王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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274. お礼です

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「旦那様?  難しい顔をしてどうされましたの?」
「あ、フルール。うん……」

 王弟殿下の即位が目前に迫ったある日。
 朝、リシャール様が手紙を片手に難しい顔をしていた。
 心配になった私は隣にそっと腰をおろす。

「眉間の皺がすごいですわ」

 私は指でグリグリとリシャール様の眉間の皺を伸ばそうとする。

「──でも、そんな憂い顔も素敵ですわ、旦那様」
「ははは、ありがとう」
「それで?  何かありました?  そのお手紙を読みながら、ため息を吐いていましたけど……?」
「え?  ため息?」

 リシャール様は驚いた顔を私に向ける。
 なんと!  短い間に五回もため息を吐いていましたのに、全部無意識だったようですわ。

(……はっ!)

 ここで名探偵フルール発動ですわ!

「もしかして、旦那様の美貌と頭脳と行動力に嫉妬した身の程知らずな方からの嫌がらせですの?」
「え!?」
「どなたです?  国宝に張り合おうなんて何百万年経っても早いということをこの私が教えて差し上げますわ!」
「フ、フルール!?」
「以前もそういう方がいましたわよね?  今度はどこのどなたです?  一緒にお掃除リストに載せます?」

 私はグイグイとリシャール様に迫る。

「待っ……落ち着いてくれ、フルール。手紙の送り主は弟だよ!」
「え?  ジメ男?」

 私に迫られたリシャール様がしどろもどろになりながらも手紙の差出人の名を見せてくれた。

「ほら、ここ!  よく見て!」
「……」

 私はじっと差出人の名前を見つめる。
 そこには“サミュエル”と書いてあった。

(サミュ……エル)

「……」
「……フルール。なんで固まっているんだ?  大丈夫?  あいつの名前覚えている?」

 リシャール様が私の前で手を上下に動かす。
 そうでしたわ。
 愛する夫、リシャール様の弟……私の義弟の名は……サミュ……サ……

「───ふっ、もちろん大丈夫ですわ!  義弟の名前ですもの!」
「それは良かった。フルールは最近、色んな人の名前を頭に詰め込んでいるから」
「……え、ええ」
「弟の名前も何かのおやつと紐づけしないとあっさり忘れ去られるのかも、と思っていたよ」

 リシャール様はホッと胸を撫で下ろす。

「……」

(ダメですわ。他の方はどうにかなってもジメ男はもうすっかり定着してしまっていますのよ……)

 これ以上、ジメ男の名前を掘り下げられる前に話題を切り替えることにした。

「えっと、これまでも辺境伯領からお手紙は時々、来ていましたわよね?」
「うん」
「旦那様が今回はため息を吐いていた、ということは……何か良くない報せ?」

 そこで、私は気付く。
 ジメ男が目指している辺境伯領への婿入り問題。

「はっ!  ま、まさかニコレット様との婚約に暗雲が……」
「え……あ、違う、違うよ、そっちはなんとか頑張っているみたいだから!」

 リシャール様が慌てて否定する。
 どうやらジメ男は、脱ジメ男を頑張っているらしい。
 では?

「……王弟殿下の即位に伴って行われるパーティーがあるだろう?」
「ええ」
「そのために、王都に出てくるという報告なんだけど」

 リシャール様はそこで言葉を切ると顔を曇らせた。

「どうしましたの?」
「……辺境伯領が接している方の国があるだろう?」
「ああ、我が国と関係がいまいちの方の国ですわね?」
「そう。あっちの国が何だかきな臭い様子という報告なんだ」
「……まあ!」

 私はゴクリと唾を飲み込む。

「だから、警戒態勢を強めないといけないので、当初の予定より人数減らしてこっちに来るんだって」
「でも、確かあちらの国の王族もパーティーには招待されていたはずですわ」

 確か、国王ではなく王太子殿下が名代でやって来ると聞いている。
 リシャール様は頷きながら息を吐いた。

「そう。何事も無ければいいんだけどね───」


────


「───ええ!?  あちらの国の陛下は、お母様のファンなのですか!?」
「ん?  モンタニエ公爵夫人。君はブランシュから話を聞いていないのか?」

 その日の午後。
 本日もお掃除リストを更新しながら王宮で勉強していたら、王弟殿下に呼び出された。
 そして朝、リシャール様が言っていたことと同じような話を聞かされる。
 ただ、少し違ったのは……あちらの国王陛下の話だった。

「聞いていませんわ」
「そうなのか」
「お母様には他国にもファンがいることは聞いていましたけれど……」

 我が国と隣接する両隣の国の陛下たちがファンというのは……

(おそろしいですわ……!)

 いくら公爵夫人になろうとも、次期後継者の女王候補となろうとも、やはりお母様にはまだまだ追いつけませんわ!  
 改めてそう実感させられる。

「あれ?  ですがあちらの国の陛下はお母様のファンなのに、我が国との関係は微妙なんですの?」
「───ブランシュが手に入らなかったから」
「……はい?」

 王弟殿下が遠い目をする。

「現国王……当時の王子は我が国に留学中、ブランシュの踊りに惚れてブランシュごと連れて帰りたかったそうだが叶わず……」
「……」
「それでも当時の国王が息子を諌めてくれていたから、幸い国同士で揉めることまではなかったそうだが……」
「あ……」

 そこまでの言葉で理解した。
 最近、改めて周辺国の歴史なども学び直したからちょうど記憶に残っている。
 あちらの国の当時の国王はもう亡くなっている。

 そしてもともと以前から怪しかった我が国との関係がさらに微妙に変化し始めたのはその後───

「……こちらもネチネチしていますわね───ネチネチ国ですわね」
「は?  ネチネチ?」
「いえ、こちらの話ですわ」

 私は首を横に振る。
 これは──通称ネチネチ国にゴタゴタしている所を見せるわけにはいきませんわ!

(早々にお掃除を始めて綺麗にしないといけません!)

「ふ、夫人?  どうした?  目が据わっているぞ!?」
「気のせいですわ。やる気に満ち溢れているだけですの」
「……やる気!?  なんのだ!」

 ビクッと身体を震わせた王弟殿下に向かって私はにっこり微笑む。

「───もちろん、大掃除ですわ!」
「お、大掃除?」
「ええ!  もうリストはほぼ出来上がっておりますの!」

 私は持参していたリストの束をバサッと机に置く。

「……その持っている紙の束は何かと思っていたが、リスト?」
「こちらに載っている方々は甘い汁が大好きな人たちですわ!」
「甘い汁……?」

 王弟殿下は眉をひそめながら、そのリストに目を通していく。

「ん……?  ああ、主に王家は存続すべき!  そして次代はレアンドルへ!  と強く主張していた者たちか」
「そうですわ」

 さすが王弟殿下。
 私と違って名前と顔がすぐに一致して分かるようですわ!

「だが……名前の横に書かれている甘そうなお菓子の名はなんだ?  そういえば──夫人は暗号が得意と聞いた、な。もしかしてこれは何かの暗号なのか!?」
「……」
「なるほど、こいつはクッキーサンド……そういえば最近、愛人の存在が発覚して妻と愛人の間に挟まれて肩身の狭い思いをしていたな……なるほど!」

 王弟殿下は私の暗記用のメモを見て目を輝かせた。
 そして勝手にアレコレ推理を始めてしまいましたわ。

(ただの私の暗記用メモでお菓子の名前はその時の私のおやつですわ~?)

 暗号だーーと、目を輝かせているので言い出しにくい。

「ふむ……だが夫人。このリストの中の人物たち、最近体調不良を訴えて療養のために領地に帰ると行って王宮から去って行った者がチラホラ見受けられるのだが……」
「あら、そうなんですか?」
「間違いないぞ、たとえばこの伯爵とか……こちらの侯爵や男爵もそうだな」

 そう言って王弟殿下が示すリストの人物の名前を見て思い出す。
 私はポンッと手を叩いた。

「まあ!  この方たちは、私がお礼を贈り返した方々ですわね!」
「……お礼?」
「ええ、大したものではなく、お礼ですけれど」
「なぜ、彼らにお礼を?」

 王弟殿下が怪訝そうに私に訊ねる。

「私に次期後継者の座を辞退しろというお手紙と贈り物をわざわざ家まで送って下さったからですわ!」
「なっ……!」
「お手紙の内容はあれですが、贈り物もありましたので、ここはきっちりお礼は返さないとと思い、お礼状と共に私の育てた花を贈りましたの」
「……花!  とはあれか!?  メリザンドへの見舞いに持って来た邪あ……く、いや、コホンッ、み、未知の……」

 クワッと王弟殿下の目が目が大きく見開かれる。

「さすがにあの時ほどの豪華な花束にはしていませんが……あと、あの時もですが、お花そのものは珍しい種類のものではありませんわ」
「な、に?  あの時……も?」
「ええ」
「……っっ!?」

 どうしてそんなに驚くのかしら?
 王弟殿下の老眼が本当に本当に心配ですわ。

「とにかく……だ。まさか、彼らは夫人からのお礼の贈り物の花を受け取った後……体調不良に……?  そういえばメリザンドもあの時、寝込んで…………」

 王弟殿下は口に手を当てると何やらブツブツと呟き出した。

「どうしました?」
「え?  あ、い、いや……」

 王弟殿下は青い顔で口ごもる。
 そしてチラッと私の顔を見ながらこう言った。

「つ、つまり、彼らはもう夫人の手によって…………倒され……ていた、のか……」

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