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275. 最強を通り越した何か
しおりを挟むその日の夜。
私は今日分かったことをリシャール様に報告する。
「───と、いうわけで! 王弟殿下とのお話でお母様の舞はやはり最強なのだと分かりましたわ」
「う、うん」
私はその場でくるくる回りながら説明する。
本格的に踊ると怒られてしまいますが回るくらいなら許容範囲ですわ!
「え……あっちの国との関係が微妙なのってそんな理由……?」
「表向きは違う理由を述べているようですが……根本はそこじゃないかって王弟殿下が」
「だとしたら……私情を挟みすぎだろう!?」
リシャール様が頭を抱える。
「それから、私のお掃除リスト入りされた栄えある方々ですが……」
「う、うん?」
「なんと、半数ほどがすでに戦線離脱しておりましたわ!」
「───え!? 戦線離脱!?」
さらに驚くリシャール様に向けて私はクルッと最後のターンを決めて大きく頷く。
「ええ! すでに王宮を去っていたようです」
「なんで? ……だってリスト入りしたのはついこの間……フルール!? もう彼らを潰しにかかっていたの!?」
「えっと……」
私は“お礼”として彼らに贈り物をしたお花について説明する。
「───王弟殿下が言うにはフルールスペシャルの力だと……あんなに可愛いお花を集めて作りましたのに」
「……」
「旦那様?」
リシャール様は額に手を当てて天を仰いでいた。
「いや、フルールがその気になれば国の一つや二つ……簡単に壊滅させられるのでは? と思ってさ」
「まあ! 旦那様ったら大袈裟ですわ」
「大袈裟かな……?」
「ええ!」
私は、ふふふ……と笑い飛ばす。
国を壊滅させるなんて───そんなことが出来たらもう、目標とする“最強”を通り越した“何か”になってしまいますわ。
そんなのさすがに想像つきません。
「いや、僕はかなり本気で言っているんだけど?」
「もう! 旦那様ったら」
私は自分からギュッとリシャール様に抱きつく。
「フルール……?」
「えい!」
そして、そのままリシャール様をドンッとその場に押し倒す。
「え……? どうした、の?」
「……」
押し倒されて目を丸くしているリシャール様に向かってニンマリ笑う。
「今日の帰りにゴテゴテ夫人──えっと、モサ男夫人と偶然お会いしましてアドバイスを頂きましたの」
「ア、アドバイス?」
リシャール様の表情がさらに戸惑う。
「そうですわ。私はのほほんとしているそうなので、妻の座に居座れたからって満足しているとすぐに飽きられてしまいますわよって」
「う、ん?」
「これは前に……そう。メリザンド様が旦那様に色仕掛けした時にお母様から頂いたアドバイスと同じでしたの!」
「あ、あの時の……!」
リシャール様はそっと自分の首筋に手を当てて何処か怯えた顔になる。
そこは前に私が勢い余ってガブッとした……
「……」
お母様もそうですが、長年夫と結婚生活を送っている方のアドバイスは無視出来ません!
ゴテゴテ夫人曰く───
「今日はそんな気分じゃないと言って、逃げようとする夫を無理やり妻の方から押し倒さないと頭が空っぽの顔が可愛いだけが取り柄の若い女に取られてしまうそうです」
「えっと……夫人の実体験か何かかな?」
「失敗するともっと夫に嫌われる行為なので、諸刃の剣だそうですが───」
(リシャール様は大丈夫ですわ!!)
だって、私は以前リシャール様のことを誘惑して美味しく食べましたもの!
今回も同じですわ!
「えっと、フルール? ちょっと、ま、待って?」
「……」
(待て……と夫が静止して来ても、それは照れているだけだから強引に行くといい───)
ゴテゴテ夫人のアドバイスを思い出す。
と、いうことで私はまず、着ていたガウンを脱ぐ。
前は少し気恥ずかしくて照れてしまったけれど、もう大丈夫!
私も成長しましたのよ!
「!」
脱ぎ捨てられたガウンと薄い寝巻き一枚になった私の姿を見たリシャール様が息を呑んで慌て出す。
「……フルール、お、お酒! お酒飲んだ!?」
「いいえ! 一にお酒、二にお酒、三四もお酒で五にお酒! 皆の言いつけを守って、最近は飲み物は全て疑ってかかってから口にしていますのできちんと防げていますわ」
私はリシャール様の上に乗ったまま、えっへんと大きく胸を張る。
愛する夫……リシャール様との熱い夜を記憶にございません! にするなんて絶対に嫌ですからね!
「つ、つまり、前と同じで素面……」
「───ふふふ」
私は妖艶に笑う。
「フル……」
「旦那様……ご安心ください。あれから私も成長しましたわ?」
「えっと……成長?」
「そう、成長! ────今夜は寝かせません!! 覚悟なさいませーーーー!」
「~~~~っ!!」
その日は、確かに(色んな意味で)眠れない夜となった。
─────
そうして迎えた王弟殿下の即位の日。
「本日から陛下とお呼びするなんて変な気分ですわ」
支度を終えて、出発に向かう準備をしながらそう口にするとリシャール様がクスッと笑った。
「フルールだって、今日を持って正式に次期女王候補となるんだから、将来は陛下と呼ばれるかもしれないのに?」
「それとこれとは別ですわ!」
(───でも、ちょっとかっこいいですわ)
「……かっこいいかもって思った?」
「なっ! なんで分かるんですの!」
あっさり見抜かれてしまったので、じとっと睨むとリシャール様はハハハと笑った。
「そりゃ、僕は誰よりもフルールのことを愛してる夫だからね」
「……もう!」
私がプイッと顔を逸らすとリシャール様は嬉しそうに笑って顔を近づけて来る。
「ダメ……紅が落ちて……しまいます、わ?」
「ん? また塗ればいい」
「……リシャー」
抗議の声は甘い甘いキスで塞がれた。
そして、イチャイチャを終えた私たちは王宮へと移動。
王弟殿下の即位の儀も始まり、着々と進んでいる。
「特にトラブルもなく進んでいて安心ですわ」
「問題起こしそうな人物たちは軒並み寝込んで療養中だからね」
私の隣に座るリシャール様は苦笑しながらそう言った。
「旦那様……」
「フルールスペシャルの威力だよ。だいぶ綺麗になった」
顔を見合せてふふっと小さく笑った後、国賓の席に目を向ける。
私はその中の一人に視線を移す。
(あの方が───ネチネチ国の王太子殿下!)
事前に姿絵で確認してあるので間違いありませんわ!
「旦那様───ネチネチ国のあの方も、今のところは静かですわね」
「ネチ……」
リシャール様が何か言おうとしたその時、即位の儀が行われている会場内が騒がしくなる。
私は目を輝かせた。
(あ……!)
「───お母様ですわ! 素敵!」
お母様は王弟殿下に頼まれたそうで、儀式の場で即位を祝う舞を披露することになっている。
「踊っている義母上を見ることは珍しくないけど、しっかり衣装も着て大勢の前で踊るところを見るのは初めてかも……」
「そうですわね! なかなかない機会ですわ」
そんな話をしているとお母様は王弟殿下もとい、新国王陛下に向かって跪き一礼する。
「……」
「フルール? どうしたの?」
その様子を見て黙り込んだ私の顔をリシャール様が心配そうに覗き込む。
「あ……いえ、改めて何だかお母様と陛下の関係は不思議だなと思いましたの」
「うん?」
「殿……陛下から即位の儀で踊って欲しい、と頼まれたお母様は突然だったのに驚く様子もなくその話を受け入れたそうですわ……まるで約束してあったかのように」
「そうなんだ?」
ですから、本当にあの二人は仲が良いのか悪いのかよく分かりませんわ!
実際、お母様が踊り出した動きは完全にこの時の為に用意したかのような特別バージョン。
「お母様は王弟殿下がいつか国王陛下になるかも……と思っていたのかしら?」
お祝いの舞を踊るお母様を見ながら私はポソッと呟く。
「うーん、どうかな? でも、前国王のことはかなり嫌っていたみたいだから、隙あらば蹴落として弟にすげ替えたいとは思っていたかも」
「お母様……」
「まあ、それでもさすがにフルールが後継者になるとまでは思ってもいなかっただろうけど」
「───それは私もですわ!」
儀式の後のパーティーの中で、新国王陛下は“息子たち”を正式に紹介するのだという。
後々、変な形で話が広がるくらいなら大勢が集まる場所で先に公表することが一番いいと皆で決めたそう。
そして、とっくに話は広まっているから今更だけれど、私もそこで正式に後継者としての指名を受けることになる。
(でも……)
何だか胸がゾワゾワするのは何故かしら───?
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