下の所に行って参りますわ~~」

 私は手を振ってその場から駆け出す。

「待っ……は、早っ……!?」

 まだ、何か言い足りないことがあったのか、ネチネチ王子は私に向かって手を伸ばそうとしていた。
 けれど、その手は虚しく宙をつかむ。

(うーん、ネチネチ王子は本当にネチネチですわ~)

 そんなことを思いながら、私は新国王となった陛下の元に向かった。



 本日の主役の陛下は人に囲まれていた。

「───陛下!」
「ん?  ああ、モンタニエ公爵夫人」
「本日はおめでとうございます」

 私が礼をとると陛下は照れくさそうに微笑んだ。
 先ほど、後継者として正式に発表されたばかりの私が現れたので、陛下を囲んでいた人たちは、おぉ……と言いながら退いていく。

「ありがとう。何だか改めて君に言われると照れるな。ところでずっと騒がしい様子だったが向こうの王太子殿下と何かあったのか?」
「え?」

 私が聞き返すと、陛下がとても苦々しい表情になる。

「しかも、だ。あのブランシュが高笑いしているのが見えた……」
「……あのって」

 改めて思いますわ。
 この方の中でのお母様という存在はいったいどうなっているのかしら?
 陛下は腕を組んでうーんと唸る。

「経験上、ブランシュが高笑いしている時は意図的に相手を煽って煽って煽って煽りまくっている時だ」
「まあ!」

 私が感心していると陛下はなにか言いたそうな目でじっと私を見る。
 そしてすぐに目を伏せると、ははは……と小さく笑った。

「そうだった……娘である夫人はよく似てはいるが…………こっちは無意識に煽って煽って煽って煽りまくっているから、ある意味ブランシュより与えるダメージが酷いタイプだった……な」
「陛下?」

 お母様とよく似てはいる……までしか聞こえませんでしたわ。

「……なんでもない。それでいったいあちらの国とは何を?」
「えっと……」
「夫人も知っていると思うが今、我が国とあちらの国は緊張状態なんだ」

 私は頷く。
 サ…………ジメ男からの手紙でそのことは聞いていたし、実際、本日久々にニコレット様にお会いしたところ、ジメ男と同じことを口にしていた。

「陛下。そのことも含めまして、私にあちらの国に訪問する許可を下さいませ」
「は?  訪問?」
「あちらの国王や王太子殿下には、どうやら私にがあるみたいなので、その望みを叶えて色々交渉して参りますわ」
「え、は?  やって欲しいお願い?  夫人、何を言って……いる?」

 明らかに陛下が戸惑っている。
 急すぎる話なのは分かっていますわ。
 ですが、私の野生の勘が言っていますの。

 ───王族クラッシャーフルール
 “今”が絶好の機会、逃すな、と!

「……ふ、夫人。君はいったいあちらの国のなんの望みを叶えようとしている?」
「お……」

 “王族クラッシャー”ですわ、と言いかけたその時だった。
 突然、室内の音楽が変わった。

(ん?  何だか明るい激しめの雰囲気の曲になりましたわね?)

 ダンスの曲とも違ったこの曲はなにかしら?
 非常に珍しいですわ。
 周囲もなんだ?  とその場が騒然とする。

「なんだ?  こんな演出、予定にあったか?」

 陛下もキョロキョロして不思議そうにしている。

「もうすぐ、“息子たち”の紹介の時間なのに……」

 陛下が困惑気味にそう口にした時、バーンと会場の扉が開いた。
 その音に何事かと一斉に皆が振り向く。

(……あ!)

 扉の向こうにいたのは、プリュドム公爵夫人を始めとした陛下の家族───
 おお!  と声を上げて皆の視線が釘付けになる。

 ───夫人、いや王妃様、だ。何年ぶりだ?
 ───新国王一家のご登場か……ん?  ではあの男性は……令息か?
 ───病弱で人前に出れないはずでは?
 ───待て!  令息が二人いるぞ!?
 ───え?  二人?  もう一人息子が生まれ……いやいや、そっくりだぞ!?

(ナタナエル様も一緒に登場することにしていたんですのね~)

 私はコソッと皆の反応を窺う。
 双子にまつわる事情を全く知らずにただただ純粋に驚いている者、双子のことは知っていたけれど、死んだという認識なのでどうして“彼”がここに?  という表情で驚いている者。
 そして──……

(不吉とされたナタナエル様が生きていることを実はずっと知っていて、秘密裏に彼を消そうと躍起になっていた人たち───)

 彼らは驚きよりも悔しそうに唇を噛んでいますわ。
 私は彼らの姿を新たなお掃除対象として目に焼きつける。

「……」

 私の大親友アニエス様を愛でる会、会員二番のナタナエル様がこれまで過ごして来た背景については、あの感動の対面の数日後にアニエス様が教えてくれましたわ。

(その話を聞いた時から、私はメラメラしていましたのよ!)

 子供は亡くなったと悲しむ王弟殿下夫妻に隠れてこっそり始末しようだなんて……許せませんでしたわ!
 あなた方の名前は、しっかりお菓子と共に覚えていますわ!

(クッキーサンドの侯爵!  ビスケットの伯爵!  フルーツタルトの伯爵!  ベリーパイの子爵!)

 私は彼らをお掃除対象リストの一番上に上書きした。
 そんな中、どうやら家族の登場のタイミングは事前に聞いていた話と違っていたようで、陛下が慌てている。

「早くないか?  そ、それよりなぜ、みんな一緒に?」

 陛下は目をまん丸にして自分の家族を見ている。

「辛くないかナタナエル?  ……ああ、それにレアンドルの体調は大丈夫なのか?  しかし、メリザンドは雰囲気が暗いな?  背後霊みたいになっているぞ」

 そして一気に父親の顔になって困っていた。
 それぞれ皆が驚いている中、王妃様となられた夫人が子供たちを紹介していく。
 幻の令息とナタナエル様が紹介されると大きなどよめきが起きた。

(凄いですわ~、そしてメリザンド様はまだ幽霊みたいですわ~)

「……あなた方も皆に挨拶なさい。レアンドル──そして、ナタナエル」

 王妃様に話を振られた双子の兄弟は互いに顔を見合わせるとコクリと頷く。
 何を言うつもりなのかと皆がドキドキする中、遂に発した幻の令息の初めての言葉は……

「えっと……踊ります……!」

 幻の令息の発したその言葉に、会場内が騒がしくなる。
 踊る?  踊るとは!?
 そんな皆がざわめく中、ナタナエル様が指をパチンと鳴らして合図を出した。
 その合図で演奏されていた音楽が変わり───

(まあ!)

 あの日、公爵邸で見た双子ダンスの進化バージョンがお披露目された。




「───レアンドル!?  ナタナエル!?  踊るなんて話、私は聞いてないぞーー!?」

 陛下が私の横で真っ青になって慌てている。

(凄いですわ!  あの時よりもバッチリ揃っていますわ!)

 きっと今日この日のために二人はこっそり練習を重ねていたに違いありません!
 また、本日は音楽付きなので迫力が違いましてよ!

(それに……これはすごい効果ですわ!)

 この場で双子ダンスを披露することで、病弱のはずの幻の令息が元気になってきたことをアピール。
 なおかつナタナエル様との息ピッタリな様子を見せつけることで、“双子は仲良し”“既に家族の一員”というのを下手に言葉にしなくても伝えられるという……考えましたわね!

 私は感心して大きく頷いた。



(あ、そこ! そこはクルッとターンですわ!)

 感心しながら二人の双子ダンスを見ながら本日も血を騒がせていると、幻の令息と私の目が合った。

「あ……野菜夫人……!」

 野菜夫人!?  と周囲がさらにどよめく中、私はにこっと笑顔で会釈する。
 すると、幻の令息が笑顔で私を呼んだ。

「あ……そうだ……!  野菜夫人、この間みたいに指示を出してよ……!」
「え?」

 私がびっくりしていると、幻の令息は満面の笑みを浮かべている。

「早く早く……!  ナタナエル、いいよね……?」
「うん。面白いからいいよ~!」
「え、いいんですの!?」

 ナタナエル様もすんなり頷いたことから、私も中央に連れ出される。

(こ、これは……血が騒ぎますわ~~!)

 野菜夫人とはモンタニエ公爵夫人のことなのかーー!?
 そんな声が聞こえる中、ここまで来たなら……と私はニンマリ笑って二人に指示を出した。



 ───結果。
 この日、新国王即位を祝うはずのパーティーの話題は全て『双子ダンスwith野菜夫人』で持ち切りとなった。
 さらに───

「フルールはレアンドル殿とナタナエル殿に動きの指示を出していたでしょ?」

 帰りの馬車の中。
 隣に座ったリシャール様が大変盛りあがったパーティーを振り返る。

「ふふ、誘われてノリノリになって最後は一緒に踊ってしまいましたわ!」
「その姿が次期女王は新国王の息子たちを既に掌握していた!  と皆の目には映ったみたいでさ」
「掌握?」
「うん。そのことから……」

 リシャール様がそこで言い淀む。
 私は気になるので先を促した。

「から?」
「フルール最強説がさらに強まったというか……」
「まあ!」

 最強というフレーズに私はニンマリする。

「ふふふふふ」
「嬉しそうだね、フルール」
「ええ!  嬉しいですわ」

 私はどーんと胸を張る。

「最強!  ……この調子でネチネチ王子の帰国に合わせてネチネチ国王の元に乗り込みますわーー!」
「…………その王子、寝込んじゃったけどね」
「なんでも双子ダンスの熱気にあてられてしまったとか」
「…………うん、まあ……」

 そう。
 私が双子ダンスの指揮を終えて満足して戻ると、なぜかネチネチ王子がその場に倒れていましたわ。
 大騒ぎです。

「ネチネチ王子は滞在を伸ばすそうですわね」
「ああ。そうして、ついでに僕らはあの王子を国までしっかり送り届けるという役目を仰せつかったわけだけど……」
「ふっふっふ!  ネチネチ国に乗り込む理由がきちんと出来ましたわ!」


 こうして色々あったパーティーは無事(?)に終わり、私たちはネチネチ国へ向かうことが決定。
 私は気合いを入れる。

(頑張りますわよーー!)

 “王族クラッシャーフルール”の名にかけて!

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