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271. 女王候補フルール

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───


「お腹も満たされましたし、帰りますわ!」
「フルール……お前、本当に自由だな」
「お兄様?」

 リシャール様がお母様に聞きたかったことも聞き終えたし、(おやつが出されたので)お腹も満足した私たちは帰宅することにした。
 すると、お兄様がじとっとした目で私を見てくる。

「でも、そこがフルールの最強なところだからなぁ……」

 何やらブツブツ言っているお兄様は手を伸ばして私の頭をワシャワシャと撫でる。

「ちょっと、お兄様!?  また、私の髪が乱れましたわ!?」
「ははは」

 抗議の声をあげるも、お兄様は笑うだけ。

「何かあったらいつでも頼ってこい。オリアンヌもいるからな」
「お兄様……」

 お兄様の横でオリアンヌお姉様もウンウンと大きく頷いてくれている。

「それから、酒……酒だ。一に酒、二に酒、三四も酒、五にも酒に気を付けろだ!  いいか!?  とにかく喉に入れる飲み物は全て酒だと疑え!」
「全部お酒…………酔っぱらいの世界ですわ」
「あと、妙なあだ名を付けるのは構わないが……絶っっっっ対にその人の前で口にするなよ!?  というか少しは覚えろ!!」
「一度は頭に入るんですけれど、何故かスーッ……と消えていくのです」

 私がそう答えると、お兄様は苦笑する。
 そして、はぁ……と息を吐く。そして何故かそのままその場に跪いた。

「お兄様?」
「───いってらっしゃいませ、女王様」
「!」

 息を呑んだ私は懐かしさにニンマリ笑う。

「ええ!  行ってきますわ!」

 満面の笑みでお兄様たちに手を振って、私はシャンボン伯爵家を後にした。




 帰りの馬車の中に乗り込むと、隣に腰を下ろしたリシャール様がそっと私の肩にもたれかかる。
 リシャール様がこんな風に甘えてくるのは珍しいですわ。

「旦那様、疲れてしまいました?」
「ははは、そうだね。本当にフルールの体力を見習わないと……いけないなぁ」
「私も明日からは走り込みを増やしますわ!!」
「え!?」

 リシャール様がビクッとして、驚きの声を上げる。

「なにか?」
「飽くなき向上心……うん。やっぱりフルールはフルールだ」
「旦那様……」
「そういうところも───好きだよ、フルール。僕の可愛い奥さん」

 私の肩から頭をゆっくり起こしたリシャール様が優しく微笑む。
 胸が盛大にキュンキュンする。

(───ああ、今日も素敵なお顔ですわ!!)

 国宝級の顔にうっとり見惚れていると、リシャール様はそのまま顎に手をかけて私を上に向かせる。
 そして、そのまま唇に優しいキスを落とした。



「…………そういえば、なんだかんだでお母様はやっぱり王弟殿下の秘密を知っていましたわね?」

 私はお母様に頼み込んでその“夢”とやらの話をどうにか聞き出した。
 それを聞いてなるほど……と納得した。

(やはり、王族は自由が少ないですわね──……)

「ああ、そうだね。義母上が凄いのか、王弟殿下が分かりやすいのか……どっちかな?」
「両方では?」

 私たちはクスリと笑う。

「……お母様、王弟殿下のおねしょのこととか、夫人への一途な片思いのこととかは世間に噂を流してやったわ……と言っていましたけど」
「うん」
「でも、王弟殿下が必死に隠していた“それ”は暴かなかったのですね……」

 ふとそう思ったので口にすると、リシャール様はなぜか笑った。

「義母上のそういうところ、僕はやっぱりフルールの母親だなって思うよ」
「……?  どういう意味ですの?」

 私が聞き返すと、リシャール様は笑みを深める。

「言動も行動も自由奔放に振舞っているように見えるけどその実、ちゃんとところ」
「?」
「フルールの場合は計算ではなく、完全に本能なんだけどね」

 リシャール様の言い方は曖昧だったけれど、私の野生の勘のことを言われているのだと理解した。

「───王弟殿下には、今はみっちり働いてもらって…………そうですわね。お母様の言う通り夢は老後に叶えて貰い、それからゆっくりしてもらいますわ!」
「ははは!  未来の女王候補様は容赦がないね?」
「スパルタですわ!」

 私は満面の笑みで胸を張った。



 それから、約二週間後。
 私は正式に王弟殿下からの呼び出しを受けた。



「思っていたより時間がかかりましたわね……?」

 その日の夜、王宮から帰って来たリシャール様がため息と共に教えてくれた。

「うん。王家存続派の人たちが、よりにもよって“破滅を呼ぶ娘”を後継に選ぶなどと正気か……って王弟殿下を強く問い詰めていたからね」
「破滅を呼ぶ娘……」

 何だか懐かしい響きですわ。
 確かオリアンヌお姉様の生家と揉めた時でしたわね。
 お兄様とオリアンヌお姉様の間に愛が芽生えていたことも、あの時知りましたわ!

「そういえば結局、あれはどこの“フルールさん”のことだったのでしょうね?」
「え?」

 私がそう口にすると、リシャール様がポカンとした顔で私を凝視する。

「旦那様?」
「え……あ、す、すまない。どこのフルールさん?  などという不思議な言葉が聞こえて来たものだから。えっと?」
「旦那様こそ何を言っていますの?  あの時も私は言ったでしょう?  あれはどこかのフルールさんの噂に私が便乗して全力で乗っかっただけですわ?」

 何故か黙り込むリシャール様。

「言ってた……確かにそれは言っていたけど……え?  本当の本当にあれからもずっとそう思って……いた?」
「ええ」
「私は、破滅を呼ぶ娘だの陛下の恐れる娘だのと呼ばれてしまったフルールさんの幸せを願っていますわ……」

 私がお祈りのポーズ取ったら、なぜかリシャール様は今度は顔に手を当てて黙り込む。
 一緒にお祈り?
 それにしては変わったポーズですわね?

「もしかしたら、そのフルールさんも、あれから結婚されて破滅を呼ぶ娘から、破滅を呼ぶ夫人になっているかもしれませんわ!」
「うん、夫人だね…………」
「元気で過ごされているといいのですが」
「うん、めちゃくちゃ元気いっぱいだよ…………」
「?」

 リシャール様がちょっと変わった相槌を打ってくる。

「……とりあえず、王弟殿下が粘って粘って粘ったことと、王宮内の熱烈なフルールファンの後押しもあって王家存続派を黙らせた」
「まあ!  粘り勝ち!」

(ところで……)

 私はリシャール様の言葉に納得しながらも首を捻る。

「私のファンってなんですの?」
「そのままの意味だよ。フルールのファン」

 リシャール様はあっけらかんとした顔で言う。
 ファン……私のファン……

「ファンがいますの?」
「あれ?  言ってなかった?  フルールって令嬢たちからの支持も熱いけど、結構、僕らの両親くらいの世代の……特におじさんから人気だよ?」
「まあ!」

 モテ期!  
 なんと私のモテ期がやって来ましたわーー!

「なんか、子どもや孫がハチャメチャしているみたいで見ていて楽しいんだって」

(ん?)

 内心で大きくはしゃいでいた私は、眉をひそめる。

「孫、ですの?」
「うん。孫って言っていた」

 聞き返してみたところ、リシャール様ははっきりと頷いた。
 なんということでしょう!

(これでも私は立派な人妻だと言うのに……皆さま、いったい私を何歳だと……!)

「───なんであれ、渋々でも王家存続派が頷いてくれて良かったよ」
「……王宮に行ったら私、ネチネチされそうですわ」
「ちなみに存続派は、レアンドル殿を後継者にしたがっていた」
「あら」

 リシャール様はふぅ、と息を吐く。

「病弱な彼を裏から操って甘い汁を吸いたいと思っているのが見え見えだったね」
「……幻の令息は我が道を行かれる方なので、操るのはとても難しいと思いますわ?」
「彼らは、レアンドル殿がどんな性格か知らないから」

 私たちは、やれやれと肩を竦める。
 どうやら、女王候補フルールとなった場合の初仕事は、彼らを力ずくで黙ら…………納得させる所からスタートすることになりそうですわ!

(大掃除───メラメラして来ましたわ!!)

「それから、ナタナエル殿は自分のことを公表するのは構わないけれど、パンスロン伯爵家で生きて行くとはっきり王弟殿下に伝えたらしいよ」
「ナタナエル様……」
「公表後、もし自分や伯爵家に擦り寄ってきたり忍びよったりしようとする怪しい奴が現れたら好きに処理させてね、と約束まで取り付けて帰って行ったらしい」
「処理……」

 妙に不穏な響きのある言葉を使いますわね。
 私の脳裏に、ロ……なんとかという名前の暗殺者だったという男の姿が浮かぶ。

(秘密裏に消されそうですわね)

「アニエス様を愛でる会会員番号二番……相変わらず謎の多い方ですこと」
「ん?  彼は二番なの?」
「当然ですわ!!  一番は大・親・友の私ですもの!」

 当然のように答えたら、リシャール様は愉快そうに笑っていた。


 こうして正式な次期女王候補の打診を受けるべく翌日、私は王宮へと向かった。

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