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277. 色気より食い気!
しおりを挟む(ん~……この方──寝ぼけちゃっているのかしら?)
隣の国とはいえ長旅でしたものね。
真っ先にそう思った私は、ネチネチ国の王太子殿下の顔をじっと見つめる。
私と目が合った彼は、口角を上げてニヤッと笑った。
「ははは、その顔……惜しいことをしたな、と今思ったでしょう?」
「……(寝ぼけているのかな、ですわ)」
「私も残念ですよ。父が執着していた舞姫の娘……身分は低くとも価値だけは高そうだと思っていたのに」
「……(価値?)」
ネチネチ国の王太子殿下はやれやれと肩を竦めた。
「しかも? 何故か三年ほど婚約していた伯爵令息ではなく、格上の公爵令息に乗り換えての結婚!」
「……(悪役令息にされた国宝を拾いましたわ!)」
「───父の願い通りに私と結婚していれば、公爵夫人なんかよりもっと上の……我らの国の王妃にもなれたというのに!」
「……(女王候補になりましたけど……?)」
そこまで言ったネチネチ王子はチラッとお母様に視線を向ける。
「バルバストルの舞姫様は自ら意思で父のプロポーズを断ったそうですが、どうやら貴女の娘さんは運が無かったようですね」
「……」
話を振られたお母様はにっこり笑うだけで何も答えない。
「ですが───……」
ネチネチ王子は私に視線を戻す。
また私たちの目が合った。
ネチネチ王子は自分の髪をかきあげると微笑みを浮かべた。
「今からでも貴女がその地位を望むのなら、夫の公爵と離縁したあとでも、特別に私の妃となれるようにかけあうつもりです」
そして自信満々の様子で続ける。
「どうです、とても美味しくていい話でしょう? どうせ地位くらいしか取り柄のない公爵なんて捨てて、ぜひ私と人生のやり直しを───」
「美味しい───……」
私が反応したので再びニヤッと笑ったネチネチ王子が私に向かって手を伸ばそうとした。
「……あ!」
ここで私は、にこっと微笑んだ。
「おっ! ははは、ようやく笑ってくれましたね? どうやら貴女もその気の様子。これは父上にいい報告が出来そ……」
「旦那様~!」
私は愛するリシャール様が、たくさんの料理を手にして戻って来ようとしている姿をネチネチ王子の肩越しに発見した。
私の全ての視線がリシャール様の手にする料理の皿に向かう。
(素敵ですわ! どれもこれも……私の大好物がたっぷりですのよーー!)
しかも、デザート付き……リシャール様のチョイスが完壁すぎます!
ここで大興奮した私。
リシャール様に向かって手を振ろうと身体を動かしたので、ネチネチ王子の伸ばした手がスカッと空振りした。
「え……」
呆然とするネチネチ王子。
一方、私は満面の笑みを浮かべる。
「───殿下! 夫が私のための料理の取り分けを終えて戻って来ましたの! ですから、私はこれで失礼させて頂きますわ!」
「………………は、い?」
ネチネチ王子の表情が笑顔のまま固まった。
「り、料理、だと?」
「はい! 夫は誰よりも私のことを愛してくれて理解してくれているので、私の好みもばっちり把握してくれているのです!」
「……え、」
「───私にはもったいないくらいの最っっ高の夫ですわ!!」
私は興奮して笑顔でそう言い切ると、今度はネチネチ王子の顔がピクピク引き攣っていく。
「い、や……公爵夫人。今、私はあなたにとってかなり美味しい話をしていまして……」
「美味しい話より、美味しい料理ですわ!」
「……え?」
「あんな美味しそうな…………逃したら絶対に後悔しますのよ!」
私の目がキラリと輝く。
「いや、待っ……逃して後悔するなら私の方の話でしょう!?」
ネチネチ王子が私の肩を掴もうと手を伸ばす。
私は咄嗟にそれを避けると首を横に振った。
「いいえ。比べるまでもありませんわ───料理です!」
「はぁ? ───いいや、よく考えろ。妃だぞ!? 公爵夫人なんかより格上の妃になれるんだぞ!?」
(しつこいですわ……)
さすが、ネチネチ国王の息子のネチネチ王子。
どこまで行ってもネチネチ国ですわ。
改めてそう思った。
「そう仰られましても……妃なんて興味がありませんし」
「興味がない!?」
「ええ……微塵も。私が今、興味あるのは愛する夫が持っているお皿の上の料理とデザートですもの」
「う、嘘だろ……う!?」
ネチネチ王子が後ろを振り返り、リシャール様が手に持っているお皿を睨みつける。
「わ、私が……この私の妃の地位があの皿に乗っている料理以下だと!?」
「はい。残念ながら……妃に全く魅力を感じません」
「な──」
そう頷いた時、リシャール様が私の傍までやって来た。
「フルール、お待たせ!」
「おかえりなさいませ、旦那様」
私が笑顔で答えるとリシャール様が照れくさそうに言った。
「こんな感じで大丈夫だった? 特にフルールの好きそうなものを中心に取ってきたんだけど?」
「はい! もう完壁ですわ!!」
「それは良かった───あ!」
リシャール様も嬉しそうに笑う。
そして、そこで横にいるネチネチ王子の存在に気付いて姿勢を正す。
「殿下。こんな状態で申し訳ございません。私はリシャール。リシャール・モンタニエと申します」
「あ、ああ……き、貴殿が」
何だかネチネチ王子が呆けていますわ。
(───なるほど!)
これはきっと、リシャール様の美しさに圧倒されているんですわ!
眩しいでしょう?
地位くらいしか取り柄がないでしたっけ?
そんなことはありません。
────私の夫は地位以外も完璧でしてよ!!
そんなリシャール様は国王級の笑顔でネチネチ王子に頭を下げた。
「どうやら、妻と義母上の話し相手になってくれていたようで、ありがとうございます」
「え、あ……あぁ」
「旦那様との離縁を勧められましたわ」
「へー……僕との離縁……りっ!?」
リシャール様の目がどういうこと!? と、言っている。
私も知りたいですわ。
だって……
(話があまりにもダラダラ長すぎて、よく分からなかったんですもの……!)
ですが、要約すると……
「お母様の……舞姫の娘である私を妃として迎えたかったそうなんですの」
「え? はっ……う、ん?」
「それで、何故か愛する夫であるあなたとの離縁を勧められてしまい、お断りしていましたの」
「え、えっと……?」
困惑した様子のリシャール様の目がネチネチ王子に向かう。
「フルール……」
そして、次に私の名前を呼びながらじっとこちらを見つめて来ました。
その目は、
“こいつ王子……王太子なんだよね?”
“なんで人妻を離縁させて妃に据えようとしてるんだ?”
“国、大丈夫?”
と言っていますわ。
(───同感ですわ!!)
私は大きく頷く。
「あ……なるほど。それでさっき睨まれたような気がしたのか……」
リシャール様は、はぁぁ……と大きなため息を吐く。
「フルール」
「旦那様?」
再度、名前を呼ばれて顔を上げる。
「はい。口を開けて?」
「え?」
突然、どうしたのかしら? と思いながらも言われた通り素直に口を開ける。
リシャール様はとても嬉しそうに微笑んだ。
そして、お皿の上に乗っていた肉を私の口に入れる。
(───こ、これはっ!!)
ゴクンッと飲み込んだ私は目を輝かせる。
お肉が一瞬で溶けましたわ! 至福!
「美味しいですわーー!」
「だろう? はい、じゃあ次はこっち」
私は笑顔で口を開ける。
「これも美味しいです!」
「良かった! 次はこれ、かな」
そう言ってリシャール様はどんどん私の口の中に美味しい料理をせっせと運んでくれる。
そして思った通り、どれも私の好みのど真ん中でとっても美味しい!
「フルールは何でも美味しく食べているけど、実はその中でも好みの味付けもあるみたいだから」
「旦那様……気付いてらしたの?」
「そりゃ、愛する可愛い奥さんのことだからね。分かるって」
リシャール様が優しく微笑む。
「フルールは特別好きな味付けの時は、可愛い顔が綻んでもっともっと可愛くなるんだ」
「まあ!」
「そんなフルールの幸せそうな顔を見ているだけで、僕も幸せな気分になれる」
「ふふ、それは私もですわ!」
私たちはお互いえへへと微笑み合い、ほんわかな空気が流れる。
「よし、じゃあ、次はこれ」
「はい!」
私があーんと再度、口を開きかけたその時。
「おいっ! 私の目の前で何をしているんだ!!」
(あ……)
その声で我に返った。
そういえば、ネチネチ王子がこの場にはいましたわね。
もう私の中で存在が消えていましたわ。
「……公爵! これはわざとか! わざと私に見せつけているんだな!?」
「お分かりいただけて良かったです。フルールのことを諦めてもらうにはこの方法が手っ取り早いと思いましたので」
リシャール様は悪びれず素直に白状する。
その開き直りともとれる態度にネチネチ王子は悔しそうに唇を噛んだ。
「きっ、貴様……自分がどれだけ愛されているのかをわざわざ見せつけて来たな!?」
「え?」
「そんなもの、私の力を持ってすればすぐに心変わりさせてみせ───」
「あ、いえ。違います。そっちではなく」
ネチネチ王子の言葉をリシャール様が首を振って否定する。
「は?」
「確かにフルールは僕のことをとても愛してくれています。心変わり? するはずがありません。というか、させません!」
さすがリシャール様。
きっばり断言してくれていますわ。素敵!
私はうっとりした気持ちでリシャール様を見つめる。
「なっ……」
「今、あなたに見せつけたかったのはそっちではなく……」
「……なく?」
怪訝そうな様子のネチネチ王子。
リシャール様はここで一旦言葉を切ると、どーんと胸を張った。
「──殿下。おそれながら今……フルールにとってのあなたはこの料理以下の存在だ! ということを見せつけました!」
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