王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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273. 着々と……

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「───えっと?  ピチピチ男にモサ男に……ひょろメガネ?」
「そうですわ!  本日、王弟殿下との話し合いを終えて帰ろうとしましたら、王宮内で声をかけていただきましたの」

 その日の夜。
 私は昼間の話をリシャール様に報告する。

「……」
「ネチネチトリオの彼らからは幻の令息を裏から操って甘い汁を吸いたいと思っているのが見え見えでしたので、これはお掃除対象だと思いましてしっかり顔を覚えて帰って来ましたわ!」
「……ネチネチトリオ」

 私が満面の笑みで説明すると、リシャール様は頭を手に当てて黙り込む。

「旦那様?」
「……お掃除って?」
「次期後継者として、まずは人の顔と名前を覚えながら、王宮の大掃除から始めようと思いますの」

 私はドンッと机に白紙の紙の束を置く。

「そのためのリスト作りですわ!」
「そ、そうか……うん」
「さあ、旦那様!  ピチピチ男とモサ男とひょろメガネ……彼らはそれなりに力を持った貴族の当主だと思われますが、どこの誰ですの!?」
「え?  どこの誰って……フルール?」
「旦那様には分かりますわよね!?」

 私はペンを握りしめてキラキラの目でリシャール様に訊ねた。

「うっ!  その目……すごい期待されているっ!」
「旦那様?」
「~~っっ!  ……可愛い……うぅっ」





「ふっふっふ!  凄いですわ!  さすが旦那様!」

 私は栄えあるお掃除リストに初記載されたネチネチトリオの名前を見て満足気に微笑む。
 リシャール様は私に、ネチネチトリオの特徴を事細かに聞いて来た。

『服がピッチピチでしたの!』
『──もっと詳しく!!』
『お腹がでっぷりしていましたわ!』
『いやいやいや、結構いっぱいいるからね!?』

 なんてやり取りをたくさん繰り返しましたわ。
 その後もじっくりコトコト煮詰めて見当した結果、ネチネチトリオがどこの誰なのかも無事に判明した。

「……フルールの言う“特徴”と、王族存続派の人間で一致するのは彼らだと……思う……」

 そう口にするリシャール様。
 机に突っ伏していて何だかとってもお疲れの様子。

「ふふふふふ。この調子でどんどんリストの作成を進めていきますわよ~」
「フ、フルール……可愛いけどめちゃくちゃ悪い顔してる……」
「今しかありませんからねっ!」

 だって!  
 これは公の場で正式な発表前となる今が最大のチャンスですのよ!

「明日からも、じゃんじゃん王宮に顔を出して皆様の反応を探りますわ!」
「フルールがやる気満々……」
「当然ですわ?」

 机に突っ伏していたリシャール様は、とっても優しい眼差しで私を見つめてくれていた。
 さすが愛する夫。
 その眼差しは“お掃除頑張れ”ですわね!!


────


(すごいですわ~)

「フルール様!  応援してます!  頑張ってください」
「ありがとうございます」
「その無敵のパワーで悪人を懲らしめてやってください!」

(無敵のパワー?)

 なんて、ちょっと不思議なことを言いながらも頬を染めて照れながら可愛らしく応援してくれる令嬢もいれば、心配してくれる方もいた。

「モンタニエ公爵夫人に女王陛下のお勤めなんて出来るのかしら……心配ですわ」 

(心配してくださる方は夫人が多い気がしますわ~)

 今日の心配者はこちらの夫人。
 頭がゴージャスに巻かれていて何か派手なものがたくさん刺さっていますわ。

(ゴテゴテ夫人!)

「ご心配ありがとうございます!」
「貴女のようにのほほんとされている姿を見ると、どうしても心配で心配で……」

(のほほん……?)

 よく分からないけれど、きっと私のことを軟弱だと思われての心配と不安に違いありませんわ!
 だって、この夫人はこんなにも頭が重そうなのにケロッとしていますもの。
 だから、きっと首をかなり鍛えているに違いありません!
 そのような方から見れば……まだまだ私なんてひよっこですわ!

 私はグッと拳を握る。

(ですが、私だって───)

「ですから、私の夫が言っているようにフルール様には───」
「いいえ!  心配ご無用ですわ!  実は最近、ようやく私もカップにヒビを入れられるほどの力を手に入れましたの」

 私は満面の笑みでそのご夫人に拳を見せる。

「……は?  カップ……?  ヒビ……?」
「はい!  カップにヒビですわ」

 そして目の前で拳をにぎにぎしてみる。

「…………は、い?」
「目標としていた粉砕して粉々にするまではあと少しですの」
「ふん……さい、こなごな……」

 夫人は高速でパチバチパチと瞬きを繰り返していますわ。

「あの……?」
「え……そんな拳をお持ちに?  ひ……人、人に向けたら、え?  どうな……え?」
「人に?  残念ながら“まだ”人に向けたことは無いので───」
「まだ!?」
「あ、せっかくなので試してみます?」

 私がにっこり笑顔で夫人に訊ねる。

「試す!?」
「はい!  今ここで───」
「い、嫌ぁぁあぁぁあぁーーーー」

 ゴテゴテ夫人はとっても元気いっぱいに走り出した。

「あら?  行ってしまわれたわ」

(その辺にいる衛兵に少しだけお願いして軽く拳を交える姿をお見せしようと思ったのだけど……?)

「あのバランスの難しそうな頭とヒールの靴でのあの走り……凄いですわ」

 ゴテゴテ夫人……
 いったいどちらの夫人だったかしら───?
 私はうーんと考え込む。

(やはり、人の顔を覚えるのは苦手ですわ)

 そんなことを思いながら王宮内を歩く。
 ちなみに本日の私の目的の場所は王宮の図書室なのだけど、なかなか辿り着けませんわ。

「───モンタニエ公爵夫人」
「はい?」

 ほら、また声をかけられました。
 フルール史上、最大のモテ期がやって来ていますわ!

(今度はどこのどなた!?)

 振り向くと同世代の若そうな男性。
 名前は…………誰だったかしら?

(何だかメガネの顔に覚えはありますけども)

 どこで会った方だったかしら?

「夫人、こんにちは。これからどちらに?」
「図書室ですわ」

 私が笑顔で答えるとそのメガネ男は頷いた。

「夫人はまさか今更、勉強を?」
「え?」

 その方はプッと鼻で笑った。

「いいですか?  先日、私の父も申し上げたと思いますが───」

(わたしのちち?)

 そう言って彼はため息を吐くとメガネをクイッと押し上げた。

「……」

(この顔……どこかで見たような……)

 私はじっとそのメガネ男の顔をを見つめる。
 すると彼は顔を赤くして急に慌てだした。

「……なんですか?  私の顔になにか付いていますか?」
「え、ええ……まあ(メガネが)」
「なっ……!  だから何をそんなにじっと……はっ!  まさかこれは私を誘って……?」
「……」

(いえ、違うわ。顔ではなく最近、このメガネをどこかで見た気がする……)

 私が考え込んでいると彼はニヤッと口元を緩める。

「ははは、公爵夫人で女王候補ともあろう方が……これはこれは随分とふしだらな……」
「……」
「いいでしょう。これで貴女のふしだらな噂が広がれば私の父もきっと満足することでしょう」

 父──その言葉でハッと思い出した。

(ひょろメガネですわーーーー!)

 間違いありません!
 この方はひょろメガネのご子息ですわ!  
 答えが出てようやくスッキリしましたわ。

「フッ……さて、夫人。では、今のうちにこっそり私の執務室に移動……」
「え?  何故ですか?」
「!?」

 ひょろメガネ家については調査済みでお掃除は既に決定事項。
 ですからもう特に息子さんに用はありません。

 私が聞き返すとひょろメガネ息子は口をあんぐり開けて私を見つめる。

「え、いや、今……夫人の方から誘って……」

 私は眉をひそめる。

「私から誘う?  どちらにかしら?  ごめんなさい。いったい何の話かよく分かりませんが、私はこれから夫と図書室で待ち合わせていますので失礼しますわ」
「夫?  ……夫って」
「もちろん!  こくほ……とっても素敵な私の夫、モンタニエ公爵ですわ!」
「……」

 黙り込んだひょろメガネ息子に向かって私は笑顔で頭を下げるとその場を後にした。
 そして歩きながらふと思った。

(ひょろメガネ息子の用事はなんだったのかしら?)

 なにやらお誘いと言っていたけれど……
 もしかして、私がお腹を空かせておやつが食べたくなっていたことを見抜いていたのかしら?

「だとしたら、油断なりませんわね……」

 お掃除対象にいち早くリスト入りしたひょろメガネ家ですけども、息子も侮れない人物なら早々に王宮から捨てなくてはいけない家のようですわ。
 私は脳内でリストの名前の順番を入れ替える。

「さて、急がなくては!  リシャール様がおやつを持って私を図書室で待ってくれていますわ!」

 リシャール様は空いた時間に図書室で私の勉強に付き合ってくれる。
 そうして勉強後のご褒美として必ずおやつを用意しておいてくれる素敵な夫ですわ。
 こうすることで、後に勉強したこととその日のおやつが紐づけられて私の暗記も捗ります。

(素晴らしいですわ!)

「ふっふふ~、今日のおやつは何かしら~」



 こうして多くの人に声をかけられるようになった私。
 おかげでお掃除リストは順番を入れ替えながらも着々と名前が埋まっていく。


 そして、いよいよ王弟殿下の即位の日も目前まで迫って来ていた。

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